牛島信明のレビュー一覧
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本書は、スペインの作家ミゲル・デ・セルバンテス(1547~1616年)が発表した『ドン・キホーテ』(前編1605年、後編1615年)を、およそ1/6ほどに短縮した抄訳である。物語は、騎士道物語の読み過ぎで、現実と物語の区別がつかなくなった郷士(アロンソ・キハーノ)が、自らを遍歴の騎士と任じ、「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗り、痩せ馬のロシナンテに跨って、農夫のサンチョ・パンサを従者として引き連れて冒険の旅に出かけるもの。ドン・キホーテは、自分を取り巻くあらゆる事象を騎士道物語的な設定と認識し、次々とトラブルを引き起こすが、それ以外の点では至って理性的で思慮深い人物、また、サンチョ・パンサは、無学ながら、時に機知に富んだ言い回しを使って、奇行を繰り返す主人に現実的な忠告しつつも、それを聞き入れられずに災難に巻き込まれる人物として描かれている。
2002年にノーベル研究所と愛書家団体が発表した、世界54ヶ国の著名な文学者100人の投票による「史上最高の文学百選」で1位を獲得するなど、今日に至るまで、文学界はじめ様々な分野に影響を与えてきた作品であるが、なぜ、17世紀初頭のスペインでこの物語が生まれたのか、セルバンテスはこの物語で何を表現したかったのかは、本書のあとがきに書かれていて、大変興味深い。
スペインでは、15世紀末から16世紀前半にかけて、レコンキスタ(ヨーロッパ大陸からのイスラム勢力の駆逐)を完成させる一方、新大陸を発見し、そのほとんどを植民地にして、国家として隆盛を極めていった。16世紀半ばから17世紀前半までの約80年間はスペインが史上最も繁栄した黄金世紀と呼ばれ、その繁栄の様は「太陽の沈まない国」と形容された。しかし、細かく見ると、1588年のアルマダ海戦で、スペインの無敵艦隊がイングランドに敗れた頃から、その衰退の兆しは見え始めており、『ドン・キホーテ』はそうした時期に書かれているのだ。つまり、スペインが、カトリックによる世界制覇という、身の程をわきまえない願望にとらわれて、無茶な戦争を繰り返し、次第に身をすり減らして衰えていく姿と、その中で翻弄された自分の人生を、『ドン・キホーテ』という愛情の籠った風刺として描いたのである。
また、全く同じ時期に、イングランドにはシェイクスピアがおり、1605年には4大悲劇のひとつ『リア王』が書かれている。
(大人としては)そうした歴史的な背景も踏まえて読むと、この世界でもっとも有名な物語のひとつを、更に楽しみながら読めるように思う。
(2020年5月了) -
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セルバンテス 「 ドンキホーテ 」22章〜34章
見方を変えて 再読中。ドンキホーテ=イエスキリスト という見方で 読んでみた。しっくりくる。セルバンテスが コンベルソなら、あえて 異端者を主人公にするはずない。
この巻は 前巻より 性悪説なメタ小説や性悪説なセリフが多い。性悪説な世界で 繰り返し袋叩きにされるドンキホーテは、キリストのイメージと重なる。
しかし、ドンキホーテ=キリスト だと、サンチョの神性の意味が薄まる。ドンキホーテとサンチョの一体説でもいいかもしれない。前篇最終巻は ドンキホーテ+サンチョ=キリスト」な感じで読もうと思う。
それにしても、サンチョはいい事を言う。「退却は逃げじゃない〜危険が希望より大きい時に それを待ち構えるのは利口ではない〜明日に備えて今日のところは自重する」「人はそれぞれ自分のパンを食べれればいい〜人間はそれを吊す釘さえない所に塩豚を求めたがる」
性悪説
*下賎な連中に恩恵をほどこすは大海に水を注ぐようなもの
*下種な連中は 約束を守っても何の得にならないと分かると〜平気で反故にする
*思いがけない時に〜人がつまづいて倒れるようなものを出す
*フェルナンドの愛憎劇、「愚かな物好きの話」の悲劇
狂気の模倣
重要なのは原因もなく狂態を演じること〜理由もなくこんなことするなら、理由があったらどんなことになるだろうと思わせる
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セルバンテス 「 ドンキホーテ 」1章〜21章。
見方を変えて 再読中。ドンキホーテを 騎士修道会への批判として読んでみた。
レコンキスタの中心的存在であり、植民地主義につながったスペインやイベリア半島の騎士修道会を 敬虔なキリスト教徒から見た異端性をベースに批判した本として読んでみた。
架空作者をアラビア人、架空翻訳者をモーロ人と設定し、セルバンテス自身を編集者として 、メタ小説化したのは、キリスト教徒である セルバンテスが 同じ キリスト教徒の騎士修道会を直接批判することを避けるための仕組みではないか?
