結城昌治のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
敵前逃亡・奔敵、従軍免脱、司令官逃避、敵前党与逃亡、上官殺害、これらは陸軍刑法において最高刑が死刑と定められていた罪で、作者は、これらの罪で裁かれた兵士たちの行動が実際どのようなものであったのかを解明しようと試みる。彼らはどうしてそのような行為をしてしまったのか、当時の部隊関係者等の証言から少しずつ状況が明らかになってくるのだが、そこには単純に軍規違反とは言えない隠れた悲劇があった。
ハードボイルド作家として著名な作者がどうしてこのような本を書いたのか。著者は講和恩赦の際、東京地検保護課に勤務しており、恩赦事務のために膨大な件数の軍法会議の記録を読んで、そのとき初めて知った軍隊の暗い部分が脳裡に焼き付いたという。多勢の兵隊たちは、一体誰のため何のために死ななければならなかったのか。
例えば、ある地点の守備についていた中隊が、死傷者が続出し、補給が途絶、中隊長は飲料水のある地点まで、部隊を独断で一時退避させた。それがたまたま視察に来た連隊副官の怒りを買い、中隊長は軍法会議にかけると責め立てられた、というもの。
あるいは、ある軍曹が数名の下士官とともに何らかの理由で部隊を離れたが、戦没者名簿には「敵前党与逃亡罪で死刑」との記載はあるものの判決書は存在せず、当時の関係者を当たってもそもそも本当に死刑になったのか、事実は一向にはっきりせず”藪の中”状態、というもの。
まともな装備もなくて戦闘どころではなく、食糧の補給もほとんどなくて飢えに苛まれ、部隊としての規律ある行動を取ることが困難になっていた状況において、そもそもその裁きは正当と言えるものであったのかという大きな疑問が湧いてくる。いかなる命令であっても従わなければ抗命となり、自らの命を守ろうとすれば逃亡と言われかねない理不尽さ、軍隊というものの非情さを感じさせられる。
特殊な状況を扱っていると思われるかもしれないが、新しい戦前とも言われる昨今、是非読んでもらいたい一冊。
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Posted by ブクログ
ネタバレ1963年かー、「夜終わる時」。
さすがにそんな頃の昭和は知らない。でも、読んでいて、昭和のあの夜の暗さがじんわり迫ってくる感じがよかった。
だからさ、夜が蛍光灯の白くまばゆい明かりでなく、白熱電球の赤みがかった灯りだった頃…
と、なんだか前に片岡義男を読んだせいなのかw、妙に文章を飾っているようで自分で笑っちゃうんだけど、それはそれとしてストーリーといい、登場人物といい何とも言えない哀感があって。妙にメランコリックになってしまうというか、ついそういう文章になってしまうというか、そういう本だったなぁーと。
とはいえ、たかが本の感想なわけで、とりあえず本のタイトルになている「夜の終わる時」は現在進行的なストーリー展開がゾクゾクしてくるような緊迫感を出しているなーと思った。
「夜の終わる時」は2部構成になっているんだけど、特に1部の冒頭、徳持刑事がどうなったかわかるまでと、菅井部長目線でストーリーが進む2部の緊迫感は圧巻だった。
本の裏表紙にある内容紹介で、徳持が殺されちゃうことが書かれているんだけど、冒頭の緊迫感を思うと、なんとかそれを明かさずには出来ないものなのかなーと。
それくらいこの現在進行的な展開はいい効果をもたらしていると思った。
ただ、2部についてはちょっと不満も。
安田の後をつける菅井を密かに腰木が尾行していることは、読者としてはなんとなく気づいちゃうわけだ。
なら、尾行のまま展開させて、最後の最後安田が確証を掴んだところで、後ろから腰木が声をかける、みたいな感じの方がよかったんじゃないのかなーと思うのだ。
ただ、それはすれっからしの現在の読者だからそう思うのであって。
当時の読者は今みたいに色々読んでいるわけではないから、素直に「おぉー」となったのかな?
