永山篤一のレビュー一覧
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ネタバレ表題作めっちゃ面白かった!
映画化してるから長い話かと思いきや、短編だったのね。話がサクサク進むので、読みやすくてうれしい!!!
ベンジャミンのお父さまが、生まれたばかりの老人ベンジャミンにガラガラを渡して「これで遊ぶべきだ」って言う場面が面白かった。うんざりしながらガラガラで遊ぶおじいちゃん。笑ってしまった。
老人として生まれ徐々に若返る……ってあらすじは知ってたけど、見た目だけかと思ってた。思考も老人→子どもになっていくのが面白い。
5歳(でも見た目も中身も老人)のときに幼稚園に通って塗り絵やら色紙やらを飽きながらやってたのに、65歳(見た目も中身も子ども)のときにまた幼稚園に行ったときは、色紙でコースターやネックレスを作るのが『この世でもっとも魅了的な遊び』と思ったところ、この対比が面白い。
映画とは設定が色々違うみたいね。小説の息子との確執が好きだったが、映画だと娘みたいだね? 比べてみるのも面白そうだ。
淡々とした文章が心地よかったな。悲劇とも喜劇とも取れる話。だからこそ『数奇な人生』という副題はぴったりだなぁと思った。 -
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角川文庫版のレ・ミゼラブル。上下二分冊の上巻を読み終えたところ。
以前、ふとしたことから中央公論社『レ・ミゼラブル百六景』という図版を数多く取り入れた本を読んだ。「これで十分読んだ気分」に成れたのだが、長編の名作として名高い作品。書店で文庫本のコーナーを見る度にホンモノが気になる。
結局は中途半端に断片的なシーンを知っているだけ。印象深いそれぞれのシーンも本来ならば、全体の話の流れの中でこそ真価を発揮するはず。
ヴィクトル・ユゴー『あぁ無情』と呼ばれていた。原作タイトルそのままの訳。このタイトルのせいで、遠い本のようにも感じていた。
明るめのエッセイやSF、冒険ものばかり読んでいた昔の私には《縁もゆかりもない》小説だった。
年を経て、ドストエフスキーを読んだり、ジェーン・エアを読んだり名作や大作などと呼ばれる書籍たちに手を染めるようになり、決して若い頃には手に取ることすら無かった本を読むようになった今、
『レ・ミゼラブル』に変身したユゴーの作品を折角の機会に読まないのは何故だ?
妨げるものは何もない。
新潮、岩波に較べれば上下2巻はお手頃な長さでもある。
ここまで考えた末、やっと買いました。
そして上巻。やはり「百六景」では味わえない最初バラバラな話が読み進むうちに一つ一つ繋がりを見せていく。面白い。
情景描写、人の身体と心の動き。先々に関係してくる登場人物を、敢えて事前に軽く述べておいたり。
物語の先が気になる。『ここで今日は終わり。』と決めても、またついつい手を出してしまう。
明日、下巻を買って、ユゴーの描く世界に引き続き没頭しよう。
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かなり昔に完訳版を読もうとして挫折しましたが、抄訳(ところどころを抜き出した翻訳)上下巻、文庫本2冊、読み切りました!
