眉村卓のレビュー一覧
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昭和中期に書かれた眉村卓さんのSF・ホラー短編作品集。日下三蔵編。
2部構成で、Ⅰ部はショートショート22編を、Ⅱ部は短編3作を収録している。
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個人的には Ⅰ 部の方がおもしろかったように思います。特に気に入ったのは、「奇妙な妻」「人類が大変」「できすぎた子」ですが、表題作「仕事ください」も悪くないし、その他も概ねまずまずだったと思います。
けれど Ⅱ 部の作品は首を傾げざるを得ないように感じました。 Ⅰ 部の各作品よりもページ数を割いているのにも関わらず、端折りすぎの感があったからです。まるでダイジェストみたいに説明中心で話を進めているため、こちらもストーリーを追うだけになってしまいました。
眉村さんといえば当時は SF の名手だったように思いますが、やはり ( 科学的な部分の描写は除いても ) 古さを感じるのは仕方ないことなのでしょうか。少し淋しく感じました。 -
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ネタバレ『角川映画 学園SFに挑戦』
1981年に喜び勇んで買った文庫本の帯にはそう書かれている。
学校が、生徒会が、何者かに乗っ取られる。その時どうするか?
もちろん、僕の身の回りの現実では超常現象などない普通の中学生活。
だから、フシギなことが起こったらどんなに楽しいだろう。
そんな想像で胸をワクワクさせて、眉村卓作品を貪るように読んだ。
今回40年ぶりに再読したが、読む前に唯一覚えていたのは「高見沢みちる」
という、薬師丸ひろ子が演じた役柄の、敵役となるキャラクターだった。
時代が進んでいる分、フォロワーさんたちが今、紹介してくれる本の方が練り上げられていて面白いが、愛読していた眉村卓作品は、懐かしさで胸が一杯になる。
※『0からきた敵』同時収録。
♫ 守ってあげたい/松任谷由実 -
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眉村卓は小松左京・筒井康隆・半村良・光瀬龍・星新一といった日本SF第一世代に所属している。これまで眉村作品は殆ど読んできたという自負がある中、本書「仕事ください」は読んだことがないと思っていたが、実はハヤカワ文庫JA「奇妙な妻」の収載作品とほぼ同じであることが後に判った。SFに感銘を受け、SFにのめり込んでいった時期に読んだにもかかわらず、その内容を殆ど覚えていないことに愕然とした。人間の記憶とはそんなものなのか、それとも単に私の問題なのかは言わないでおこう。
昨年の6月に刊行された「眉村卓の異世界通信」で著作リストが掲載されていたが、それよりも詳しい解説、作品の出典に関する情報が編者である日下三蔵によって纏められている。昨年の10月には、ハヤカワ文庫JA1500番到達記念復刊フェアで「司政官」が刊行され、久々に眉村卓の新刊らしきもの(5刷)を手にして、初版を手にした当時(1975年)の頃を懐かしく思い返した。
そして、各作品を読んでみたが、初めて読んだ頃の感動は得られなかった。それは時代が違うのだからしょうがない。世の中が変化している、私も変化しているのだ。しかし、日本SF第一世代の作品は現在のSF作家に直接・間接問わず影響を与えているのは間違いなく、第一世代の精神は形を変えつつ引き継がれている。 -
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ネタバレ眉村卓は、子どものころからおなじみの作家。「ねらわれた学園」や「なぞの転校生」「まぼろしのペンフレンド」など、ドラマ化されてワクワクしながら読んだ記憶がある。
この本は、ガンに侵された妻のために眉村が1日1話の創作を書き、読んでもらったものをまとめたもの。
数年前、「アメトーク」の読書芸人でカズレーザーが紹介して即重版になったはず。カズレーザーは、ラストがとてもいいと語ったように記憶している。そのページを光浦靖子に示すと、一瞬にして彼女の目に涙が浮かんだ。
そして昨年2019年、眉村自身も亡くなっている。
ラストは本当に悲しい。
本当の読み方ではないけれど、「死に向かっていく妻に向けて書いている物語」として受け止めていて、ひとつひとつの出来については忘れてしまいがちだった。
P117
妻の闘病生活が始まってから、私は毎日短い話を書いたけれども、それは、何度も繰り返すがエッセイではなくお話でなければならない。私自身の投影の要素が入ってくるとしても、私自身の気持ちをナマで出すのは許されない。そんなことをしては、妻が辛いだろうからだ。
~
