小山内園子のレビュー一覧
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舞台は近未来の韓国。少子化問題の深刻化の行き着いた先、ここでは何らかの事情で生みの親に育てられなかった子どもたちを国家が育てる、NC(ナショナル・チルドレン)センターという施設が全国的に機能している。センターの子どもたちは、十三歳になると、父母面接を重ねて親を選ぶ権利を持つ。家族になることが決まれば施設を出ることができ、そのときNC出身であるという記録は抹消される。二十歳までに親が決まらない場合、保護者の無いNC出身者として社会に出ていくことになるが、NC出身者への差別は根深い。
タイトルになっている「ペイント」とは、父母面接=ペアレンツ・インタビューを縮めた非公式の呼称。「ペイントする」とは父母面接をしにいくことを指すが、過去を塗り潰すことや、未来を希望の色で描くことをも表しているのかもしれない…。主人公は、ひとりそんな思索をすることもある、冷静で大人びた雰囲気の十七歳の少年。
ちょっと粗削りと感じるところもあったが、問題提起はたくさんあった。実は、韓国の小説を読むのはこれが初めて。訳者の小山内園子さんによる、ラジオ番組での紹介がきっかけで読んだ。 -
Posted by ブクログ
セクシスト的な人への対応の仕方マニュアル。
男性に対して丁寧に説明する中で古傷に塩が塗り込まれるような感覚になるから、一般の女性が、「それについては話したくない」という選択肢を当然持っていることに光を当てたのはよいと思う。
もし本当に社会を変えていくなら、女性全員がこの語り口でバサバサ斬っていくのはあまり得策ではない気がした。一般女性はこの書にあるような言葉で心身を守りつつ、活動家たちが男性やセクシスト向けに丁寧に説明していくことは必要だと思う。対立を深めるのではなくて、権力者側にいる男性の中に味方を作っていくことこそが社会を変える元になると思うので、その努力は必要。女の言うことは聞かなくても、同じ男から言われたら説得力も増す。
毅然とした態度を取ることと喧嘩腰になることは違う。私たちにはことばが必要、で、そのことばは平等と平和の礎になるべきものだ。その場で身を守るためのことばはこの本にたくさんあるが、本当に良い社会を築くためのことば、対話することばは別にある気がする。
ルサンチマン感が強い。 -
Posted by ブクログ
正直な気持ちを書き記します。
今後、何度も読み返す必要があり
その時、どこまで自分が理解を深められたか
把握する為。
日本はまだまだ女性軽視が根深く存在しており、
女性自身が差別を受けているという認識を
持てていない‥、そういう方が多いと日々感じています。
私自身、女性差別を受けた経験があります。
残念ながら、その時に相手に対して
女性差別発言であると指摘することは出来ませんでした。
本書では相手から差別発言を受けた際の
対処方法が記されています。
ただ、全ての差別発言に対して反論、指摘しなければならないと言っている訳ではなく
見極めて相手にする必要がないと思ったなら
無視しても良い。
私達はその選択が出来るとも書かれてあります。
自分自身の気づきとして
女性自身が女性差別に加担している‥という記述を読み、確かにその通りだと思いました。
女性なのに‥
女性のくせに‥
こんな風に相手に対して思うことが
これまで何度もありました。
これ自体、女性差別的考え方だとあらためて気付かされました。
こういった考え方、発言は
幼い頃から、大人や社会から得たものです。
私達は無意識のうちに差別的言動を
周りの大人達やマスコミにより植え付けられており
自分で気づかなければ、そんなつもりもなく
同じ女性に対して差別的発言をし続けるのです。
これでは世界から女性差別を無くす事は
難しいでしょう。
私はまだフェミニズム、フェミニストの入口の扉ドアを開けただけに過ぎず、その本質への理解は足りていません。
ただ、長い間に癖付いてしまっている
差別的な考え方を変えて行きたいと思っています。
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Posted by ブクログ
・差別は、「女性だってできる」を誰かが証明したときでなく、そのことばが「男性だってできる」に言い換えた時と同じくらい変に聞こえるようになった時に、初めて姿を消す。
・「管理職は男性ばかり=さしたる理由もなく男性に重責が任されるようになっている」ことの例
15人くらい(男は1人)で作業中、来賓が来ることになり来賓を迎える役(=最も目立つ栄誉ある管理者的役目)は流れで当然のように男性になった。筆者も全くそれをおかしいと思わなかった。彼にその適性があるのか、その根拠はなにか、誰も何も尋ねなかった。あまりに当然のように序列が決まった。もちろん、女性の誰かがやろうと思えばできただろうが、男性がすぐに立ち上がったときにくらべ多少の不自然さがうまれただろう。
・女性は、男性よりも大きな成功をおさめないと同じ職級にいけない。(学校の先生、女性の方が多いのに校長になると、あれ?)
