蛙坂須美のレビュー一覧
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読み終わるのに長い時間がかかってしまった。
それにしてもこんなにみんな怖いというか不思議体験してるの?
ワタシなんて金縛りとか、夢見が悪いとかぐらいしかないよーこどもの頃の体験なんて。
現実のがずーっとイヤだったな。
特に好きだったはなし。『焼肉ハナ』『おばけの世界』『ツジノクルビキ』『死体ペンギン』『こびとたちがこわいので』、特に体験したはずの出来事が夢か幻とかじゃないってあとからわかるようなのとか確実に異界(異世界じゃなくてあくまでも異界笑)につながるようなはなしとか、こびととか緑色のなにかとかそういうものが出てくるはなしが好き。
『おばけの世界』がすごく好きな純文学作家の作品集に出てくる作品のことを思い出してとても良かった。ここが自分の世界かどうかってもしかしたら入れ替わって父親がいない世界におしだされた子どもがいたかもしれないし、もしも記憶の改竄だとしても不思議すぎる。『ツジノクルビキ』も異界と隣り合わせみたいなはなしで好き。
そこまで怖さに特化していないはなしも多いので怖いのが苦手な人でも読めるのでみんな読もう!! -
Posted by ブクログ
子どもの頃に体験した、もしくは子どもに関係する話を集めた実話怪談。体験者は幼い子どもから中高生くらいの学生と幅広い。
なぜ、子どもの頃の話は童話のようで、薄気味悪さを孕んでいるのだろう。そして気味の悪さは鮮烈に幼い記憶に刻まれるのだろう。
特に印象に残ったのは「犬屋敷」「きつね」「焼肉ハナ」「家族こっくりさん」「富士山を見る」「人形地獄」。
『聊斎志異』や『今昔物語』の類話のような話も収録されており、作者の蒐集力に脱帽である。また、文体、語彙力もすぐれており、一つ一つの話が印象に残る。
表紙等のイラストも童話の挿絵のようでぴったり。
怪談だけでなく、昔話や民俗学、童話など好きな方にもオススメ。 -
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この本には「真実」が書かれている、と思い切って書いてみたい2025年のベストのひとつ。
事実と真実というのは客観と主観の関係にあって、だから「真実はいつもひとつ」ではなくて、人の数だけそれぞれにある、と思っている。「僕にしかない記憶は、つまるところ誰のものでもない僕だけのかけがえのない記憶」(「それはベス」)、誰にでもありえるそんな記憶をわたしは真実と呼びたい。普段は事実をベースにして他人や社会に関わったり関わられたりしているなかで、簡単には表には出てこず触れることの出来ないそんな他人の記憶、真実を真摯に聴き取り否定せず解釈を出来るだけ加えずに書くことで、読んだり話したり考えたり出来るようにするのが「怪談」、だと最近はそんな風に考えている。
そんな他人のその人だけの記憶、真実に触れる、というのはどういうことなのか。誰しもがわたしとは違う記憶、真実をもっている、自分とは違う人間なのだ、と改めて理解することでもあるかもしれない。それはつまり、すべての人の悩みをたちどころに解決したり、世界の謎を一気に暴くような、あるいは「幽霊」が居て、誰の目の前にも同じような姿で出現し得るとか、そんな共通した都合の良い真実など無い、ということも確認出来るということでもあって。
「霊感商法」や「陰謀論」などそうした共通した「真実」が「ある」という、私の不幸や社会の問題もすべてはふだそのせいなのだ、という疲弊した人生では縋りつきたくなるかもしれない心理を利用した「悪意」は、普段は見えていない「隠されて」いるものを見えるようにする、という構造的に「怪談」との親和性が高いのかもしれないし、それを利用することも出来るのだろうけれど、優れた「怪談」、しっかりと誰かのその人だけの記憶、「真実」を書こうとしているものは、その「悪意」に抗する、否定するものでもありえるのだ。わたしはそんな風にも、「怪談」を、この本を読んでいる。読みたい。この優れた怪談本はそんなことも思わせてくれたのだった。
