牛島信明のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレイカれおじさんの傍迷惑であり愛おしい旅の記録。
今で言う重度の厨二病を発症したおじさん(おじいさん?)が騎士の旅に出るのは何となく知ってましたが、思ってたよりボコボコにされるし血は出るし、妄想と思い込みで相手に怪我をさせるしで、本当に迷惑かけまくってて引きました。
当時のギャグ漫画的表現でしょうか?(どれだけダメージを受けても死なないし次の回では完治してるやつ)また、話の中で「ドン・キホーテ」の本が出版されていて贋作について登場人物が怒ったりなどメタ的表現もあり、現代ではよくあるギャグ的表現がこんな昔からあったのか…と驚きです。
後半ではこれが単なるギャグ的な小説ではなく、登場人物の思慮深さや本質が垣間見え、さすが聖書に次ぐベストセラーと言われるだけあるなと思いました。
中年もすぎたおじいさん(多分)が騎士の旅、滑稽で愚かですが、それは人生にとって無駄な時間なのでしょうか?
最期に正気に戻り本人は後悔しますが、サンチョと2人で(色んな意味で)ありえない冒険は絶対に色褪せることの無い素晴らしい日々だったのでは無いかと思うし、実際そうやって人生を諦めずに一歩踏み出せる人間がどれだけいるでしょうか?
つまらない人生を諦めて生きるか、向こう見ずでも悔いなく生きるか?ということについて考えさせられました。
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Posted by ブクログ
全6巻の感想をまとめて。
長編作品ということでなかなか挑戦する気持ちになれなかった作品だったけど、いざ読んでみるとテンポの良い冒険譚に引き込まれ、最後まで楽しく読むことができた。
ドン・キホーテが本物の騎士ではなく、騎士道物語に影響された騎士であることが物語の最大かつ重要な特徴で、前編では彼の狂人っぷりが物語を呼び、後編では彼の思い込みが物語を育むといった具合に、この特徴が物語の魅力の大部分を占めていたし、自分自身もとても気に入ったポイントだった。
作中には何組かのカップルが登場し、いずれも問題を抱えてドン・キホーテの騎士道精神を刺激するが、それぞれが読み応えのあるストーリーで良かった。冒険の移り変わるボリュームやテンポ感もちょうど良く、長編にも関わらずあっという間に読み進めることができた。 -
Posted by ブクログ
創作である騎士道物語を現実にあった存在だと思い込み、自身も遍歴の騎士となった狂人ドン・キホーテの最後の冒険。
従士サンチョ・パンサと共にその狂人ぶりを周りから揶揄われ、笑われながらの旅。当人たちはいたって真面目に旅を続けているつもりでも、その滑稽さはやはり可笑しく、しかし少し虚しさも感じた。
前編の出版が1605年、後編が1615年と、およそ400年前に出版された本作だが全く古臭さを感じない。メタ的な表現が多数盛り込まれていたり、一見喜劇として書かれている中にも登場人物に当時のスペイン国民の精神性がよく表されており、現代でこれほど評価されているのも頷ける作品だった。
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Posted by ブクログ
『ドン・キホーテ後編』最終巻。
セルバンテスは『ドン・キホーテ前編』で終わるつもりだったのだが、贋作が出回ったために反論のためもあり『後編』を書いた。そのため後編では贋作を否定する供述も多い。
さらに『後編』では「『機知に富んだ郷士ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ』(つまり『前編』)が出版されて世の中に出回っている」ということになっている。そのためドン・キホーテが会う人々は、ドン・キホーテは今出版されている本の主人公だと知っていて、本当にドン・キホーテは狂気と教養を持っているのかを確かめたり、騎士道舞台を設置してドン・キホーテをからかったりする。
この後編は「本の主人公のドン・キホーテは実在して旅をしている」という設定なのだが、さらに「贋作の登場人物の偽ドン・キホーテと偽サンチョ・パンサも実在して旅をしている」として、贋作を否定するという書き方をして…ややこしくなってきたな 笑
セルバンテス自身も「前編でこんな間違いがあると指摘されたけど、それはこういうことなんだよ」「前編はこのように書いたけど、後編はこんな感じに書くよ」とお断りも入れている。
❐サンチョ・パンサ領主の終わり
