ダロンアセモグルのレビュー一覧
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ネタバレ世界にはなぜ豊かな国と貧しい国が存在するのか、本書は、政治・経済上の「制度」による違いがその理由であることを古代ローマから、マヤの都市国家、中世ヴェネツィア、名誉革命期のイングランド、幕末・明治期の日本、ソ連、ラテンアメリカとアフリカ諸国、現在の中国といった広範な事例を用いて説明するもの。
これからの日本を考えると、既得権益に縛られずに、世の中のニーズに応じた創造的な技術・仕組み・取組みが自由活発に進められる社会により良く変えていくことが重要で、政治・行政としてもその基盤を作ったり、後押しすることが役割になろうと感じました。
今後の日本、また世界を考えていく上で必読の良書です。ちなみに、筆者は同じヨーク大学・LSE出身の政治経済学者で親近感があります。
【ポイント】
・豊かな国には自由で公平、開放的な経済制度があり、技術革新・創造的破壊による持続的な発展のインセンティブがある(一方で、権力者が国家を食い物にして民衆から収奪する仕組みあり)。また、法の支配、民主主義、多元主義といった政治的基盤がそれを支えている。
・日本の明治維新とその後の経済発展は、イギリス名誉革命、フランス革命と並んで偶然性も相まった稀有の出来事。
・現在の中国の急速な発展も、既存技術の導入などに留まっており限定的で、政治的な開放がなされていない統制的な経済制度では、長続きしないのが歴史的な必然。
・あくまで制度という人間によって左右できるものが主要因であることは楽観的、一方で、人の問題であるがゆえ一度形作られた制度は硬直的でなかなか変わらないことは悲観的(奴隷制、植民地時代の制度が未だに残っているアフリカ、南米など)。
・これまでの国際機関や開発機関による「開発援助」は往々にして途上国の時の権力者を肥太らせ、また国際機関から現場に至るまでに幾重にもピンはねされるために、真の援助が必要な大衆には届かず、必要な制度を作るにも至っていないのが現状。一方で、何もしないよりは何かした方がマシなのも事実。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ世界にはなぜ豊かな国と貧しい国が存在するのか、本書は、政治・経済上の「制度」による違いがその理由であることを古代ローマから、マヤの都市国家、中世ヴェネツィア、名誉革命期のイングランド、幕末・明治期の日本、ソ連、ラテンアメリカとアフリカ諸国、現在の中国といった広範な事例を用いて説明するもの。
これからの日本を考えると、既得権益に縛られずに、世の中のニーズに応じた創造的な技術・仕組み・取組みが自由活発に進められる社会により良く変えていくことが重要で、政治・行政としてもその基盤を作ったり、後押しすることが役割になろうと感じました。
今後の日本、また世界を考えていく上で必読の良書です。ちなみに、筆者は同じヨーク大学・LSE出身の政治経済学者で親近感があります。
【ポイント】
・豊かな国には自由で公平、開放的な経済制度があり、技術革新・創造的破壊による持続的な発展のインセンティブがある(一方で、権力者が国家を食い物にして民衆から収奪する仕組みあり)。また、法の支配、民主主義、多元主義といった政治的基盤がそれを支えている。
・日本の明治維新とその後の経済発展は、イギリス名誉革命、フランス革命と並んで偶然性も相まった稀有の出来事。
・現在の中国の急速な発展も、既存技術の導入などに留まっており限定的で、政治的な開放がなされていない統制的な経済制度では、長続きしないのが歴史的な必然。
・あくまで制度という人間によって左右できるものが主要因であることは楽観的、一方で、人の問題であるがゆえ一度形作られた制度は硬直的でなかなか変わらないことは悲観的(奴隷制、植民地時代の制度が未だに残っているアフリカ、南米など)。
・これまでの国際機関や開発機関による「開発援助」は往々にして途上国の時の権力者を肥太らせ、また国際機関から現場に至るまでに幾重にもピンはねされるために、真の援助が必要な大衆には届かず、必要な制度を作るにも至っていないのが現状。一方で、何もしないよりは何かした方がマシなのも事実。 -
