上杉隆のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
新聞報道に疑いを持つようになった出来事があって以来、新聞をあまり信用していなかったのだけれど、本書を読んで、つくづく、ああ、そうか、打合せとすり合わせと仲間意識という日本企業まるだしの体制で記事が作られているからそういうことになるんだなあと思った。「反権力」「権力のチェック機能としてのジャーナリズム」なんて思っている人はそもそも新聞記者になんかならないんだろうなあああ。リテラシーの向上とメディアの多様化により、真実を知ることへの欲求が高まり、公正な記事、記者が自己責任で真実を報道する記事が増えることを期待する。し、私はそういうものが読みたい。保護された安全な場所から書かれた無難な意見ではなくて、本気のものがね。しかし、記者クラブ制度をなんとかしないと、取材もままならないのでは、どもならんなあと思う。
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Posted by ブクログ
ネタバレジュリア・アサンジのウィキ・リークス騒動の本。この時、日本では海老蔵事件のほうが大きく取り上げられていた。世界を震撼させる事件が起きている中で、日本のメディアがのほほんとしていた事実をぶった切る。
記者クラブが悪い。あいかわらず。
報道の自由を叫びながら、政府の犬になっている。こんな無駄吠えばかりする犬は、飼い主としては…意外とかわいいのかもしれない。
尖閣諸島沖漁船衝突事件のビデオ流出の際も、政府の犬は告発者を探すため一生懸命あたりを嗅ぎまわった。本当に自由な報道を主張するなら、政府の隠ぺいを糾弾するのと告発者探しどちらが優先されるべきなのか。
リークサイトは中東や北アフリカの独裁政権の崩壊の発端ともいえる。これにTwitterやFacebookが追い風になった。民主主義といいつつ、全然民主主義が進んでいない現代社会を真の民主主義という混乱に導くのが、これらのソーシャルメディアなんだろう。
では、日本にもこのリークサイトが登場するだろうか。
登場はする、でも大きくなれないだろう。リーク系サイトも存在するだけでは意味はない。やはりスピーカーやテレビに接続されないと効果がないのである。
報道クラブがその様を如実に表すように、日本のメディアではリーク系の情報は「不確かなもの」として、怪しいモノ扱いされてしまうんだろうな。
けれど、この手の問題も年齢格差が大きいんじゃないかなと思う。結局、テレビとか新聞とかの大手メディアしか情報源を持たない「情報弱者」の世代が死ぬようになれば、人々の使用メディアのシェアも変わるはず。そうすれば、国民の偏ったメディア信頼も減って、リークサイトの需要も高まって、民主主義は混迷の時代に突き進むんではないだろうか。
いかに”情弱”を作らないようにするかが肝要だけど、人々の知的レベルって、いつの時代もそれほど変わらないと思う。どうしても一定の割合は困った輩になるし、情報に踊らされると思う。
大事なのは、情報に踊らされた人が暴走しても、致命的なダメージを生まないような、責任分散システムを維持していくことだと思う。
橋下のやろうとしている権力の集中は危ないと思うので、やめてほしいな。 -
Posted by ブクログ
「ウィキリークス報道 < 海老蔵暴行事件」??(43頁~)
ウィキリークスの台頭前から台頭後の世界の変容、その影響について本書は述べている。また、ウィキリークス創設者のアサーンジ氏についても迫っている。
ウィキリークスのことを取り上げながらも、日本のジャーナリズムを批判することも忘れていない。特に、4・5章では尖閣ビデオを巡る日本の大手メディア(MSM: Main Stream Media)の対応の分析は一読の価値あり。あのビデオがYouTubeに投稿されたときに、大手メディアはどういう対応をしたのか?また、どのような対応をすべきだったのか…
ツイッターデモの話(134頁)を読むと、大手メディア経由の第二次情報ではなくて、ソーシャルメディア(Twitter等)からの第一次情報を得て、それを基に自分で考えていく時代になりつつあると感じた。 -
Posted by ブクログ
ウィキリークスについては新聞等である程度知っているつもりではいたが、どうもこの新聞がくせ者らしい。
著者曰くでは日本のマスコミはメディアとしての責務を果たしていないと言うことであるらしい。
各紙横並びの護送船団方式、政府行政の提灯持ちという状態が続いているようである。
日本のマスコミの怪しい動きの例として、たとえば世界中のマスコミががウィキリークス事件で騒いでいるときに日本のマスコミは海老蔵事件を追っかけていたとか、尖閣ビデオ(中国漁船衝突事件)のリークではなぜ政府がビデオの存在を隠蔽し船長を国外退去させたかということの追求は置いておきビデオの流出元探しに血道を上げていた。
