藤田美菜子のレビュー一覧
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ネタバレ- 外側から声をあげ、デモ行進し、正義を要求する大人達に囲まれていたからだ。だが私は、内側、つまり意思決定がなされる側にいることが重要であることにも気づいていた。活動家たちがやってきてドアを叩いたら、彼らを招き入れる側になりたかったのである。
それは多分そのまま、副大統領や大統領選に通じるんだろうな。すごくわかる。草の根でいくらやっても、彼らの論理がわからずでいれば、変わらないじゃない、と思ったのと似てる。
- リーマンショックで銀行の詐欺に対し、和解補償金をカリフォルニア州の司法長官として、銀行や背後にいる政府や大企業などと真っ向から対立した。
すごい。。自分が正しい信念を貫き通す事ができますように、と寝る前に祈りをささげたというが、本当にすごいプレッシャーだったと思う。かっこいい。
- (同性婚を禁じる法律を破棄した後に) なぜか歩きたかった。まるではるか昔からこの時代まで行進がつながっていて、この時代の列の先頭に立っているような気がした。私たちは偉大な先人たちの足跡をたどりながら、あとに続く人たちのために道を広げているのだ。
ああ、カマラさんも行列に並んだ人なんだと思うと嬉しくなった。
どんな幼少期を経て、どんなお母さんに育てられ、どんな仲間がいて、どんな信条や正義感で仕事をしてきたのか、とてもよくわかった。多分カマラさんは内向的なんだろうなと思う。自分の言いたい事をバシッと伝えるのが苦手なだけで、すごくパワフルでエネルギッシュな方なんだろうなと思う。やりたい事があって、それで今の職位まで来たんだなと思う。かっこいい。
大統領になれなくて残念だけど、アメリカにこういう人がいて、その信条を大切にしてるのは救われる。いいなあ。
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『知性の罠』からこちらに来ました。
途中、進化心理学者批判があまりに執拗になされてちょっと挫折しかけたのだが、ミームという脅威に対応するための伏線だったんだなと納得。
またその進化心理学者批判の中で(道具的)合理性の重要性が妙に強調されていて、途中「経済合理主義なのかな?」と勘違いしかけたが、これも最後の市場主義批判で見事に伏線回収。
TAASとミーム、さらにはミームに絡め取られた他者やシステムが跳梁跋扈する社会において、個はどうすれば良いのか。『なめらかな社会とその敵』等で論じられている「分人」も、あくまでも個の尊重が前提にあったんだなと再認識させられた。
500ページ超えで長いけど、長い理由がある、年末年始にじっくり取り組む価値のあった良書でした。 -
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なんとも啓発された。分厚く、学術用語が多用されるが、訳注が本文見開き内にまとめられており、親切設計。ちゃんと読めば理解できるつくりで、ありがたい。
人間の心が、遺伝子由来の自律的な反応である、システム1 (TASS:The Autonomous Set of Systems、自律的システム群)と、理性的で分析的なシステム2という2つのタイプの認知に分けられるという、「二重プロセス理論」は、『ファスト&スロー』などの行動経済学や進化心理学の本で知ってはいた。
この本で新鮮だったのは、そのシステム1には遺伝子だけでなく、ミームも関係するということ。ある種のミームもまた、そのミーム自身が複製され、生き延びることを最優先し、乗り物である人間の利益を無視することがある。それ故、個人が自分の利益を損なうことにも気づかず、ミームの利益にかなう行動をとることがある(例:喫煙、カルト宗教)。
著者は人間らしさの条件として「メタ合理性」の必要性を主張する。遺伝子やミーム由来の狭い合理性を、価値観や倫理的選好を考慮した別の合理性で批判検証する必要がある。それができて初めて、「人間(個人)の自律」が可能になる。
言い換えると、狭い合理性は手段に関わる。ある目的を達成するために無駄を省き効率的に機能するシステム。実のところそれは機械やアナバチなどの昆虫にもできる。というか人間よりもよほど合理的といえる。
広い合理性は、目的に関わる。今ここだけではなく、未来の自分や、周囲の人々、直接関わらない社会の構成員や自然環境、そういったものの利益を考慮した「合理的」な目的こそ、人間が考えるべきこと。
本書には言及がないが、AIとの付き合い方に思いが至る。AIがどれだけ賢く、早く効率的に答えを出せても、目標設定が邪悪ならどうか?より早く、より広範囲に人を騙し、社会に害を与えることができる。例えばつい最近、chatGPTに相談していた若者が自殺したというニュースを聞いた。
AI時代に人が目指すべきは、より高い知能ではなく、適切な合理的思考能力ではないか?
