田中英道のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読みやすさ★★★
学べる★★★★★
紹介したい★★★★★
一気読み★★★★
読み返したい★★★★
まさにタイトルの通り、世界史の中の日本史。各時代の世界情勢を俯瞰し、また当時の日本の視点から世界を見つめる。「世界史」と「日本史」を分断させない歴史の切り取り方が見事。中高生の必読書に推薦したい。歴史嫌い、日本嫌いにさせるような日本の教科書は、田中教授の本に取り替えるといい。縄文時代の先史から近代まで、ざっと紹介されており、歴史好きなら田中先生史観を他の著書で学びたくなるはず。
コラムに度々登場する、支倉常長については全く知らなかった。当時の日本人の世界を学びたいという渇望、逆に外国人の日本に対する関心の高さ、双方の交流の記録を、なぜ日本では広めようとしないのか。(自虐史観を持たせたい歴史の教育上、都合が悪いのだろう)
明治維新がイギリス(ユダヤ人)によって起こされたという見方は、西鋭夫氏、林千勝氏、副島隆彦氏も提唱している。お金の流れは歴史の流れ。
近代は産業が発達し歴史上最も豊かで発展しているように受け止められているが、決して精神的には高位ではない。まさに。
そして、日本はその他の国にはない、歴史が一貫した唯一の誇るべき国。恵まれた島国に生まれた日本人(性善説)に、一神教の精神(性悪説)は決して馴染まないのだ。
日本人に自信を取り戻させる本。 -
Posted by ブクログ
累計5。日本人は富士山をはじめとする自然を敬うことを遥か昔から続けてきた。自然への畏敬の念が神道となり,仏教などと融合しながら日本人独特の価値観を築きあげてきた。葛飾北斎が表す富嶽三十六景には,富士が描かれているが,どれも小さい。北斎は富士山を描いたのではなく,富士に守られている人々の生活を描くことで,富士山=自然に対する信仰を描いたのではないか,という。そして,その技法だけではなく,価値観や自然を神とする心がゴッホやアンリ・リヴィエールらに影響を及ぼしたのではないかという主張。庭園や盆栽など,美や観を凝縮するのが日本人,というのも興味深い。また,争いを避ける原点に国譲りの神話がある点なども共感できる。
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Posted by ブクログ
高校時代に世界史と日本史を30年程前を勉強しましたが、学習した時期も異なっていたこともあり、お互いの関係を殆ど意識することなく、テスト対策に追われていただけの記憶しかありません。
世界で重要な出来事が起きているときに、日本はどのような時代だったのかを多元的に学ぼうという意識がありませんでした。歴史を勉強ではなく興味で見ることができるようになって初めて、この本の主題である「日本人の視点で世界史を見る」ことができるようになったと思います。大人になってからの歴史は楽しいですね。
世界と日本の歴史を比べることは、どちらが良い悪いというのを語るのではなく、お互いにどのような経緯があって現在に至るのかを知ることであり、お互いの考え方の根本を知る上で大切だと思います。
最近は歴史を、研究者以外にも分かりやすい視点で述べてくれる本が増えてきたので嬉しい限りです。
以下は気になったポイントです。
・年代史的に、日本でこういう事件が起きていたときに、世界ではこんなことが起きていたということを並列するのではなく、世界の動きが日本に与えた影響、世界の動きと比べて、日本に見られる際立った違いや特徴が、日本から見た世界史として書かれるべき(P13)
・ハンチントン区分を宗教の観点から見れば、1)中華文明:儒教・道教文化圏、2)日本文明:神道基本とした神仏習合文化圏、3)ヒンドゥー文明:ヒンドゥー教、4)イスラム文明:イスラム教、5)西欧文明:キリスト教、6)ロシア正教文明:キリスト教、7)ラテンアメリカ文明:キリスト教、8)アフリカ文明:イスラムとキリスト教の混淆(P17)
・人間観に決定的な影響を与えているのは、自然条件(P20)
・徳川幕府がオランダと門戸を開いたのは、プロテスタントだから、キリスト教布教を先兵として侵入し、侵略・征服し、収奪するカトリック勢力との違いを幕府が見抜いていた(P29)
