中央公論新社のレビュー一覧
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有吉佐和子、大庭みな子などの女流作家により描かれた太平洋戦争のさなかの少女たちの非日常的風景。
その頃「ああ、私はいま、はたちなのね」と、しみじみ自分の年齢を意識したことがある。眼が黒々と光を放ち、青葉の照りかえしのせいか鏡の中の顔が、わりあいきれいに見えたことがあって……。けれどその若さは誰からも一顧だに与えられず、みんな生きるか死するかの土壇場で、自分のことにせい一杯なのだった。十年も経てから「わたしが一番きれいだったとき」という詩を書いたのも、その時の残念さが残 ったのかもしれない。(はたちが敗戦 茨木のり子)
おかずは、きれいに殻をむいた茹で卵一個であった。
他人のお弁当のことを書くなど、われながらはしたないと思う。けれども、未だにあの時の友達の、首をすくめた姿が忘れられないのである。 他の友達のお弁当など思い出しもしない。あの茹で卵一個は、彼女にとってはまさにものすごい贅沢であり、私も彼女のよろこびを素直に自分のよろこびとすることが出来た。そういう時代だった。
三十八年前の夏に、彼女は広島で被爆して亡くなったと聞く。 (一個 竹西寛子) -
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日米開戦時(昭和16年)二十歳未満だった女性によるエッセイを、著者の生年順にまとめた本。当時19歳だった瀬戸内寂聴さんを筆頭に、3歳だった佐野洋子さんまで、27人の名文が載っている。
書いた時期、目的とも、50年以上前から15年ほど前までそれぞれ。それぞれに、少女たちの戦争があり、日常があった。文は簡潔で素晴らしくとも、書いていることは、私たちとは変わらない「小さきもの」たちの見た世界。
瀬戸内寂聴さんは、太平洋戦争開始の報を受けても、女子大のクリスマスでは七面鳥を食べたし、鮮満旅行にも参加している。音楽学校に通っていた石井好子さんたちは鶯谷のおしるこ屋で目当ての美青年に「紫」と名前をつけていた。最後ののんびりとした時代だった。
茨木のり子さんの開戦時は女学校の三年生だった。「暗雲はいちどきに拡ったのではなく、徐々に徐々に、しかし確実に拡がっていって、気がついたときには息苦しいまでの気圧と暗さで覆いかぶさるようになっていった」石牟礼道子さんは敗戦の頃代用教員をしていた。その頃、年齢不詳の骨と皮だけの少女を拾った。復調したあと復員兵に出身という加古川へ送って貰ったけど、のちのことは一切わかっていない。「それでも、生あるものたちや、人間が懐かしいから、在るがままに視ているよりかしかたない」
敗戦の年、大庭みな子さんは広島の本川小学校の収容所で、被爆者の介護をしていた。朝に生きていた人が昼には亡くなる。白骨は方々に散らばっている。14歳の夏ことだった。小学生だった黒柳徹子さんは、スルメ欲しさに出征する兵隊さんの集まりを探しては、旗を持って「万歳」を叫んでいた。後に「私も戦争に加担したんじゃないか」と発言した。
本書を読んでいる時に、偶然、戦時少女だった方の聴き取りをした。それを末尾に、支障がない程度でこっそり紛らわせてみたい。
1945年6月22日、倉敷市水島三菱飛行工場を破壊する目的で水島空襲が起きた時に、Mさんは幼稚園年長組だった。工場の川を挟んで数十メートル先の農家の8人家族だった。ずっと空襲警報が鳴って怖いのでよく眠れていなかった。朝8時過ぎ、警報が鳴って防空壕に入る。とは言っても穴を掘ったものではなくて、目標になる家を避けて、田んぼの中に稲藁で屋根を作った小屋のようなモノ。そのすぐ2-3メートルほど先に爆弾は落ちた。砂を被った。後で直径10mほどの穴が開いていた。幸い家族は全員無事だった。空襲が終わって海軍さん10人ほどがやってきて、たくさんの牛が死んでいたので、腹を割って川で洗って、肉を持って帰った。あの赤色は鮮明覚えている。8月15日、近所のおじさんが「戦争が終わったよ」と言った。終わっても2日ぐらいは眠れなかった。3日ぐらいから眠れ出した。爆弾が落ちて戦争が終わった。 -
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乱歩の評論で、探偵小説隆盛前、一般文壇において谷崎、芥川、佐藤春夫らが探偵趣味の小説を書いていて、それに刺激を受けたということは読んだ記憶があった。
そこで取り上げられていたのが、大正7年夏に発行された、中央公論臨時増刊「秘密と開放号」。
本書は、増刊号掲載の創作8作から、谷崎の「二人の芸術家の話」を除いた7作と、ボーナスとして乱歩と佐藤春夫の関連する随筆2篇を収録したものである。
"乱歩も耽読した異色の競作が、一〇四年の時を超えて甦る!"というオビの煽りがまたすごい。
読んだことのあったのは、佐藤春夫の『指紋』だけ。芥川の『開化の殺人』さえ、タイトルしか知らなかった。それ以外は初めてのものばかり。
『指紋』は再読になるが、初読のときは映画でクローズアップされる指紋を見てその一致が分かるものかと、設定の不自然さが気になったが、阿片に惑溺する人間であればあり得るかもしれないと思わせる筆力はさすがである。
里見弴の『刑事の家』は、確かに秀作。別荘に避暑を決め込んだ主人公たちに対し、その留守番役の警察官一家。ところが、どうも米が盗まれているらしい。盗っているのは誰なのか。真相が明らかにされそうなときに、意外なラストが。
中村吉蔵『肉店』。作者は島村抱月の芸術座にも作品を提供していた戯曲家。嫉妬に狂った肉屋主人の過ちが明らかになっていくところはドラマティックなのだが、グロテスクさが際立ってしまい、作品からカタルシスを受けないのが難点か。
田山花袋『Nの水死』。花袋と言えば、『蒲団』、せいぜい『田舎教師』くらいしか読んだことがなく、こういう作品も書いていたのかという感想。秘密を抱えた主人公が、死に際して妻へ告白をする。その内容自体はかなり早くから予想できるのだが、この告白は妻に対する関係ではどうなのだろうか?
正宗白鳥『叔母さん』。主人公と叔母さんの、それぞれに対する気持ちが、分かったようで良く分からない。
解説は北村薫さん、今回もいろいろなことを教えてくれる、とても勉強になる内容満載。