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Posted by ブクログ
新人の方。
ファンタジーで差別について描こうというのは好印象。
欲を言えばその描き方。
これだけ魔導が穢れたモノという概念が浸透している世界で、魔導士がみな一様に「これは差別だ」と気付けるかどうか疑問。
むしろ魔脈を持って生まれた自分を罪に感じるほど、自己否定的に洗脳されていそうなものだ。
そんな世界では、「どうして俺たちは差別されなきゃいけないんだ」という疑問にすぐ至るとは思えないし、「差別する連中はくだらない」などという逆転の発想を被差別側が持つに至るのは、相当苦労するはずだ。
ところが主人公たちがさも当然のように上記の如く語ってしまうので、せっかくの重いテーマが軽く浅く感じられる。
ひいては魔導が卑しいとする世界観の説得力のなさにも繋がってくる気がする。
もったいない。
だがデビュー作でそこまで求める方が酷かな?
というわけで今後に期待。
Posted by ブクログ
ゼクスという少年は、セルディア人であること、そして魔導師であることによって、周囲から疎まれ、蔑まれていた。
彼は、自分を見下した者たちを見返したいという強い思いから、魔導師の最高機関「鉄の砦」を目指し、それを見事に成し遂げる。
セルディア人というだけで偏見の目を向けられながらも、命を預け合う小隊の仲間たちとの出会いによって、彼の心は少しずつ溶かされていく。
さらに、小競り合いだった戦いはやがて大規模な戦線へと発展し、その中でゼクスは功績を重ね、「大魔導師」とまで呼ばれる存在になる。
しかし、彼の心には常に暗い影が差していた。
そんな彼に、あるセルディア人がこう語る。
「怒りや憎しみから、人は他者を害したいという欲を持つようになる。道義を忘れ、捨て、その欲に屈する。それが膨らみに膨らむと、波となって大勢を飲み込む。それが魔物だ。」
この言葉を読んだ時、私の中にも“魔物”がいるのかもしれないと思った。
かつての私は、物事を優劣で捉え、常に優っていたいと思っていた。
優るために努力もしていたし、自分を下に見た人たちや、傷付けてきた人たちを見返したいとも思っていた。
力を誇示したいという気持ちもあった。
それはまさに、怒りや憎しみから生まれた感情だったのだと思う。
今は比較的落ち着いていて、その“魔物”が暴走することは少ない。
それでも、人との摩擦の中で、心の奥で蠢くのを感じることがある。
作中では、魔導が暴走しないように「躁魔」の技術を磨いていた。
それと同じように、人にも感情を制御する技術が必要なのだろうと思った。
けれど実際には、どれだけの人が感情をコントロールできているのだろう。
どれだけの人が、自分の中の“魔物”を抑えられているのだろうか。
感情の荒波を相手にぶつけることは、目には見えなくても、大きな影響を与える。
けれど心は見えないからこそ、自分が誰かを傷付けていることに気付けない場合も多いのだと思う。
作中には、「魔導を使うということは、あらゆる生命、死、狂気、恐怖と繋がるということだ」という言葉があった。
それは、人の感情にも通じるのではないだろうか。
感情と向き合うことは、自分自身と向き合うこと。
だからこそ、人は学び、経験を積みながら、自分の中の“魔物”と共に生きていくのかもしれない。
暴れさせないために、少しずつ制御の術を覚えながら。
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