イスラム教徒のアラビア人やモーロ人なら騎士修道会を批判することに違和感はない。
ドンキホーテは 騎士道物語を読んで理性を失っているといているが、ドンキホーテのタイトルは「機知に富んだ郷士ドンキホーテ」であることの意味は 騎士修道会の騎士としては機知に富んだ郷士であるが、異教徒や敬虔なキリスト教徒から見ると 理性を失っている狂人に見えるという意味では?
ドンキホーテ=騎士修道会の象徴=キリスト教の異端者
サンチョ、ドンキホーテを嗤う人たち=敬虔なキリスト教徒
ドンキホーテが悪魔に見える人たち=異教徒?
「重要なのは真理であって、その母たる歴史は 時間のライバル、出来事の保管所、過去の証人、現在の手本、未来の警告」
歴史を物語によって作り変える歴史修正主義への批判
黄金時代
*あの時代に生きた人々は 君のもの、私のもの という言葉を知らなかった=あらゆるものが共有
*当時はすべてが平和であり すべてが友愛と調和からなっていた
*正義は本来の領域にしっかり位置を占めていた
聖職者と騎士
*聖職者は心静かな安らぎのなかで 地上の幸福を祈り求める
*騎士は野天に身を置き、耐えがたい陽光、寒気にさらされながら、腕の力と剣先によって地上の幸福を実現しそれを守る
*騎士=神の代理人→神の正義を実現する腕
ドンキホーテ、結構いいこと言う
「恐怖心がもたらすものの一つに、人の感覚を狂わせ、物事をありのままに見ないようにすることがある」
「人並み以上のことをしなければ、人に優ることはできない〜良いことも悪いこともそうそう長続きはしない」
風車=オランダ→ドンキホーテ=スペイン説を前提とすると、狂人ドンキホーテは レコンキスタから植民地主義に進んだ 狂ったスペインを象徴しているのか? -
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先日読んだ本に触発され海外古典にも目を向けようと思い立ち、有名な割に内容があまり知られていないドンキホーテを読んでみることにしました。
が、岩波文庫版で全6巻という超長編だということが判明した途端、一気に読む気が失せました・・・
なのでとりあえず妥協策として岩波少年文庫の方を読んでみることに。(1冊にまとまっているからなんと1/6の量!)
騎士道物語の読み過ぎで妄想にとらわれ、自身も遍歴の騎士として旅をし、その行く先々で嘲笑されるドンキホーテと従者サンチョの物語です。
レビューを読むと皆、「こんなにユーモアのある話だったなんて」「声に出して笑いました」などと面白い話に満足をしているようでしたが、私はむしろ、急に意味なく攻め込まれる相手に同情したり、逆に騎士道に則った行動を哀しく感じたり、嘲笑される二人を切なく思ったりと、楽しく嗤う気持ちになれませんでした・・・
ただ、ドンキホーテに対するサンチョのつっこみや、ことわざを用いながらする会話などは意外と奥が深く、現代にも通じる教訓じみたコトバもあり、意外に感動しました。
サンチョは普段はマヌケだけどたまに機転がきくし、真理を突いた会話をしたり、性格もかわいくて、サンチョ大好きです。彼がいるので☆増やしました。。 -
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ネタバレ『ドン・キホーテ』ってどんなお話しだっけ?読んだことなかったので読んでみました。
騎士道物語を読み過ぎて本の中で読んだ魔法、戦い、決闘、愛のささやき、ありもしない馬鹿げたことが真実だと思慮分別をすっかりなくした紳士アロン・ソキハーノが自ら騎士(ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)になって物語の冒険を実際に行う
イカれた(* ̄m ̄)爺さんの話しwww
イカれた話しはどんな展開になるんだろうかとちと不安だったけど(笑)
むちゃくちゃだけどwww 紳士だから筋の通った話しをして感心させてたり、
学はないけど正直者で機転のきいた従者のサンチョ・パンサ
ドン・キホーテ主従に悪ふざけをする公爵夫妻
紳士を正気に戻そうとする同じ村の学士(サンソン・カラスコ)
ドン・キホーテの話しは出版され、ドン・キホーテの狂態や従者のサンチョのご愛嬌な話しを楽しみにしていたり・・・
とても面白い物語でした
おだやかで、人に善意をもって接する、人びとに愛されていた善人アロンソ・キハーノ(ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ)のお話し楽しかった♪
原作の1/6 -
Posted by ブクログ
2015.6.30 pm23:25
ガーディアン必読1000に入っていて、難しいのかと気構えていたが、全くそんなことなかった。面白い。読みやすい。そして笑える!
