吉田裕のレビュー一覧
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終戦の時期ということで、積読の中からチョイス。
終戦後の昭和天皇と国体護持をめぐる様々な動きが、明確な根拠とそれゆえのリアリティを持って書かれています。ここまでの文献とそれに対する考察が加えられているのはさすがの一言。敗戦を経ながらも、天皇制と政治体制がなぜ連続性を持って続いたのかがよくわかる本。
昭和天皇個人の戦争責任はもちろんのこと、それよりもさらにその先の国体護持のためにほとんどの人が統一的な行動をとっているのには感嘆。当たり前だけど、現代の皇室観からは全く理解できるものではない。そして当時の天皇観と、それに対して天皇の生々しい人間的な言動が明らかにされている。そして米国の思惑とその他世 -
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独白録成立の政治的背景が明らかになる。GHQ提出文書の下本として、未だ国体護持や退位の回避が確定せざるときに著された。戦犯容疑者や宮中グループやGHQの一部などが行った、天皇の責任回避を目指すあらゆる行為のひとつが独白録の作成だった。
記憶に強く残った指摘。
ニュルンベルク裁判と違い、東京裁判は文書による証拠が少ないため、日本側の恣意的な証言が判決に有利に働くことがあった。
敗戦直後の日本は対米開戦責任をフォーカスしすぎて、近衛文麿はまさか大陸政策で己が戦犯容疑者になるとは思っていなかった。昭和天皇も同様で、独白録のなかでの大陸政策に対する責任回避のためにする供述は甘い。41年の対米英の開戦 -
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大きく分けて2種の観点から日本軍を見る。
ひとつは一兵士から見た日本軍。それは徴兵される存在であり、成人への儀礼通過の象徴であり、満期を上等兵で向かえ故郷に錦を飾るべきものであり、またその職業は貧しい農村出身者の生活手段であった。
祖父がそのまた祖父⁽予備役⁾の載る日露戦役の出征リストを見て、上等兵と記載があるのを見た時に妙に感心をしていた。初めてその理由を理解した。
考えてみれば当然のことなのかもしれないが、軍と地方の関係はいつだって相対的で、地方出身にもいろいろあって農村出身者もいれば大学教員もいるわけで。社会的ヒエラルキーのどの視点から軍を見るかによって軍の評価やとらえ方が変わる。本書は -
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戦後へと連なる国民意識の変容、底流に触れた後半部分が興味深い。この時代を経て、この時代の前から、戦後の日本が始まっていたのだな。
あとがきで、著者は思い入れが強かったと自省的に述べているが、私はその立場を好ましく感じる。軍部の分析で、国民の意識が離れていくことを指摘したものがあるのが、意外であった。天皇の立場も、絶大なのに、濫用したとまでは言えないように思う。遺骨の問題への言及もナイーブなだけに興味深い。なんともできなかったんだろうな。
まぁ、ひどい戦争だったんだな。総力戦のもろさを露呈している。なにかの目的だけに、これだけの国民を十全に活用、運用することはできないのだろう。戦後、社会主義 -
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戦争というものに一般市民が巻き込まれ参加せざるを得なくなった場合、どういう環境で戦わなくてはならなかったのかということを、豊富な証言とデータから紹介してくれる。
太平洋戦争における日本軍兵士の置かれた状況についてダイジェスト的に解説している。
人間としての兵士の身体を巡る諸問題、被服、糧食、体格、メンタルな面も含めた健康や疾病の問題。
日本の死亡者、被害者はほとんど1944年の絶望的な戦局が陥落し、航空機による日本本土直接爆撃が容易になった、絶望的な状況下でその被害のほとんどが生じている。
航空機による日本本土爆撃が行われるようになった時点で、日本が勝利する見込みは全くなくなったにもか -
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年末のテレビ番組で村山由佳さんと善光寺住職の対談を観ていたとき、平安堂(長野県の書店グループ)で昨年よく売れていたと紹介されていたのをきっかけに読みました。
つくづく、戦争は人災であったのだと思う。
外交の失敗から戦争が始まり、場当たり的で浅はかな指揮と作戦、「国を守る」という為政者に都合の良い幻想に押し流されるように戦場に送られ、不必要な暴力にさらされた人がどれほど多かったのか、胸が痛みます。
にわかに「新しい戦前」といわれる時代になり、国内の急速な右傾化・世界情勢の悪化により、常にうっすら不安が付きまとう日々。
この本のように戦争の現実を伝え、想像力を補うことができる本が売れていることは -
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1940年、近衛内閣成立後の開戦への道から1945年の終戦までのアジア・太平洋戦争の歴史。
本のタイトルでよく見かける「あの戦争とは何だったのだろう」ということを考えさせられる良書。なぜ無謀な戦争を初めてしまったのか。なぜ壊滅的な状態まで戦争を長引かせてしまったのか。
戦争の終盤、若き学生らが戦地に駆り出され、国家のために命を懸ける。その姿は美化もされるが、尊い命を捧げたその意味は何か。彼らは何のために命を懸けたのか。
歴史は継続している。現代社会はあの戦争とも繋がっている。そこに断絶はない。歴史を学ぶ意義は過去と現在が連続しているからだ。
現代を生きるものの責務として、あの戦争で何があったの