昆虫好きの青年が旅先で遭遇する事件の謎を解く連作短編ミステリー。シリーズ1作目。
◇
吉森は定年退職後、ボランティアでドングリ公園の見回り隊員をしている。
ドングリ公園は街の憩いの場だが、かつて複数のホームレスが住みつき、強制退去させるのに難儀したことから結成されたのが見回り
...続きを読む隊である。
通常2人で見回るのだが、相方の都合が急に悪くなったため今夜は吉森だけ。こんなときに限っておかしな人間に遭遇する。
まさにラブシーンを展開せんとしている中年男と若い女のカップル。声をかけると男が声を荒げてきたので低姿勢でお帰り願った。
ホッとしたのも束の間。今度は外灯近くでテントのようなものを設置しようとしている若い男を見かけた。
新手のホームレスかと危惧しながら吉森が声掛けして注意したところ、男はまったく悪びれたところなくカブト虫を捕獲しに来たと言い……。(第1話「サーチライトと誘蛾灯」第10回ミステリーズ! 新人賞受賞作) 全5話。
* * * * *
うーん。ジャンルとしてはライトミステリーではあるのだけれど、全話で人が死んでいる。事件はなかなか深刻です。
なのに重い話に感じないのは、櫻田さんのタッチがそうであるのはもちろんなのですが、やはり事件の謎を解く探偵役の魞沢泉のクセ者加減が大きいと思います。
トボけた雰囲気を持ち、昆虫のことしか考えていないような言動をとる魞沢に対して、相手をする人間はみな一様に気を緩めますが、気づくとすでに懐に入られているのです。
そして、自ら見聞きした事件当時の状況を分析した魞沢が披露する、無理のない推理と解き明かされる事件の謎には説得力があります。まさに名探偵と言って差し支えないでしょう。
けれど、そのキャラの扱い方が難しいのかもしれないと思いました。
ミステリーズ新人賞に輝いた第1話のトボけ感。魞沢と吉森のボケとツッコミがユルい雰囲気を醸し出しています。東川篤哉作品に近い感じのコミカルさ。
そのせいか、魞沢がきちんと謎解きするのだけれど、最後まで緊張感がなく締まりもないように感じました。
舞台を東北地方の高原に移した第2話の「ホバリング・バタフライ」は、終盤に緊迫した場面があるものの魞沢の活躍が控えめで、若い女性の死にしても高原を管理する NPO 法人の不法投棄にしてもきちんと片がつきませんでした。物足りなさが残ります。
おもしろかったのは郊外のバーを舞台にした第3話「ナナフシの夜」です。
魞沢は酔っ払いつつも、常連客の言動からその関係性を推測。翌未明に起こる殺人事件の要因を見抜くというよくできたミステリーでした。色盲の特性やナナフシの擬態など伏線も見事。こんな作品は大好きです。
残り2話は少し落ち着きが出てきて、ミステリーらしい出来栄えになっています。
短編を重ねるに連れ、魅力の中心である魞沢の扱いがこなれてきたように思いました。
ただ欲を言えば、魞沢の昆虫オタクとしての知識をもっと活かして欲しかったというのが正直なところです。
コンセプトが違うのはわかっているけれど、どうしても赤堀涼子と比較してしまうので、そんな贅沢なことを思ってしまいました。