小花美穂のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
初めて読んだときは衝撃的だった。頭をガンッと殴られた感じ。
冒頭でいきなり人が死んで、死体がなくなって、茫然自失としているときにクラスメイトに誘われて出かけたら出先で冒頭の死んだはずの人とよく似た人を見かけて……。
恋愛とほど遠いこの作品、どうしてりぼんで連載が続けられたのだろうw
萌は本当に死んでいたけれど、東城博士という人物が生み出した細胞によって、いわゆるバイオハザードのゾンビよろしく動き回れるようになった。人間と同じように自我を持ち、身体は少しもろいけれどそのほかは人間と全然変わらない。
賢が死んだ。タイプフォーもろともバイクで海の中に突っこんだ。
そしてその体を利用され、タイプファイヴとして『或る意味生き返った』。
武は怒り狂い、博士と対峙した際に殺そうとし、側近に撃たれてしまう。
賢と萌のことが頭によぎった苗は、武を治療しなければ博士が大切にしているラボをめちゃくちゃにすると脅す。
どんどんあらわになっていく過去、そして痛み。不協和音。
協力者もあらわれて、館脱出をもくろむ皆だが――――。 -
Posted by ブクログ
初めて読んだときは衝撃的だった。頭をガンッと殴られた感じ。
冒頭でいきなり人が死んで、死体がなくなって、茫然自失としているときにクラスメイトに誘われて出かけたら出先で冒頭の死んだはずの人とよく似た人を見かけて……。
恋愛とほど遠いこの作品、どうしてりぼんで連載が続けられたのだろうw
萌は本当に死んでいたけれど、東城博士という人物が生み出した細胞によって、いわゆるバイオハザードのゾンビよろしく動き回れるようになった。人間と同じように自我を持ち、身体は少しもろいけれどそのほかは人間と全然変わらない。
二巻は、賢がとうとう壊れてしまうお話。
へたな希望って与えられると奪われたときに一番ココロがキズつくんですよね。遺体を自由にしてもいいという契約書なサインをした賢。つまり萌と同じようになってもいい、ということ。
何度も何度も萌のもとに通い、ある日、賢は衝撃的な存在を見せつけられる。――『タイプフォー』と『タイプツー』(スリーだったかな?)の子供。
促進剤などいろいろ使ったようだが、人工授精だったが、まぎれもなくタイプフォー……萌の体の中で培われたイノチ。
それに嫉妬し、嫌悪する賢。
そして賢は、ある一つの選択をする――。
とてもやるせなくて哀しい。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ初めて読んだときは衝撃的だった。頭をガンッと殴られた感じ。
冒頭でいきなり人が死んで、死体がなくなって、茫然自失としているときにクラスメイトに誘われて出かけたら出先で冒頭の死んだはずの人とよく似た人を見かけて……。
恋愛とほど遠いこの作品、どうしてりぼんで連載が続けられたのだろうw
萌は本当に死んでいたけれど、東城博士という人物が生み出した細胞によって、いわゆるバイオハザードのゾンビよろしく動き回れるようになった。人間と同じように自我を持ち、身体は少しもろいけれどそのほかは人間と全然変わらない。
一巻は、そんな研究所に閉じ込められ、どうやって館から脱出するかを考える三人(苗、武、賢)。でも賢は『タイプフォー』として生まれ変わった萌を生きていたころの萌と重ね合わせていて……。
生と死をどうすべきか、という作品なのだと思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレマンガ喫茶って怖いねー。
なんか気になっちゃって全10巻読破っつう。
これ、94,5年から99年にかけて連載してたんだっけね。
タイムリーにわたし、この頃小学生だった。
当時学級崩壊とかそういうのが、ちらほら騒がれ始めてた時代だったけど、
りぼん読んでたときはさすがにこれはやりすぎ、とか思ってた。
今見ると、そーでもないねw教育現場にいる人間が言うかっつう話か。
だんだん、ひどくなってるんだと思う。
だから、この不穏さに対する免疫が、できてしまっているのかと思うと、
自分自身の愚鈍さに気付かされ、
読み終わったあとに、熱に浮かされたようになってしまった。
今の子は、「絆」を求めるって、よく言われる。
なんでかなぁって思う。
コミュニケーション能力が低下してるから、僅かなつながりを深めることに躍起になってるから?
なんか違うなぁって思う。
でも最近、思うのは、
テレビでよく
「バブルのあの頃は良かった」とか、
「もう一度バブルが来るって信じてる」とか
「バブル時代の生き残り(的アイドル)」とか
言われてる状況を目にする。
バブル時代は、私は物心付く前。もとい親が地方公務員なんで、バブルの恩恵なんて全く受けてなかった。
今の若い世代の子は、もっと実感のないことなのは当たり前で、
「豊かだった時代」を知らないで、幼少期を経てきた。
いや、言葉が足らんな。経済成長が停滞しだした頃しか知らず、育ってきた。
私が中学校に上がった時、地元のデパートが倒産した。
建物はそのまま残っていたけれど、あれだけ賑やかだったデパートが、中身の無い伽藍堂になっていくさまを悲しく見守っていた。
銀行もどんどん潰れていって、「銀行名、また変わったのか」というような日常。
どんどん右肩下がりになっていく経済状況の中、
それでも教育現場は「夢を追う」ような、「努力すれば報われる」思考をかえずに、我々に教育を施していった。
努力して入った会社や銀行が、どんどん倒産の憂き目に合っている中。それでも私たちは、明るい未来を疑わずに育てられた。
それが、間違ってるっていうんじゃない。
夢持って、現実と切り離された形で教育を受けたことは、プラスの面もある(と思う)
今の教育も、そんな感じな気がする。
期待できない経済状況の中、
「夢をみる」ことを強いられる。
夢を見るな、といっているのではない。
だから、今の若い世代は、なんとかその矛盾につじつまを合わせようとした時に、
働く意味を、伸びしろのないような未来に託すんじゃなくて、「人とのつながり」に意味を見出すことに変えてるんじゃないかと思う。
なんて健気な。
いや、合ってるのか知らんし、思い込みかもしれないけど。
こんな不条理さの中、何もかも納得がいかずいろんな課題が出てきて、その課題の犠牲者がたくさん生み出されてしまっている世の中に、
それでも希望を失わないように活路を見出そうとしている結果が、
今の子達の価値観ならば、
自らそれを大切に育てるすべを共に見つけ出していきたいと、願わずにはいられない。
ということを、この主人公たちの行動を見て思いました。