吉田裕のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ本作は一橋大学名誉教授の吉田氏による、太平洋期間中の末端兵士の状況を記録した作品になります。
太平洋戦争を4つの期にに分類し、その中でも絶望的抗戦期に焦点をあてます。各種資料から戦地での兵士の状況をあぶりだします。具体的な切り口は、衛生状況、医療、食事配給、ロジスティック、通信、人員管理、軍需品製造、組織管理、グループシンク、などでしょうか。
なお、ご参考までに4期を挙げますと以下の通りです。もう勝ち目がないことが薄々認識されているなかで、だらだらと戦いが続いている期間、でしょうか。
戦略的攻勢期(1941.12 – 1942.5)
戦略的対峙期(1942.6 – 1943.2)
戦略的守勢期(1943.3 – 1944.7)
絶望的抗戦期(1944.8 – 1945 .8)
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私が持った印象を端的に述べれば、最悪、悲惨、地獄、といったところ。
人の命よりも国家の存亡が優先された時代。もう読んでいて唯々悲しい気持ちしか抱けません。信じられない。
恵まれた時代の豊かな国にいるともう別世界の話ですが、ほんの一世紀前の現実であることを考えると空恐ろしい気がします。
中でも印象的なのは、非戦死の多さ、不透明な組織構造、立ち遅れ、でしょうか。
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戦争の本ですので、死の記述は前編にわたって記載されています。それにしても非戦死に関する記載は頻度が高いです。そして実は戦闘以外で相当度の方が亡くなっているという事実に愕然とします。
具体的に言うとその死因は、病死、餓死、自殺、いじめです。
筆者のひく書籍によると、病死の率は、1941年の日中戦争時点でおおよそ50%超、そして徹底的抗戦期ではこれが75%にも上るという(P29, 30)。しかも当時は戦(闘による)死に重きが置かれたため、傷病兵をその場で殺し戦死扱いとする、あるいは兵站上の問題からそのまま放置することも多かったとか。つまり戦死の率は更に低い、と。
餓死については、制海権・制空権を相手に握られ、兵站が途絶された状況では、容易に想像がつく死因であります。作中では、意識がもうろうとなった餓死寸前の兵士のスケッチなどもありリアルです。
自殺というのは、想像には難くないものの、今まで私があまり見聞きしない戦中の死因でした。作品では宜昌作成という日中戦争時の戦闘で既に、一連隊(およそ1,500名)でその戦闘作戦中38名の自殺者を出したとか。戦地でのプレッシャーに対するメンタルケアなぞおおよそ当時の上官の意識にはなかったでしょうが、何とかできなかったのか。いわんや終戦間際はいかばかりだったことか。
いじめについても幾らか記載があります。古参兵とが新参兵を撲死させるのは良くあることだそう。また終戦末期では精神障碍者なども戦地に送られたそうで、こうした古参兵の格好の餌食にされたことかと思います。
国を守るための戦地に赴いたのに、この大切な生命は戦闘以外のところで、無駄にされてしまったのです。
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もうこれ、なんでだろう、という話になるじゃないですか。
本書には個別の原因追及は余りありません。むしろ大局的に明治憲法の制度的・構造的要因を指摘していました。曰く、実は一元的責任集中していないとのこと。逆だと思っていましたが。
個人的には、より現場に近い組織で、改善がなされなかった原因・理由の方が気になります。例えば古参兵によるいじめを年若い上官が見て見ぬふりをしたこと。今でいえば、海外拠点での古参のやり手ベテランの些細な不正を、年若い駐在(彼も収益プレッシャーが厳しい)が見て見ぬふりをする、みたいに読み替えできるかもしれません。
そのほかにも、なんで? 意味あるの? 何のために? みたいな、読んでいて?が消えない悲しい状況描写がたくさん。意味不明の戦争だ、という印象が読み進むにつれて強くなります。
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また、軍備の立ち遅れについての記録もあります。よくもまあ戦争を開始・継続したなあというため息でいっぱいになります。
二つほど申し上げます。
