フランクハーバートのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2022/04/11〜2022/07/07
いつも小説を読むときは文字情報を追いかけるだけだが、映画を観たことで各キャラのビジュアルイメージが鮮明に刻み込まれているだけに非常に画が浮かぶ作品だった。
最も複雑なボードゲームと称された囲碁ですら人間の最上位の碁打ちをAIが打ち負かす現代においては、人間が機械に勝るという思考そのものが失われている。
しかし本作の1作目が発表されたのは1965年。
メンタートや教母など、人間という存在が担うには余りにも大きすぎる情報の処理を担わせているところに時代感を味わうことができる。
同時に、現代に生きる僕にとって本作は「人間讃歌」の風合いを強く感じた。 -
Posted by ブクログ
ネタバレさて。
物語については上巻の方に大体書いたが。
下巻には附録と称して(日本語訳版)、3つの短い文章が載っており、それぞれが作品の世界の重要なファクターの研究という形をとっている。
一つは、デューンの生態学について。また一つは、デューンの宗教について。最後はベネ・ゲセリットについて。
最初の一つには、スピンオフと読んでも良いようなストーリーがある。
いずれも物語には直接描かれてはいない背景の記述で、どんな経緯があってこの物語に至ったのか、を語っている。
加えて巻末には用語集があり、フランク・ハーバードがこの世界をいかに緻密に構築しているかが伺い知れる。
いずれもこの世界をより知りたい読者にとっては興味深い情報だ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ『Dune』はいつか読まなくては、と思いながら、なんとなく読みづらそうなイメージがあり読んでいなかった。
今回ドゥニ・ヴィルヌーヴにより再度映画化されたのを機に、また(おそらくそのために)新訳が出たのでようやく手にとった。
いわゆるソフトSFにカテゴライズされる作品で、ハード好きな私の好みからはややずれるのだが、それはそれ。
ところでサイエンス・ファンタジーとソフトSFの境界線って難しい。感覚的なものだけど、『第五の季節』はファンタジー、これはSF。自分でも何故かは理屈で説明できない。
Wikipediaにも「境界線は明確ではなく慣習的なもの」という記載があるのでそういうことなんだろうけれど、しかしながら自分の中では性別が違うように明確な線引が引かれており、SFには惹かれるが、ファンタジーには惹かれない。
閑話休題。
『DUNE』はつい先日私の中で若干信用度が落ちたヒューゴー賞の他、ネビュラ賞も受賞している。クラークにして「匹敵する作品は『指輪物語』のみ」と評され、私が敬愛して止まないハードSFを代表するカール・セーガンさえもが「惹き込まれる」と評した作品。
長編だがその長さは感じさせず、読み応えがあり、最後までその歯ごたえは持続する。
世界観は確立されており、説得力がある。
文章には抑制を感じ、私が苛立ってしまう賑やかし要素はほぼなかった。
私が読んだバージョンは文庫本で三部に別れている、程度には長い。そしてその世界観はその長さの分はある。
私が『DUNE』を初めて知ったのは1984年のデビット・リンチ監督の映画だった。リンチ好きの私にはリンチ監督作品というだけで「読んでみよう」と思わせるには充分だったが、小説を読んでみると、そのリンチでさえこの物語を充分に描いていなかったのがわかる。(それはリンチのせいではなく、映画という時間的制限と当時の技術的制限によるところが大きいと考える。さらに余談だが、一方でドゥニ・ヴィルヌーヴは映画を二本に分割することでこの世界を忠実に描こうとしている(私は嫌いな方法だが)。そして一部を観る限りではなかなか忠実に表現しているように思う)。
しかしながらそれだけでは物語は終わらず、『DUNE』は実はサーガであり、Wikiで調べれば簡単にわかるが、この他に5作ある。
『砂の惑星』だけで充分大きな世界観を感じさせるが、さらに5作も続くとは。
正直に言うと続く作品群はこの質を保っているのか若干の不安を個人的には感じるが、いつか時間が許せば読みたい。
違う世界の星をまたぐ勢力争いという意味では、例えば『スター・ウォーズ』だったり『ガンダム』だったり他にも作品があるが、『DUNE』は勢力争いだけではない点を描いているという点で物語に厚みが出ている。
主人公(ポールが主人公だが時にその母ジェシカも)の内面を丁寧に描き、一つの特異な民族を高い完成度で描き、アラキスという星にも焦点を当てる。
それらの描写の完成度を実現させているのは、また主人公ポールが持っている描き方によってはファンタジーとも受け取られかねない力が説得力を持つのは、その描かれる世界の完成度故だ。物語として描かれる部分は一つの事件だが、(下巻の感想にも書いたが)その水面下にはフランク・ハーバードが構築した大きな世界があり、その世界によって物語が地に根付いたものとなっている。