舞台ミュージカルは観たことがあるので、舞台で描かれない場面が補完されていく感じがして、興味深く読み進められました。
エポニーヌとマリウスのやり取り、舞台で出てくるものがあちこちにあります。
舞台最後の方のマリウスとテナルディエのやり取りが今ひとつわかりにくかったのですが、スッキリしました。
バルジャンの中の白の天使と黒の天使、誰もが似たようなことを感じたことがありそう。
p.261〜265に渡るアンジョルラスの演説が素晴らしい。
あとがきに書いてありますが、
完全版は
「馬車でBに行った」と書かずに、
御者がどんな人間か説明し、御者と登場人物のやり取りが書かれ、そしてそれが本筋とは関係が薄い
読みにくいはずです。
最初は抄訳版がわかりやすいのかもしれないと思いました。読み終わった後に、より深掘りするために完訳版もいいかもしれません。
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かなり昔に完訳版を読もうとして挫折したので、抄訳(ところどころを抜き出した翻訳)である角川文庫のを読みました。
※抄訳でも上下巻、文庫本2冊になります。
話の本筋はしっかり押さえられており、スルスルと読めました。
舞台ミュージカルも観たことがあるのですが、抄訳版でもミュージカル化されている場面はほぼ載っているように思えましたので、
最初に読むには良い本だと思いました
かつてパン1つを盗んだ罪で投獄されてジャンバルジャンが司教様との出会い、ファンテーヌとコゼットとの出会いを通して、澄んでいくのが心地よいです。
もちろん、行きつ戻りつする人間らしい葛藤を抱えながらですが。
名作と言われるのも納得です。
下巻も楽しみです。 -
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永遠に読み継がれてほしい名作。
劇とかでよく上演されてるなと思いながら読まずにいたのですが、読んで良かったです。
登場人物一人一人の物語が複雑に絡み合いながら進んでいく展開にあっという間に読み終わってしまいました。
ジャンが司祭と出会い救われ、人のために生きながら葛藤する様子がとても心打たれました。一度でも罪を犯した人を許せない人というのは確かにいて、それでもその人を憎まずに自分の運命に真っ直ぐ向き合う姿勢に涙が出そうでした。
誰もがハッピーエンドとはいかないのが、時代背景がしっかり反映された本作の特徴なのでしょうが、どうか幸せになってと思わずにはいられません。
下巻も読むのが楽しみです! -
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ネタバレ神神神神神!!!!初めて物語で泣きました!!
この本には宗教歴史哲学道徳ユーモア家族愛恋愛友情社会風刺全てが詰まってる!!
ジャン・ヴァルジャンは産まれ(社会)により生き抜くための罪を犯さざるを得なく、パンを盗んでしまった。それにより投獄されたが、餓死寸前の家族の為に自分が働かなくてはならず、何度も脱獄を謀った結果10数年投獄されてしまった。やっと出てきたが家族の行方は分からず、犯罪者だと小石を投げられ宿からも迫害される。そんな中質素な生活をする善良な司教に泊めてもらったが、司教の恩を盗みという仇で返してしまい、後の宿敵ジャヴェールに捕まってしまった。が、司教がそんなジャン・ヴァルジャンを庇ってくれた。仇で返したのに善良に依然として対応してくれた司教はジャン・ヴァルジャンの思考の範囲外で理解が出来なかった。そんな善良さに困惑している時に「この銀食器や燭台をあなたが正直になるために使うと約束しましたね」とある種の呪いをかける。この
"産まれ(貧乏)によって世間の定義した悪の道へ進まざるを得ない低級家庭にはそこから這い上がるための金銭という余裕を与えなくては解決にならない。無慈悲だ!"
