松岡正剛のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
部屋の整理の一環で、手放すかどうかを見極めるために、10年超ぶりに手に取った。結果、手放せない一冊になってしまった(笑)
本書を購入した時、私は自分の規格外の要領の悪さ、特に読むことと書くことが極端に遅いこと、をものすごくコンプレックスに感じていて、自分なりに試行錯誤しながら、その手の本を何冊も手に取った。しかし、どの本に書いてある方法を試してみても芳しい成果はなく、さらに複雑な迷路へと入り込んでしまった。
当時購入した「速読」や「文章の書き方」に関する本は、とっくにほとんど手放したけれど、本書をいまだに捨てきれず手元に残していたのは、ひとえに、松岡さんの読書の仕方がほんの少しだけ自分のと似ていたからだと思う。10年以上前に初めて読んだ時、世の中的には「邪道」とされる私の「読み方」「書き方」を少しだけ肯定してもらえたような、救われたような気がしたことを、今でも覚えている。
今回読み直してみて改めて感じたことは、自分なりに読書が捗る環境や方法が、たとえ世間一般には「NG」とされていたとしても、私自身がそれを否定する必要はまったくない、ということだった。むしろそれを出発点にして、「私の」読書世界をさらに広げていければ良い。これで堂々と寝っ転がって論文を読んだり、体調が悪い時にテレビを見ながら研究が出来る(笑)
もう一つ思ったのは、自分の中の「アナログ」を見直してみよう、ということだった。私は生来、デジタルより、断然アナログ派で、それは今もまったく変わっていないのだが、世の中の流れの速さにかろうじて付いていくにはデジタルの方が便利な場合が多いので、デジタルへどんどん偏っていく自分を許してしまっていた。松岡さんの思考法を拝見する限り、メモの取り方など、アナログとデジタルではやはり頭の働き方が違うので、恐れず、原点へ帰ってみようと思う。
自分の生活全般、人生丸ごとが出てしまうのは、読書も研究も同じ。良い機会なので、本書を参考に初心へ戻り、さらなる飛躍の糧としたい。 -
Posted by ブクログ
読書論的なものが総じて好きなので全体的におもしろかった。筑摩書房の編集・高田さんとの対談形式。あえてこうしたのだとか。会話調の文章を読むのは苦手だけどこれは読みやすいと感じる。
編集工学の部分は難しい、一度では理解しきれない。けどセイゴオさん自身、一回でわかるものではないと本書の中で言い切っているしそれはまた時期が来たら読み直そう。
どうしてもつきまとうのは、「セイゴオさんって、結局、すごい人なんでしょ」という気持ちかな。私は子どもの頃に文学全集もカラマーゾフも聖書も読まなかったし。それが偉いというわけではないけど、そんな漠然とした劣等感をいつか拭えたらいいなと思う。 -
Posted by ブクログ
ネタバレたたら
もののけ姫など
最初の黒船=中国
「稲・鉄・漢字」
林屋辰三郎『日本の古代文化』
「日本の古代働きながら柱の文化であり、中世は間の文化であった」
神さま→「御柱」
伊勢神宮や出雲大社その他の神社では、真柱そのものが神々です。
…山車だしや山鉾やまぼこでも、その中心を柱が担う
…「どんど焼き」や「ぼんてんさま」も高い柱になっている。
…日本家屋では(特に農家では)、必ず大黒柱が中心にありました。
[中世以降に出現する床の間にも床柱]
立てる文化
村立て国立て 身を立て志を立て
=「結界を立てる」
日本の神は「客神」
日本神話の冒頭は「結び」が重視
「地鎮祭」
産土うぶすな 産屋
神主による魂振り
マザーカントリー
漢字を大和言葉に当てはめる革命
賀茂真淵・本居宣長による「中国離れ」
この後の文明開花
アジアの稲ジャポニカかインディカ
祭りの文法「神迎え・神送り」
ハレ=晴れ ケ=褻
柳田国男 ハレ=殊 ケ=常
宗教社会学 ハレ=聖 ケ=俗
餅と白鳥伝説
数奇 好き 梳るくしけずる
東下り 路線バスの旅のルーツ
かぐや姫 一寸法師
ポケモン たまごっち
柳田国男『桃太郎の誕生』
小さ子という伝承形態
石田英一郎『桃太郎の母』
スクナヒコナ
lesser art minimalism
芥川龍之介の卒論はモリス
レフ・ヴィゴツキー
バサラっぽい 歌舞伎っぽい
P.242〜
小松和彦『経済の誕生』『神々の精神史』 -
Posted by ブクログ
著者の提唱する「編集工学」の観点から、16のキーワードを通して日本文化の特質にせまろうとする本です。
「はじめに」で著者は、たらこスパゲッティをはじめて食べて、「よしよし、これで日本はなんとかなる」と確信したことを回想しています。おなじく著者は、コム・デ・ギャルソン、ミヤケイッセイ、ヨウジヤマモト、井上陽水、忌野清志郎、桑田佳祐、大友克洋らの仕事にもたのもしさをおぼえ、やはり「よしよし、これで日本はなんとかなる」と確信したといいます。本書は、「日本文化の核心」という大上段に構えたタイトルをあたえられていますが、著者は「核心」が実体的に存在しているかのような語りかたを回避し、むしろさまざまなものを「編集」するスタイルに、日本文化の特質を見て取ろうとしていることが、これらの例に明瞭に現われ出ているように感じます。
さまざまな時代を横断的に眺めわたし、共通するスタイルを発見していく著者らしいスタイルで書かれた日本文化論といえるように思います。こうした著者の戦略は、文化的ナショナリズムの陥穽を避けつつ、日本文化をテーマにして語る一つの実例を示しているようにも感じられて、興味深く読みました。ただ、伝統的な文化と現代文化のへだたりをあまりにも軽々と飛び越えていく著者のアクロバティックな議論に、正直なところ着いていけないと感じてしまったところもあります。