記憶という真実はひとつではなく無数にあるのと同時に、それらは常に同じ形をしているものでも、ひと所に留まっているものでもない。経験が記憶になった時点から変化は始まっているだろうし、それが特異なものであればあるだけ、否定と肯定を繰り返したり、幾つもの解釈を加えたり捨てたり、あるいは一度は忘れようとして、それでも思い出してしまうことで新たな視点が生まれたり、強固に「信じ」込むことで先鋭化したり、そんなことを繰り返すものな気がしている。それが「こどもの頃」(と振り返れる年齢なら)という遠い過去から長い時間そんなことを繰り返してきた、記憶、真実ならば、それは読むものに衝撃を与えるものにまで更に「仕上がって」いたりするのかもしれない。だって、ここに編まれた話は、こわくてきみがわるくて、強烈な異彩と魅力を放っているものばかりではないですか。そんな話に触れてしまったら、立ち尽くし震えながらすべてそのまま受け入れるしかない。まったく。最高である。
そして更に恐ろしいことに、世界との関係がまだ不確かだった「こどもの頃」という時期は誰にでも存在するのだ。他人の仕上がっている強烈な記憶に触れた後に自らの「こどもの頃」を振り返らずにはいられない。そうしてみれば、私だけの「こわい話 きみのわるい話」も蘇ってくる。わたしの「神社のお祭りで父親が入れ替わっていた話」も改めて思い出すことで「仕上がり」つつある。怖い。そんな特別な経験、その追憶もまた、私は他人とはたしかに違う人間なのだ、という根本的ななことを思い出させる。
優れた怪談本には、強烈でユニークなモチーフ、「ネタ」の強さと同時に、それに負けないだけの文章の強さがある。もしかしたらその強さがあれば、「ネタ」の強弱は関係ないのかもしれない。それぞれの話をより伝える為の文体を選び、話のキモを掴み、流れを作り、細部や欠落をときに想像で補い、他人が読んだり考えたり「楽しんだり」出来るものにする。正に文藝である。
この本でわたしが好きな話だと……
「犬屋敷」の3人の小学生が廃屋に忍び込む様を語る冷徹な印象も受ける三人称視点。この文章はカッコいい、と思った。普段読んでいる海外の犯罪小説にも近い「クール」さも感じる。最後にエピローグ的に語られる無惨な「その後」の語り口にも震えた。
わたしの好きな取材時の作家の存在がたしかに描かれるタイプの「きつね」。体験者が語る「きつね」がわたしの認識しているそれとはまったく違うものだ、と作家が気付くと同時にわたしたちも気付かされる、という展開から、もうひとつの「真実」に今度は体験者自身が驚き恐怖を感じる。二度の驚きとふたつの恐怖。そして最後の一文には綺麗な「話のオチ」があって痺れた。
全体としてもかなり改行が多い書き方がされているのだけど、それが特に効果的に感じられた「ミロクノゾキ」。叔母の通夜の晩、ある「決まり」が破られた場に居合わせてしまった少年に迫ってくる怪異の臨場感と少年の焦りと恐怖が短文の連続によってこちらにも迫ってくる感。怖い。
怪異に触れることで促された登場人物の変化を、最後の一文のある文章上の変化によって「事実」として世界、社会のなかにたしかに位置付けるような「別れる理由」。そうか、「怪談」でもこういうことが出来るのか、と感動した。
そしてこの本でいちばん好きな「死柱にこうべを垂れよ」。報告者との出会いから描かれる怪異取材ドキュメント、として読みたい一話。体験者の記憶を聴き取った作家の記憶、というのは「怪談」の基本的な構造だとも思うのだけど、隠したり小出しにすることが効果的だったりする後者の記憶が強く出てくることで不穏さが増し新たな恐怖が現れることもある。最後の一文のまだ「終わっていない」感も怖いし、文章としてカッコ良かった。