うーん…、ていうか、もしかしたら、そんな風にサスペンスな展開を望んじゃうのは現在の読者の悲しい性(悲しいかどうかはともかくw)ってことで。著者(orその頃の読者)としては、菅井(の、そして当時の人たち)の哀しさが描かれることの方が、そんな陳腐なサスペンスなんかより大事だったのかもしれない。
そんな風に考えると、横溝正史(の長編)にある、あのなんとも言えない哀感は横溝正史独自のものではなくて。昭和の初めや中頃を生きた人たちの日常に普通にあったものなのかもしれないなぁ…。
と、そんな風に考えてしまうくらい、この話に出てくる人は、刑事たちもやくざ者たちも誰もが哀しくて夜が暗い。
1963年といえば、東京オリンピックの前の年。たまたま来年またオリンピックが開催されるわけだけどどうなんだろう?その頃と現在の世情って…。
とか言ったって、1963年といえば例の「こんにちは赤ちゃん」がヒットした年だ。つまり、ここで描かれたような生活もありつつ、でも映画の「三丁目の夕日」みたいな、つつましくも幸せな暮らしもあったわけだ。
そう考えると、どんな時代も日常は大変で、だけど人はそれぞれそこに何かしらの幸せを見つけるということで。つまり、1963年だろうが現在だろうが、人の営みに大きな違いはないということなんだろう。
ま、殺された徳持刑事を同僚の刑事が「童貞のまま死んだんだとしたら、可哀そうだからな」なんて哀れむ辺りは、世の中相当変わったよなぁーと思っちゃうんだけどさ(笑)
ただ、日常全体で見れば多少は変わったという程度(ま、白熱電球よりLED電球は明るいくらい?w)で、それは誤差の範囲みたいなもんってことなんだろう(1963年にボウリング場があって。しかも深夜営業していたというのには驚いた)。
ていうか、たかだか50年ちょっと前と比べて、何が違うからどうだとかこうとかグチを言うのは意味のないことなんだろうな。
この「夜の終わる時」は2部構成にしたことの妙を評価されることが多いらしい。
確かに、それは実際成功していると思う。
ただ、そういう形式の小説って、今はあまり見かけない気がような?
ただ、現在はそれを1部2部ではなく、1部の視点と2部の視点を交互に出して話が進んでいくみたいな風に書かれることが多くなっているのかな?
確かに、視点を交互に出して進める形式の方がなんとなくスマートな気はする。ただ、1部2部と分ける形式はぶっきら棒である反面、2部に変わった瞬間の段差が激しいせいか、すごく劇的な効果を生んでいるように思う。
ただ、視点を交互に出して進めていく方が、展開を次々に変えていくことで話を長く出来るメリットがあるのかなーと。
また、この話で言えば菅井側の視点を誰の視点かわからないように書けば、ミステリー(謎)が読ませるエンジンになるという点もあるだろう。
つまり、今の小説が“すらすら読める”ということを求められる傾向を考えると、視点を交互に出して物語を進めるという書き方の方が読者にウケやすいということで。
その辺りがこの「夜が終わる時」みたいな形式の小説を見かけない理由なのかもしれないな。
続く短編4つは、読むからに雑誌に連載された小説なんだろうなという感じ。どれもあっけなく終わる。
最初の「殺意の背景」もまさにそんな感じの話。
ただ、読み終わってみると、妙に今っぽい事件の話だったなぁーと。
これ、舞台を現代にして。小説では語られていないこの事件の前にあった出来事を例の『火車』みたいなストーリーにして、本編と同時並行で走らせたら、今でも結構いけるんじゃない?w
ていうか、そんな風にこういう埋もれてしまった短編を今の作家が視点を入れ替えたり、話を膨らませたり、今風のストーリー展開にして小説を書いたりしてるってことは結構あるんだろうな。
あっけないといえば、2つ目の「熱い死角」はもっとあっけない。
そのあっけなさは、いつも通り家の駐車場に車を停め、ドアを開けて足を出したら断崖絶壁……、みたいな感じ。
3つ目の「汚れた刑事」は読ませる。
読みだしてすぐ、なんだ?何が起きたんだ?と一気に引き込まれる。
