乱歩の評論で、探偵小説隆盛前、一般文壇において谷崎、芥川、佐藤春夫らが探偵趣味の小説を書いていて、それに刺激を受けたということは読んだ記憶があった。
そこで取り上げられていたのが、大正7年夏に発行された、中央公論臨時増刊「秘密と開放号」。
本書は、増刊号掲載の創作8作から、谷崎の「二人の芸術家の話」を除いた7作と、ボーナスとして乱歩と佐藤春夫の関連する随筆2篇を収録したものである。
"乱歩も耽読した異色の競作が、一〇四年の時を超えて甦る!"というオビの煽りがまたすごい。
読んだことのあったのは、佐藤春夫の『指紋』だけ。芥川の『開化の殺人』さえ、タイトルしか知らなかった。それ以外は初めてのものばかり。
『指紋』は再読になるが、初読のときは映画でクローズアップされる指紋を見てその一致が分かるものかと、設定の不自然さが気になったが、阿片に惑溺する人間であればあり得るかもしれないと思わせる筆力はさすがである。
里見弴の『刑事の家』は、確かに秀作。別荘に避暑を決め込んだ主人公たちに対し、その留守番役の警察官一家。ところが、どうも米が盗まれているらしい。盗っているのは誰なのか。真相が明らかにされそうなときに、意外なラストが。
中村吉蔵『肉店』。作者は島村抱月の芸術座にも作品を提供していた戯曲家。嫉妬に狂った肉屋主人の過ちが明らかになっていくところはドラマティックなのだが、グロテスクさが際立ってしまい、作品からカタルシスを受けないのが難点か。
田山花袋『Nの水死』。花袋と言えば、『蒲団』、せいぜい『田舎教師』くらいしか読んだことがなく、こういう作品も書いていたのかという感想。秘密を抱えた主人公が、死に際して妻へ告白をする。その内容自体はかなり早くから予想できるのだが、この告白は妻に対する関係ではどうなのだろうか?
正宗白鳥『叔母さん』。主人公と叔母さんの、それぞれに対する気持ちが、分かったようで良く分からない。
解説は北村薫さん、今回もいろいろなことを教えてくれる、とても勉強になる内容満載。