永山篤一のレビュー一覧
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フィッツジェラルドの中でも、ミステリーとかそういった類のものをコンセプトに集めたらしい。
発想の書き留めと言ったらいいだろうか。一瞬目の前に現れた景色をすぐさまペン一本で書き上げたラフなスケッチみたい。自己完結せずにこれから新しい拡がりをみせてくれそうな、そんな物語の数々。
ベンジャミン・バトンは、時間という概念を疑いつくしたものだと感じた。この宇宙、存在というものは、時間とは独立して在るもの。だが、時間とは独立しているにもかかわらず、肉体をもって時間の中で生きているのがこの人間。そして、時間は流れるものとして過ぎては消えていく。そこに、もし、その流れが逆になって生まれてきてしまった存在がいたら…生まれながらに死んでいる状態で、死にながら生まれていく状態なら…
これを数奇と呼ばずになんて呼んだらいいのか。それでも、彼はベンジャミン・バトンなのである。生死とは誰にとっても数奇なものだ。存在そのものが、数奇なものだ。
レイモンドの謎やダンスパーティの悲劇、異邦人はフィッツジェラルド自身の試行錯誤の道の途中にあるものだと感じる。ひとが死ぬ、そのことをへたな理由をつけて掘り下げずに、それを見る観察者を通じて移りゆく。
最後の美女は、消えてゆく名残りを求めて立ち尽くす感覚を呼び起こしてくれる。さびしさと言ってしまえば失われてしまう。懐かしさと言っては美しすぎる。文学はいつもそういう限界を求めてやまない。
モコモコの朝に家具工房の外では、絵本を開いているようなまなざしを感じる。想像の不思議は、絵本のような物語でなければ、伝えることが出来ない。
人気の絶頂であろうと、転落した時であろうと、いつだって気取らず、等身大であろうとするフィッツジェラルドの物語は、ことばと共にあろうとする彼の生き様を強く映し出してくれる。 -
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ネタバレエポニーヌよ、最期まで良い子だった。
彼女の最期は悲劇的に見えるけど、彼に愛されないとわかった以上、彼の腕の中で死ねるのは最上の選択ではないか?
マリウスを想うエポニーヌや、コゼットを渡したくない感情がありながら瀕死のマリウスを助けるジャン・ヴァルジャンは、客観的描写のみで本人視点が描かれていない。一見矛盾のように見える行動を突き動かしているのは、複雑なようでいて実はすごく単純なものなのかもしれない。すなわち、良心だ。もしかすると「愛」という言葉の方が文学的かもしれないが、私はあえて「良心」と言いたい。
クライマックス、無事コゼットとマリウスが結ばれて、むしろこれ以上ないくらいのハッピーエンドになってもおかしくないのに、一人苦痛に歪みながら黙して去るジャン・ヴァルジャン、涙無くしては読めなかった。
ヴァルジャンが訪ねてこなかったことに一日気がつかなかったコゼット、無垢ゆえの残酷!
マリウスも力尽くで会わせまいとしてるわけではないのだから(ちょっと陰険だけど)会おうと思えば会える距離に住みながら、徐々に、コゼットの住む町まで行けなくなる、精神的隔たりが大きくなっていく様が胸を打つ。
ああ、孤独に苦しんで!彼は常に孤独だった。側にコゼットがいるときでさえも、真実は胸に秘め、いつも、一人で苦しんで決断していた。
真実を共有できるのはただ一人、宿敵ジャヴェール。でも、彼ももういない。
ジャン・ヴァルジャンとジャヴェールの二人は、ヴィドックという一人の実在の人物をモデルにしていたはず。…ずっとうちで積読になってる彼の伝記を読むべき時がきたか…。 -
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読んだ本 ベンジャミン・バトン数奇な人生 フィッツジェラルド 20250707
表題作の映画がフィッツジェラルド原作だってのは知ってたけど、文庫になってるんですね。寡作な作家だと思ってたんですが、実は翻訳されてるのが少ないだけで、結構多作らしいです。
フィッツジェラルドは高校生くらいの頃によく読んでたんだけど、なんか虚無的というか、中身のない人生の中の恋愛小説ってイメージで、ヘミングウェイや村上春樹の影響で好きになったって感じだったかな。
で、このベンジャミン・バトン読んだら、意外とエンターテーメント性があって、それでいて虚ろな人生を送ってる男女の物語って構図は変わらず、これはこれでいいじゃんって思っちゃいました。
雨の朝パリに死す、もう一回読んでみようかな。 -