本で読んだ騎士道物語をいつでも信じて、突っ走る主人公に笑わせられっぱなしだった。物語が進むにつれ、従者のつっこみも冴えていってる気がする。家で読んでて良かった。ほんと。
これが全6冊のうちの1冊と考えると、まだまだ先は長いけれど、こんなに面白いなら早く読めそう。久しぶりにこんな笑える本に会ったかもしれない。堅苦しいことは考えないで、とりあえず楽しみながら読もう。続きが気になって仕方ない。夏のうちに読み終えられたらいいな。 -
Posted by ブクログ
後篇全3巻、読み終わったー。
前篇は自分を遍歴の騎士と妄想したドン・キホーテとその残念な従士サンチョ・パンサが行く先々で騒動を引き起こす快活な物語だった。批評性を持ち合わせているものの基本は愉快な話であった。
ところが後篇に入ると状況はがらりと変わる。二人がふたたび旅に出て、騒動に出会うことに同じ。しかし、前篇において騒動の震源であった彼らは、この後篇では哀れな被害者となる。後篇に登場する人々は皆、「ドン・キホーテ前篇」を読み、ドン・キホーテの妄想癖とサンチョ・パンサの調子の良さを知っている。だから二人の非常識な行動を楽しもうと、人々は策を弄し罠を仕掛け二人を騙し陥れる。二人は周囲の人々の好きなように弄られ翻弄される。もちろんドン・キホーテもサンチョ・パンサも自らが騙されていることには気づきもしない。
ここまでくると、善良な魂を持つのはドン・キホーテとサンチョ・パンサの方ではないかとすら思えてくる。前篇でも狂気と正常との境界はごく曖昧であったが、後篇に至っては狂気と正常とは逆転してしまう。
そして終盤、一騎討ちに敗れたドン・キホーテは失意のまま病の床につく。そこで突然彼は正気に戻り、自らの遍歴が妄想の賜物であったことに気づく。やがて自らの狂気を強く悔いながら死ぬ。あまりに哀れなドン・キホーテの最後。
前篇後篇あわせて2500ページの長大な作品だが、読むだけの価値はある掛け値なしの傑作。日本語訳もこなれていながら格調高いし(訳の精度はわからないけど)、ドレの挿絵もいい。ほんと面白かった。 -
Posted by ブクログ
前篇から10年を経て書かれた後篇。とりあえず1巻め。
もともとドン・キホーテは、愁い顔の騎士ドン・キホーテの数奇な冒険をモーロ人がアラビア語で記録し。それをセルバンテスがスペイン語へ翻訳した、という体で描かれている。原著者であるモーロ人が感想を述べたり、あるいは翻訳者たるセルバンテスがそれにコメントしたりと、ある種のメタフィクション性を備えていた。
後篇では、この構造がさらに進行し複雑化している。つまり、当の「ドン・キホーテ 前篇」が物語中でも出版されていて、そして登場人物のうち何人かは作品を既に読みドン・キホーテたちの奇行を知っている。
そのような状況で、愁い顔の騎士改めライオンの騎士ドン・キホーテとその従士サンチョ・パンサは再び旅に出る。その時、いかなることが起こるのか。ドン・キホーテの狂気を事前に知り了解している人々は、騎士たちにどんな反応を示すのか。
前篇との最大の違いはここにある。