戌井昭人のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
戌井さんお得意の、駄目な男の話。
いつも戌井さんのものを読んで素晴らしいと思うのは、
その読後感の爽やかさ。
例えば西村賢太の私小説のような読後の胃酸が逆流する感じや、
酒を飲みたくなったりつらくなることがない。
戌井さんの書かれる小説は、純文学でもありながら、
エンタメでもあるような気がする。
こんなに軽快な純文を、私は知らない。
所々に鏤められた、小さくシュールな笑いも好き。
ひっさんの作曲した楽曲のタイトル羅列のところなど。
ひっさんのように、きちんとテキトーを生きるのは
私には理想的でありながらとっても難しい。
テキトーを貫くのも。
それに、ひっさんは「俺」のいうように、
やっぱり寂しい人でもあったとおもう。
これだけ高い知能を持ってしまった人間って、
何なんだろうか。
生きるのに苦労している人がたくさん。
たくさんの動植物の犠牲を強いて。 -
Posted by ブクログ
ネタバレこの本の一番最後に載っている「みちのくの人形たち」が読みたくて購入した.読みたかった理由は,昔どこかである人が,今まで読んだ中で最も怖いホラーとしてこの話を紹介していたためである.
この本には6つの話が掲載されている.「東北の神武たち」と「揺れる家」,「千秋楽」,「女形」,「流転の記」,「みちのくの人形たち」である.「女形」のみ中編であり他は全て短編である.以下それぞれについて覚えている限りのあらすじと感想.
「東北の神武たち」:確か,寡婦が毎晩村の男に順番に抱かれにいくというときに,主人公だけ順番を飛ばされるという話.主人公の執着心が凄まじかった.
「揺れる家」:主人公は子ども.母親と祖父が通じており,父親がないがしろにされている家庭にいる.事の詳細が分からない子どもの目線から書かれているため,読んでいる側はいろいろと想像をする.ろくな人間が全然出てこなかったように思う.
「千秋楽」:ドンチョーという役者が師匠の代役として大きな劇場の舞台を経験する.数カ月後に舞台が終わる頃,ドンチョーはある事務所と契約し師匠から独立する.全編通じてドンチョーがいろいろな人と出会い関わる上で成長?していく.
「女形」:主人公は元女形の役者.老人ホームに入り,周りの人間にイラッとしながら,それを我慢することに快感を感じるみたいな話だった気がする.
「流転の記」:元役者の主人公が,死んだ先輩の役者の息子と芝居をする話.死の予感のようなものがテーマであるように冒頭にある.息子の演技に父親である先輩の面影を見て,主人公もその先輩の方に誘われているような気になる.
「みちのくの人形たち」:主人公は田舎のある村の家に招待される.その家には先祖に産婆がおり,子どもを間引くために赤ん坊を水に沈めて殺す役割を果たしていた事を知る.さらにその産婆は,贖罪として自分の腕を切り落としたという.今でもその家の仏壇には腕のない仏像が祀られている.帰り道,主人公は土産物屋で人形がズラリと並べられているのを見る.そして人形たちと殺されてきた赤ん坊を重ね,さらに今暮らしている村の人びとも一歩間違えばこの世にいないのだと思う.
確かに「みちのくの人形たち」は怖い話だった.「みちのくの神武たち」もそうだが,閉鎖的な地域での因習には,神秘性のある怖さを感じる.そこに暮らす人たちも,何を考えているのか分からない不気味さがある. -
Posted by ブクログ
女性の書き手が綴る身体や性にまつわるエッセイ「私の身体を生きる」の、男性版。
女であり女であることに違和感なく生きてきた私にとっては、女性の書いたものの方が当然共感するところは多かったけれど、男性たちの綴る文章もとても興味深かった。
男女問わず、どんな属性の人だってそれぞれ尊重されるべきではあるけれど、同質である必要は全くないなと改めて思う。
女性と比べて、身体やジェンダー、性のことを直接的に書いている人がかなり少ない印象を受けた。
と同時に、男性が男性性を語ることの難しさとはこういうことかと納得させられる。社会において強い側とされる側が何をどう語るのか、語って良いのか、難しいのかもしれないけれど、もう少し踏み込んだ内容が読みたかったな、というのが正直な感想。
身体より社会、に意識が向いているように感じた。
その中でも田中慎弥さんの偏屈さが滲む文章がとても好きだった。好きだったとかも言われたくないのかなとか思っちゃう。なんだかいじらしい愛しさがある。
最後の最後で朝井リョウが‘やっている’。
両手を掴んでいたはずなのに、その手を掴んだまま大きく振り回されて、遠心力で吹っ飛ばされたような気持ちで本を閉じた。
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Posted by ブクログ
「すっぽん心中」(戌井昭人 著)を読んだ。あまり知らない人だけれど、これはしばらく前の芥川賞候補作だっけ?短編が三つ入っていて、最初の一編が表題になっている。
ごく普通の男がDQNの娘と行き当たりばったりの道中になり、千葉の田舎の沼地で採れたすっぽんを料理屋に売り込みに行くという戯けたストーリーで始まる。馬鹿げてはいるものの、まるで著者の体験談のように自然な話だ。次の『植木鉢』、『鳩居野郎』も同様だ。DQNばかりが出てきて、すったもんだして話は落ちるべきところに落ちる。
特に感動も何もしないが、暇つぶしにちょうど良い短編集。たまにこういうのを読みたくなるものだ。