そして、各話だけではなく、それら(のモチーフ同士を)をたしかに微かに繋げながら語ることで大きなグルーヴも生み出し、それが徐々に高まっていく全体の構成も素晴らしい。それでいうとトリの大ネタ「人形地獄」もやっぱり凄い。ひとつの話のなかで語られる幾つかの怪異が準に強度、恐度を増していき(怖い→凄い怖い→もっと凄い怖い)、最後にはひとつの体験談にまとまり、その怖さに辿り着く。一冊の本での構成を一話に凝縮したような密度と適切な配置。これもめちゃくちゃ凄い。
ああ、そう、この本はカバーのデザインも素晴らしいのだった。完全に持っておきたいフィジカル感…… などと長々と書いてしまっているけれど、わたしの語彙と「読み」では魅力を伝えきれないかもしれない、というか前半に書いていたことも的外れかもしれない。みたいな不安と不満はあるし、それだったら「怖い!最高!」とだけ書いて終わりにしてしまっても良いのだけれど、「めんどくさい」ことや魅力、素晴らしさについて考えたり、それを纏まらないままに長々書いてしまったりするのは、本を読むことにまつわる楽しみのひとつだし、それが出来る本は良い本なのはたしかだ。去年の発売から少しして買ってから、何度か読み直しながら、途切れ途切れではあるけれど、考えたり話したり書いたりし続けていたこの一冊は、やっぱり2025年のベスト、と確信を持って書いておきたい。 -
Posted by ブクログ
お気に入りの竹書房の白背、実話怪談を読み返す。実話怪談にはすぐに軽く読めて楽しめる即効性のエンタメを求めていたり、その怖さという強い感情で少しの間思い悩みや雑事を忘れる恐怖セラピー的な読み方をしていたからあまり読み返すようなことはなかったのだけれど、この本何度か読み返しているし、そうしているうちに実話怪談の読み方も変わってきた気もしている。
「怪談」は未知の理解の及ばない事象に名前や「オチ」をつけ、既知の理解の及ぶ世界の理にはめることで理解した気になって安心したり、憑いたものを「オトす」ための語りだったりもすると思うのだけれど、そこに「実話」とい言葉が改めて加えられる、体験者が突然殆ど因果もなく襲われる怪異を聞き取り書かれた「実話怪談」には理解の取っ掛りもなく未知は未知のまま理解も出来ず、あるいはしようともしない、普段は意識しないけれど、世界に確実にある、あった「わからなさ」が語られている、と思って読んでいる。その理解や解釈、消化も昇華も出来ずに残り続ける「わからなさ」は語られる怪異自体と同じか、それ以上にわたしの世界に怖さを残す。
小説は世界をわかりやすく描くものではなく、世界のわからなさを描くものだ、と言い切れるほどの自信はないのだけれど、わたしが読みたいのはそんな小説で。「実話怪談」は小説とは似て非なるもの、ということは前提としつつも世界のわからなさだけを取り出して提示するような、理解や解釈をある意味で必要としない、させない、そこにある「わからなさ」をそのまま受け取るしかない。そんな物語がわたしは読みたいのだ、とこの本を読んで気がついたのだった。怖いのは結構苦手だったのだけれど。
「他人の物語を自分の言葉で語るわけだ」というのは翻訳についての言葉だけれど、これは実話怪談にも当てはまる。この本の前に幾つか読んでいた実話怪談ではそこにある文体や語りを意識することはなかったのだけれど、ここには様々な語り方が、作家の言葉があると思えた。体験した怪異が様々なようにきっとその語りも様々だ。その他人の物語を聞き取り語るときに作家は自分のなかにある言葉を語りを適切に当てはめ改めて読んだり怖がったり出来るものにしていく。
