谷甲州のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ新田次郎の「孤高の人」に出てくる加藤文太郎よりかなり駄目人間として描かれる加藤文太郎が良い。
勿論登山家としてのスキル実績はすごいのだけど(岩場が苦手とかあるけど)、人付き合いは徹底的に苦手で相手に誤解ばかり与えている、その上でカッコつけでメンツを気にするタイプ、親が危篤でも山優先、有給は使い切って会社の上司に睨まれる…
読んでいてなんだか滑稽だし、自分に似ているなぁと思うところもあったりして(孤高の人でに描かれる文太郎は超人的すぎて似ているとか思うとこなかったな)、シンパシー感じながらグイグイ読まされた。
厳冬期のアルプスなんて俺には一生縁がないだろう山なんだけど、加藤文太郎の足元の蟻的なへっぽこ中年登山家見習いであっても、単独行を選ぶ気持ち、なのに人恋しさにジリジリする気持ち、なんとなく分かるのである。
山でなくても、例えば酒を呑む事でもそう。一人酒だとそう悪酔いすることなくスッキリ楽しく酒に向き合える、だからこれからは一人酒だけを楽しんで行こうと思った瞬間、大勢で賑やかに呑む宴会にどうしようもなく惹かれたりする。そしてそういう場に呑みに行って場を乱して居づらい思いをしたりする。
…俺は酒場の加藤文太郎か!
文庫本下巻のあとがきにかかれた「孤高の人」のオマージュとしてしかけられたラストシーン…なんとなくあそこかなぁ。でももう一度「孤高の人」ざっと読み返して確認してみようかなぁ。
ムッサ山に行きたくなってきた。とりあえず高取山(笑 -
Posted by ブクログ
1973年に発表され、社会現象ともなった小松左京(1931~2011年)氏の『日本沈没』の続編で、2006年に小松左京氏と谷甲州(1951年~)氏の共著(執筆は谷氏)として刊行された。「続」ではなく「第二部」とされているのは、小松氏にはもともと、難民となって世界中に散っていった日本人の行く末を描く第二部の構想があったためで、小松氏と氏を慕う若手SF作家(谷氏や森下一仁氏)を中心に執筆プロジェクトが立ち上げられ、老齢であった小松氏の代わりに谷氏が執筆を担当したものである。
舞台は、日本が沈没した25年後の世界で、日本人は、ニューギニアやカザフスタンなど世界各地に散らばり、難民として様々なコミュニティを形成して生活し、また、日本の政府機能はオーストラリア北部のダーウィンに間借りする形で存続し、第一部で科学者として登場した中田が首相を務めていた。
テーマは、「日本人とは何か」、「国家とは何か」という壮大なもので、具体的には、故国・日本を知らない若い世代が増える中で、日本人としてのアイデンティティが失われつつあることへの危機感が描かれる一方、中田首相は、旧日本海に巨大な人工島を建設して、世界に散った日本人を再び集める計画を進めるが、その過程で、日本政府が開発したスーパーコンピューター「地球シミュレータ」が地球の寒冷化を予測し、世界規模での難民化が新たな課題となるのである。
尚、全体の構成は以下の通りである。
<上巻>序章:竜を悼む、第1章:慰霊祭、第2章:彷徨える日本人、第3章:日本海、第4章:難民たち
<下巻>第5章:地球シミュレータ、第6章:凍る山河、第7章:流氷の海、第8章:政変、終章:竜の飛翔
私は、第一部が社会現象になった頃、小学生だったが、家にもカッパノベルズ版の同書はあった。その第一部を最初に読んだのは、はるか以前のことであるが、第二部は気にはなりながら、今般漸く読む機会を得た。
読み終えてまず感じたのは、この本は今こそ読まれるべきだということだ。というのは、近年、トランプのアメリカをはじめとした少なからぬ国で自国ファースト主義が支持されるようになっており(日本も例外ではない)、本書の「民族(日本人に限らない)とは何か」、「国家(日本国に限らない)とは何か」というテーマは、今まさに問われるべきものだからである。
私は、本書の各場面をそれなりに楽しみながら読んだが(やや冗長と感じる部分も正直あったが。。。)、強烈に印象に残ったのは、下巻で、中田首相と鳥飼外相が、将来の日本人・日本のあるべき姿について、激論を交わす場面である。そのとき、中田首相は、日本人としてのアイデンティティを維持するためには、愛国主義(パトリオティズム)やナショナリズムが大事だと主張し、一方の鳥飼外相は、世界市民主義(コスモポリタニズム)こそ重要だと反論した。そして、物語の最後では、地球規模での危機が避けられないものと認識した中田首相は、自らの後を鳥飼外相に託すのである。