魔法じみた力も、ストーリーを進める上で便利に使われているものではなく「何なのか」という設計がきちんとされている。
その世界・設計に基づき、しかしながら闇雲に構築した世界全体を描くのではなく一つの事件にフォーカスを当てることによって、『DUNE』の世界は実現されている。
そういう意味では、ラストに若干ポール、アリアの万能感を感じさせるところが残念かなー。ややご都合主義を感じる。まあでもそういう物語なのかも。でも故に私的には★4。
重厚感は公爵や帝国などの設定もあるのかな。
あとこれは人類の未来の姿なのだろうか。それともパラレルワールドなのだろうか。私達の人類と類似性はとても感じるが。フレメンはなんとなく中東の人々を彷彿させる。(ということをソフトSFに問うてはいけないのかもしれない)。
続く物語は売っているのだろうか。 -
Posted by ブクログ
フランク・ハーバートによるSF大河、第2巻。
ハルコンネン男爵による奇襲から辛くも逃れた、ポールとその母・ジェシカ。惑星アラキスで産出される香料メラジンの効力で、"未来の可能性"を"視る"ことが出来るようになったポールは、「アトレイデス家を旗印に、狂信的で戦火と流血に塗れた宇宙規模の"聖戦"が繰り広げられる未来」を目にする。「そのような未来は何としても避けなければならない」――――決意するポール。
砂漠の民・フレメンと合流する道筋を"視た"ポールは、母・ジェシカとともにフレメンの居住区を目指し、過酷な砂漠地帯を進む中、フレメンの一団と遭遇する。慣習も価値観も全く異なる彼らに認めてもらうため、様々な"試練"に挑むポールとジェシカ。その行方は――――。
本巻では、前当主である父・レトの死を受け、新たに当主(公爵)となったポールとその母・ジェシカが、砂漠の民・フレメンの助力を得るため、フレメンの一団と合流し、その中で地位を確立していく様子を中心に描いている。砂漠に覆われた過酷な環境下に身を置くフレメンの、独特な慣習や価値観に惑いながらも、磨き上げられた武術、"読真師"<ベネ・ゲゼリット>仕込みの特殊な話術と鋭い洞察力、そして"未来の可能性"を"視る"力を見せることで、伝承にある救世主"リサーン・アル=ガイブ"として、フレメンらに受け入れられていく。
本巻は、「強大な敵に敗れたヒーローがリベンジするための準備期間」にあたるので、大規模な戦闘シーンはお預け。人によっては少々退屈な場面になっているかもしれないが、これがあるからこそ次に待ち構えている壮大な反攻劇が映えるのである。ここは辛抱の時間。
さて、次巻は決着の最終巻。フレメンを率いてハルコンネン男爵家にリベンジすることになると思うのだが、果たしてポールは、「アトレイデス家を旗印に、狂信的で戦火と流血に塗れた宇宙規模の"聖戦"が繰り広げられる未来」を阻止することができるのか―――。 -
Posted by ブクログ
古典SF 王になります。
ヒューゴー賞、ネビュラ賞、そしてSFのオールタイムベストでも何度も1位を取り、スターウォーズやラピュタの参考にもされたという、SFの古典。
ちょっと古いこともあり、そんな読みやすい訳では無い。が,話は王道、虐げられた王子が復讐を果たすまでの物語なので、サクサク読める。それでいてSFらしく、専門用語がバンバン出て、今とは全く異なる環境・歴史なのに、全く解説されない。それが特別感を演出し、人を惹きつけるのかなーと思う。タイトルの砂で覆われた惑星や、そこで生きるための術等、設定が練られているのも痺れる。描写はそんなに無いんけれど、登場人物も結構魅力的。 -
Posted by ブクログ
フランク・ハーバートによるSF大河。今年(2021年)に監督:ドゥニ・ヴィルヌーヴ、主演:ティモシー・シャラメによる、最新の映画化作品が公開されて話題となっているので、この機会に手に取ってみることに。(なお、本書は上中下全3巻の大長編作品となっている。)
砂漠に覆われた惑星アラキス。そこは、体内から排出される水分をも再利用する必要がある程の過酷な環境である一方、莫大な富を生み出す、メラジンと呼ばれる抗老化作用をもたらす香料の唯一の産地であった。
そんな惑星アラキスを、皇帝の勅命により、宿敵・ハルコンネン男爵家に代わって支配することとなったアトレイデス公爵家。表面上は皇帝の公認の下で、宿敵から要地を奪取することとなったが、それは皇帝と男爵による、アトレイデス公爵家を滅ぼすための策謀であった。罠だと知りつつも公爵家の当主・レトは、惑星アラキスに乗り込む―――。