管理職は男性ばかり。「なんとなく男はこのくらいの待遇にしておくべき」という心理、男だけじゃなく女にもある。こうした固定観念は、自分の意思を超えてもっと強く作用する。
・女性が多い職種は低賃金が多い。この問題を論ずる時、1人の女性がその職業を選ぶ際に社会的プレッシャーが大きく作用したのか、自ら選択したのかを判断することはそれほど重要ではないし、そもそも不可能。重要なのは選択肢が様々な限定されている現状。
・「ガラスの天井」とは、女性の昇進を阻む障害物がガラスのように透明で、あたかも存在しないかのように見えないかたちでおかれているという意味。
「割れば壊れる障害物」という意味ではない。
・「男は家長だから女性より多くの賃金を与えるべき」という考え方。「家長だから」であるならば逆に同一賃金にしなければならない。シングル家庭が沢山ある今日。 -
Posted by ブクログ
“この「それでも」の威力を、女性があじわう「とはいえ」とくらべると違いは歴然だ。男性なら多少能力が低くても、かなりの欠点がない限り、「それでも」人柄は悪くないから、みたいな理由で数多くの関門をパスすることができる。他方女性はかなりの欠点どころか十分有能だったとしても、「とはいえ」気が強い、とかいう理由で足止めを食らう。私たちはそんな場面をさんざん経験してきた。とはいえ性格がイマイチだ。それでもイケメンだから。とはいえ家事が苦手だ。それでも売春はしないから。とはいえ面倒くさい性格だ。それでも仕事は有能だから。とはいえ気が強すぎる。それでも背が高いから。”(p.35)
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Posted by ブクログ
韓国で、「脱コルセット」運動をはじめ、「女性はかくあるべき」としているものを自ら問い直す、フェミニズムエッセイが話題だということを、私は知らなかった。
サッカーにしても、韓国の男性は、それを自分たちだけのものだと思っているなんて文章を読むと、確かに、上記のような運動が盛んになるのも肯けるような、決め付けている事実に、悲しさを覚えた。
好きなことをやるだけ、やりたいことをやるだけなのに、なぜという思い。
ただ、このエッセイの場合、そうしたメッセージを真面目に考えながら、面白可笑しく読めるのが素晴らしい。ある意味、タイトルは的を射ている。
著者が、好きでやりたいと思っていた、アマチュア女子サッカーチームに自ら入り、様々に奮闘する話は、最初、地味な練習にも喜びを見出せるところから、少しずつ上達していって、仲間から賞賛されるまでに至る経緯が、新たな扉が開かれる感覚、それが自分らしく生きていると思える充足感になっていることに、他人事ながら嬉しくなりました。
また、エッセイ中に、「スラムダンク」やサッカー漫画の「ホイッスル」が登場するのが嬉しくて、親近感が湧いたり、著者の好きな日本人サッカー選手が、長谷部誠なのも渋くて嬉しい。
コロナの影響で、今年の6月時点では、全面休止中とのことらしいけど、今は試合出来てるのかな。エッセイ中での、ブッチャケながらも何か憎めない感じの著者の御活躍を、これからも祈っております。