私は、パトリオティズムとコスモポリタニズムのどちらかが正解だとは思わないし、鳥飼外相がコスモポリタニズムで成功した唯一の民族と言ったユダヤ人の国家イスラエルが、現在ガザで未曽有の大虐殺を行っていることも事実だ。
大事なことは、自分にとって気持ちのいい主義・主張を鵜呑みにするのではなく、様々な異なる立場を受け入れつつ、自らの頭で考えることなのだ。そして、短絡的な自国ファースト主義が声高に唱えられる今こそ、それが最も求められると思うのである。
(2025年7月了) -
Posted by ブクログ
1973年に発表され、社会現象ともなった小松左京(1931~2011年)氏の『日本沈没』の続編で、2006年に小松左京氏と谷甲州(1951年~)氏の共著(執筆は谷氏)として刊行された。「続」ではなく「第二部」とされているのは、小松氏にはもともと、難民となって世界中に散っていった日本人の行く末を描く第二部の構想があったためで、小松氏と氏を慕う若手SF作家(谷氏や森下一仁氏)を中心に執筆プロジェクトが立ち上げられ、老齢であった小松氏の代わりに谷氏が執筆を担当したものである。
舞台は、日本が沈没した25年後の世界で、日本人は、ニューギニアやカザフスタンなど世界各地に散らばり、難民として様々なコミュニティを形成して生活し、また、日本の政府機能はオーストラリア北部のダーウィンに間借りする形で存続し、第一部で科学者として登場した中田が首相を務めていた。
テーマは、「日本人とは何か」、「国家とは何か」という壮大なもので、具体的には、故国・日本を知らない若い世代が増える中で、日本人としてのアイデンティティが失われつつあることへの危機感が描かれる一方、中田首相は、旧日本海に巨大な人工島を建設して、世界に散った日本人を再び集める計画を進めるが、その過程で、日本政府が開発したスーパーコンピューター「地球シミュレータ」が地球の寒冷化を予測し、世界規模での難民化が新たな課題となるのである。
尚、全体の構成は以下の通りである。
<上巻>序章:竜を悼む、第1章:慰霊祭、第2章:彷徨える日本人、第3章:日本海、第4章:難民たち
<下巻>第5章:地球シミュレータ、第6章:凍る山河、第7章:流氷の海、第8章:政変、終章:竜の飛翔
私は、第一部が社会現象になった頃、小学生だったが、家にもカッパノベルズ版の同書はあった。その第一部を最初に読んだのは、はるか以前のことであるが、第二部は気にはなりながら、今般漸く読む機会を得た。
読み終えてまず感じたのは、この本は今こそ読まれるべきだということだ。というのは、近年、トランプのアメリカをはじめとした少なからぬ国で自国ファースト主義が支持されるようになっており(日本も例外ではない)、本書の「民族(日本人に限らない)とは何か」、「国家(日本国に限らない)とは何か」というテーマは、今まさに問われるべきものだからである。
私は、本書の各場面をそれなりに楽しみながら読んだが(やや冗長と感じる部分も正直あったが。。。)、強烈に印象に残ったのは、下巻で、中田首相と鳥飼外相が、将来の日本人・日本のあるべき姿について、激論を交わす場面である。そのとき、中田首相は、日本人としてのアイデンティティを維持するためには、愛国主義(パトリオティズム)やナショナリズムが大事だと主張し、一方の鳥飼外相は、世界市民主義(コスモポリタニズム)こそ重要だと反論した。そして、物語の最後では、地球規模での危機が避けられないものと認識した中田首相は、自らの後を鳥飼外相に託すのである。
私は、パトリオティズムとコスモポリタニズムのどちらかが正解だとは思わないし、鳥飼外相がコスモポリタニズムで成功した唯一の民族と言ったユダヤ人の国家イスラエルが、現在ガザで未曽有の大虐殺を行っていることも事実だ。
大事なことは、自分にとって気持ちのいい主義・主張を鵜呑みにするのではなく、様々な異なる立場を受け入れつつ、自らの頭で考えることなのだ。そして、短絡的な自国ファースト主義が声高に唱えられる今こそ、それが最も求められると思うのである。
(2025年7月了) -
Posted by ブクログ