というスタンスで本は進んでいく。
ここから場面はファンテーヌとコゼットへと変わっていく。貧乏なファンテーヌは裕福で母性が強そうに見える母親にコゼットを預けるが、その見立ては誤りで義母は狡猾で薄汚い金の亡者だった。そのためファンテーヌは嘘の大金の取り立てのために最初は職を、次は家具を、その次は自慢の白い歯を、その次は最後の楽しみだった髪を、売るものがなくなって売春婦へ、と全てを無慈悲に搾取された。もう一方でコゼットも人として扱われず道具の様に扱われていた。そこで町を復興させ通行キップ(身分証明書のようなもの)を確認される事ない程慈善活動を行ったジャン・ヴァルジャンはマドレーヌ市長として活動していた。そこで犯罪者を心底軽蔑し、公務員を尊敬する社会正義に忠実な頭の硬いジャヴェールが、中級家庭の男に暴行中の哀れなファンテーヌに会い、警察署へ連行したがそこにマドレーヌ市長が「中級家庭の男から手を出した」とファンテーヌの無実を証明。その後家庭の事情を聞いてコゼットとファンテーヌを普通の生活に戻そうと決意するが、そこでジャン・ヴァルジャン間違われた社会的地位の低い男がジャン・ヴァルジャンの罪を着せられそうになる。ここで「罪を告白して低級家庭の犯罪者の罪を軽くする」か「哀れな母子を救うか」の2択を迫られるが、その間にジャヴェールが優しい嘘を破ってしまいファンテーヌはショックで死んでしまった。その後投獄されたが罪を告白してから逃亡し、大枚を叩きコゼットを救った。そうしてジャヴェールに追い回されながら2人の生活が始まる、その途中でマリウスという青年とコゼットは恋に落ちるが、ジャヴェールから逃げるジャン・ヴァルジャンがコゼットを連れてイギリスに行くことになってしまい、マリウスは自暴自棄になり、内乱に参加する。そのタイミングでジャン・ヴァルジャンはマリウスとコゼットの恋を知ってしまい、コゼットを愛していたジャン・ヴァルジャンはマリウスを恨んだが、コゼットの幸せを何よりも案ずる善良なジャン・ヴァルジャンは戦場へ行きマリウスを救い、捕まっていたジャヴェールを救い、泥水を半分溺れながら渡りマリウスを家まで連れ戻してコゼットと幸せにさせた。その幸せに"無期懲役の逃亡犯"である自分はいらないと、自分の感情よりもコゼットの幸福を優先し、最終的に衰弱死してしまう。が、それまでジャン・ヴァルジャンの「自分は無期懲役犯の盗人だ」
という表層的な告ハクを信じていたマリウスが、テナルディエのジャン・ヴァルジャンの秘密をネタにした商売でジャン・ヴァルジャンの"マドレーヌ市長とジャンヴァルヴァンは同一人物"や、"マリウスの命を救ったのはジャン・ヴァルジャン"や、"ジャン・ヴァルジャンはジャヴェールを殺していない。救った"等の偉業を告ハクされ、コゼットと共に大急ぎでジャン・ヴァルジャンの元へと向かった。が既に手遅れに近くジャン・ヴァルジャンは会話をして亡くなってしまった。
「司教様を呼びましょうか?」
「司教様はいらっしゃるよ」
ここで物語で一切泣いたことのなかった私の涙腺が反応してしまいました!最初の呪いとも言える司教の「正直者の善人」という指標に従い続けていた忠誠心の強い善人ジャン・ヴァルジャンが、本人も言っていたように死でやっと解放されたんだな〜(;;)
この本は
・産まれによる不条理、また罪の大きさの違い。
・中級家庭の卑しさ、低級家庭の慈悲深さ(表層的なもので判断はできないという意図)
↓
資本主義社会により生まれる悲劇。不条理!無慈悲!