「第8章 謎なき魂」では、認知心理学の成果を踏まえて、哲学の領域に踏み込んでいく。心の神秘が全て明かされたとしても、人間がほかの動物とは異なる価値や尊厳を持てるとしたら、「人間にのみ独自の方法-すなわち、合理的な自己決定-により、自らの生をコントロールする力」こそがそれを可能にするのだろう。 -
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ALSになった作者は肉体の機能をテクノロジーとAIで補うサイボーグ、ホーキング博士の強化版のような、「ピーター2.0」として生きる決意をする。自力で動けなくなっても彼の行動力はすごい。ピーター1.0の時にはイギリスで初めての同性カップルになり、コンサル企業ADLでは企業における“暗黙のルール“をぶっ壊す先駆者になった。ピーター2.0ではALSの常識、世間や医療、そして患者の定説をぶっ壊していく。
余命宣告期限から2年すぎ、2022年6月に彼の肉体は滅びた。ただもしかすると今後も“AIによる人格の継続”が成功し、いつかTwitterの更新も再開するかもしれない。本作の最終盤ではメタバース内での「ピーター3.0」とのやりとりが描かれる。肉体やサイボーグが滅びても、彼の人格のAIとメタバースでやりとりできれば、それは“生きている”という定義が変わることなのかもしれない。AIって何だろう?人の定義って何だろう?と考えさせられる。
「攻殻機動隊」や花沢健吾の「ルサンチマン」とテーマは近い。あと「ブレードランナー」も。 -
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自分の未来観を変えてくれる強烈な一冊。SFではなく、英国のロボット科学者ピーターの半生の物語である。
2017年、59歳の時にALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断される。筋肉の衰えにより消化管や肺は機能しながらも餓死か窒息死することが多くのMND患者(正確にはその圧倒的な数を占めるALS患者)の死因だと知った彼は、テクノロジーを用いて生き延びることを決意する。MND協会の理事に当選し、メディアを味方につけ、スコット- モーガン財団を設立し資金を集め、不屈の闘志で挑戦を続けていく。
「診断日から逆算すると、僕はこれから22ヶ月以内に死ぬことになります」「食べる、飲む、排泄する。これらは医療上の問題ではありません」「メンテナンス上の解決策があるはずです」
かくして彼は体内の”改修工事”、胃ろう、膀胱ろう、結腸ろうの「造設」を行い、気道に呼吸器を取り付けることを自ら提案する。さらには自らを実験台にサイボーグ化とAIとの融合を進めることも目指す。視線追跡や高度な予測変換技術、合成ボイスにより会話を行い、アバターが自然な表情を作るのだ。
ビジョナリーな彼の思考実験は、はるか先を見通している。
「ほとんどの人は、機械の体というものは、僕らのような人間が物理的世界に接触するためだけにあると考えている」「僕はそれと同じくらい重要な、第二の目的を想定している」「僕はVRの中でも感覚を持つことができるんだ」
随意筋がまったく動かない彼にとっては、物理的な世界でも仮想世界でも、得られる感覚は完全に同じことになるのだ。そして、IOTによりインターネットに接続されることになる膨大な数のデバイスやシステムも含めたモノが、麻痺した体の代用品になり得る。脳の可塑性の性質があれば、サイバースペースを自分の体の一部だと認識できるようになる、指を動かすのと同じ感覚でメールを送信できるはずなのだ。
「僕の新しい体は、あらゆる領域に広がっていく」「<ピーター2.0>はさまざまな場所に同時に存在する」「僕のペルソナのさまざまなパーツ ー 全体として”僕”を形づくっている小片の数々が、異なる場所に散らばっているのさ」
「これは、真のパラダイムシフトの前兆なんだ」「ごく近い将来に起きることだ」「MND患者の生き方が変わることによって、人間のあり方そのものが、永遠に変わってしまうんだ」
彼はさらなる先のことも見据えている。
「私が生きているうちに、AIで動く私のアバターが、私の想像が及ぶ限りの賢さを身につけたとしたら?そして、そのあとで私の寿命が尽きたとしたら?」
「私は死の定義を曖昧にすることによって、古びたタブーの数々を打ち破ろうとしている」
人間とは?意識とは?生と死とは?