Posted by ブクログ
2014年30冊目。
包括的政治制度が包括的経済制度を生み出し、それによって勃興する新しい層が多元性を生み出して包括的政治制度を支える好循環がある一方で、
収奪的政治・経済制度を持つ政権を打倒したところで、新たな政権は同じ制度を繰り返す、更には強化してしまうという悪循環も存在する。
悪循環を断ち切り好循環へと転じる歴史的事例は確認できるものの、それは生半可なことでは起こらないという印象を受けた。
「国家の貧しさは、エリートによって意図的に生み出される」という大きなメッセージを受け取った。
リーダーの良し悪しが政治において決定的だとは聞いていたが、その重いが強まった。
これからの世界の発展を考えるのに、非常に重要な示唆を得た。 -
Posted by ブクログ
2014年25冊目。
わずか一枚のフェンスで区切られた「ノガレス」の北と南で大きな経済的格差が生じるのはなぜか。
地理・気候・民族が同じ北朝鮮と韓国でこれだけ貧富が違うのはなぜか。
国家の貧富を左右するのは「地理」「病気」「文化」ではなく、
“収奪的”ではなく“包括的”な経済「制度」とそれを構築する政治「制度」が有るか否かだというのが、本書の主張である。
■「収奪的制度」:絶対主義、一部のエリートによる支配、新技術導入への渋りや妨害、商業の独占・・・etc
■「包括的制度」:多元的政治体制、議会の機能、イノベーション(創造的破壊)への寛容性や促進、認められた財産権・・・etc
これらの制度の違いによって(たとえ小さな相違でも)、決定的帰路(たとえば、「新大陸の発見」や「産業革命」)が訪れた際に、その恩恵を享受して継続的な発展を手にできるかどうかが決まるという。
収奪的制度の元でも、一定の発展は見受けられる。
しかし、包括的制度の元での発展と違うのは、そこに「持続性」が認められないこと。
これらの主張を、原始時代、ローマ帝国、コンゴ民主共和国、ロシア、産業革命前後のイギリス・・・非常に広範な歴史を紐解いて論じている。
■巻末に出展と解説が多少あるものの、脚注がないため、やや信憑性に欠ける部分がある
■全ページが塗りつぶしたように文字ばかりで、箇条書きでのまとめなどがないため、読み辛さを感じる時がある
などの点は気になったが、「全ては制度」という明快な主張を通していて、一読の価値はとても高いと思う。
下巻では明治維新に至る日本の事例も出るそうなので楽しみ。 -
Posted by ブクログ
2013年刊行。
MIT教授(経済学)のダロン・アセモグルと、ハーバード大教授(政治学)のジェイムズ・ロビンソンによる共著。
「なぜ世界には経済的に成功した豊かな国々と、長年貧困に苦しむ国々に分かれるのか?」の疑問に答えることを目指した本。
発刊直後から世界的に好評を集めている本書だが、ボリュームは多い。
文章は比較的平易で、数式やモデルは割愛した一般読者向けの内容なので読みやすい。ただ、ひたすら同じ主張を、古今東西の多様な事例を用いて繰り返す構成になっているので、冗長。完読するには根気が必要だった。
著者らの主な主張は最終章に網羅されているので、これを読めば正直十分。
本書の内容を簡単にまとめる。
まず、政治と経済の体制には、包括的(inclusive)と収奪的(extractive)の二通りが存在する。
包括的政治制度とは、政治権力を幅広く多元的に分配し、ある程度の中央的集権化を達成できて、その結果、法と秩序、確実な所有権の基盤、包括的市場経済が確立されるような制度である。
収奪的政治制度は、権力を少数の手に集中させ、その少数が自らの利益のために収奪的経済制度を維持・発展させることに意欲を燃やすような制度を指す。
所有権を強化し、平等な機会を創出し、新たなテクノロジーとスキルへの投資を促す包括的経済制度は、収奪的制度よりも経済成長につながりやすい。
収奪的制度は多数の持つ資源を少数が搾り取る制度で、所有権を保護せず、経済活動へのインセンティブも与えないからだ。
それぞれの制度はともに循環を生む。収奪的制度から抜け出すのは容易ではない。