・自然採集経済を基本とした自然状態とは、人間にとっては事が起きない、つまり戦争が起きないということの現れであって、不幸な状態だと考える必要はない、都市が始まる以前の世界のほうが平和であった(P33)
・農耕が開始されたことは、これまでの獲得経済から、自分たちで生産する生産経済に転換した、これは自然の豊かさの中で生きることができなくなった、農業革命は地球環境破壊の出発点(P34)
・1992年、青森県三内丸山遺跡が発掘された、これは紀元前5500-4500年前にかけて栄えた縄文時代の集落跡、狩猟・採集経済が行われ、集会場や神殿があった(P37)
・インダス文明は成立した場所で、舗装道路・下水設備・大浴場等が完備されていたが、流域の樹木が乱伐されたことで洪水が起きて、紀元前1800年頃に衰亡した(P39)
・古代文明によってつくられた様々なモニュメントが、実は、人工的につくり出された自然である(P43)
・日本の神話では、天地の中から生まれた伊邪那岐(いざなぎ)の左の目から天照大神、鼻から須佐之男命(すさのおのみこと)、神の一部が人間になった、中国の盤古神話では、盤古という怪物の体にたかっていた虫から人間が生まれた(P47)
・一神教は、基本的に移動(ゲルマン、中国、モンゴル等)する民族がつくり出すもの、その民族が土地との強固な結びつきを持たないので、土地やその自然に対する依存が少なくなる。争いが生じるので言葉が重要になり、これが一神教がつくられる基本になる(P51)
・民族が移動するために、土地にまつわる神話が断絶する、日本の場合は同じ土地に暮らし続けているので、その神話と歴史が連続する(P57)
・朝鮮は一つにまとまらず、4世紀頃には、高句麗・新羅・百済に分裂、日本と密だったのは百済(P59)
・朝鮮は、日本統治下でハングル語綴字法(ていじ)法統一案が考案され、朝鮮人が朝鮮語の発音通りに文字を書けるようになった(以前は正式文書は漢文で操れるのは両班階級)、ハングル語が当然となっている土台は日韓併合時代に築かれた。(P63)
・ペルシアの侵攻に対して、アテネを中心に200余りのポリスが、デロス同盟を結成した、これに対してペロポネソス半島の諸ポリスは、ペロポネソス同盟、これで敗れた(紀元前431-404)アテネは、ギリシア世界が崩壊した(P74)
・出雲地方にあった勢力(西日本を中心にした「海人」)が、大国主命を中心に支配していた、それに対して東国の「天照大神」を拝する縄文時代からの勢力が九州と結んで、交渉により国譲りされた(P93)
・徳川家康が天下を制しているが、内部は各藩に分かれている、この形の上に新道という宗教の精神性をい備えた権威である天皇がいる、この天皇の存在により日本の統一は保たれる(P105)
・聖徳太子は皇子という身分だったので、基本的には神道の祭司、太子が仏教を取り入れたことで、神道の中に仏教が入っていったというのが重要(P112)
・イスラム勢力であるサラセン帝国は欧州を侵攻したが、これに対してフランク王国のカール・マルテルは、73年にトゥール・ポアティエの戦いで勝利し、これから欧州が力をつけていった(P121)
・イスラム世界では、科学・数学・医学・天文学等が発達し、グレゴリウス暦よりも正確な、ジャラリー暦もつくられた(P127)
・1942.2.15、イギリス領のシンガポールにおいて、パーシバル将軍率いるイギリス連合軍は、日本陸軍に降伏、これによりイギリスの世界制覇が最終的に終止符をうつ節目になった、これ以後イギリスは東洋から撤退した(P134)
・古いものと新しいものの共存・共立が、日本の歴史の継続性、文化の継続性を保障している、これが中国と日本の最大の違い(P143)
・南ドイツの3万キロくらいだった銀が、1570-1630年の間に、アメリカ大陸から20万キロが入ってきたことで欧州が豊かになった(P192)
・最初にイギリスと闘った薩摩、それから4国艦隊と戦った長州の両者が、一番敏感に植民地主義に危機感を覚えた(P211)
・オランダは、日蘭貿易によって獲得した日本の銀によって、17世紀の隆盛を築き上げたといっても過言ではない、1668年に幕府がオランダ船による銀輸出を停止すると、オランダは急速に衰退した(P236)
