高妍のレビュー一覧
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読み終わったら手放そうかと思ってたけど、それはやめることにした。
・台湾を親しく思う者としても、日本人のアイデンティティを考える上でも、時々読み返した方がいい漫画だと思った。
・台湾のことについては、これまでは大雑把に、「台湾」「日本」「中国」くらいの視点しか持っていなかったけど、これ読んで、琉球もしくは沖縄も関係の深い登場人物だと認識した。
・というか、台湾のことを抜きにしても、沖縄のことをもっと知らないとならない、知ろうとせずに生きてきてしまった、と思った。
・以上のような「国家」について考える視点とは別に、未成熟な若者の心の形成過程というか青春の物語としても読み応えがあると思った。
総じて、娘たちにもいつか読んでほしいな、その気持ちを共有したいから妻にも読んでほしいな、と思った。
だから手放さないことにした。 -
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『隙間』第4巻(最終巻)です。最終巻では、沖縄戦を辿るヤンを通して、未来への希望を見出していきます。台湾出身の若い漫画家・高妍さんから、台湾の歴史のみならず、沖縄の歴史まで学ばせてもらいました。若い世代のたくましさを目の当たりにし、うれしさを覚えます。
直前に読んだ『エレガンス』の戦時の理不尽さに抗う姿、『台湾漫遊鉄道のふたり』の日台関係の複雑さ、深沢潮さんが描く在日韓国人の葛藤、大分前に読んだ『宝島』(最近映画で話題?)の沖縄の苦悩などを思い出し、重なる部分があるなとも感じました。
やはり、外に出て知見を広げ、物事を俯瞰して観ることで、自らのアイデンティティの捉え方も変わるのでしょうか? 少なくとも、狭い視野のままでは立ち行かなくなるのかもしれません。自分の固定観念には危うさもあるのだとの戒めにも感じます。
本書が日本の若い方にも広く読まれることを願います。自らの信念を守り、声を上げる気概をもつ人が増えてほしいです。「あなたにも何かできる」と、励まされ期待されているようです。
最後のコラムで次のように書いています。「この作品が、社会問題や国の未来に関心を持つ子供たちを支える小さな柱になることを願っています」と。
今後の高妍さんの活動を関心を持って見守り、台湾と沖縄を含めた日本へ、さらに視点を重ねた作品づくりに期待したいと思います。台湾・沖縄に捧げられた素晴らしい青春譚でした。 -
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『隙間』第3巻です。ヤンは、沖縄での仲間との交流で大学生活を謳歌するなか、自分が過去に囚われいつも過去に生きていたことに気づいていきます。
と同時に、かつて台湾と琉球が交流し、台湾の事件で琉球人にも犠牲があったことを初めて知り、互いに悲しみを共有している事実に気づくのでした。そして、間もなく帰る台湾の未来を案じてしまいます。
高妍さん自身が沖縄に留学した2018~2019年が、そのまま作品の舞台になっています。高妍さんと主人公のヤン、現実と虚構が交錯していき、人と人、さらには個人を遥かに超越した複雑で割り切れない関係性を描いていきます。まさにタイトルの『隙間』は、とても深い意味合いをもっています。
歴史とアイデンティティの葛藤を中心に、メッセージ・物語性の観点で文学的な要素が多く、それらを主人公ヤンの青春譚の中に巧みに落とし込む手法が秀逸だと思いました。
巻末のコラムの文末が胸に深く響きます。「歴史の流れの中で消えてしまった母語と文化を、私たち自身の手で必ず取り戻し、大切に守ることーこれが台湾人としての私の覚悟です。あなたの守りたいものは、なんですか?」自分に覚悟なんかあったかな… -
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『隙間』第2巻です。第1巻では、介護していた祖母を亡くし、諸々のしがらみを断ち切るように沖縄へ交換留学した当初が描かれました。新たな出会いと並行して、いじめられ暴力を振るった記憶、自分が受けてきた教育への疑問や台湾の現状、上手くいかない恋愛…、様々な記憶がフラッシュバックします。怒り・悲しみの感情が根幹にあるようです。