しかし、それらは絶対的ではなく、決定的な岐路(14世紀のペストや産業革命など)によって移行がもたらされる場合がある。
既存の制度のわずかな違いが、大きな変化を生むのだ。
その上で、より包括的な制度への移行には、多様な社会集団が、その多様性を維持したまま、現支配者を打倒するための「連合」を首尾よく組むことが必要である。
仮に電撃的な体制転覆が成ったとしても、特定の個人や同質的集団が権力奪取の主体となるのであらば、相変わらずの権力私物化に立脚した収奪的政治の再生産となる危険が高いというわけである。
以上が本書のおもな主張である。
これらが多様な実例を引用して解説され、さらにこれまで貧困国と繁栄国の差異を説明してきた多くの説(地理説、文化説、指導者の無知説など)に反駁していく。
非常に興味深い内容で腹落ちできたが、冒頭に述べた通り、非常にボリュームが多い。
また、本書内で展開される近代中国史と、本論を踏まえた今後の展開の予測は一読に値すると思う。
時間に余裕がある時に読み、教養として身につけたい一冊。
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Posted by ブクログ
現在の日本は、専横のリヴァイアサンと不在のリヴァイアサンの間にある狭い回廊、足枷のリヴァイアサンに留まっている状態である。
つまり、国家と社会が均衡状態にあるといえる。
本書を読むと、狭い回廊に居続けるのは容易ではなく、国家か強くなりすぎると専横のリヴァイアサンに、社会が強くなりすぎると不在のリヴァイアサンに陥ることになるという。
その国家において、市民か自由で居られるかどうかはとても重要なことであり、ただ、それを手にすることがいかに難しいかを、本書では古今東西のさまざまな国家の歴史や出来事を例に挙げながら説明している。
内容が分厚いため本書の全てを理解したとはとても言えないが、国家と社会の関係性について新たな見方を提示してくれた良書だった。 -
Posted by ブクログ
豊かさの国家間差を生む最大の要因は国家制度が包括的もしくは収奪的かの違いであり、地理説、文化説、無知説というような従来の定説では「国境を境とする2つの街の豊かさの差」を説明がつけられないとし、国家制度による国力発展への影響を様々な歴史事例から多角的に分析した本。
権力による政治変革・自由競争の阻害は悪循環を生むため、世界各地域で走る保護主義政策はいずれ行き詰まるのではないかと感じた。近年大きく進んだグローバル化への揺り戻しではあるが、元の場所まで着地することはないだろう。
一方、この本からでは政治権力と市場には限りなく自由と流動性を与えるのがよいと読めるが、その場合は国内の分断が限りなく進むため、再分配の強化という形での政治介入は必要なのでは?と感じた 。例えばアメリカは自由競争で多くの破壊的イノベーションを生んだけども、その代償として埋めようのない分断が生じてしまった。
事例紹介のボリュームが多く、少々冗長に感じたが、いまのタイミングだからこそ読む意味がある本だった。 -
Posted by ブクログ
面白かった。が、本当にそうなのかなという思いが拭えない。20世紀の一時期だけ経済成長と労働分配率が同時に上がっただけで、本来的にテクノロジーの進化の利益は投資できる資本家のものじゃないのだろうか。人類は経済活動に倫理観を取り込んできたのだと思うが、その蓄積が20世紀の一時期に社会福祉に向かったものの、その後、新自由主義の価値観に揺り戻されただけな気がする。テクノロジーの使い方や分配方法は選べなくて、そのときの価値観が支配的。戦争とか暴動とか災害とか発見とか、何か契機があってガラっと価値観が変わる、その動態という感覚。倫理観、社会やコミュニティへの信頼が大事。あとパワーバランスは柄谷行人を読まないとと思った。
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Posted by ブクログ
ネタバレ国家が貧困を免れるのは、適切な経済制度、特に私有財産と競争が保証されている場合に限られる。
エジプトが貧困なのは、砂漠や気候、土壌、文化的特性、イスラム信仰、間違った政策、ではない。限られたエリートによって支配されてきたから。