を終始表していた。上には記入していないが、ジャン・ヴァルジャンのみならずまたそんな低級家庭に産まれ余裕もなく学もなく知恵も金もないはずのエポニーヌの献身さや野性的でユーモアに富んでいたガウローシュにも注目すべき。この2人はこの流れで普通有り得ない空想上にのみ現れる非現実的な存在だが、この2人によって内戦や低級家庭の無慈悲さ不条理さが際立った。法律や社会正義を基盤に道を歩んできたジャルヴェールの自殺。それと、マリウスの祖父と父の関係性で宗教やと政治的価値観の違い、時代的価値観で産まれてしまう家族の隔たりの悲しさ虚しさも実に妙実に描かれてる。きっとこの本は噛めば噛むほど味のするガムなんだろうな!ガムって暗喩もおこがましい!でもコゼット、学がないにしても、作者の主張を表すためにしょうがなかったにしても、マリウスの愛に絆されて父への感謝を一時的にでも忘れるなんて(;;)
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下巻で印象に残ったのはジャベール警部
ジャンバルジャンは前科者だけど善行を行う人、ジャベール警部は法律家だけど正義を盾に悪行を行う人として描かれる。
ジャンバルジャンを追いかける中で盲目的に信じてきた法律が完全ではなく、前科者にも善性がある事に気づいてしまったが故に、戸惑い苦しむ。
今までに行ってきた正義は弱者を虐げるものだったかもしれない、厳罰を科された者の中にも善い人がいたかもしれない。
何より、ジャンバルジャンを信用してしまった自分自身も法律に背く存在として許すことができない。
これまでの信念を貫いた必死の行いが、取り返しのつかない過ちだったと気づいてしまう事もまた途方もない苦しみであり、そこで良心に従って苦しむ事ができるジャベール警部もまた悪人ではないと感じた。 -
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厳しい時代のフランスで主人公ジャンバルジャンが前科者から聖人に至るまでの人生の旅路を描いた作品。
ジャンバルジャンは何度も重要な決断を迫られる中で、ただ神の教えに従って、法に従って決断するのではなく、何が最善か苦しみを伴いながら葛藤する。何かに影響されて決断するのではなく何が善い行いか、自身が責任を負う事の恐怖に打ち勝つ覚悟が何よりも美しかった。
以下印象に残ったシーン意訳
他人の為に悪事を行うことについて
自分の事しか考えてないな、良心の呵責に苦しむことと神に見捨てられ地獄に落ちる事がそんなに怖いのか、それもまた自分可愛さなんじゃないか。 -
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ネタバレパンを盗み19年間獄中生活を過ごしたジャン・バルジャンは、出獄後に再び盗みを働く
しかし司教の優しさで良心に目覚め、市長となり、過酷な状況で暮らしていた売春婦の娘コゼットを養女として引き取り共に生活を始める
フランス革命下の激動の時代を生きる様々な人の運命が描かれている作品
どの人物にも心の奥に強さと脆さがあって、それがぶつかったり融合する瞬間に感動が生まれるんだよね
この時代を生きる人達のたくましさがひしひしと伝わってくる
特にファンティーヌの行動に胸が締め付けられた
本もとても良いけど、映画、ミュージカルでは音楽がすばらしすぎてこれをもって完成するのではとさえ思う
初めてレミゼの舞台を見たときの衝撃は忘れられない
大人になってもミュージカルが生きがいになるだろうなと思った瞬間だった
お気に入りの曲
❁A Heart Full Of Love(マリウスがコゼットを見つけ出すシーン)
❁Stars(ジャベールが誓うシーン) -
Posted by ブクログ
初めて本作品を読むのに恐らく丁度良い量かと思います。
パンを一斤盗んだら…から始まり、司教に出会ったジャン・ヴァルジャンは善も手探りながら心得るようになり、しかし過去の悪を知る彼は悩み、葛藤する。
善と悪は紙一重であり、心得さえあれば…しかし難しい美徳の道へと一歩一歩進むことが出来る。
その道は、悪を知る者、だいたい小さな悪というものを人間は持っているけれど、美徳にまっしぐらとは到底困難と思える。
悪に落ちることは正反対に簡単だけれど、周りにとっても自身にとっても善人であることにの困難さ、司教の優しくも強い信念から始まる上巻は、どんどん読めてしまいました。 -
Posted by ブクログ
下巻は、1832年6月5日に起きたパリ蜂起の模様が中心である。1830年の七月革命でブルボン王朝が倒れた後に、日和見主義のブルジョワジーの推薦によって新たに誕生したフィリップ王政に対する、人民の不満が、深刻な経済状況に加え、コレラの蔓延などで沸騰点に達し、若者たちを中心にパリ市街にバリケードを築き、政府軍と戦った。