第2巻では、さらに主人公ヤンの内面が揺さぶられる描写が続きます。同じ留学生との価値観の違い、LGBTQ+や台湾の独立、言論の自由などのテーマが巧みに融合し、自分にも何かできると思えるようになっていきます。
自分も含め、日本人には平和ボケ、事なかれ主義、無関心が蔓延している気がします。人付き合いが下手で、感情の起伏が大きい主人公ヤンですが、とても眩しく映ります。3巻へ続きます。 -
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久しぶりに良質な漫画と出会い、心動かされました。漫画は久々の登録。作・画とも高妍(Gao Yan)さん(台湾出身29歳)で、台湾と日本で活動中とのこと。全4巻の印象・感想の概略を記します。
主人公の楊洋(ヤンヤン)は、肉親を失い恋愛に行き詰まり、台湾から沖縄へ留学します。様々な葛藤を抱えながら、自分や周囲の人、台湾と沖縄の歴史や国家と向き合い、成長していく物語です。
高妍さんの経歴を見ると、実体験を脚色しているようですが、主人公のヤンには自身を色濃く投影している気がします。ヤンと台湾の孤独がリンクし、ヤンの心情を追うことで台湾の歴史の理解につながります。
また、絵も個性的で(好みもありますが)、読み込むほど豊かな表現力に気づかされます。1カットの中のコマが多く、心情をていねいに描くことで表情の変化がよく伝わってきます。 さらに、単行本の装幀も高妍さん自身が手がけ、用紙や配色も自ら選んでいるそうです。1巻〜4巻と、巻を追うごとに帯の「薄紅色」が次第に薄くなり「桜色」になるのは、ヤンの怒りが少しずつ落ち着いていくイメージとのこと。こだわってますね。
各巻の最後には、台湾国家や歴史などに関するコラムも自ら執筆し、日本人には分かりやすい解説となっています。 -
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この漫画を読んで、本当に良かった。(1巻〜4巻)
主人公は台湾で暮らすヤン、22歳女性。交換留学で1年間、沖縄の芸大へ。
彼女は、心の支えとしていた祖母を亡くしている。恋人との関係も微妙であり、学校ではいじめにあったことも。
こんな心の傷を抱えながらの沖縄での生活。友人との関わりの中で、頑なな心が和らぎ、沖縄の歴史に心を寄せるようになる。そして、過去の自分と向き合い、前向きに自分の人生を歩いていこうという希望を見いだす。
各巻ごとに漫画の後に文章が添えられており、台湾についての理解を深めるのに役立った。
台湾の主権問題、民主化の道筋について新たに知ることの方が多かった。台湾の歴史を知ることが沖縄を知ることであり、その逆も言えるということ。大きな学びだった。
恋人との関係に悩み、悩みから抜け出すことができたときのヤン。自分も20代前半に、ヤンと状況は違うけれど、辛い別れを経験している。その当時は辛くて辛くて。でも、時が経つにつれその人から学んだことが、かけがえのないものであることに気づき、今では出逢えて良かったと心から、そう思える。ヤンの心の成長がとても嬉しかった。昔の自分を見ているようで。
作者の謝辞の中にあった二二八事件の追悼式で流れる『長春花』。毎年6月23日の慰霊の日に沖縄の小学校で聴くことができる『月桃』。両曲ともYouTubeで聴くことができた。『長春花』はゆったりしたメロディーで自然の広がりを感じ、『月桃』は、リズム良く励まされる感じがした。
村上春樹さんの『猫を棄てる』でガオイェンさんの絵を初めて見て好きになった。台湾のことを知りたいと思って読み始めたが、それだけにとどまらなかった。台湾、沖縄のこと、同性愛、恋のこと、民主主義の本質。内容が重層的で読み応えがあり、何よりも筆者の謙虚で一生懸命な姿勢がうかがえて、好感が持てた。単行本の帯の4人の方(是枝裕和、江口寿史、吉岡里帆、宇多丸)のコメントが素晴らしく、いつもは読むときに外してしまうのにずっとつけておきたい気持ち。また、何度も読み返したい漫画に出逢えた。最高でした!
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この本を読むにあたり、押さえておくべきポイントがある。作者は女性?それとも男性?