イングランド、フランス、合衆国、日本、ボツワナ、ブラジルで政治変革が起きたために、豊かになった。
アリゾナ州ノガレスと、メキシコのソノラ州ノガレス。同じ地域、気候風土だが、生活は全く違っている。メキシコは独立後50年間、政情不安にあった。アメリカの銀行は、競争があった。メキシコの銀行間にはなかった。政治家は、選挙で勝つためには銀行と結託したくても続けられなかった。メキシコのカルロススリムは、イノベーションによって財を成したのではなく、政治的モネによって、民営化された独占通人企業を手に入れたことで財を得た。
経済制度は経済的インセンティブをもたらし、イノベーションを起こす。どのような経済制度を受け入れるかは政治的プロセスであり、これを決めるのは政治制度。政治家が国民の代理人になるか、自らの権力を乱用するか。成文憲法や民主的制度にとどまるのではなく、社会のあり方も決める。
制度と法の支配と安定性と継続性が保証されているからこそ、繁栄に向かうインセンティブを生む。
繁栄は経済制度で決まるが、それを決めるのは政治制度。
不平等の原因としての地理説では、豊富な生物と植物がいるインド、中国を説明できない。新石器革命が起きたのは、中東だたが、オスマン帝国の支配により貧しいままとなった。
コンゴは中央集権化された国家だったが、銃を奴隷を捕まえて輸出するためにつかった。コンゴは王によって、没収や課税のリスクを抱えていた。新しいテクノロジーを取り入れるインセンティブはなかった。鋤をつかって農業生産力を上げても、取り上げられる危険があるため、奴隷輸出を選んだ。
中国は、数百万の飢餓の経験から、共産主義から市場的インセンティブへの転換を図ったため、成功したが、これは政治が変わったから。
繁栄の達成の多くは、政治的問題の解決にかかっている。政治問題は解決済みではない。
韓国は民主的ではなかったが、私有財産と市場経済を認めた。そのため急速な経済成長がおきた。北朝鮮は私有財産をもてないため、生産の増進や維持のインセンティブがない。新しいテクノロジーを受け入れる余地がない。
収奪的な経済制度と包括的な経済制度の違い。私有財産、イノベーションだけでなく教育にも及ぶ。
収奪的な政治制度と包括的な政治制度の違い。政治とは社会のシステム、ルールを選ぶプロセス。
その前に、中央集権化された国家権力が必要。ソマリアでは多元的な政治勢力が争うため、実質的な権威が不在。
収奪的な政治制度と経済制度は、互いに支え合い持続しやすい。
包括的な経済制度は包括的な政治制度の上に作られる。恣意的な講師を抑制する。
経済成長は創造的破壊から起きる。収奪的制度ではそれが恐怖となり、イノベーションを抑え込もうとする。
オーストリア=ハンガリー帝国とロシア帝国は、貴族階級が強く、失うものが多いため、産業化が阻まれた。
成長が進むのは、経済的特権の喪失を心配する者、政治権力が失われることを心配する者、による妨害がない場合。
現代のコンゴ民主共和国は依然として貧しい。成長を促す経済制度がなく、収奪的な経済制度になっている。一部のエリートに政治権力が集中しているため、経済発展を促すインセンティブがない。中央集権化も起きない。取って代わる政権も、収奪的制度を繰り返す。
経済制度が収奪的でも、エリートたちが生産性の高い活動に投資すれば経済成長は起きる。カリブ海諸国、ソビエトの経済成長の例。
韓国は、経済制度が包括的だったため、収奪的な政治制度を維持する必要がなくなった。軍隊や政治を支配しても、得るものは少ない。
どちらもケースでも、中央集権的な国家がなければ成り立たない。部族間の対立があると、取って代わった勢力も収奪的にならざるを得ない。
ペストはヨーロッパを襲ったが、少しの違いから収奪的制度を壊す働きをするか、より収奪的制度の出現を許すか、の違いが起きる。
スペイン国王は、アメリカ帝国から金と銀を得たが、イングランド国王は財政的に豊かではないため、増税のため議会の承認を得る必要があった。
イギリスでは国王は貿易を独占できなかったが、スペインやフランスはできた。これが産業革命につながった。
東欧は農奴がいたが、西欧では少なかった。