しかも、商品として通用するレベルを保持するように努めて、だ。
~
それが私の仕事だ。
p167「土産物店の人形」の自己注釈
一読して、なーんだと言われても仕方のないような話であろう。
だが、ものものしい予兆があり、それなりに覚悟をしていたにもかかわらず、少なくとも今のところは何も起こっていない、あるいは先になると何か起こるかもしれないが、、現在は無事--ということは、多くの人が体験しているのではあるまいか。
P180
毎日短い話を書くにあたって、私が自分に課した制約のひとつに、どんな話であろうともどこかで必ず日常とつながっていること--というのがあった。この作業に対する私のスタンスを示すためであったが……その日常と言うものがこんな具合になって来ると、よりどころが少しずつ変質して行かざるを得ない。私自身、そのことを感知していたけれども、だからといって、どうしようもない。
P193 1777 けさも書く
だが、たしかに声は聞こえたのだ。
彼はわれに返った。
幻聴だろう。
でも、幻聴でもいいではないか。自分にとっては、本物の妻の声だったのだ。自分にとっては本物の声だったのだ。
↑
幻聴でも錯覚でも思い違いでも言い間違いでも。それが自分にとって「そう」であるのなら、「そう」でしかない。そして、「そう」だと思って生きていく。生きていけばいい。そう思った体験と重なった。 -
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するっと、そしてすらすら読める。文体は、言葉遣いの端々にこそ時代を感じるが、読みやすいし、展開はスピーディ。
ただし、SFとして読むと、バックボーンの弱さや、設定の粗さが目立つ...というか、科学的にどうこう、技術的にどうこうみたいな話は全くないし、SF的な設定を少し借り受けて来ただけ、みたいな感じ。ジュブナイルと割り切って読むべきだと思う。
何より、ジュブナイルであるということが非常に強く意識されているようにも感じた。凄くメッセージ性の強い内容だったし、あとがきからも、テーマにこだわって執筆されたことが伺える。
読んでいて一番思ったことは、古い、ということ。その古い雰囲気自体は、どこか懐かしさを帯びていて、むしろ心地良いものですらあったが、雰囲気のみならず設定も古いし、学生像も古い。仲間と団結する様子には胸が熱くなったが、主人公の立場にしても、相手の立場にしても、こんな熱量を持っているということ自体に、今となってはリアリティの欠如を感じる。まだ学生が、学生としての自分たちの力を信じて、政治的な行動に行き着くことも珍しくなかった時代の尾を引いているような気がした。
読んだタイミングが悪いのかもなあ。 -
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本人も言っていた通りオチの無い話ではあったが、こういう本の形もあるのかという、新しさに感心した。
本の内容では「少し長い後書き」の中の「相手の心の隅から隅まで知る必要はないのだ。生きる根幹、めざす方向が同じであればそれでいいのである。」という一文が1番印象に残った。ついつい欲張って何でも知りたくなってしまうのだけど、どれだけ一緒に過ごしても、他人だから全てを知り理解することはできないなと。だからそこに労力を使うのではなく、大切なこと、めざしたい方向について語り合うようにしようと思う。
眉村先生は毎日1話を書き続けるにあたり、いくつか制約を設けました。その一つが読んであははと笑うかにやりとするものでありたい、ということだった。
最終回は、奥さんが天国で微笑んでいるのが想像できる内容だった。 -
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ネタバレアメトーークでカズレーザーが15年ぶりに泣いたと言っていたため手に取った本。
最近母が亡き婦人と同じく大腸癌になったため、
最初は他人事だと思えずとても重い気持ちで読んだ。
亡くなるまで、1778話。毎日毎日よく書いたと思う。
小説家という立場だからこそ、できることがあり
それをやり遂げた眉村卓さんはすごいと思った。
しかし小説家という立場だからこそ、妻だけではなく世の中へ向けて書いてほしいという妻の願いから、眉村卓という小説家の妻であることへの誇りを感じた。
またお葬式での看板も同様である。
あまりSFは読まないけれど、SFを構成するまでの著者の意図も書いていただきなるほど。と興味深く読ませていただいた。
最後に近づくにつれて、よりナマの感情を出そうとせずとも伝わってきて心が締め付けられたかのように苦しくなった。
いい作品であったと思う。
また最後の人と人がともに生きていくための眉村卓さんの考えが、沁みた。「また一緒に暮らしましょう。」という締めの言葉に愛を感じた。
こんなふうに思える人と人生を共にしたいと思った。