「高妍」という台湾の方の名前を見ただけでは、日本人の私には判別がつかない。まあ女偏がつく字の使用とか、主人公の緑の描き方からうすうす想像はつくが、下巻の末尾にある「あとがき」に答えがあった。作者の性別くらいならばネタバレにならないと思うので、以下に書く。
作者は女性だった。
それに気づいて改めて下巻を読み直してみると、私は本当に鈍感だった。だって、作者が女性だと示唆する材料は数多くあるから。
代表的なものは人物の髪の描き方だ。台湾の街並みやライブハウスの室内とかならば、写真をトレースすればある程度のリアルな画は描けるだろう。しかし人物の髪、特に緑やルナなどの女性の髪を2次元の画面に質感を伴って描きだすには、相当のテクニックが必要だ。私が記憶する限り、池上遼一さんが登場人物の髪の質感にこだわっていた漫画家だと思うが、別の意味で高妍さんの髪の描き方(細い線の使い方や、ホワイトによる髪の表面の光の表現)にも独特のこだわりを感じる。また緑の心の成長にあわせて髪型を少しずつ変化させているのも心憎い。
それと物語も、よく読むと深みというか文学性が感じられるものだ。
下巻はいよいよ緑と南峻とが細野晴臣の台湾コンサートでの時間と空間を共有するエピソードからはじまる。緑にとって細野は高校時代に偶然耳にしたはっぴいえんどの「風をあつめて」を歌っていた人。その歌声は一種のなつかしさを伴って緑に受け入れられている。一方で南峻は東日本大震災復興ライブとしてYMOが何度目かの結成がされたとき、日本に行き細野を見ている。もちろん南峻も細野たちのパフォーマンスをかっこいいと受け入れた。だが同じく音楽を追い求めようとする身から見て彼らがあまりにもすごすぎて、自分の音楽家としての限界を強く意識することになる。つまり細野に対する緑の「あこがれ」と南峻の「あこがれ」は、近づきたいという緑に対して、南峻はその正反対とも捉えられる複雑な感情だ。
これに象徴される2人の様々な“すれちがい”は、ある意味で古いテーマだ。しかし作者の文学好き由来の豊かな言語感覚からなる独特で清新な登場人物の話し言葉に、作者のアーティスティックな絵柄が加わって、表紙だけでなく本の中身も、作り込まれた美しさが新しさとなってあふれている。そう、「海邊的卡夫卡」で食べられるレモンタルトのように。
そしてエンディング。読者がその時に置かれた恋愛、人間関係、音楽の嗜好などによっては複数の異なる解釈が可能な、セリフが書かれていない最後のコマは、まさに今風なのかもしれない。 -
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「風をあつめて」は聞いたことがなかった。
「ノルウェイの森」は読んだことがなかった。
ゆらゆら帝国は聞いたことがなかった。
でも私にも楽しめた。
コマごとに構図に変化がつけられていて、その写実的な絵柄とあわせて、まるで映画を見ているよう。それも場面場面を写真のトレースでつなぎ合わせたようなカクカクした感じではなく、緑や南峻などの登場人物の心の動きとのシンクロが緻密に計算されているかのように自然な感じで読み進められる。だから私が知らない台湾の風景や、緑や南峻の部屋の中などの描写が、まるで訪れたことがある場所のように瞼の裏に広がっていく。それはまさに「風をあつめて」を聞き通したときに感じた“風”のよう。
それと著者は私よりかなり若く、その若い感性を私のような年代の者でも触れられたのがうれしかった。同じ内容でこれが小説ならば、場面や情景を自分の頭の中で変換して読まなければいけないので、正直に言ってかなりつらかったはず。でも漫画ではビジュアルとしてそのままの形で受け入れられた。それに私にも若いときはあったしね(笑)。
私が好きな場面を紹介したい。
1 泣いていた緑を南峻が「いい所に連れていってあげる」といって、自転車の後ろに乗せて河川敷まで走って「風」を感じさせる場面。「風」は、緑が高校生の時に偶然聞いた「風をあつめて」の記憶につながるものだし、男の人に知らないところへ連れていくと言われたときの緑の期待と不安とが混じる微妙な心理がこまやかに描かれているのもいい。
2 南峻の部屋に招かれた緑は、彼が飼っているピーターという名前の黒猫と対面する。2人の会話の途中に、2人の表情は描かれずにあくびするピーターなどのコマが挟み込まれているページがある(P162)。私は映画「ドラゴンへの道」で、ローマの闘場で空手技を応酬するブルースリーと対戦相手のアップに続き、闘場に迷い込んだ猫のカットが挟み込まれていたのを思い出した。そのネコの1カットが二人の緊張感が連続する場面で一種のアクセント効果をもたらしているのと同様に、ぎこちなくなりがちな緑と南峻との2人の会話を読み流されないように工夫されている。
