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Posted by ブクログ
久しぶりに『ベンジャミン・バトン』を見たらずいぶんカットされているにもかかわらず進むのまったりで『フォレスト・ガンプ』のマイナー版って感じであんまり乗り切れなかったので原作を読んでみることにしました。
50ページのお話を3時間近い映画にするってのはなかなかに難しいやね。映画はこの本のほとんど翻案っていうくらいでした。また映画ではより現実に近い形にしないと見る人を説得できないとも踏んだのでしょうね。たとえばいきなり70歳のお爺さんが生まれてくるとかねぇ。
たしかに本でもそこは違和感あるけど映像がないぶん脳みそはすんなり受け入れちゃった。それでもすっげぇおもしれーとはならなかったな。私的に1番ハマったのは異邦人でした。この世界の嫌らしさが存分に書き連ねられていました。というかこれ前に読んだわ。そんときもやっぱり楽しく読んだっけ。
Posted by ブクログ
フィッツジェラルドの中でも、ミステリーとかそういった類のものをコンセプトに集めたらしい。
発想の書き留めと言ったらいいだろうか。一瞬目の前に現れた景色をすぐさまペン一本で書き上げたラフなスケッチみたい。自己完結せずにこれから新しい拡がりをみせてくれそうな、そんな物語の数々。
ベンジャミン・バトンは、時間という概念を疑いつくしたものだと感じた。この宇宙、存在というものは、時間とは独立して在るもの。だが、時間とは独立しているにもかかわらず、肉体をもって時間の中で生きているのがこの人間。そして、時間は流れるものとして過ぎては消えていく。そこに、もし、その流れが逆になって生まれてきてしまった存在がいたら…生まれながらに死んでいる状態で、死にながら生まれていく状態なら…
これを数奇と呼ばずになんて呼んだらいいのか。それでも、彼はベンジャミン・バトンなのである。生死とは誰にとっても数奇なものだ。存在そのものが、数奇なものだ。
レイモンドの謎やダンスパーティの悲劇、異邦人はフィッツジェラルド自身の試行錯誤の道の途中にあるものだと感じる。ひとが死ぬ、そのことをへたな理由をつけて掘り下げずに、それを見る観察者を通じて移りゆく。
最後の美女は、消えてゆく名残りを求めて立ち尽くす感覚を呼び起こしてくれる。さびしさと言ってしまえば失われてしまう。懐かしさと言っては美しすぎる。文学はいつもそういう限界を求めてやまない。
モコモコの朝に家具工房の外では、絵本を開いているようなまなざしを感じる。想像の不思議は、絵本のような物語でなければ、伝えることが出来ない。
人気の絶頂であろうと、転落した時であろうと、いつだって気取らず、等身大であろうとするフィッツジェラルドの物語は、ことばと共にあろうとする彼の生き様を強く映し出してくれる。
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