血で血を争い、どさくさに紛れて一般市民が死んでしまう。また、正義のための争いの前では殺人が正当化されてしまう、そういう戦闘は肯定したくないが、この蜂起のリーダーであったアンジョルラスの演説には感動して鳥肌がたった。
「自分自身の主権を、われわれは“自由”と呼んでいる。そういった主権がいくつも集まれば、“国家”が生まれる。そして、この複数の主権の集まりの中では、権利が失われることはない。社会の権利のために、一人一人の主権が多少制限されるだけだ。その制限量はみな同じだ。一人一人が他人のためにこうむる制限が同じことを“平等”と呼ぶ。共同の権利とは、個人個人を守るための全員による保護のことだ。一人一人に対する、この全体による保護を“友愛”と呼ぶ。そして、これらの主権の交差する場所こそが“社会”なのだ。(中略)みんな、平等とは誰もが同じ高さにとどまっていることではない。たけの高い草と、小さい柏の木がならんだり、互いに相手を妬み、抑えつけ合う社会のことではない。社会の面では、全員が同じように能力を高める機会を持っていることであり、政治の面では、誰もの一票が同じ重さを持っていることであり、宗教の面では、どの信仰も同じように扱われることなのだ。平等のもとで、無償による義務教育というものが誕生した。全員に義務付けられている小学校。全員にひらかれた中学校。これが基本だ。同じ教育環境によって平等な社会が誕生する。そう、教育が大切なのだ!そこに光明が、救いの光がある!・・・・・みんな、19世紀は偉大だが、20世紀はもっと幸せになれるだろう。そのころには、もう古い歴史を引きずるようなものは残っていない。現在のような支配、侵略、略奪、武力行使による国家間の対立。国王の婚姻がきっかけの文明の変化・・・(中略)みんな、私がこうして語っている現在は、暗くやるせない時代だ。でも、これは将来を形づくるための生みの苦しみなのだ。革命は通行税のようなもので、未来のために高い代償を払う必要がある。・・・バリケードは、敷石や角材や鉄くずでできているのではない。ここは思想と苦悩の二つが積まれ、山となって誕生した。無慈悲と理想がぶつかる場所だ。・・・・同胞よ、ここで亡くなったとしても、未来の輝きに包まれて死ぬのだ。・・・」
これは1832年、今から約200年前のことであり、この後、世界は大きな戦争を2回もして、反省し、先進国は少しずつこの時のアンジョルラスの理想とした社会に近づいてきたわけであるが、この時革命を引っ張ってきた若者は、混乱したフランス社会でこんなに先見の明を持っていたのだと分かり感動した(大多数の人々は理論的にはよくわからず、革命にエネルギーを注いでいただけかもしれないが)。フランス国旗のトリコロール「自由・平等・博愛」の意味が分かった気がする。そして、さらにこの部分が私の胸を打つのは、これが後世の人々によって書かれた歴史書ではなく、その時、タイムリーに現場に居合わせたユゴーによって、ルポタージュのように書かれたということである。
ジャン・バルジャンが革命のバリケードの中からマリウスを救い出し、砲火を逃れるためにパリの真っ暗な地下道を命懸けで通って安全な地上に避難したシーンも圧巻だった。
パリに行ってみたくなった。このような歴史事件があったパリの街並みを見てみたくなった。
子供向けに「ジャン・バルジャン物語」などが刊行されていたから、この小説の主人公はジャン・バルジャンだと思っていた。しかし、「ああ無常」と言われるこの小説の主人公は、蜂起の中で「役に立ちたい」と張り切って、敵の散弾が飛び交う中、無邪気にも歌を歌いながら味方の為に弾薬を拾い集めて死んでいった、貧しい最下層のガウローシュ少年のような名もなき貧しい一般市民だったのだと分かった。
ジャン・バルジャンは若い日、パンを盗んだ罪で投獄され、その後脱獄を繰り返したことで、15年間も獄中生活を送ったが、その後ビジネスで成功し、市長にもなり、再度シャベールに捕まったが、再度脱獄して、追われる生活をしながらも、少女コゼットと幸せな9年間を過ごし、最終的に自分は身を引いてコゼットをマリウスという若者に渡してしまうが、革命で散った若者たちに比べると幸せな人生を送ったかもしれない。
ジャン・バルジャンは、貧困、差別、闘争などの矛盾に満ちた社会の中で、人間が無理やり作った規範と戦った強い、愛に満ちた大きな人だったと思う。
登場人物一人一人の人生がドラマチックで、パリ蜂起という山場もあるので、ミュージカルとしても成功したが、やはり原作(抄訳だが)を読んで、ユゴーの考え方が分かり、本当に良かった。 -
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子供の頃に接した「ジャン・バルジャン物語」やミュージカル「レ・ミゼラブル」で分かったつもりになっていてはいけない。一度は原作を読んでみなければ…と思っていたが、文庫本4冊の完訳はやはり長すぎる。この「抄訳」で妥協したつもりだったが、これが面白い!!