前巻で島の領主となったサンチョ・パンサだが、それは10日で終わった。もともと『ドン・キホーテ』の物語の読者である侯爵夫妻が、ドン・キホーテとサンチョ・パンサをからかうためにサンチョ・パンサを「島」と偽って村の領主に任命し、部下たちに「彼の様子を見たり、からかったりして、様子を報告するように。そして一定期間が終了したら領主を辞めるための悪戯を仕掛けるように。」と命じていた。
しかしその部下たちから追い出される前に、ある出来事を経験したサンチョ・パンサは自分から領主を辞めていった。
もともとサンチョ・パンサの揉め事裁きはお見事だったし、賄賂とも無縁だった(賄賂の受け取り方を知らなかったのかもしれない)。それは主君のドン・キホーテからの「判決に迷ったら慈悲の道を選べ」と言われたことを実施したため。
そんなサンチョ・パンサは「おいらは一文無しでこの島(本当は村)に来たんだから、一文無しで出ていくよ」と言って、あれほど望んだ島の領主を返上してドン・キホーテの元に戻っていく。
❐後編でのドン・キホーテ
侯爵夫妻の城から出てまた旅暮らしになったドン・キホーテとサンチョ・パンサだが、ドン・キホーテはどうも精彩に欠けるようになった。
前編では旅籠を城と言い張っていたが、後編では「あの旅籠に泊まろう」と現実的な見方をしている。
牛飼いたちに戦いを挑もうとするが、牛たちの下敷きになり慌てて逃げ出す。
侠気のある強盗たちと知り合ったが、彼の前では精彩を欠いていた。
恋のキューピットを務めたはずだったが、その後その男女は引き離されたとわかる。
別の「引き離された男女」が出てくるのだが、ドン・キホーテはこの件には全く関与できなかった。
キリスト教徒によるガレー船に乗ったら、トルコ人の海賊船の戦いが始まった。いつもなら張り切りそうなドン・キホーテだが全く関与できず。
※※※※以下ラストネタバレ※※※※
❐旅の終わり
「銀月の騎士」と名乗る騎士から「自分との決闘に負けたら、故郷に帰って1年間大人しく暮らせ」という挑戦を受ける。そしてあっさり負けてしまった。すっかり自信も希望も失ってしまったドン・キホーテは失意に項垂れながら屋敷に帰っていく。
帰ったときは仲の良い医師、床屋、そしてカラスコ学士相手に「みんなで牧人になって羊を飼って詩を作って暮らそう。みんなの牧人名も決めてあるよ」と言って、みんなに「まだ騎士妄想から抜け出ていないのか」と呆れさせる。読者としてはすっかり元気のなくなったドン・キホーテはちょっと寂しいのでこの懲りなさっぷり楽しくも思ったんだが、ドン・キホーテは熱病に倒れる。
ドン・キホーテは遺言で騎士道物語をすべて否定する。そしてセルバンテスはドン・キホーテ物語を完全な終わりとしてこの後どんな贋作が出ようとも、それらをすべて否定する。
すっかり正気に返ってすっかり死ぬ気になっているドン・キホーテにサンチョ・パンサが嘆き訴える。
<「いいかね、おいらの大事な旦那様、この世で人間のしでかす一番でかい狂気沙汰は、別にたいした理由もなければ誰に殺されるってわけでもねえおのい、ただ悲しいとか侘しいとか言って死に急ぐことですよ。さあ、お前様、そんなにぐったりしてねえでベッドから起き上がり、前に話し合った通り、羊飼いの格好をして野原に出かけようじゃありませんか。そうすりゃあ、魔法を解かれた、それはそれは美しくて豪勢なドゥルシネーア姫が、どっかの草むらからひょっこり姿を表さねえとも限らねえよ。」P408>
しかしすっかり正気に戻った元ドン・キホーテである善人郷士のアロンソ・キハーノは、そのまま死ぬのであった。
ここで、「みんなアロンソ・キハーノの死を嘆いたが、遺言で財産をもらった嬉しさは隠さなかった」と記載するのがセルバンテスなんだろう 笑
『ドン・キホーテ』前編では「なりきりコスプレで痛い目にもあったけど、やりたいことやったから本人は満足」だった。
それが後編では、ドン・キホーテ自身が騎士道への思い込みが薄くなったり、他人が見せてくる幻に振り回されたり、ドン・キホーテが他人に与える影響が弱まってしまっている。
セルバンテスとしては騎士道物語を否定したような終わり方なのだが、騎士になりきったドン・キホーテとサンチョ・パンサはとても好ましい人物だった。
なお、ミュージカルの『ラ・マンチャの男』では、ここで終わるのは舞台としてよろしくないと思ったのか、ドゥルシネーア姫である宿屋の女中が訪ねてきて、アロンソ・キハーノは最後の最後でまたドン・キホーテに戻り「見果てぬ夢」を思い出しながら息絶え、人々はそんな彼の夢を受け継ぐ…みたいにして終わっています。 -
Posted by ブクログ
『ドン・キホーテ後編』は、『ドン・キホーテ前編』が実際に出版されているという設定で、ドン・キホーテ主従は人に知られた存在になっている。
❐読者と登場人物の対面!?