先ずは馬の使用。日本軍は東南アジアへ進攻していたものの、馬は暑さに弱いらしいです。当然の事ながらヘタって馬が死んでしまう。爾後はとうぜん、人力で運ばなくてはならない。体重対比の最大荷重量(35-40%)があるそうですが、日本軍は体重と同じ量を運ばないといけない兵卒も居たそう。ちなみに当時のトヨタは粗悪であったそう。米軍はフォードの運搬車と戦車で戦っているときに馬のち竹やりですよ。戦いになりません。戦争以前の力量差。
もう一つは通信技術の軽視です。米軍が無線通信に力を入れ、ハンディートーキーを開発しているさなか、日本軍の現場では無線はおろかあっても有線。そして有線は爆弾一つで一瞬で途絶。さらに戦争末期には伝書鳩を使っていたそうです。鳩ですよ鳩。
現代の感覚だと、なぜ早急に戦争をやめなかったのか、という話です。
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ということで吉田先生の書籍でありました。
戦争の本としては、末期に焦点を当てた、そして現場の声を集めたという点が良かった気がします。
私も現実に不満不平はありますが、読後はまったく自分の状況はマシだと思いました。作中の状況は、一言でいえば、不条理の極北、であると思います。
戦争の記録の集成としても貴重ですが、なぜ状況が放置されたのかと疑念が止まらない読後感でした。『失敗の本質』を再読したくなりました。 -
Posted by ブクログ
誰しも責任を人に押し付けたがる傾向は多少なりとも持っている。中には明らかに責任逃れをしている大人達を見ると殴り倒してやりたい気持ちよりも憐れみを覚えることさえある。斯くいう私だって、仕事の不手際(自分ならまだしも部下の大きな失敗など)について、言い訳をしたい気持ちになる事は多い。後からその様な気持ちを抱いた事にまた自己嫌悪にも陥るのだが。
ご存知の様にポーツマス条約により中国に権益を得たのち、日本が中国侵攻を見据えて仕掛けた満州事変、そして太平洋戦争の敗戦へと続く時代を振り返りながら、戦争責任がどこに存在するかを追いかけていく無い様となっている。
確かに当初は陸軍の暴走の様にも映るが実際にはそれを止める事が出来なかった政治体制、そして陸海軍の統帥権を含む最高度の権限を有していた昭和天皇と、実際の責任が誰にあるか特定する事は出来ない。強いて言うなら、陸軍の進撃に酔った国民も、礼賛した経済界も含めて全員であると感じる。それこそ一億総懺悔が相応しく思う。
戦後行われた極東軍事裁判の記録や裁いた側のアメリカの公文書が期限切れにより次々と明らかになっていく中、つまりは「共産主義の防波堤」として日本を利用したかったアメリカと「国体護持」が絶対であった日本との間に奇妙な共通利益が生まれた事で状況は決定してしまったと言える。
戦後の占領軍が来るまでに時間的に余裕があった軍部は国内の公文書を徹底的に焼却処分してしまった。だから裁判自体はアメリカの先入観に始まり、国内は聞き取り調査が主になったことから、軍部、政治家、天皇すらも参加した責任なすりつけ合いの様相を呈する。軍部に至っては承知の通り陸軍と海軍の間には元々ライバル心、敵対心があるから当然のごとく醜いなすりつけ合いとなる。結論は知英米派に属する海軍の勝利は、A級戦犯処刑者が海軍からは誰も出ていない結果からも明らかだ。だが本当にそうだったのだろうか。
人は強い信念を持っていても、環境や周囲との関係性、本人の性格(優しさもその一つ)で空気に飲まれてしまい、例えば反対出来ない様な経験は誰しも持っているのではないか。あまりに強い意見に出くわすと、反論する事自体を諦めてしまい、尚且つ「俺は言ったんだけど、知らん」という態度で逃げようとする。心の内ではもうその時点で責任逃れに陥ってしまってるのは言うまでもない。実際はその様なケースの方が多いだろう。既に責任放棄してるそのくせ、後から後から反対だったという立場を誇示する人は見るに耐えない。
太平洋戦争時も結局は時期的に反対の立場をとった者や、喜んで推進した者、喜ばずとも何か目的があって推進せざるを得なかった者、終始反対の立場をとりながら地位を守り切った者。いったい誰が一番悪いかという議論はしても無駄だ。
本書はあくまで歴史的事実を元に背景から各自がどの様な立場にあったと考えられるか、そこから始まっていく。特定の誰が悪いか、そうで無いかを判断するのはあくまで読者側に委ねられる。
しかしながら、読んでいると誰もが情けなく感じると同時に、その立場・状況に完全に身を置く事などあり得ない傍観者として見ている自分が、勝手にそれら当事者を批判する事は出来ないという焦ったさが付き纏う。
天皇も東條も病没した松岡でさえも、大きな歴史の渦に飲み込まれ、なるべくしてその様な結果になってしまったとしか言えない。唯一期待したいのは彼らが書籍に残すと残さないとに関わらず、その瞬間にどこまで平和を望み、何をしたか言ったかだと感じる。松岡でさえ国益が国民を幸せに出来ると考えていただろうし、最終的に天皇を守るために全責任を背負った東條も安堵の中で最後の仕事を終えた充実感の中で逝ったかもしれない。