一方、惑星アラキスへの移住前夜、公爵家の世継ぎとして育てられたレトの息子・ポールは、鋭い洞察力や"絡り声"と呼ばれる人を操る特殊な話術を身に着けた"読真師"<ベネ・ゲゼリット>と呼ばれる者の、教母と呼ばれる人物から<クウィサッツ・ハデラック>について聞かされる。「いつの日か、ひとりの男が現れる。その男は、"読真ドラッグ"の力を借りることで、"読真師"の教母にも覗くことが出来ない、肉体自体に受け継がれた男系・女系両方の"記憶"を、一度に俯瞰することが出来る。その者こそが<クウィサッツ・ハデラック>―――。」
砂漠に覆われた過酷な惑星、そこの原住民"青い目"のフレメン、砂中を支配する圧倒的スケールのサンドワーム、"読真師"<ベネ・ゲゼリット>、"演算能力者"<メンタート>...etc、キーワードを挙げたらキリがない程の魅力的な設定、壮大なドラマが読む者を離さない。
男爵家、そして"裏切り者"によって急襲を受け、壊滅したアトレイデス公爵家。母・ジェシカと共になんとか生き延びたポール。<クウィサッツ・ハデラック>として覚醒し始めたポールは再起を図るべく、砂漠の住民・フレメンの居住区へと向かうのであった―――。(次巻へ続く) -
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ネタバレいろいろと残念な下巻。いつの間にかポールはフレメンを掌握しており、フレメンはアラキスのほとんどを制圧している。そこに至る様々な苦闘を期待していたのだが、作者は大きく省略して、それぞれ最も大きな出来事だけを描いている。上・中巻までのどっしりぎっちりした物語進行に比べて、書くのに飽きたような飛ばし方だ。また、スフィル・ハワトはいいとこなし、ガーニー・ハレックはポンコツ化、男爵は4歳児に殺されるなど、ここまでさんざん強キャラアピールしていた面々はほとんど活躍なしに物語が終わる。さらに砂蟲に対する畏怖や神秘もはぎとられ、馬並みの扱いをされてかわいそう。逆にポールはスーパーマン化して負ける感じがしないから、緊迫感が生まれない。私の期待が大きすぎただけかもしれないが、不満の残る最終巻でした。
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フランク・ハーバートによるSF大河、「デューン」シリーズ第三作・上巻。ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によるシリーズ映画化の波に乗って、続編である本作の新訳も満を持して発刊。ありがとうハヤカワさん!ありがとうヴィルヌーヴ監督!
皇帝ポール・アトレイデスが砂漠へと姿を消した、前作から10年後。惑星アラキスは、ポールの妹・アリアが、兄が遺した幼き双子の兄妹・レトとガニーマの摂政として統治していた。しかし、緑化が進んだアラキスでは、かつての過酷な環境から解放され、フレメンの規律は緩み堕落し、政治腐敗や権力争いが進んでいた。また、そのような情勢の中で重責を負うアリアは、メランジ依存となり、"胎内覚醒者"として彼女が宿した記憶の中の先人に憑りつかれる(=「忌み子」となる)。その先人とは、今は亡き仇敵・ハルコンネン男爵であった。「忌み子」となった叔母と、父ポールから受け継いだ"未来の可能性"を"視る"力で、自身の命と帝国崩壊の危機を憂慮したレトは、双子の妹・ガニーマと協力して一計を案じる―――。
ポールが姿を消した後、緑化によって生活が豊かになったことにより、政治的・文化的な堕落が進み混迷する惑星アラキス。「忌み子」となったことにより、"記憶"のハルコンネン男爵に操られるアリアは、<ベネ・ゲセリット>として「忌み子」となった自身を捕えようと(粛清しようと?)する母・ジェシカと対立。前皇帝家であるコリノ家の策謀も絡み合い、まさに陰謀渦巻くアラキス・アトレイデス!
一方で、かつての惑星アラキスの過酷な環境を生き抜くためのフレメンの装備(保水スーツ)を身に纏い、各地で説法をする謎の<伝導者>が現れるが、彼が10年前に姿を消した皇帝ポールではないかと囁かれる。
混迷を極める惑星アラキス、そしてアトレイデス家。ガニーマと一計を案じて身を隠したレトは、どのような手を打とうとしているのか―――。(下巻へ続く) -
Posted by ブクログ
【伝説とはいかにして生まれるか】
三部作を通じて独特のSFと宗教が入り交じった世界が作品いっぱいに広がる。
主人公ポールがいかにして砂の惑星から人々の信仰対象になって銀河を牛耳っていくのか。
作者の頭の中で考え出された緻密な世界が最初から最後までいっぱい。
設定を考え活かすのにどれだけの歳月を費やしたのだろうか。
映画化され有名になった本作。私も映画から入った。
映画では大筋を捉えているが細かいところまで説明しているとキリがない。いい感じに映像とセリフだけで本作を表現している。
土地名や惑星名、役職や原理などは下巻に載っているので全てを掌握しながらお話を読むのであれば2周することをオススメしたい。