上杉隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
上杉隆さんが、日本のマスメディアを批判しまくった本。
「世界中のメディア」という言葉を頻発するが、一つの事例、つまりアメリカの、それもほとんどNYTの例しか出てこない。
これでは「本当に世界中そうなの?」と疑わざるを得ない。
世界がどうであれ、ここは日本なのだし単純に問題点を指摘して、「ちなみに海外ではこういう感じだ」という程度で良いと思う。海外、というよりアメリカだろうが。
あまりにも海外、海外と言うので、何だかな~と思ってしまった。
内容自体は非常に面白い。
NYT時代、フリーランス時代の著者自身の経験から書かれているので日本のメディアの悪習がよくわかる。 -
Posted by ブクログ
事実を伝えないメディア?
というよりも、事実が分からなかった、のではないでしょうか。今回の3.11原発事故については、当事者である東京電力、監督官庁、政府官邸ともに混乱の極みに達し、錯綜する情報の中、マスコミもまたそれを選別、吟味する能力もたないということが露呈する事態ともなりました。誰かが嘘をついたと言っても、それをそのまま報道する時点でメディアはその存在理由を失っている。ゆえに著者の一人である上杉隆はそれを「報道ではなく広報」と言っています。彼は以前から記者クラブ批判を展開していましたが、大手メディアを中心にそういう体制にどっぷり浸かった結果が、このような日本ジャーナリズムの機能不全をもたらしたのでしょう。 -
Posted by ブクログ
報道災害を読んだことでこの本にも興味を持ち、読むことにした。
日本と世界(主にアメリカ)のジャーナリズム体制を比較して日本のそれの特異さを説いているこの作品。フリージャーナリストや海外メディアに開かれない記者会見や記者クラブの閉鎖感に関しては著者の経験からリアルに語られており、読み進めていくうちにメディアに対してのイメージがマイナス方向に傾いていく。
しかし後半になるにつれて「海外では~」「一方日本の記者クラブは~」のような文調が多くなり、ただの愚痴のように聞こえ、興ざめしてしまったところが残念だ。
だが、ここまで読み進めたところで最高潮に達した読者のメディアに対する疑念を冷めさせ、著者自身にも懐疑的な目を向けさせることで、情報を鵜呑みにせず、疑いを持つようになり、そして正しい情報を汲自らみ取ろうとする姿勢を養おうと読者を仕向けようとしたのかもしれない。
真意の程はわからないが、この3・11以降のメディアに不信感を少しでも持ったのならば一読をおすすめする。 -
Posted by ブクログ
今の日本の大手メディアがやっていることは広報でしかない。「報道」と言うから
みんな混乱する。
根拠無き楽観主義
クエスチョニング>相手を疑い問いかける
「権力の言うことを疑う。そのまま記事にはしない」
記者クラブ>報じないことが権力だった
日本人は他人が自分と違うといらいらするようだ。
ほんとになんでも二元論にしちゃう。>この複雑な世界をそんな粗いドットで見ている。
ジャーナリズムは実体的な価値を持ちつつ、なおかつインタレスティングでなければならない。
日本でおかしいのは、「ニュヨーク・タイムズ」と聞くと、みんな高級紙だと勘違いしちゃうんですよ。みんなニューヨークの東スポくらいの感覚なのに
「主語がない文で事実であると書いたら絶対に駄目」
報道記者の大切な資質2つ>クエスチョニング、スケプティカル・シンキング>「相手を疑う思考」
パブリック・フォーラム
民主主義の根幹である多様性がなくなるというのは危険なことです。
「フリープレス」とか、「民主主義」とか「情報公開」って、理念、概念なんですよね。形がない。日本文化って、そういう抽象理念より、「現実に存在するヒト」にならおうとする。「形」つまり具体から入る。>日本人の多数が従うのは無形の理念ではなく、存在している「人」とか「組織」なんですよ。現実の人や組織が、100%常に正しいなんてあり得ない。 -
Posted by ブクログ
ウィキリークスを対岸の火事と考えてはいけない。それはウィキリークスがこれから開示する情報に日本に関するものが含まれているから、ということだけではない。日本のジャーナリズムは、世界でも珍しい記者クラブ制度により、権力機構から提示される情報を紹介する機能しか果たしておらず、本来のジャーナリズムが担うべき、権力をチェックする機能を失っている。これが本書の主旨。
確かに、昨今の芸能人関連のニュースがトップで扱われること自体、CNNやBBCなどの切り口とは乖離したものがある。既存のマスコミには期待しないとして、どこか新しいメディアが誕生しないものか。それはtwitter、Facebookなどのソーシャルメディアなのかもしれないが。