2013年9月8日作成 -
Posted by ブクログ
チームラボ代表の猪子寿之さんに影響を受け再び日本史をさらっとおさらいしつつ日本の歴史が
現在の日本にどのように優位に働いているかを知りたかったため手にとりました。
日本の歴史から生まれる文化の連続性(美術や文学作品、文化など)に関連して歴史を紐解きながら
その政治や経済が文化にもたらした影響から系統的に全体の歴史をまとめている。
たとえば江戸時代に和紙の大量生産が可能になり、社会が平和で豊かだったために文化や学問が大衆に広まり
発達した点などを時代の流れとともにわかりやすい言葉づかいで述べている。
一貫して筆者が日本が神道と仏教という、宗教に育まれた文化の連続性がどれほど
豊かな歴史を作りあげてきたことを言及し、日本人であることを誇りに思えたのが個人的に読んだ感想である。
戦後の日本の歴史教育がどのような歴史観を作り上げてきたかも筆者なりに論じ、
そのような教育が与えてきた西洋史上主義にも一石を投じていることに非常に共感を覚えた。
次は戦後史について読んでみよう。 -
Posted by ブクログ
井沢元彦氏の逆説シリーズを読んでから、一人の著者が、全ての歴史を解説している「通史」を読むのが私の一つの楽しみになっています。この本の著者である田中氏の本は、私は初めて出会いました。
井沢氏同様に、日本の「通史」を書かれていますが、その視点が、彼の研究課題であった「美術品」であることが特徴です。美術品が語ってくる日本の伝統と文化の魅力を通して、日本の何が素晴らしいかについて、各時代毎に解説されています。
以下は気になったポイントです。
・創業200年以上の老舗企業だけを集めた経済団体には、日本の加盟企業の多さが目立つ、創業百年以上という会社が、一万五千社以上もあるのは世界中でも日本のみ(p5)
・全国で神社の数は約8万、お寺も約8万あり、コンビニエンスストア(5万件)よりも多い(p6)
・神社と寺が共存しているのは、共同体でお祭りをするのが神社、個人でお参りするのが寺、祖先や自然を共同で祭るのが神社、個人の悩みを聞き、葬式をするのが寺というのが原則(p7)
・神々が男女の交わりからではなく、一人の神様から生まれているのが不思議、男神の伊邪那岐から次々と神が生まれ、最後に左目から天照大神、右目から月読命(つくよみのみこと)、鼻から須佐之男命が生まれ、この三柱の神が日本神話の物語の主人公となる(p22)
・神武天皇は、瀬戸内海を経て紀伊国に上陸、激戦を経て、紀元前660年に橿原神宮で即位した、山の人が中央に進出した(p27)
・日本の古名は、大和、この「やまと」の語源の意味は、「山の人」であろう(p27)
・青森県の三内丸山遺跡は、約5500から4000年前に五百人以上の人々が一緒に住んでいたと思われる大規模な集落の遺跡(p41)
・縄文時代は、東の方に人口が多かったが、日本全体に祖先たちは住んでいた。そのころの自然条件では東のほうが暮らしやすかったからだろう(p43)
・世界の4大文明は、非常に厳しい条件(寒冷化、砂漠化等)が前提になっている、過酷な条件を克服しようとして文明を発達させた(p45)
・放射性炭素の年代測定によって、縄文土器は紀元前1万年以上(それまでは2500年が定説)ということが判明して新たな定説になっている(p48)
・神武天皇は127歳、崇神天皇は120歳で崩御したことになっていて、初めの頃の天皇(16代の仁徳天皇まで)長寿になっている、そのころは1年を2歳と数えたという学者もいる(p61)
・日本人の食生活(魚中心のタンパク質摂取)は、天武天皇(白鳳時代)の頃に始まる、日本書紀には「牛、馬、犬、さる、鶏の肉を食べてはならない」と書いてあり、これが食生活における国家の方針であった、伊勢神宮の式年遷宮もこの時代から(p91)
・大宝律令の「律」は「してはいけない=刑法」で、「令」は「しなくてはならない=行政法」である、律は唐のものに似ているが、令は日本社会にあわせたもの(p95)
・遣隋使、遣唐使の時代には、日本からも多い数の「遣日使」が来ている、彼らは日本の文化を摂取するためにもきていた(p99)