ストレートな聞き書きから怪異にあった場面を書き起こす。付合しそうでしない怪異を並べた上で、その解釈をあえて手放す。あるいは二人称でこちらにも語りかけてくる。様々な文体やフロー、語りがある。そのなかでもわたしが好きなのは、取材中の体験者の言葉を交えながら、怪異にあって変わってしまった、変わりつつある体験者の世界、姿まで書き出すもので。その語りは他人の物語を語っているようで、同時に ーこの本の冒頭でも繰り返されるー 「こんな話を聞いた」私の物語にも思えてくる(というのは作家側からは不本意かもしれないけれど)。それも小説でわたしが読みたい物語だ。実話怪談のリアリティは体験者が体験した怪異を話した、というところにあると思っていたのだけれど、実はその体験を体験者から作家が聞いた、という部分で担保されているのかもしれない。そこにあるのはやはりフィクション、小説でも感じる「私の物語」のリアリティだ。そのリアリティはこれも実話であるポール・オースターの編んだ『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』と同じだったと気がつく。ああ、好きなわけだな、と納得もしたのだった。
この本というか実話怪談についての話になっているけれど、この本を読むことでインスタントではない実話怪談の魅力に気がつけたのだった。
わたしのお気に入りの話をあげておくと、怪異の放つ匂いやアレルギー源にこれは現実かもしれないと思いはじめる、『影猫』、パラレルワールドに迷い込んだような体験のあと、それとは関係あるのかないのか不明のまま、肉体に変化が訪れる『K鍼灸院』、「繋がるようで繋がらない、考える程に気持ち悪い符号」をそのまま描いた『ひとだま』、書かれるはずのない絵葉書についての怪異が、予想しなかったところに着地することで、グロテスクさも感じてしまう『別居中の絵葉書』、二人称で語りかけてくる『病膏盲』、世界が反転する『犬目耳郎』…..とキリがない名作揃いの、『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』と同じ理由でおすすめしたいと思える一冊。
実話怪談についてはいつも考えが及んでない気がしてきてしまうから、引き続き読んだり考えたり怖がったりしていこうと思う。 -
Posted by ブクログ
心霊だけじゃない不思議なはなしが盛りだくさん。
好みのはなし。
『渋滞』『もずく』『街道沿いの廃アパート』『サーペント・ハンドラー』『人型二題』『冷猫』『ルート』『未成』『三三三』『裏階段』『鍵』『部屋中の井戸』『畜生部屋』
どれも明らかな心霊現象というより不思議より。
『街道沿いの廃アパート』『裏階段』『鍵』『部屋中の井戸』『畜生部屋』どれも物件系怪談。何度も書いてるけど絶対に自分では廃墟探索とか心霊スポット行くとかしないから行く人の気持ちがわからない。普通にしててもこの世界には不思議がこんなにあるのに。やばい場所は多分土地が穢れててそれはお祓いとかじゃもうどうにも出来へんねんなぁと今回読んでまた強く思った。実話怪談作家さんたちは障りに遭ってても知らないフリする力がある人たちなんだろう。
とにかく面白いのでこれを面白怖かったと思える人と読書友だちになりたいです。 -
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2022年最後の読書はやはり実話怪談でした。
神沼三平太&蛙坂須美の薄気味悪い実話怪談集。
怖さより不思議を求めているので思っていたより好きなタイプでした。
気に入ったはなし。
『不明』これはTwitterにも書いたんですが『エレベーターで異世界に行く方法』に出てくる女とめっちゃ酷似してるなーと思ってて、異世界にリンクしてるんやろなーと。
『入れ替え坊主』これも本物は異界に囚われちゃったんやろなと思われます。
『屋根首』千と千尋の神隠しのキャラクターみたい。
『心霊写真のおじさん』
『狐面』親切を仇で返す。
『ぐるぐる』
『オニハラレイカさん』肉丸ちゃうかって思ってしまう。
『ぐりぐり』
『おまえのゆうれいはこいつだ』
『キッチン』
『ピンポン』
『拾った猿』落ちているものは理由があるので絶対拾わない。軍手のはなしを思い出してしまう。