結局人間一人、一国家だけではどうにもならない大きな渦の中に人は飲み込まれていく。せめて、生き残った人々はそれを背負いながら生きて欲しいものだ。
明日も会社で誰かの言い訳を聞く。誰かが言い訳を言うなら、その様な心を改善できない自分の責任と逆らえない会社方針などの状況がそうしたものを生み出しているのだと、優しく接してあげたい。 -
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日本軍の敗因から自身を見直せる
第二次世界大戦の日本軍がなぜ負けたのかを様々な視点から記述している。
個人的に大きな敗因だと感じたのは以下の三点だ。
・米中の二正面戦争
・兵士達の士気のコントロール
・後手に回る対応
・米中の二正面戦争
そもそも日本は中国を軽視しており、中国への勝利を確信していた。この軽視が全ての失敗の始まりだと感じる。
・兵士達の士気のコントロール
また、士気に関しては、上官が兵士を駒としか考えていない事が大きな士気の低下を招いた事が感じられる。一人の人間として、特攻はしたくないし、病気にかかった友人が見捨てられていく現状、終わりの見えない戦いなど、かなり不安に苛まれる要因があった様に思える。これらが重複して、軍全体に負のオーラが漂っていたと考えられる。
・後手に回る対応
そして、全ての対応が後手に回っているように思えた。連合国が無線通信を導入する中、有線通信を貫いて、断線させられて孤立すること。予測を誤って戦争に突入したあまりに配給の不足、そして現地調達を要求することにより、現地住民の反抗がおきること。矛盾する国策。「己を知り敵を知れば百戦危うからず」という言葉を改めて考えさせられる。
日本軍がさも勝てたかのようなドラマや映画が出されたり、最近のテレビでは日本が世界一優れているような演出がなされることも少なくない。一面ではそうかもしれないが、それを見る側としては、正しい現実を理解することが必要である。理解した上で、どう判断するのかを考えられる教養をつけることの重要性を感じる。 -
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終戦時における天皇・軍部・宮中等それぞれの思惑とその結果が、解禁された資料に基づき、客観的かつ多面的に分析されている。
日本側として終戦時に最優先されたのが「国体護持」。
アメリカ世論は、天皇制に対して厳しい見た方をしていたものの、アメリカ政府は以下の理由により天皇制の継続を指示した。
・日本の降伏がアメリカ側の予想より数ヶ月早まったために、十分な軍政要因が確保できなかったこと
・天皇の命令によって日本軍の武装解除が迅速に行われたのをみたアメリカ側が天皇の権威を再認識しこと
・アメリカ国内の世論に配慮して、占領コストの節約を意図したこと
アメリカ政府は「天皇制を支持しないが、利用する」政策を採用した。
ただ、これにより天皇の戦争責任を不問にするという結論には達してはいなかった。
日本側は、戦争責任を被る人間を最小限に留めるために、一部の人間にそれを丸抱えさせようとした。
その矛先が、東条英機をはじめとした陸軍幹部である。
これは、先のアメリカ側の思惑と一致する部分であり、この方向性が戦後処理のコンセンサスになった。
もちろん、天皇の了解なしに陸軍が全てを掌握していたことは考えにくい。
当然天皇個人に責任を追求する動きもあったが、「天皇はあくまで政府の決定を承認する立場で、力をもった軍部へ異を唱えればクーデターが起こりうりさらに深刻な危機を招く危険性があった」といったような理屈がそれを制した。
また、日本は本土決戦前に降伏をしたことで、軍政要員が送り込まれるまでの間に機密文書を処分することができた。
それにより、決定的な証拠を隠滅することができ、GHQ側は証言に頼らざる得なかった。
さらに、そのことで終戦処理に時間がかかり、この間に進行していた新たなパワーバランスである米ソの「冷戦」がアメリカ政府の日本に対する宥和政策に有利に働いた。
こうした内的・外的要因により、東京裁判では28人がA級戦犯として起訴され、内15人が陸軍、2人が海軍、8人が文官だったが、死刑となったのは7人中6人が陸軍軍人であった。 -
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日中戦争から太平洋戦争における昭和天皇(と宮中Gr)の戦争責任を具体的に指摘(日中戦争への責任の無自覚・無関心?、昭和天皇が口実とする立憲君主の前提となる議会制度の機能不全や、御前会議以前の下問時の意見など)することで批判する一方、近衛文麿を高く評価している書物には初めて出会った。
