鈴木忠平のレビュー一覧
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購入済み
これはビジネス書です
文春連載時から読んでいました。
改めて読み直し、あらたな気づきが得られました。
落合博満は選手時代から一番好きな選手です。そして監督としても一番好きです。お会いしたことはありませんが、監督としての内面を少しでも知ることが出来たのは本当にありがたいです。 -
Posted by ブクログ
落合博満監督が嫌われる理由はいくつかあるだろう。
ファンから嫌われた理由はわかる。
試合が面白くないから。
確実に勝てる選手で確実に勝てる方法で勝っていく。
ファンなら勝手嬉しい気持ちはもちろんあるはずだが、予定調和の試合は見ていて面白いものではない。
ファンはそこにドラマが欲しいのだ。
予定調和では得られない、感情が揺さぶられる何か。
落合が最も嫌う、それ。
勝つために雇われて、勝つための試合をした結果がファンに嫌われる。
でもまあ、ファンに好かれるようにというのは契約条項にないので、落合は気にしない。
しかし球団は気にする。
勝っても勝ってもドームが埋まらない。
リーグ優勝、日本一になってもファンが帰ってこない。
しかし勝ち続ける限り、成功報酬のように監督や選手の年俸は上がっていく。
経営は圧迫していく。
マスコミは、今までの慣例を無視して、多くを語らない、語る場所を作ろうとしない落合を持て余す。
セオリーを無視した落合の言動を、マスコミはどう評価してよいのかわからなかった。
それは気分のよくないことなので、落合を嫌った。
私は勝つことに対する落合の貪欲な姿勢を買う。
説明されれば理にかなっていると思われるあれこれを、なぜ説明しないのかと言われれば、自分の頭で考えて自分の判断で行動してほしいからに他ならない。
普通は大人として当たり前のことだ。
ぶら下がっていれば記事のネタが与えられるとか、監督やコーチのいうとおりにしていればいいとか、それは社会人として無責任だと思う。
でも、唯一落合の読み違いがあるとすれば、ファン離れによる球団の経営悪化だ。
野球はスポーツで、真剣であるべきなのはもちろんなのだが、プロということで興行としてどうかも考えなければいけないのだと思う。
最近のエンタメに振り切れているプロ野球がいいかと言われると、まずプロとしてのプレーができてこそだろう、と思っているけれど、想定通りの勝ち方をするのならわざわざ球場まで足を運ぶ必要がないのも、わかる。
ただ、感情的な繋がりはなくても、自分から落合の考えを読もうと努力した選手は、落合のことを嫌ってはいなかったんじゃないかと思う。
わかろうとしなかった選手は、最後まで落合がわからず嫌いだったかもしれないけれど。
でも、勝ち続けたがゆえに解任っていうのは、経営としてはわかるけど、長い目で見て球団としての判断が問われると思う。 -
Posted by ブクログ
仕事って、中高年になっても、大企業であっても公務員であっても、情熱や理想を持って取り組むとこんなにワクワクできるものなんだと思った。
組織が大きいほど、ある程度働いて年月が経つと、しがらみや社会の暗黙のルールに則って、うまく空気を読んで無難にこなすことが最優先になるものかと思っていた。
大きな仕事には、年齢関係なくこの主人公たちのような純粋な気持ちが必要不可欠なんだと思った。
それを貫くには大きなリスクもついてくるからこわいけれど、怖がっていては何も成せないから、色んな感情を切り捨てて腹をくくって進むしかない。
その結果、夢のようなボールパークが完成して、こんな仕事ができたら最高に幸せだろうと思った。
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Posted by ブクログ
ネタバレ将棋の羽生元7冠・現九段についての、一種の伝記と言っても良いだろうか。新しい趣向としては、それを、羽生九段ご本人に焦点を当てるのではなく、羽生九段と濃密に関わった棋士たちの姿を通じて、羽生九段像を描こうとしている点。
関わった棋士として取り上げられているのは、豊島・谷川・森内・佐藤康・深浦・渡辺。将棋ファンであれば、人選に納得するのではないかと思う。さらに、米長や藤井といった棋士も紹介しており、人選は充実している。
「羽生善治の譜」という副題がついている。辞書で調べると、「物事を系統立てて列記したもの」とあり、使い方の一例として、将棋の一局の全てを最初から最後まで記録した「棋譜」という言葉も紹介されている。副題の意図は、羽生九段についての記録を書きたいということなのだろう。ただ、別に書かれていることは「系統立てて」整理されたものではないので、こういう副題が適切だったかどうかは分からない。
題名の「いまだ成らず」の方は、終章の下記の部分が語っていると思う。
二十五歳で七冠を制覇した直後、羽生が専門誌のインタビューで語った言葉がある。
「将棋というのはつまりどういう結論になるのか、ということは常に念頭にあります」
この頃から羽生は勝敗を越えて、将棋の本質を探すために指すようになったと言われている。十五歳で棋士になってからこの日まで、2200局を指し、1527の勝ちを積み上げてきた。その果てに、確たる何かに辿り着いたのか-。
そして、将棋の本質を探すための羽生の試みは、まだ途上であること、そして、辿り着けないことが羽生にとって幸せであること、すなわち、羽生という棋士が、一生を通じて、将棋の本質を探し求めた人であることを示して、本書は閉じられている。
「つまり、何も終わっていなかった」
ということであり、それを将棋用語を使って、「いまだ成らず」という題名に表したということだ。
そういうことを言ってもおかしくないだけの厚みが本書にはあると思う。 -
Posted by ブクログ
8シーズン通してAクラス堅持、日本一1回、リーグ優勝4回という異常な強さだった落合中日。当時ニッカンの中日担当だった著者はオレ流ドラゴンズに何が起こっていたのかを本書で紐解いていく。川崎憲次郎から始まり、森野、福留、吉見にブランコと当時の選手は勿論、宇野コーチにスカウト部長の中田、編成の井出峻などディープなドラファンでないと分からないスタッフにまでエピソードは及ぶ。プロ選手や監督のチーム内での役割とは何か、どうやれば勝てるのか…落合が言葉少なに語る方針はロマンと仲間意識に欠け、寒気がするほど合理的で冷徹。だがチームは勝ち続けるゆえ、皆が落合の指示の意味を考え始める。
著者のラストのエピソードがややイージーな幕引きな気がするが、合理的なはずの落合の感情やプロとしての覚悟は読み応え十分。観察する、考える、実行する、反省する…落合は知ってか知らずかPDCAサイクルを回し続け中日を強くする。野球を知らずとも社会人なら読んでおいて損はない。