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「F・スコット・フィッツジェラルド」の短篇集『ベンジャミン・バトン 数奇な人生(原題:The Curious Case Of Benjamin Button)』を読みました。
たまにはファンタジーもイイかなぁ… と思い、買っちゃった作品です。
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歳を取るごとに若返り、0歳で生涯を終えた男の物語。
老人として生まれ、若者へと時間を逆行して生きる「ベンジャミン・バトン」。
しかしその心は同世代の人間と変わらず、青春時代の苦悩や恋愛や結婚を経験し、戦争などの逆境に果敢に挑んでいく。
不思議な人生を歩みつづける彼を、最後に待つものは…(『ベンジャミン・バトン』)。
20世紀を代表する伝説的な作家による、ロマンあふれるファンタスティックな作品を集めた傑作選。
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以下の7篇を収録した作品です。
■ベンジャミン・バトン 数奇な人生(原題:The Curious Case Of Benjamin Button)
■レイモンドの謎(原題:The Mystery Of The Raymond Mortgage)
■モコモコ(シャギー)の朝(原題:Shaggy's Morning)
■最後の美女(原題:The Last Of The Belles)
■ダンス・パーティの惨劇(原題:The Dance)
■異邦人(原題:One Trip Abroad)
■家具工房の外で(原題:Outside The Cabinet-Maker's)
■訳者あとがき
■解説 小山正
『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(1922年初出)は、老人として生まれ、若者へと時間を逆行する男「ベンジャミン・バトン」の物語、、、
ファンタジーとはいえ、設定があまりにも奇抜で感情移入できなかったなぁ… 人生について考えさせられる寓話なんでしょうが、この作品に入り込むためには想像力が足りなかったですね。
独特で不思議な読後感はありますが、消化不良な感じです。
『レイモンドの謎』(1909年初出)は、「レイモンド家」の娘と使用人が殺され、夫人が行方不明になるという事件を描いた物語、、、
軽く読めるミステリとして愉しめました… 新聞記者「ジョン・サイレル」の推理が冴えますが、ちょっと出来過ぎな感じがありましたね。
「フィッツジェラルド」が13歳のときに描いたデビュー作?で、中学校の校内誌に掲載された作品らしいです。
『モコモコ(シャギー)の朝』(1935年初出)は、モコモコの毛をした犬「シャギー」の視点で一日が描かれる物語、、、
微妙な感情が理解できないので、仲間の死や人間の行動が淡々と描かれているのが興味深かったですね。
『最後の美女』(1929年初出)は、第一次世界大戦の最中、ジョージア州の田舎町タールトンにやってきた若い兵士「アンディ」と、町の数少ない若い女性のひとりで南部育ちの美女「アイリー」の恋物語、、、
青春小説、恋愛小説ですが、読後に残るのは喪失感… 切ない物語ですが、男性遍歴を繰り返す「アイリー」には感情移入できなかったなぁ。
『ダンス・パーティの惨劇』(1926年初出)は、南部の田舎町デイヴィスで起きたダンスパーティーでの殺人事件を描いた物語、、、
被害者の「マリー」は、浮気現場を目撃された直後に何者かに射殺されていた… 婚約者の「チャーリー」が容疑者として浮かぶが、実は浮気相手の彼女が。
なかなか印象的な短篇ミステリに仕上がっていましたね。
『異邦人』(1930年初出)は、アメリカからヨーロッパにやってきた若夫婦「ニコール」と「ネルスン」の夫婦関係を描いた物語、、、
旅を重ねるうちに二人の関係は徐々に荒んでいく… 不気味なラストが印象深く、寂しくてやるせない結末でしたね。
『家具工房の外で』(1928年初出)は、家具店の軒先の車中で妻の買い物を待つ父親と娘のファンタジックな物語、、、
目の前の街並みを舞台にして即興で物語(おとぎ話)を紡いでいく展開が素敵でしたね。
ファンタジーとして愉しめる小品でした。
ファンタジーを期待して買った作品ですが、意外や意外… ミステリの方が印象に残りましたね。 -
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「ベンジャミン・バトン 数奇な人生」