1 前編の「日本沈没」は、小松左京氏の著作です。日本列島が海底に沈むという、奇想天外な物語です。発刊当時は、大ベストセラーとなり、日本推理作家賞などを受賞しました。地球物理学の解説が盛り込まれ、修士論文に値すると高評価もあったそうです。
2 第二部上では、国土を失った日本人達が、世界各地に散らばって、地域住民と問題を起こしながらも、懸命に生きようという生き様が描かれています。この第二部では、日本沈没は、次なる災害の前触れにすぎず、地球が寒冷化し、北半球の中緯度地帯以北が氷結してしまいます。生き残った人類は僅かな土地でいき続けなければならなくなります。
3 本書の中から、気になった箇所を意見を交えて、2点書きます。
(1)「日本は資源に乏しく、狭隘な土地に1億人もの国民が暮らしていた。洗練された最先端の技術が、国を支えた。さらに、高い教育水準と勤勉さ及び組織力が、技術レベルを嵩上げした」 ⇒ 森嶋道夫氏の著書の一節です。「日本は資本主義の優等生だが、このまま進行すると、途上国に工業振興のチャンスを与えず、すべての国を食い潰してしまう」です。自分達の繁栄だけを望んでいると、必ずしっぺ返しがあるという事です。何事も、節度とバランスある行動が必要です。
(2)「アメリカは自分達の生き残りを最優先にして、情報を操作している。圧倒的多数を占める途上国の住民を見殺しにする事も厭わない」 ⇒ 世界情勢に目を向けると、各地で大国のエゴが散見します。それに対し、
我々が出来る事を思い浮かびません。そうは言っても、普段から世間情勢に関心を持ち、例えば、選挙には立候補者を吟味する等、ちょっとした事の積み重ねが大切と思います。
4 日本沈没第二部上下を読んだ感想まとめです。
(1)良かった点⇒災害大国である日本では、災害を避ける事は出来ません。地震や台風、それにコロナもあります。備えは、難しいものの、普段からの心構えが基本です。私の信条は、“良くない事には、最悪の事態を想定して当たる”です。
(2)要望⇒①登場人物が多彩で、混乱する事があります。他の小説で人物リストが最初についていました。本書もあるといいですね。 ②各地で暮らす人達の切実さが伝わりません。もう少し、庶民を登場させて、発言させる場面があると良い。読者の立場に配慮したシナリオ作りが欲しいと思います。
◆何れにしても、災害国に生まれ育ち、これからも生活し続けなければならない我々への有益な警鐘には違いありません。 -
Posted by ブクログ
1 本書は、小松左京氏の「日本沈没」の続編です。日本沈没では、日本列島が四国を皮切りに次々と海底に沈みます。犠牲者は、2,000~3,000万人で、約8,000万人が国外に脱出し、世界各地へと散りばりました。ここから第二部が始まります。
この第二部上は、日本が滅亡した後に、生き残った人達が流浪の民となって各地で生き延びようとする物語です。
2 本書で、気になった箇所を、意見を加えて、2点書きます。
(1)パブアニューギニアでは、日本人は順調に暮らします。しかし、「この国の住民と日本人入植者の格差は大きくなっていくばかりです。日本人ばかりが豊かになって、パブアニューギニア人の恨みを買うことになりかねない」という記述です。 ⇒ 島国育ちで、世界をあまり経験していない日本人のエゴが露見したのでしょうか。私の偏見かもしれません。
(2)カザフスタンでも、「日本人は憎悪の対象になります。買い占めた食料を相場の10倍以上の値段で売りつけた日本人がいたらしく、現地住民の怒りを買い、日本人に対する襲撃が相次ぎます。 ⇒ 日本人の勤勉さと集団主義(よそ者排除)が悪い方に作用したのでしょう。
3 感想まとめです。
(1)作中で、首相は「日本の復興は残された者の義務」と思い、各地に散らばっていた日本人を集結させたいと考えます。しかし、各地では、日本人の醜態もみられます。確かに、日本は島国単一民族で、教育水準の高さと集団主義などを武器にして、目覚ましい経済発展を遂げました。反面、行き過ぎもあり、反感を買ったのも事実です。バランス感覚の欠如と言わざるを得ません。
(2)国土を失った日本が遊民となって、どのように生きていけばよいのか、難しい問題です。言える事は、他国で生活するには、共存共栄の精神が必要です。自身の利益に固執するだけでは、良い結果は得られません。グラーバル化が進行する今こそ、考え続けなければならない重いテーマです。