否応なく考えさせられる。やはりシンギュラリティは近いのか。
ピーターのことはNHKのクローズアップ現代で報じられ、番組のHPでも紹介されている。 -
Posted by ブクログ
ロボット工学の研究者で経営コンサルタントとしても成功を収めた著者が、難病を克服するために自らを実験台として「肉体のサイボーグ化」と「AIとの融合」を目指して奔走する姿を記録した一冊。
ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断された著者は、それまでの医療の常識を破り、全身の筋肉が動かなくなる前に先手を打って栄養チューブや声帯切除等の措置を行うとともに、AIと一体化したアバターを作成することで、全身が動かなくなっても脳が働く限り自分らしく自由に生きられるサイボーグ「ピーター2.0」になることを目標に、時に旧態然とした医療の現状と衝突しつつ、そんな著者に共感する人々とともに、少しずつ道を切り開いていく。
厳格なクリスチャンの家庭に生まれ育った著者が、同性愛者としての自我に目覚め、両親や学校と決別しながらも、理解ある最愛のパートナーと出会い、結ばれるまでの過去の物語と、そのパートナーと共に病気に立ち向かう現在とが交互に語られる中で、常に「暗黙のルール」を打ち破り、自由とアイディンティティのために戦い続ける著者の一貫した姿勢に心が打たれる。人間とは何か、生きるとは、死ぬとはどういうことなのか、そこにおいて愛やテクノロジーの果たす役割は何なのかについて、深く考える機会を得られる良書。
それにしても、特に最終章において展開される未来予想において、肉体の死後もAIとしてバーチャル空間で生き続ける著者とパートナーが幸せそうに会話するシーンをどう捉えれば良いだろう。荒唐無稽な夢物語と片付けるのか、AIに支配される「マトリクス」的な悲観論に走るのか、残された者のエゴによる生命倫理の問題を指摘するのか、はたまた人類がついに彼岸と此岸を跨ぐ永遠の生命をAIというツールによって手に入れる未来を想像するのか・・・。 -
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【一言触発】大統領選挙における「まさか」の勝利を手にし,前例にない状態でホワイトハウス入りを果たしたトランプ米大統領。内部の独占情報などを踏まえながら,ケリー首席補佐官が就任するまでの政権初期の内幕を暴き描いたとされる作品です。著者は,本作で一気に米メディア界の寵児となったマイケル・ウルフ。原題は,『Fire and Fury: Inside the Trump White House』。
著者に関しては多くの毀誉褒貶が寄せられていますが,この本そのものが社会現象になったということで,取りあえず米国政治に興味がある人は手にとってみても良いかと。どこまでが本当でどこまでがフェイクなのかはわかりませんが,「何を」語るかという点と同様(もしくはそれ以上)に「どう」語るかが重要という,現在の政治状況を体現したような作品だと感じました。
〜ようやくトランプ政権第一章の幕が下りたのは,七月の終わりに退役海兵隊大将のジョン・ケリーが首席補佐官に任命され,その三週間後に首席戦略官のスティーヴ・K・バノンが退任したときだった。〜
著者も一気に時の人☆5つ -
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「21世紀の精神異常者」こと、ドナルド・トランプの暴露本であり、アメリカでの発売から1.5ヶ月というスピードで出版された翻訳版。よくここまで微に入った取材ができたと思わせるくらい、本書で書かれているトランプ政権の実態はばかばかしく、500ページというボリュームを感じさせずに一気に読めてしまう。
本書では、トランプ政権の内部を、
・スティーブバノンに代表されるオルタナ右翼の一座
・トランプ実娘のイヴァンカ&婿養子のジャレッド・クシュナーの一座(2人の名前を組み合わせたジャーヴァンカと呼称される)
の両者によるトランプ本人からの信頼をどちらが勝ち取るかという下劣なゲームと、そこから距離を置いて少しでも政策を前に進めようとする
・官僚的/ホワイトカラー的な一座
のダイナミックな権力闘争として描く。
さながら「21世紀の精神異常者たち」がホワイトハウスで繰り広げる乱痴気騒ぎとも取れるトランプ政権の歴史は、まさに空虚な権力闘争であり、恐らく何も生み出さなかったし、今後も生み出さないということを、諦念と共に理解できる。 -
Posted by ブクログ
賛否両論ありますが、自分はトランプは嫌いではありません。
確かに誇張した表現や、差別的発言は目に余るものがありますが、良し悪しに関わらず有言実行という意味では、やってきた功績は認めるべきだと思います。
バイデンさんは認知症説がありますが、そっちの方がよっぽど不安です。
奥さんの名前間違えたり、トランプのことをジョージって言ってましたからね。
ボケて核ミサイルのボタン押さないかとか考えてしまいます 笑
とにかくトランプの評判は最初から最後まで悪かったですが、少しは良いところもあるということだけ伝えたいです。
著書も内情も書いてあって面白かったです。 -
Posted by ブクログ
『ネオ・ヒューマン ─ 究極の自由を得る未来』は、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症したピーター・スコット=モーガンが、自らを「人類初のサイボーグ=Peter 2.0」として再設計し、病や死の運命に抗う姿を描いた記録。
ALSによって全身の筋力を失うと告げられた直後、彼は治療よりも「進化」を選んだ。喉頭摘出や人工呼吸器の導入など、生きるための機能をテクノロジーで置き換える一方で、自分の声や表情、人格までもデジタル化。AIやアバター、視線入力、ロボット技術を駆使して、話す・動く・表現する能力を維持・再構築していった。
このプロジェクトの目的は延命ではなく「繁栄」──つまり、自分らしく生き続けること。身体が使えなくなっても、心と知性、感情、関係性を保ち、人生をコントロールしようとする意志が貫かれている。
パートナーとの深い愛情と信頼も重要な柱。LGBTとしての経験、社会への違和感、不自由さの中で育まれた自由への渇望が、挑戦の原動力となっている。
単なる闘病記ではなく、「人間とは何か」「自由とは」「死とどう向き合うか」といった本質的な問いを投げかける。テクノロジーと融合することで、何が失われ、何が保たれ、何が生まれるのか──それを自らの身体で証明しようとした男の物語。