高妍のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ3巻も美しい装丁と,最後の力強い文章。決意表明。オルグ。
さまざまな音楽や映画や本。
鯨詠、旋律で伝える。言葉にならないことを。
おばあちゃんが毎年していたように、見様見真似で梅を漬ける。
友達との触れ合い,温かい手を感じたり、自分が赤くなったり熱くなるのを感じたりする表現がガオヤンさんの力量発揮部分だと思う,繊細で熱い。
バニラスカイ、大好きなJが1番好きな映画、、,トムクルーズ王道ハリウッド映画?と思いスルーしていたがトレイラー見て興味持った。
Jという人のことは、ヤンちゃんの目線でしか語られないからわからないけど、世の中に真摯に向き合うグッドガイグッドパーソンなのにヤンちゃんにはどうしてこうなのか、ヤンちゃんもどうしてそんなに好きなのかなって思ってしまうモヤモヤがあるけど沖縄や台湾の政治や歴史の事ばかりではなくJのことも大事なトピックなので見守る。
バニラスカイを一緒に見てくれない彼。恋人ではない彼。 空気が読めないと他の留学生から嫌われている大学職員が退職、なにか事情がありそう、ヤンちゃんは流れや留学生仲間の空気に流されず同調しない、そしてきちんと自分はそう思わないと表明する。
映画フラワーウォールの話、
大学祭で,シネマカフェをやる。ドライブに行き、フラワーウォールの子たちが夜のドライブでボウイのヒーローズをかけながら疾走する自分たちの人生を感じるシーンを追体験。
おばあちゃんは文字を習っていないけど好きな歌テレサテンが歌う歌の文字を書き記す。
知らなかった基隆に移住し虐殺された琉球漁民のこと。Jが
台湾を本当に知ろうと思ったら台湾からだけではダメ外から台湾をみなければ、とヤンちゃんに話す。
私たちも同じ。そのことがあまりにもないがしろにされ、近視的で愚劣な言説がいかに多いことか。
ヤンちゃん,そしてガオヤンさんがこれまで育んできた自分が、自分を構成するものが常にふわふわと風船のように浮かんだり、思い余って破裂したりする。
最後の,エッセイというには高尚すぎて、とにかくこの文章がほんとにすごい。
琉球と台湾、どちらも言語と文化を奪われた歴史を経てきたが、被害者の一面だけを振り返っても現状は変えられない。悲しみによって自らを語るのではなく、これまでのすべての闘争を自由への探求と権力への反抗として捉えるべきなのだ。私たちは、国家にある暴力の単なる犠牲者ではなく、それ以上に能動的な抵抗者なのだ。歴史を忘れないために、私たちは書き,描き、歌う。
とガオヤンさんは、強く表明する。失われた文化,歴史,言葉,言語,音楽全てを取り戻すのだ、と。台湾,琉球だけではなく、身近に取り戻さねば永遠に失われてなかったことにされる文化,言葉、人々が、どんなに多いことか。
改めて若いガオヤンさんのマニフェストに震える。
-
Posted by ブクログ
ネタバレ帯は江口寿史さん,隙間を紡ぐ物語にいつも生きることの根本の愛おしさを感じると。
カバー折り返し,裏がわの図書カードのメモには、若い人が声を上げることは良いことだと。
週刊自由時代、鄭南ロン、チョンナンロン氏創刊,自由な言論を勝ち取る闘い最後は抗議と不屈の焼身自殺。家族に、残された台湾人民に、あとは君たちがやるんだ,と言い残して。
台湾がアジアで初めて同性婚を制度化した。
それを民法に組み込むかどうかの、国民投票。特別法として特別扱いの合法化か、当たり前の自由として認める法制となるかの国民投票。その行方。親しい人近所の人や親戚のおばさんにどう思うか,賛成してほしいと話すことも難しい。大好きなJは台湾で頑張っている。ヤンもチョンナンロンの言葉や生き様に励まされて、、、、さまざまな思い、いじめられた過去、バイト先の素敵な店長との出会い、深まる由里香との愛情、メインランドチャイナからの留学生,台湾からのことなかれ主義的な留学生、はっきりしない人の目を見ない日本人の代表的な存在とも言えるしナンとなく人と違うような落ち着かない孤独そうな大学職員。さまざまな出会い、さまざまな関係、一歩踏み出すこと。特別法でも同性婚は認められたこと。勇気を持って話してみること。