そんな『ドン・キホーテ』の読者である侯爵夫妻(名前は不明)は、ドン・キホーテとサンチョ・パンサと出会って「本で書かれている本人だ!果たしてあのなりきりコスプレ旅が本当の出来事なのか、そしてドン・キホーテは本当に狂人なのか」と興味津々、城に招待する。城では侯爵夫妻も使用人たちも彼らを本物の遍歴の騎士として歓待する。前編でのドン・キホーテは、宿屋を「城だ」と妄想していたんだが、その妄想が叶ってしまったわけだ。
ここでサンチョ・パンサの見解も語られる。「おいらは主人のドン・キホーテを極めつけの狂人とみなしてるっことなんですよ。でも主人は思慮深いところもあるしお喋りだって悪魔みたいに上手だし、なんといってもおいらと同じ村のお人で義理堅くていい人で、おいらはあの人が大好きなんだからね」P159あたり抜粋
前編からサンチョ・パンサは、賢いんだか単純なんだか、悪賢いんだか素朴なんだかよく分からん節もあったんだが、この心づもりで行動しているんだということが読者にはっきり示された。
❐侯爵夫妻がドン・キホーテとサンチョ・パンサにをからかう内容
●ドン・キホーテは、サンチョ・パンサの策略にひっかかり想い姫ドゥルシネーア姫が「魔法により醜く下品な百姓女に変えられてしまった」と思い込んでいる。そこで侯爵夫妻は召使いに扮装させた「ドゥルシネーア姫をもとに戻す方法を知っている魔法使い」に「この空飛ぶ木馬に乗ってこの司令を果たしなさい」と命じさせる。ドン・キホーテとサンチョ・パンサは目隠しして木馬に乗り、召使いたちが風を送り「おお、空の上はすごい風じゃ!」みたいに作られた大冒険をするのだった。
●前編から恋に悩む男女が出てきたが、ドン・キホーテの介入により彼らは結婚に繋がっていた。そのキューピット振りは後編でも続いていて、なんかこんがらがった男女関係がすっきりとまとまる様子が書かれている。ドン・キホーテは恋のキューピットが上手!?
