大田直子のレビュー一覧
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時間欠乏の影響は、まったく異なる多くの分野で観察されている。大規模なマーケティング実験で、一部の顧客には有効期限つきのクーポンを送り、ほかの顧客には同じような期限なしのクーポンを送った(8)。すると、期限のないクーポンのほうが使える期間は長かったにもかかわらず、使われる確率は低かった。時間があまりないと思われないと、クーポンは注目を引かず、忘れられることさえありえる。
締め切りが有効なのは、まさに欠乏をつくり出し、注意を集中させる
なぜ欠乏がトレードオフ思考を生むのか、その理由が明らかになる。スーツケースが大きければ、人はいいかげんに荷づくりする。隅から隅までぎっしり詰めることはしない。あちこちに使われていないスペースが残る。私たちはこのスペースを、本来はゆるみやたるみを意味する「スラック」と呼ぶ。詰め方がゆるいので何も入らずに残る部分だ。
トンネリングと借金 なぜ人は何かが欠乏した状況に直面すると借金をするのだろう? トンネリングを起こすからだ。そして借金をすると、将来的にはさらに深みにはまる。今日の欠乏が明日の欠乏を生む。
重要だが緊急でない活動を後回しにするのは、借金に似ている。それをしないことで、今日は時間が浮く。しかし将来につけが回る。 -
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ネタバレタスク管理の本のようなタイトルだが、内容的には時間に限らず金銭も含めた「欠乏」の対処法。正論ではあるが凡庸な内容。経済的な欠乏が認知能力の欠乏にも繋がるという箇所以外は読む価値がどの程度あるのかやや疑問?
・欠乏は心を占拠し、満たされないニーズに心を向ける。空腹の場合は食物だし、多忙の場合はやらなければならないプロジェクトだ。
・欠乏にもよいところはあり、注意を他から奪い去ってひきつける。締め切りがあると集中できるのはそういうことなのだが、締め切りがあるふりをして、自分をごまかして一生懸命やるのは難しい。
・欠乏状態になると、トンネル効果がおこる。
例えば、「白いものをできるだけたくさん挙げてください」と言われるのと、「白いものとして雪や牛乳があります。他にどんな白いものを挙げられるか考えてみよう」と言われたのでは後者の方が難しくなる。これは白いものを考え始めた時に、その代表的な例である雪や牛乳に考えが戻ってくるからで、心理学的には「抑制」とよばれるものの理教である。一つのものに集中すると競合する概念が抑制される。
トンネルの中にはいると重要だが緊急でないことなどをトンネルの外に追いやって先送りしてしまうので、トンネルを抜けると次のトンネルに入るという悪循環(ジャグリング)に陥る。
・様々な種類の欠乏は共通した基盤があり、例えば貧しい人たちに金銭にまつわる心配が生じると、ひどい睡眠不足と同等かそれ以上の認知力が損なわれる。(金銭的に余裕のある人にはこういう効果はみられない)
・これを避けるためにはスラック(スーツケースの中の空き部分のような余裕)を作る。最初から意図的にスラックを作っておく。これという理由もなく、スケジュールに余分な空きを野押しておく
・長い期限はトラブルの元になる。初めのうちの豊かさが無駄を促し、期日が近づくころにはトンネリングとほったらかしが生じている。長い期限を段階的にいくつかに区切ると悪循環になる前に断ち切ることができる。 -
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下巻では量子多宇宙・ホログラフィック多宇宙・シミュレー
ション多宇宙・究極の多宇宙を扱う。最初の量子多宇宙こそ
目にしたことがあったが、その後の三つはほぼ初めて出会う
モノだった。特にラスト二つは科学というよりはSFに近い
感じ。この二冊を読んで一番心に残ったのは「コペルニクス
原理」。地球が太陽系の中心ではないように、太陽も銀河系
の中心ではなく、さらにはその銀河も宇宙の中心ではない。
我々は特別ではないのだ。
本当は単行本が出た時に読もうとリストアップしたこの本。
結局文庫版が出てから読むことになってしまった。ホント、
とっとと消化していかないと、だ(^^; -
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我々の住むこの宇宙はただ一つの宇宙─ユニバース─では
なく、他にいくつもある多くの宇宙の中の一つに過ぎない。
その「多宇宙(=平行宇宙=マルチバース)」について様々
な考え方、理論を詳しく紹介する本。この上巻ではパッチ
ワークキルト多宇宙・インフレーション多宇宙・ブレーン
多宇宙・サイクリック多宇宙・ランドスケープ多宇宙に
ついて扱っている。どの理論もどこかで一度は目にしたこと
のある理論だったので復習しているように読み進めることが
出来た。ただし、それほど簡単な内容ではないので注意。
読み進めることはできるがかなり頭を酷使した感じ。まぁ
久しぶりの宇宙論の本だったというのもあるだろうけど。
下巻に続きます。 -
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時間の欠乏と貧困は、それを生じる環境、仕組み仕掛けに囚われているから起こる。単純にマインドセットを変えれば済むという話ではない。