-
Posted by ブクログ
本書の「あとがき」に、筆者自身が、本書の来歴を記しているが、本書および筆者が、ほとんど偶然のように、松本隆や細野晴臣や村上春樹と繋がりを持つようになったことが、喜びとともに書かれている。ほとんど奇跡のようなものである。
でも、それよりも、私が心を打たれたのは、筆者の創作に寄せる強い想いであった。本書は上下巻で500ページを超える大作であるが、もともと、32ページの漫画作品に過ぎなかった。筆者は、それをいつの日にか長編の漫画にしたてあげたくて、努力を重ねてきたのである。そのあたりのことを、「あとがき」から引用したい。
【引用1】
私はただ負けず嫌いなだけで、才能のある人間ではない。
この作品がここまで来られたのも、単純に私がたくさんの時間と体力を注いで、ひたすら必死に描き続けたからだ。そして、そんな私のことを最高の編集者と出版社、友人と読者がそばで支えてくれたからだ。
【引用1終わり】
【引用2】
一生をかけて一つのことをやり続ける、なんて素敵なことだろうか。
私はもう絵が描けなくなるまで、ずっと絵を描き続けていたい。こんな風に必死に絵を描き続けていて、こんな自分って、とてもかっこいいのではないかと思うことがある。私は私が尊敬する人たちと同じように、一つのことだけをずっと続けてきて、70歳になってもまだ続けるつもりでいる-それは私にとってすごく眩しくて、かっこいいことなのである。
【引用2終わり】
自分の好きなことのために、全力を注ぐことが「かっこいい」と言う人がいることは、とても勇気・元気をもらえることではないだろうか。筆者は、それによって成功したが、成功するかどうかは別にして、いくつになっても、自分の好きなことに集中していたいと思った。
【追記】20250402
本書の感想を書いてすぐに台湾に家族旅行に出かけた。
台湾には、以前、仕事があったので、しばしば訪れていたので、今回の訪問は10回目を超えていると思う。
外国を訪れると緊張するというか、気を張る部分があるのだけれども、私にとって台湾は、そういう緊張を全く感じない外国だ。特に台北は、日本に光景が似ていたり、治安面で心配を感じなかったり、ということが理由だろう。
今回も、3泊4日の旅行を本当に楽しめた。 -
Posted by ブクログ
猫を棄てること。親から棄てられること。
表向きは子供を捨てているというわけではないが、子供の数が多かった時代に、子供を自分で育てるのではなく、養子に出すなり、奉公に出すなり、寺に預けるなりしたということはわりとよくあったことなのだろう。
村上春樹の父親もそのような経験をしている。
そして自らが棄てた猫が、自宅に戻ってきたときにそのことを思い出したのかもしれない。
村上春樹と父の関係が(確執の部分は除いて)まあまあ深く語られていて読み応えがある。徴兵された頃の話も印象深い。
自分とは関係のない他人のエピソードなんだけれども、自分が今いる世界を構成する平等な多くのできごとの中の一つとして、身近というのはちょっと違うかもしれないが、何かそのような別なんだけど同じものというような不思議な感覚になった。うまく言えない。 -
Posted by ブクログ
小説を読んでいるみたいだった。
感情の機微がこんなにガシガシ入ってくるなんて、びっくりした。
セリフのない曖昧な表情だけで伝わる感情が、絵のタッチの緻密さも相まって、繊細さMAX!
絵が上手すぎる。
台湾の「文青」、こんな感じなんだろか。空気を感じられたような気がする。
文学とか音楽のオシャレな雰囲気。
緑が履いているサンダルがtevaみたいな形で、最近のものなのだなと分かる。後で調べて若いイラストレーターさんが描いた漫画だと知って、納得した。
驚いたときの表現が、日本のものとは違っていて面白い。
緑の字、彼女っぽい可愛らしい字だった。