また、湾岸戦争でクウェートが出した広告に日本が載っていなかったのが日本では金をだしても人を出さないのは世界では評価されないと言われているのが、実は記者クラブが政府の記者会見に記者クラブ会員以外の海外メディアをシャットアウトするため日本が135億の戦費を拠出している事が海外メディアで報道できていない、すなわち「マイクの電源を切りながら『国際貢献』を叫んでいるに等しい状態」であったとのこと。へーそうなのか、である。
官僚が日本を駄目にし、マスコミがそのお先棒を担ぐ・提灯持ちをするという構図が見えてくるではないか。
ウィキリークスについてはもう少し関心を持っておきたい。
またこの著者、上杉隆氏も要チェックである。あまりばりばりの政治記者という訳ではなさそうだが。 -
Posted by ブクログ
メディア(自分としてはテレビを媒体にしたものを想定していましたが)に対する批判的な書籍を探していたときに見つけた本です。
まさかメディアの一端を担う方の本だとは思いませんでしたが。
筆者の話の焦点は分かりやすく、日本に深く根付いた「記者クラブ」という存在に対する批判に尽きます。
どうしても一般人の感覚だとその存在自体がよく分からないので、若輩者の事前知識では曖昧な部分が多くなってしまいました。
ただし、メディアリテラシーの側面に対する意識改革の後押しをしてくれた感覚は非常に根強く、「ニューヨーク・タイムズの読者は、新聞はいつも間違いを犯すものだという認識に到達している」の一文は印象的でした。
逆に言えば、それは記事に対しての監視の目線と共に、自分の意思に基づく信頼を示しているように思えてなりません。
私は新聞やテレビに対して中途半端な信頼と疑惑を呈していたにすぎない、という事実を学べただけでも、本書を読んだ意味があったと思います。
余談ですが、上杉さんの紹介文は変えた方がいいと思います(わら -
Posted by ブクログ
・日本のメディアは報道ではなく、広報。
・日本の記者は、記者ではなくサラリーマン。
・記者クラブでは皆が情報共有し、示し合せそのまま流すかどうかも上が決め、現場が決められない
・過ち(誤報)を検証しない。
・デマをデマと思っていないか、取り繕うように隠すように考えて修正してしまう。
これらの事が読んでいて、目からウロコでした。。。
たしかに、報道でなくてみんな時事通信などのように速報のような流しでしかも、政府や企業の出した情報をとりあえず検証しないで載せるだけなら広報だな~。
そして、サラリーマンならば、やはり企業の歯車になるし、その企業体だって人がそうなように過ちを犯すに決まっているんだから間違ってしまったら過去から学べで、検証し振り返らないといつまでも前進はしないよな~っと。
いままで、NHKとか新聞やTVだと無条件に信頼していたのは自分もそうだった。ネットに書いてあることはデマが多くて大手の新聞が書いてあることは正しいと、でもこの感覚ってそうやって育てられたというか、風潮もあったと思う。
一番大事なのは、大手だってネットだって結局は人だから過ち(誤報)や知らず知らずデマに加担するってことだな~っと思った。
情報は広く取り入れて、結局のところ自分で判断するしかないってことは昔も今もまったく変わってなかったのに、楽な方へ(大手へ)依存してしまっていたのがよくなかったな~。 また、良くない例としてこの本の二人が発信する情報にこの本で良かったと思ったから先にわたり信頼や要望を持ち続けるわけでなく疑いもしないといけないという事ですね。現に昨年からの上杉さんの発する情報には??と思うような物もあるし、だからといって、もう全て誤報だと決めつけるのも良くない。 柔軟に幅広く情報を集め、集めたソースから自分で判断しないといけない、それが過ちかもしれないけど、その時はまた検証することが個人でも必要だと改めて思った。 -
Posted by ブクログ
文章があまりきれいじゃない。
美文を書く必要はないだろうが、同業者へ批判を届ける上でマイナスになっていそう。
筆者は皮肉を効かせつつ冷静に批判しているつもりのようだが、私怨が滲み出た文体だ。
折角批判するならもう少し冷静に書いたらいいのに。内容は面白いので残念。
記者クラブと新聞記者を批判している。あとNHK。
新聞は“特落ち”を極端に恐れている。業界内でバカにされるらしい。
読者は全新聞を読み比べたりしないので、どうでもいいことである。
新聞に載っていなくてもテレビでやるだろう。
速報性を大事にする日本の新聞は海外でのワイヤーサービスに近いそうだ。
海外のジャーナリズム精神は日本では週刊誌等雑誌媒体の報道精神に近いらしい。
ニューヨークタイムズには訂正のページがあり、誤報を訂正するだけでなく、なぜ誤報することになったかも解明しているそうだ。
日本でも導入すれば国民のマスコミ不信が解消されると思う。
誰でもミスはするものだ。みんな知っている。
医者と違って命に関わることはないのだから、ミスが起こる可能性を認めて読者にその点を踏まえて読んでもらうよう姿勢を改めたらいいのに。
まぁ無理だろうけど。