チョ・ナムジュのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
読んでいるときずっと辛かった。。私もこれ以上男性に悪いイメージを持ちたくなくてあえて考えないようにしていたテーマだったので。ショッキングだけど、読むのが止まらないような本だった。。
私の親も、「女は稼げないから結婚して男に稼いで貰わないと」とか言う。あと、私が趣味で何か料理を作ると、祖母に「これでいつでもお嫁に行けるね」と言われたりもする。これは世代の価値観だからしょうがない、と受け流している。
私はそう言われるたび、「自分で生きていくために稼ぐしお嫁に行くために料理していない」と心で言う。
特に印象的だったのが、女性は結婚、出産で失うものがあるけど、男性はあくまで「手伝い、メインで稼ぐ側」だから何も失うものはない、ということ。女性は仕事、健康な体、キャリア形成を放棄していかないといけない。復帰した後の職場環境や職種は期待できないようなことが多い。子供を持つことをあんまり望んでおらず、周りに言われるがまま子供を持ってしまったキム・ジヨンは当然、被害者のように失うものを数えてしまうと思うが、子供を持ちたいと思う人はそんなに失うものを数えないのでは?とも思った。
バイト先でも楽しそうに子供の写真を待ち受けにしたスマホ画面を見せてくるパートさんもいるし、子供の写真をSNSにあげている人もたくさんいるので、、子供を持つことで失うものを悲観的に羅列することーーこれは人によりけりな気がする。
本書で挙げられる問題に「しょうがないしな」と無意識に、無関心になった方が楽に生きれるけど、声をあげても「女は不当に恵まれすぎだろ」ってヘイトも湧くし、答えがわからなくなってしまった。とりあえず自分ができることは、妊婦さんを見かけたら席を譲る。
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Posted by ブクログ
7〜8年ぶりの再読。
育児にまつわる辛かった経験を慰めてもらったようでもあり、いやいやまだまだ全然終わっていないし慰めきれてもいない思いもあり、でもみんな自分の辛さをどうにかして発露するために、対照的な生き方のひとを悪く言うんだよね、みんな生きるの辛いんだよねって思ったりもした。
私自身は、やって当たり前とみなされている家事育児を夜遅くまで1人でこなし、夫も子供たちも非協力的、実の母は私の出産3年前に他界、離れて暮らす父は頼れず、同じく遠距離の義両親には「自分さえ良ければそれでいいのか。都会暮らしは愚の骨頂」とか言われていたりとにかくなんでも1人でやってるけど、もはや徳を積めるだけ積んで、いつかものすごく楽しくて幸せなことを1人だけで享受しよう、その日が来るのが待ち遠しい、と祈るような日々を送っている。その日のために自分や周囲の健康を祈り、己を磨く、ただそれだけ。
この本を再び手に取ったきっかけは、韓ドラにもK-POPにも全くハマっていないのに、ちゃんみなさんとHANAが好きなだけで韓国にめっちゃ興味が湧いて、Duoringoで韓国語をやり始めたら止まらなくなり、韓国自体のことをもっと知りたくなったこと。
楽しいからもっと他の本も読みたいし、知的好奇心が止まらないー! -
Posted by ブクログ
韓国の架空の都市、ソヨン洞(ドン)にあるマンションを巡る住人たちにまつわる連作短篇集。
その人の住む地域やマンションの階、職業、ママ友関係、子供のお稽古など日本のタワマンや受験を巡るあれこれと似ていて、とても親近感があり、また興味深くておもしろかったです。
そこに住んでいる人たちは、そこの価値観で競い合い、一喜一憂したりしているけれど、関係ない外から見ると滑稽なくらいどうでもいいことだったりして。
自分も、もし何か今いる世界で息苦しくなったら、こうして客観的に外から自分をみて、こんなことにとらわれるなんてばかばかしい!って思えたら気持ちが楽になりそう。
それにしても東京も同じくものすごい不動産価格の高騰。
まったく他人事ではない物語です。 -
Posted by ブクログ
28篇の物語。共感という分かりやすい言葉では、とても言い表せられない。
娘・妻・嫁・母という役割、役割を脱いだ一人の女性・ひとつの個として、時代も国境も超えて届けられる思いには読んでいて込み上げてくるものが多く、思わず何度も涙した。
この間、将来の夢が特に思い浮かばないと言う娘に、つい「ママはその歳の頃なりたいものだらけだった。でも何にもなれなかったな」とぽろっとこぼしてしまったことを反省した。
自分のようにはならないでほしいという親の希望でさえ、きっと子どもが選びとる将来にとっては何も関係のないことなのだ。
ちなみに、韓国を旅行した際に持って行った一冊でもある。作中にでてくる地名や、食べ物、文化などまで立体的に思い起こされて、訪れなければきっと感じられなかった物事ってこんなに多いのかと思った。
百聞は一見にしかずってこういうことなのかと、大袈裟じゃなく新しい読み方を得た気がした。自分の足で土地を踏むことの大きさをしかと感じた。
韓国で出会った人たちとても親切だった。流行の発信地に集まる若い女性たちは、みんな生き生きしてるように見えた。また行きたい。 -
Posted by ブクログ
差別の問題が個人の倫理観の問題ではないということを突きつけられる。
善人、悪人という二項対立で物事を単純に切り分けることはできない。特に流動性の高い現代において、普遍的にみえる価値観というのは少なくなっている。気がする。
その変化に合わせて社会のあり方もアップデートしていかないといけないのだが、実際問題そんなに早く変わっていくわけもない。
社会が人間の集団なのであれば、それらを作るのは個々人の心、しかし個々人の心は社会構造によって形成されているからだ。
個々人の心と社会構造は、お互いに制約と促進という関係で結ばれている。であれば、個々人の心の変化が社会構造に制約されることによって差別というものが生まれているのかもしれない。