著者が研究者としてどういった立ち位置にいるかは知らないが、昭和天皇の死後3年程度でこれほど天皇の戦争責任に突っ込んだ書物が発行されていたとは驚きである。現在、これよりかなりトーンダウンして戦争責任について書く書物にすら時代は変わったなと最近感じていただけに。 -
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やや民衆よりの立場からの太平洋戦争史。必然的に反戦・自虐史的色合いが濃い。簡単に言えば左寄り。
まあ、そういう本だね、ということで適宜脳内補正を掛けながら読めば、多様な文献にあたりながら、当時の人々の実感を浮き彫りにしようとしているなかなかの労作だと言って良いと思う。しかし天皇の戦争責任にここまで踏み込んで記述している本も珍しいかも。ちなみに南京事件に関する記述は一切無し。
ただ、終戦のあたりからの軍の暴走や、人々の生活の厳しさの記述が長くてちょっと諄かった感じはある。
いずれにしても、僕自身としてはこういった感じのジギャクシテキ歴史観の方が、正直しっくりくる。冷戦が日本の戦争責任をウヤムヤにしてしまい、現代になって改めて近隣諸国から指摘されるようになって、は?今さら何いってんのお前、みたいな反発感情が生まれているのが国内の現状だと思っているが、率直に言えばそれは逆ギレだと思っている。
戦争を仕掛けられた人、巻き込まれた人の恨みは簡単に消えない。たぶん戦後100年くらい、2050年くらいまでは、近隣諸国からヤイノヤイノ言われ続けるのは仕方ないのではないか。いや、もっと長く掛かるかも。戦争の歴史を見る限り、こればかりは時間が解決してくれるのを待つしかないと思う。
そして、それまでの間、そのような批判も、静かに受け止めるのが、日本人としての、然るべき態度だと、僕は思っている。 -
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[ 内容 ]
1873年の徴兵令制定以来、文明開化の推進力となり、全国に近代秩序を浸透させる役割を果たした日本の軍隊。
それが、十五年戦争期のような反近代的で精神主義的な軍隊になってしまったのは、なぜか。
日本の民衆にとって、軍隊経験とは、どんな意味があったのか。
豊富な史料をもとに「天皇の軍隊」の内実を解明する。
[ 目次 ]
序章 分析の視角
第1章 近代社会の形成と軍隊(時間・身体・言語;軍隊と「文明開化」 ほか)
第2章 軍隊の民衆的基盤(「人生儀礼」としての兵役;軍隊の持つ平等性 ほか)
第3章 総力戦の時代へ(軍部の成立;軍改革への着手 ほか)
第4章 十五年戦争と兵士(国軍から皇軍へ;大量動員とその矛盾)
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マレー半島上陸と真珠湾攻撃によって開始された「アジア・太平洋戦争」。
なぜ開戦を回避できず、長期化したのか。
兵士や銃後の人々、アジアの民衆は、総力戦をいかに生き、死んでいったのか。
矛盾を抱えて強行され、日本とアジアに深い傷跡を残した総力戦の諸相を描きながら、日米交渉から無条件降伏までの五年間をたどる。
[ 目次 ]
第1章 開戦への道(三国同盟から対米英開戦へ;戦争の性格;なぜ開戦を回避できなかったのか)
第2章 初期作戦の成功と東条内閣(日本軍の軍事的傷利;「東条独裁」の成立)
第3章 戦局の転換(連合軍による反攻の開始;兵力動員をめぐる諸矛盾;「大東亜共栄圏」の現実;国民生活の実状)
第4章 総力戦の遂行と日本社会(マリアナ諸島の失陥と東条内閣;戦時下の社会変容)
第5章 敗戦(戦場と兵士;本土空襲の本格化と国民;戦争の終結へ)
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ネタバレ[ 内容 ]
戦争責任ははたして軍部だけにあったのか?
天皇と側近たちの「国体護持」のシナリオとは何であったか?
近年、社会的反響を呼んだ「昭和天皇独白録」を徹底的に検証し、また東京裁判・国際検察局の尋問調書など膨大な史料を調査・検討した著者は、水面下で錯綜しつつ展開された、終戦工作の全容を初めて浮き彫りにする。
[ 目次 ]
序 「天皇独白録」とは何か
1 太平洋戦争時の宮中グループ
2 近衛の戦後構想
3 宮中の対GHQ工作
4 「天皇独白録」の成立事情
5 天皇は何を語ったか
6 東京裁判尋問調書を読む
7 行動原理としての「国体護持」
結 再び戦争責任を考える
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