『スイッチ』
『血よりも濃い』
ヤバいことやモノはたぶんとこにでも転がっていててぐすねひいてこっちを伺っているんやろうなと思う。 -
Posted by ブクログ
『件の剥製』『安アパートの怪人達』『先住者二編』『名前』『棍棒さん』『犬行列』『密室』『遊んだ日』『山中の盆踊り』『カンカンカン』『酒乱』『酒場』『そうでもない』『お札の効果』『喜びあり』『厭な話二編』『いなくなったほうのおかあさん』が好きでした。
怖いはなしの中毒なので麻痺しかかってて本当に怖いって最近思わなくてそれに怖いはなしよりちょっと不思議なあれ?みたいなはなしがたぶんワタシは好きなのでそういうのばっかり集めてあったらきっと何回も何回も読んでしまうと思う。
怖いはなしの中毒すぎて読んだはしから忘れるので、これはきっと知らないうちにヤバいことから回避してるのかもしれません。
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Posted by ブクログ
神仏に関する怪談が集められた一冊。
著者によって集まる怪談に傾向がありとても興味深い。
その中でお寺や修験者に関する怪談を綴った橘百花氏の民話のような因果話や海を越えた海外の神について語られる卯ちり氏の怪談、そして一話のみながら思わずヒヤリとさせられる人間も怖い話の「檻の中」の斉砂波人氏と「裏の靖国」の鷲羽大介氏…。
もちろん他の著者の方々の話も大変興味深く、また読みやすいものが多くとても満足な一冊。
しかし後半に行くとかなりアクの強い著者が続くため(悪い意味ではなく作者の個性が強烈に出ている話が多いので)「実話怪談」というより立派なひとつの「作品」として捉えたほうが良いかもしれない。
特に郷内瞳心氏の「ヨモノキさま」などは驚くほど引き込まれる文章で一気に読んでしまったので実話怪談初心者ライト層から個性派怪談大好きマニア層まで楽しめる一冊。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ「こどもの頃の~」というタイトルと、このレーベル(竹書房怪談文庫)ではほとんど見かけない、一見愛らしい表紙デザインに油断して読んでいるとざっくりと心を抉られる。事故物件や曰く付きの土地、怨念の籠る事物などに纏わる幽霊譚、言い伝えられてきた禁忌を犯した報い……といったある意味定番の心霊怪異譚とは明らかに異なる肌触りの、因縁や因果もすっ飛ばし、記憶の底で澱んだ不気味で不条理な体験談45編。
中には、子どもの当時に見た夢や、テレビ番組や読んだ漫画などなどが記憶の中で再編集されていたのでは―と勘繰りたくなるほどどうにも理解し難い話も確かにあるが、形而下的な知識や常識に捉われない子供だからこそ見た、体験したという読み方もできるのかも。何れにせよ体験者の子供の頃の記憶という、どうにも確かめようも実証もしようのないものだけに、そのもどかしさが余計に気味の悪さ居心地の悪さを感じさせるような。
特に印象に残ったのは……かつて犬が多数飼われていたという廃屋に忍び込んだ3人の少年の運命(「犬屋敷」)、顔のない男性に遊んでもらった記憶が後年思わぬ形で噴き出す(「無貌三題」の3話目)、中学時代に駅で目撃した人身事故の記憶を恋人に語る女性(「わすれないでください」)、蜥蜴人、自ら出した炎に包まれる同級生、マネキン小屋の当番、田んぼ道に現れたキングコブラ……不可解で不気味なオムニバス譚(「贋・真実の世界」)、近くの山に先祖が建てた石碑があると知り、少年は祖父と共に山中を探し始めるが(「先祖の石碑」)、園児が繰り返し描く、家族の絵の中の不可解なもの(「別れる理由」)、火難に見舞われた同級生の自宅。その直前、友人たちに届いていた薄気味悪い手紙(「死体ペンギン」)など。
幸いなことに自分には子供の頃にこういった怖い記憶、不気味な記憶はないのだけれども……無意識に思い出さないでいるだけ、だったりして。