ユゴーの原作はさぞかしお固くて、重々しい社会派小説だと思っていた。しかし、読んでみると、解説にもあるように、冒険やミステリーなど様々な娯楽小説の要素に溢れ、ドラマチックな世界に入りこんでいく。
だいたい、十五年間も服役していた男(ジャン・バルジャン)が、社会復帰してから、たった数年で市長になるなんて、いくらメディアで面が割れない19世紀でもあり得ない。そして、突然、ジャベール(ジャン・バルジャンをずっと追っていた警官)に見つかり、再び監獄に入り、半年ぐらいで脱獄してコゼットと何年も身を隠して暮していくなんて。それでも、そんな無茶な展開、実際フランス革命後の無茶苦茶荒れたフランス社会。極端に貧しい者達。王党派、共和派などの思想の対立。法の元の正義と神の御心にかなう正義の対比。ジャン・バルジャンの人生を物語るような風貌。怪力で犯罪者であるが底はかとない心の優しさ。彼らを見守る星の瞬き…。
細かい所まで描写が丁寧で、舞台を見ているようである。ドラマチックで、頭の中、「民衆の歌」「夢やぶれて」や「One more day」などミュージカル「レ・ミゼラブル」の曲流れまくり。昔観て感動したのだが、原作の世界観と合っている。ユゴー自身も演劇を通じて大衆に対する社会的使命を果たそうとしていたらしいので、あのミュージカルを見ていたら喜んでいたのでは?と思いたくなった。
ただ、ユゴーの原作は歴史背景や人物の背景を長く説明しすぎたり、物事の細かい説明が長すぎて本筋からそれることが多くて読みにくく、それで読者を遠ざけてきたらしい。そこで、1960年代にハーバード大学のペニシュー先生が、過剰な部分を削ぎ落とし、なおかつ辻褄の合うように調整し、元の半分弱のものに編集し直して抄訳版を英米で発表した。本書はその日本語訳である。こんな面白いのに敷居の高かった小説を皆が読みやすい所に下ろして下さった画期的な訳だと思う。
この小説は今の私たちから見れば「歴史小説」だが、ユゴーの時代にとっては「現代」の小説だった。古い小説ってそういう面でも面白い。
下巻に続く。
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Posted by ブクログ
ネタバレこちらの作品はヴィクトル・ユゴーの『レ・ミゼラブル』の原作の本質を残しつつ過剰な部分を取り除き英訳したものを日本語訳したものらしく最後まで読みやすい作品でした。
上巻と同様、登場人物それぞれに味があり読み進めるのがとても楽しい作品でしたが、下巻はフランス革命に巻き込まれる場面や最後の方のジャン・ヴァルジャンとコゼットの心が離れていく場面はドキドキと悲しみを感じました。
最後はマリウスに真実が伝わり良かったなと思いますし、ジャン・ヴァルジャンの物語全体での人柄の素晴らしさとコゼット、マリウスとの別れの場面とで自然と涙が出てしまいました。