これはの人は、視野狭窄であるトンネリング、次から次の問題には翻弄されるジャグリングに見舞われる。それを回避するには、スラック、つまり「余裕」を持たせることである。
その「余裕がない」が当人の言い訳であるが、トンネリングの人は置かれた状況を是としているので改善方法に気付かない。深夜までフルに使っても手術をこなせない病院での例では緊急用の手術室を一つ開けるという手法をとったが、関係者は全員反対したという。
結局のところ、本書は万能薬ではない。しかしながら問題を解くためのヒントは十分である。改善を為すには問題の本質を見極め、関係者の反対にあっても断行しなければならない。そして一番重要なのは大局的な視点である。
私も昔テンパった時に助けて貰ったのだが、細かく分類して、余っているリソースにディスパッチしていくのがやはり効率が良かった。一つの業務にはスキルレスのものや、他の人の方が圧倒的に早いという場合は多いからである。
現在仕事で絶賛ジャグリング中であるが、良いタイミングでこの本に出会えた。感謝である。 -
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見てしまう人びと、やばい人の話っぽいタイトルであるが、医学的にはよく知られた幻覚について、書いた本です。患者の体験をいきいきと描くのが、オリバーサックスさんのスタイルで、この本でもそれが生きていると思います。著者自身が見てしまう人びとだからか、自身の体験が多く出てきますが、僕自身は、熱が出ても何も見えないし、寝たり起きたりしても何も感じないし、宗教も信じない人なので、脳疾患の人々以外の部分に関して、これほどあるのかな~と疑問を感じました。脳のメカニズムに関して、一部記載がありますが、手紙などからの体験が多く、もう少し脳について語ってほしい気はしました。
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以前からこの本のハードカバー単行本を書店で見かけ、気にはしていたのだが、突然文庫化されたので早速買ってみた。
著者は「レナードの朝」で有名な脳神経科の臨床医で、ここでは音楽にまつわる様々な脳現象(音楽が頭から離れない神経症的状況とか、脳の損傷の結果音楽が意味あるものとして把捉できなくなるといった症例とか)を豊富に列挙しており、音楽現象の一面として、興味深い。
ただし、著者は臨床医としての誠実さから、「わからない」ことはわかったように書かないため、諸事象の根本的な理由、その解釈が、読者には呈示されない。
その辺は興味本位で読んでいる我々にとってはちょっと不満である。解釈のほどこされない諸現象が列挙され、私たちは不安になってしまう。もちろん、これは自然科学の限界をよくわきまえた、極めて適切な書き方なのだが。 -
Posted by ブクログ
過去は現在よりも良き時代だったのか。
昔は・・・から始まる千年前から言われている定型句。
昔は電話やメールもなく、人と人との結びつきが強くて、料理は下手な化学調味料がなく素材の味を楽しめた。
山に行けば、手つかずの自然。
海に行けば、ごみひとつ無いエメラルドグリーンの美しい海。。。
ちょっとまってほしい。
病気にかかれば、薬はなく、黒死病にかかればほぼ間違いなく死ぬし、農耕は辛いし、重い納税が毎年課せられる(今もか・・・)。
どうも人間は過去を美しみ、将来を悲観する傾向にあるようだ。
悲観論書は、将来は石油がなくなり、人口が飽和し食物を争い、水は汚染され気温が上昇し海水面が上昇し人間の住む場所はなくなるという。
はたしでそうだろうか。
ここが本書の論点である。
石器時代は何も石がなくなったから終わったわけではなく、他に代替のテクノロジーが発見されたからである。
ローマ・クラブの「成長の限界」は未だに訪れないし、まだまだ人類は発展するし、それほど悲観する必要はないのだ。
まぁ、代替のテクノロジーによって過去に限界が訪れなかったからといって、今後もそうだとは言えないし論拠が薄いのですが、それほど強く将来を悲観する必要はないという事は同意である。 -
Posted by ブクログ
視力にまつわる医学エッセイ。
「みる」「読む」ということが、いかに精妙複雑な働きで成立しているかを教えられる。
反射した光を感知するだけでは駄目なのだ。それを「認識」できなければ意味はない。
りんごを見たとき、脳内で抽象化された「りんご」という概念と結びつけられなければ、その人はそれをりんごとして見ることすら出来ない。「紅くて丸いの」だ。
物の特徴を抽象化して分類することができなければ、隣の人の頭をスイカだと勘違いしたっておかしくはない。
むしろ人の顔を見分けるのすら高度なワザに思えてしまう。
立体視の素晴らしさについての体験記はとても心を打つ。
雪の一ひら一ひらのなかに身を置く自分を実感するということ…そういう感動を抱いたことなんて、私は今までなかった。
生まれたときから当たり前のように備わっている事柄だから意識しないけれど、もし失ってしまったら、一体世界はどのように見えるのだろうか。話を聞いて想像することは出来るけど、きっとそれは想像でしかない。
視覚心像についての言及も面白い。
その人の経験からくるものと、創造力からくるもの。
頭の中で見えるものって、一体どういう仕組みになっているのだろう。
触覚や聴覚から風景を「見る」ことが出来る…それは目から入った情報とは違うものでありながら、限りなく近いものだ。
足りないものを補完する力。
新しい環境に順応する力。
人間のからだに秘められた数々の可能性に驚かされる。