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Posted by ブクログ
前扁(1)がドン・キホーテ ビギニング、前扁 (2)がスピンアウト作 サンチョ・パンサである とすれば、本書はドン・キホーテを出自村から追随 してきた牧師と床屋(何か職業において象徴的だ) アラウンド・ドン・キホーテの物語ということに なる。
彼らの手によって捕縛されたドン・キホーテは出自 村に連れ帰られることとなり、ドン・キホーテの物 語は一旦終わる(著者セルバンデスが出兵→傷痍→ 徴税官に就職→横領→懲役といった著作活動以外の 場で忙しかったため)。
後扁が始まるまでの間、アベジャネーダが著した贋 作ドン・キホーテが生まれたのも、このドン・キ ホーテ帰村を当時の読者がひどく嘆いたことに寄る ところは大きい。
Posted by ブクログ
後篇全3巻、読み終わったー。
前篇は自分を遍歴の騎士と妄想したドン・キホーテとその残念な従士サンチョ・パンサが行く先々で騒動を引き起こす快活な物語だった。批評性を持ち合わせているものの基本は愉快な話であった。
ところが後篇に入ると状況はがらりと変わる。二人がふたたび旅に出て、騒動に出会うことに同じ。しかし、前篇において騒動の震源であった彼らは、この後篇では哀れな被害者となる。後篇に登場する人々は皆、「ドン・キホーテ前篇」を読み、ドン・キホーテの妄想癖とサンチョ・パンサの調子の良さを知っている。だから二人の非常識な行動を楽しもうと、人々は策を弄し罠を仕掛け二人を騙し陥れる。二人は周囲の人々の好きなように弄られ翻弄される。もちろんドン・キホーテもサンチョ・パンサも自らが騙されていることには気づきもしない。
ここまでくると、善良な魂を持つのはドン・キホーテとサンチョ・パンサの方ではないかとすら思えてくる。前篇でも狂気と正常との境界はごく曖昧であったが、後篇に至っては狂気と正常とは逆転してしまう。
そして終盤、一騎討ちに敗れたドン・キホーテは失意のまま病の床につく。そこで突然彼は正気に戻り、自らの遍歴が妄想の賜物であったことに気づく。やがて自らの狂気を強く悔いながら死ぬ。あまりに哀れなドン・キホーテの最後。
前篇後篇あわせて2500ページの長大な作品だが、読むだけの価値はある掛け値なしの傑作。日本語訳もこなれていながら格調高いし(訳の精度はわからないけど)、ドレの挿絵もいい。ほんと面白かった。
Posted by ブクログ
セルバンテス 「 ドンキホーテ 」 前篇終了
ドンキホーテは、騎士道物語のパロディとしては 痛々しくて笑えない。英雄叙事詩的なキリスト教説話として読んだ。何度袋叩きにあっても めげない姿は英雄だと思う。
妄想と現実を 英雄として生きようとするドンキホーテの悲喜劇的な人物像を キリスト教の倫理観と対比させ、スペインの中世史とリンクさせたところにドンキホーテの深さがあるように思う。
再読なので、ドンキホーテが何を象徴しているのか意識しながら読んだ〜キリスト教異端者、修道騎士団、スペインそのもの、キリストそのもの、宗教の狂信性 に とどまったが、他のドンキホーテ論を読んで 別の解釈が知りたい
羊飼い、司祭、床屋などの仕事にキリスト教的な意味があるかもしれない。後篇は キリスト教文化やスペイン史をもう少し整理してから読む。
ワーグナーの騎士文学観
*空想と現実の分裂を和解させるための文学
*現実の生活が淫猥で破廉恥なものとなった〜はじめから生の喜びを拒否したキリスト教をたよりにしていたから
*騎士文学=狂信の偽善であり、ヒロイズムの気違い沙汰
Posted by ブクログ
前巻の続きということで楽しみにしながらページを捲る。
セルバンテス自身が経験した「捕虜」の話から、その兄弟との再会……うーん、いい話だけど、ドン・キホーテがそれを台無しにしてくれる。
まさに周りの登場人物が彼を救わんとしているのに(嘲笑も込みではあるが)オジサンは我知らぬ様子で、相変わらずボロボロになるまで喧嘩……。
しかし足が着くか着かないかの所で、手首を縛り上げられるの図はなかなか想像すると秀逸。。。
さて後半では羊飼いの話が始まるのだけど、この話に出てくる女性はほんと美女が多い。
むしろドゥルシネーアを凌駕してるんじゃ……というレベルで。
それからその美女を村単位で追いかける男達。
なんで、皆して山に嘆きに行くんだろーね……。それが相場とばかりよく出てくるので、笑ってしまった。
さて次は後篇〜。後半分。
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