❐サンチョ・パンサの島統治
前編でドン・キホーテはサンチョ・パンサに「この冒険の旅が成功したら島の領主にしてやる」と言って連れ出した。ドン・キホーテの物語の読者である侯爵夫妻は、サンチョ・パンサをからかうために彼を自分の領地の島(実際には村)の領主に任命する。ドン・キホーテは自分の従卒から独立して領主になるサンチョ・パンサに、領主として、人間としての心構えを解く。
身嗜みや立ち居振る舞いはきちんとして、食べるものには気をつけろ。
自分や召使いの服装は、飾り立てるよりも地味で働きやすいものにしろ。
領主としての収入で6人の召使いが雇えるなら、雇うのは3人にして、残りの収入は貧乏人に回してやれ。その雇った3人こそが立派な召使いだ。
人を家柄で判断するな。すると両方から恨まれることになる。
これがかなりのご立派な内容で「ドン・キホーテは、騎士道の話になると狂人そのものだが、基は高い教養を持ち理路整然とした考え方と話し方ができる」という二面性が強調される。
さて、島(本当は村)の領主となったサンチョ・パンサを迎える侯爵の部下たちは「今出版されている本の登場人物がやってくるので、彼の様子を見たり、からかったりして、その様子を侯爵様に報告する」ように命じられている。領主の仕事というのは、要するに裁判官というか住民の持ち込む訴えに答えを出すこと。そしてサンチョ・パンサのもとには、なんというか大岡越前落語のような事件が持ち込まれるんだが、これらを案外うまく解決してのけた。サンチョ・パンサは読み書きはできないが記憶力が良いということと、おそらく地元で農夫をやっていた頃から日常のゴタゴタは村人同士でうまい具合に解決していたという経験があったからだろう。
その「大岡越前裁き」を見た侯爵の部下たちは「この男は頭がおかしいのか賢いのかどっちなんだろう?」と考えることになるのだった。
❐他の出来事
●前編でドン・キホーテが漕刑囚を逃がす場面がある。読者としては「そんな極悪犯人逃さないでよ!」と思ったんだが…、その極悪犯人が再登場した。しかし逃亡犯のため殺人だの強盗だのはもうやらずに、詐欺芸人としてうまく世間を渡っているようだ。
とりあえず前編での心配は解決した…が、こんなにうまくいっていいのかという気もする^^;
●村のしょーもない合戦顛末
ドン・キホーテ主従は、驢馬の鳴き声真似のせいで勃発した村の合戦に助太刀しようとするんだけど、村人を怒らせてしまって襲われてしまう。
そしてドン・キホーテはサンチョ・パンサを見捨てて逃げ出してしまうのだった。ドン・キホーテ、やっぱり前編より大人しくなってるな。
●後編は、前編に対する読者の指摘や感想に答える形で作者シデ・ハメーテの言葉(正しく言うと、シデ・ハメーテの書き込みを編集したセルバンテスの言葉)が出てくる。
記載ミスかと思われる箇所に対しては「それはこういうわけですよ」という解説。
前編の後半ではドン・キホーテよりも彼が出会った人々の話がメインになっていたので「後編ではドンキとサンチョ・パンサのことだけ書くよ」とか。
読者としては、前編を読んでいた頃は「ドン・キホーテ主従よりも他の人の話が多いじゃないか!」とは確かに思ったが、いざドン・キホーテ主従のことしか書かれないとこれはこれでちょっと寂しい(苦笑) -
Posted by ブクログ
ドン・キホーテが冒険を他の騎士の冒険だと自ら納得させてすんなり諦めたり、サンチョを置いて逃げ出して、後ろから銃で撃たれたらどうしようと冷や汗をかいたりと、これまでの遍歴の騎士関連の行動ではあまりみられなかった危機感を抱くようになっていて、狂気が薄れているのを感じる。
ドン・キホーテとサンチョで旅に出てからの経過年数の時間軸が異なったり、「前篇のドゥルシネーア」についてドン・キホーテが言及したり、原作者(という設定の)シデハメーテが読者に文句を言ったりと、これまで以上にメタ構造を利用した一冊になっている。
大半が、前篇を読んでいる公爵と公爵夫人が、騎士と従士を面白がるためにからかい倒す話で、サンチョがセルフ鞭打ちしなきゃいけなくなるシーンとか滑稽でにやにやしてしまう。だが、騙され続ける騎士と従士の素朴さに、公爵夫人たちの趣味の悪さを不意に感じて、公爵夫人たちの意地の悪さは、滑稽だが真っ直ぐな主人公たちを意地悪く面白がる読者を暗喩しているのではないかと思った。
下記は、ドン・キホーテとサンチョ・パンサの関係性が表れてていいなぁと思った一節。
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要するに、拙者はそういう彼がたいそう気に入っているので、たとえ大都市をひとつ付けてやると言われても、彼をほかの従士と取りかえるつもりはありませんのじゃ。