・万葉集が外国の書物(中国の詩経、ギリシア詞華集等)と比べて凄いのは、詩型の多様性・語彙の豊かさ、題材の豊富さ、歌を詠んだ人の多様性(貴族から、地方の人、農民、男女別なし)である(p118)
・本地垂迹説とは、神の本地(本体)が仏であり、仏が人間を救うためにこの世に現れたのが神道の神であるという考え方(p129)
・平氏は、大仏をはじめとして、奈良を焼き討ちしたことが人々の反感を買った(p148)
・武士は貴族政治の中から発生したもの、もともとは「清和源氏」等と、天皇家や摂関家出身の人々であった、日本の文化はすべて連続性の上につらなっていて、西洋のような断絶はない(p163)
・天皇の権威があって初めて政治が安定するのが日本という国のあり方、律令時代以降、一貫して変わらなかった(p166)
・1494年、トルデシリャス条約(スペインとポルトガルが世界を二分する)により、日本はポルトガル側に繰り込まれていたので、ポルトガル人が最初に日本に来た(p180)
・豊臣秀吉による朝鮮への2回の出兵は、スペインの侵略に対抗することがその大本の動機としてあった(p183)
・仙台藩が派遣した支倉常長等の遣欧使は、帰途においてマニラで、スペインがオランダに敗れる戦いを目にした、これがオランダと通商を行うことを幕府が決めた一因とも言える(p189)
・江戸時代において、将軍や大名は大土地所有者ではない、領内から徴税して行政にあたる立場、土地の所有者は、町民や農民で、その土地を自由に売買できた、土地を持たない小作人は収穫の2分の1を取得する権利があり、小作人をやめることもできた(p205)
・農民は副業可能でそこからは徴税されなかったので、農民が収める年貢率は全収入の1割から3割程度、その年貢は公共施設の基盤整備に使われた(p206)
・明治維新にいたるまでに、幕府は45隻の洋式艦船を保有し、その4分の1程度は国産であった(p214)
・日本の道徳的な意味での民主主義は、飛鳥時代の「17条憲法」に遡る、法律的・制度的には戦後だが(p230)
・日露戦争に勝利して締結されたポーツマス条約により、遼東半島の租借権、南満州の鉄道権益、南樺太の領有を認めさせた(p239)
・マレー沖海戦後に、シンガポールにおいて英軍は正式に日本に降伏した、英国海軍が初めてアジアで敗れた、これはアジアからアメリカ以外の西洋諸国を駆逐する大事件(p250)
・世界には、前世紀の高い文化を示すもの、神殿や劇場、闘技場、水道などおおくあるが、全て遺跡(廃墟)である、その文化は途絶えてしまっていて、今は生きていないが、日本は異なる。仁徳天皇陵は今も拝めるし、1300年前の伊勢神宮は20年毎に今も遷宮される(p266)
2012年10月28日作成 -
Posted by ブクログ
歴史を学ぶ意味とは何か――著者は日本の歴史を神話から連なる天皇の系譜を軸に据え一貫した国のかたちとして描き出す。文献のない時代、縄文からの国が成立していないであろう歴史を追う。
西洋中心の歴史観では見落とされがちな日本独自の精神や文化の根がある。教育の現場では断片的な知識の羅列にとどまり通史としての日本の姿が見えにくくなっている。
本書は国の成り立ちを自分の言葉で語れるよう導いてくれる。とはいえ歴史をどう語るかは受け取る側の姿勢にもかかっている。事実をどう解釈しどう未来に活かすか。それが歴史に学ぶということだ。読み終えて今を生きる自分の足元を見つめ直したくなった。 -
Posted by ブクログ
歴史を学ぶ意味とは何か――著者は日本の歴史を神話から連なる天皇の系譜を軸に据え一貫した国のかたちとして描き出す。文献のない時代、縄文からの国が成立していないであろう歴史を追う。
西洋中心の歴史観では見落とされがちな日本独自の精神や文化の根がある。教育の現場では断片的な知識の羅列にとどまり通史としての日本の姿が見えにくくなっている。
本書は国の成り立ちを自分の言葉で語れるよう導いてくれる。とはいえ歴史をどう語るかは受け取る側の姿勢にもかかっている。事実をどう解釈しどう未来に活かすか。それが歴史に学ぶということだ。読み終えて今を生きる自分の足元を見つめ直したくなった。