ベネティアは、一部の独占エリートが収奪的制度を復活させた。
北米は、英国、フランスの植民地政策で決まった。ラテンアメリカはスペインの植民地政策で骨格が決まった。中東はオスマン帝国の植民地政策で決まった。
中国はアヘン戦争のあとも絶対王政を崩そうとしなかった。日本は、外圧と明治維新で包括的な政治制度ができた。
中央集権的体制があれば、なんらかの規則を実施することができる。収奪的制度であっても、富を奪おうとすれば富を生み出す必要があり、資源を特定分野に集中させることで成長はできる。既存の技術を下にした成長しかできない。ソ連の例。成長は早いが終了するのも早い。
経済的インセンティブはない。エリートは、持続的変化を嫌う。
スターリンは、インセンティブがないと働かないことを理解していて、その仕組みを作った。しかしボーナス制度は、常に業績不振がスタートの方が都合がいいことに気づかなかった。利潤動機ではなく、算出目標が同期だとイノベーションは怒らない。良いアイデアを思いつくことは強制できない。
コンゴ共和国の川を挟んだ2つの部族、レレ族は貧しいが、ブショング族は裕福。はなぜ起きたか。政治制度が違う。ブショング族は収奪的で絶対王政ではあったが、中央集権体制があった。収奪スべき富を生み出すために、ある程度の経済的繁栄は動機される。富は少数エリートに集まる。しかし、包括的な政治制度の場合と全く違うのは、それが持続不可能ということ。支配が続く場合は、創造的破壊とイノベーションが不足するので、成長は長続きしない。内紛と政情不安がおきると、政府は転覆するが、その後に出現する政治もやはり収奪的である。
ベネチアの遠距離貿易は、国営化し貴族のものになったことで、没落が始まった。包括的制度は反転することがある。小さな相違ははかないもの。
ローマ帝国は共和国から帝国へ移行して収奪の比重が増し、内紛や内戦がおきて崩壊した。
労働者の抑圧に基づく経済、奴隷制、農奴制、はイノベーションとは無縁。
いまでも、アフガニスタン、ハイチ、ネパールなどは政治的中央集権体制が欠けている。これは工業化の前提条件。
エリザベス一世とジェームズ一世は、靴下の機械化の特許を却下した。失業が生まれれば政治的不安定を生み、国王の権力を脅かすと考えた。収奪的制度はイノベーションを歓迎しない。
イギリスでは、名誉革命で王の収奪的制度を破壊した。専売品は国王のものではなく、国家のものになった。同時に中央集権化も進んだ。これが産業革命への糸口となった。包括的経済制度のたまもの。
オスマン帝国は、活版印刷が発明されても印刷を禁止した。民衆に知識をつけないため。印刷機の創造的破壊に反対した。
スペインは絶対王政が樹立されていたことが収奪的制度が持続した原因。イングランドでは名誉革命で絶対王政が敗北したことで、発展した。スペインは、むしろ絶対王政が強固になった。私有財産の曖昧さ、貿易の独占、公職の世襲など。
ロシアやオーストリアハンガリー帝国では鉄道も権力者の反対で敷設できなかった。国家が人々の繁栄を望まなかった。農業中心の社会のほうが都合が良かった。鉄道で革命がやってくる、と考えた。
明、清が交易に反対したのは、創造的破壊への恐怖から。国内市場は大きかったがイノベーションを起こすほどではない。
エチオピアでは、国王が気まぐれに土地を与えたり取り上げたりした。そのため、耕し、面倒を見るものはいなくなった。自分が収穫できるとは思わないから。 -
Posted by ブクログ
少し難しい内容でした。
上巻で人類の歴史上、技術革新が起きたら特権階級の人が富を得る、労働者階級の人は今まで以上の成果を同じ時間で求められるようになった。という内容だったと思います。
下巻では、自動車工場等で労働者が集まり、労働組合を設立したことで、対抗策を作り技術向上に伴う利益の分配を求めることが出来た。
このことから、技術革新の恩恵を分配する仕組みが格差を縮める方法であると予想される。
ここ最近の技術革新とされる人工知能(AI)にも同じことが言える。この技術が特権階級に有利に働く事になれば、富の格差は広がってしまうだろう。
このAIの技術は会社の経営者と労働者の話ではなく、国家と国民の規模だと思いました。