やっぱりあっけなく終わるのだが、登場人物それぞれに魅力があって、ちょっともったいない感じ。
暴力事件を起こした刑事の周りにいる人、3人とか4人ピックアップ、もちろん病気の娘さんも登場させて、それぞれのパートで語らせて長編にしたら読ませる話になった気がする。
あっけないのは、最期の「裏切りの夜」も同じ。
ていうか、これはあっけなさすぎw
ただ、その結末をあっけないと感じるわりにやっつけ仕事感がないのは、前半がじっくり描かれているからなんだろう。
ていうかコレ、後味がいい。これを最後に持ってきたのは編者の妙。
この作家は初めて読んだけど、短編も読ませてくれるのでよかった。
ま、書かれたのが「夜が終わる時」が1963年、他は1970年前後と昔なので、現在の至れり尽くせり小説と比べるとさすがにぶっきら棒な感じがするんだけど、それを補って余りある物語の深み…、というよりは、やっぱり“昭和の夜の暗さ”ってことかなぁ…。
昭和の夜の暗さとまだまだ日本人が貧しかったゆえの哀しさが、短編であっても話に深い陰影をつけているように思う。 -
Posted by ブクログ
ミステリ短編集。でも実は、それほどミステリっぽくない印象のものも多い気がしました。だけど特に事件が起こるわけでなくとも、心理的にじわじわと嫌な感じが漂う物語があって、その結末に驚かされるのでこれはやっぱりミステリなのだなあ、と認識させられます。一見地味だけど、読めば読むほどじわじわ来るなあ。
お気に入りは「みにくいアヒル」。とにかく主人公は気の毒なのだけれど、それでもまあまあうまく生きられていると思っていたのに。まさかそんな選択を! でもそれが幸せと思えるのかあ、と何ともいえず切ない気分になりました。同じような印象で、「老後」も幸せの意味を考えさせられますね……。
「絶対反対」にもやられました。とても短い一作。なだけに、これに気づかなかったよ! と驚愕。あまりにシンプルなだけにガツンと来た感じでした。 -
Posted by ブクログ
前半と後半で趣の違う短編集。前半はイヤミス寄り。後半はサプライズ重視。後者が好みであった。
惨事
いきなり悲惨な話。ラストの葛藤は、どうぶつタワーの時間切れかと思ったわ(失礼
時代背景あり、インパクト絶大のはじまりだった。
蝮の家
予想は容易く、清々しい。証拠のひとつが素晴らしかった。
孤独なカラス
教育環境が人格形成の大元。狂いそうな時間が流れた異質な作品。
老後
全然見合わない老後でもの哀しい。もっと弾けてほしかった。
私に触らないで
誘惑。違う未来。自分の判断って大事でねー。
みにくいアヒル
私も自分の容姿に自信がないが、この物語は哀しくも彼女が選んだ道なのだ。
女の鑑
読みにくい???いやいや、寒気のするラスト。本作の推し。
あるフィルムの背景
感情をぶつけるところもなく、後悔しかない。胸が痛い話だ。
絶対反対!!
おう!?第二部ときていきなりシャープなどんでん返し!!
うまい話
には裏がある…見えやすいがニヤリのラスト。
雪山賛歌
素晴らしい。イかれた犯人の容赦のなさといったらもう…これも推し。
葬式紳士
これはまた洒落た話である。殺しの話なのにほっこり。
温情判事
1番辛い短編。またやり直すことはいかに不可能なのか。
高水準の作品群。ミステリでありサスペンス。ハードボイルドな文体。
今後も読みたい作家であった。 -
Posted by ブクログ
殺人ミステリーでありながら暗さは感じられない。登場人物はみな怪しげな人物である。しかし読み進んでいってもなかなか犯人像が浮かばない。情景と心理描写は的確であり、ミステリーの中にユーモアもあって楽しく読める。巻末の解説で中辻理夫が次のように書いている。「悲劇の中の喜劇であり、喜劇の中の悲劇である。悲劇と喜劇はいずれも等しく人生に横たわっている」。思いがけないことから、悲劇が生じる。悲劇も喜劇も運命の匙加減次第。でもそれが人生だと納得させるミステリー小説だと思う。最後の郷原警部の夜中の調査経過の日記、そして眠りから覚めた翌日の思いがけない結末。考え抜かれたストーリーだと感心した。