老人の姿で生まれ、年を重ねるごとに若返っていき、赤ん坊の姿で亡くなる1人の男の物語。
「レイモンドの謎」
フィツジェラルドが13歳の時に書いたミステリー。ミステリーの完成度は低いけど、普通の中学生が書いたのなら、まずまず。
「モコモコの朝」
犬の目線で語られるある日の朝。
「最後の美女」
兵役で南部のある町に滞在した男が密かに想いを寄せる美女の恋愛遍歴。
「ダンスパーティーの惨劇」
主人公は家の都合で北部から南部に移住してきた少女。町の若者の中で唯一大学を出ているインテリア青年を好きになるが、彼には婚約者がいた。なので、町を出ようと決心した。
町を出る2日前に開かれたダンスパーティーに参加した。そこで彼の婚約者が別の男とキスしている現場を目撃してしまう。パーティーもたけなわの頃、銃声が轟いた。彼の婚約者が射殺され、アリバイのない彼が容疑者として浮上するのだが…
「異邦人」
他人との付き合いが煩わしく、でも二人きりの生活も退屈して住まいをころころ帰る若い夫婦の話。
「家具工房の外で」
母親が買い物している間にふと見た景色から御伽噺を展開させる父親と幼い娘。
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個人的にダンスパーティーの惨劇が良かった。こちらはミステリーとしての組み立てもしっかりしていて犯人が誰か?だけでなく動機や殺害方法も納得の行くもの。
異邦人はフィツジェラルド自身と妻のゼルダをモデルにしてるんじゃないかな?という気にさせられた。
私もギャッツビーしか読んだことがないけど、純文学だけでなく、こういうエンタメも書いていたんだ!と新鮮な驚きがあった。 -
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ネタバレ罪と罰から、一瞬、デジャブかと思った(笑)。
罪人がさまようところから始まる。
でも、読み進めてみたら、そんな内心を描写しまくるどろどろ系ではなくて(笑)、精神的な善に溢れていて大分読みやすい話でした。
相変わらず、古典ならではの生死をかけたガチストーリーではあるけど、でも、読んでてそこまで辛くない感じです。
ミュージカルだとこんな感じかなぁ、と、つらつら想像しながら読む感じ。
子どもを/が拾う拾われる、というのが普通な世界に驚きつつ、パン1枚で生きていくそのすごさに驚きつつ、弁護士になろうともものすごい貧困な世界に驚きつつ、なんか、時代って不思議だなと思う。
あとは・・・犯罪を犯したことがある人が市長になることが、どれだけ悪いことなのだろう、って。
「すばらしい市長」として皆が評価しており、本人も真に悔い改めていて、かつ刑期を全うした人なら、よいのではなかろうか、とか、少し思ってしまう。 -
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フィッツジェラルドのミステリーな作品、七篇。
「ベンジャミン・バトン」
ブラッド・ピットさん主演で映画化もされた作品。フィッツジェラルドの作品だったと知らなかった。しかも短編だったとは。
老人の姿で生まれて赤ん坊の姿で死ぬ、数奇な運命に生きた男バトン。
老人の姿といっても大きさは赤ん坊で、要するにシワのある赤ん坊と思っていたら、読んでみると老人が大人の大きさで生まれたようで、お母さんは産むときは大変だろうなと思った。産みの苦しみなんてものじゃない。
老人とはいえ自分より大きいだろう男をお腹に入れていたわけで、どういうシステムでお腹に入っていられて出てこられたのだろうと思う。ちょっとしたツッコミどころではある。
物語自体は淡々と残酷に進む。
「モコモコの朝」
少し怖いような作品の中ではかわいらしい作品。
「最後の美女」
「グレート・ギャツビー」に出てくるデイジーのような女性が出てくる。こういう女性は自分で自分の魅力に気づかず周囲を掻き回すタイプではなく、自分の魅力を十分あるいは過大に認識しているタイプで、計算された言動と態度で周囲を翻弄する。下手をすると痛々しい、友人なら苦笑して見守るようなひとだ。
フィッツジェラルドはこういう華やかで男性を惑わせる小悪魔な女性が好きなのじゃないかなと思う。
「異邦人」
ラストで何となく恐怖を残す作品。
他に「レイモンドの謎」「ダンス・パーティの惨劇」「家具工房の外で」が収められている。
フィッツジェラルドは「グレート・ギャツビー」以外は余り知られておらず、どちらかというと私生活に注目のいく作家だったが、短編も面白く他の作品も探して読んでみたい。