前作『魔導の系譜』が一組の師弟の成長と絆のお話なら、今作は友情と愛のお話。
時系列が被っているので版元の宣伝ツイートではどちらから読んでも問題なし、となっているけれど、解説で1巻の盛大なネタバレがあるので刊行順に読む方が安心だと思う。
前作の舞台ラバルタでも魔道士は差別の対象だったけれど、今作では
...続きを読むラバルタ以外の国も描かれて、そこでも形は違えど差別は存在することが描かれる。エルミーヌのそれはラバルタにおける苛烈とはまた違ったエグさがあって背筋が冷える……。
今作の主人公カレンスは前作のゼクスと違って恵まれた才能や力はなく、直接差別的な視線を向けられる対象でもない。可愛がっていた妹が魔物棲みと発覚した途端、その兆候に気付いていたにもかかわらず庇うことも行く末を見守ることもせず逃げてしまい、それを仕方がないと思うような弱い人間。だから差別対象とされている存在に直接的な害意はなくとも、間接的にはひどく傷つけているし、そのことに気づきもしない。こう書くと彼がとても酷い人間に見えてしまうけれど、一読者たる自分の現実世界での振る舞いを振り返れば彼を責めることはとても出来ない。それは現実社会における差別に無関心だった頃の自分の姿そのものだから。
このシリーズはファンタジーの世界を描いているけれど、社会の中の差別の有り様については現実社会と変わるところはないように思う。
カレンスが仕方がないと思いながら、もしくは無自覚のうちに傷つけた妹や友人は、当然のことながら彼や己を取り巻く社会を酷く恨んでいる。侮蔑し、殺意すら抱き、カレンスが成長し自らの仕打ちに気付く頃にはその暗くて深い溝は決定的なものとなっていて、とても埋められるような生半なものではなくなっている。
でもカレンスには自らの行いを直視して、許されなくても彼らの傍にありたいという意思があった。これがとても尊いことだと思う。カレンスだけでなく事の次第を知った際のナタリアの潔い謝罪もすごい。そんな行動をとれることを尊敬する。
そしてカレンスに傷つけられた妹や友人は、彼の仕打ちを許せない、裏切りだと感じながらも、彼を愛していた心を捨てることが出来ない。
ここがこの話の好きなポイントだなと思う。一度は罪を犯すほどの暗い澱に囚われて、聖人君子みたいに全て水に流してまた仲良くしましょうなんてとても言えない。長年抱え続けた許しがたさや怒りの感情はそう簡単に忘れられるものじゃない。けれどそれと同時に愛することだってやめられない。そんな感情抱えたことのない私には想像もつかないけれど、相反するものを同時に抱えるのはとても苦しいことだろう。けれど救いでもあるのだろうな。笑顔なんて見せてやるものかと思いながらリーンベルが僅かに微笑んで見せるラストシーンに胸を打たれた。
ところでカレンスの事にばかり触れたけれど、表紙に出てくるもうひとりの主人公(?)アニエスが読んでいて大変気持ちの良い人物で一気に好きになってしまった。彼女は文句なしに作中一番格好良い人物だと思う。
彼女自身がなくしたいと願う差別については話の傍流なのか今作ではなにも進展がなかったけれど、頁の外側で少しずつ社会の有り様が変わっていくようにと願う。