3 南峻が緑に、かつて日本で細野晴臣のソロライブを見たときの話をするシーン(P228)。ライブが始まると細野と矢野顕子がステージに出てきて「恋は桃色」を歌ったが、実は2人とも前座のモノマネ歌手で本人ではなかったと笑いながら南峻は話す。これって、矢野顕子さんのモノマネはどう考えても清水ミチコさんでしょ?たぶん。南峻も「僕はてっきり本物だと思って興奮して拍手したよ」と話しているし。さすが清水ミチコさん(笑)。 -
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ネタバレ何度見ても、一巻からずっと、なんと美しい本なのだろうか。280ページの大作、表紙カバー折り返し紙質にもこだわりあり。全て細かくガオさんのセンス、趣味、美意識で固められていて税抜価格880円て、ありえないと、この本に似つかぬことをいいたくなるくらい。
圧巻の完結。
同じ地球上で同じ空気を吸ってるわけだが、だいぶ前とはいえ同じように20代を過ごした私と、このヤンちゃんのストレートさ、緻密な勉強、研究。
全ての言葉、表情、一コマ一コマ、ぺーじごとに、今、この腐れ切った日本社会にポーン、ポーンと大きなカーブ描いて沖縄から台湾から、カラフルな七色のボールとなって投げ込まれて欲しい。
Jというクソ男は、恋愛においてクソなのだが、戦争が破壊なら破壊と相対するものが創造なんだ、とかかっこいい事をいうのだ。それも彼の意識無意識のミソジニ的振る舞いの一部なのかも。
しかしヤンちゃんは賢いので、やがてその破壊と創造を丸木夫妻の、佐喜眞美術館の沖縄戦の図に解を求めるのだ。
1人じゃないということ。
沖縄も台湾も、私たちも、その場所でそれぞれに、そしてはなれていても互いに繋がり、同じ夢、本体裏表紙に書かれている100%自由のために声をあげたり、読んだり書いたり歌ったり歩いたり走ったり目を閉じて想像したりしていくのだ。
大きな希望の勇気。
隙間。かっこいいブレイク。
隙間。立ち止まることも、入り込むこともできる。広げることも詰めることもできる。
諦めない。
ヤンさんのこれからにますます期待する。 -
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6/23の慰霊の日を意識することもなく、のんびりと暮らしてきた自分。必ず被害者の立場と加害者の立場がある。丸木夫妻の絵を必ず死ぬまでに見たいと思った。
知らずにこれまでの人生を過ごしてしまった→これから知ってあとの人生を生きることができる。
と読み替えて。
なんでタイトルが隙間なのか。
主人公の想い人の顔がずーっと思い出せないのはなんでか。
人生において怖い夢を時々見るのは何故か。
多様性など回収しきれないテーマはもちろんある。選ぶ勇気、変わる勇気、認める勇気。
それはきちんと違うことはNoといい、わからないことはわからないと言い、でも提供できる心を愛を持って伝え続けることなのかもしれない。 -
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ネタバレ父の心に長いあいだ重くのしかかってきたものを-息子である僕が部分的に継承したということになるのだろう。人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人はそれを自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?【P63】
たとえば僕らはある夏の日、香櫨園の海岸まで一緒に自転車に乗って、一匹の縞柄の雌猫を棄てにいったのだ。そして僕らは共に、その猫にあっさりと出し抜かれてしまったのだ。何はともあれ、それはひとつの素晴らしい、そして謎めいた共有体験ではないか。そのときの海岸の海鳴りの音を、松の防風林を吹き抜ける風の香りを、僕は今でもはっきりと思い出せる。そんなひとつひとつのささやかなものごとの限りない集積が、僕という人間をこれまでにかたち作ってきたのだ。【P106】
村上春樹さんの物語で、私の物語だ。ささやかなものごとの集積。ストンと、納得できた。