鈴木忠平のレビュー一覧
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落合博満という監督は、中日8年間で全年度Aクラス入り、リーグ優勝4回、日本一1回と、輝かしい成績を残した方ですが、記者に対してはぶっきらぼうな受け答えをし、試合中は表情を出さないなど、監督としては異色でした。
でも、落合監督のこの何とも言えない雰囲気が好きで、この時代の野球はよく観ていました。
この書籍は、落合監督本人ではなく周りにいた選手、コーチ、フロントの人たちからの証言プラスもともとスポーツ紙記者だった著者が、実際に落合監督に相対した体験をもとに書いたノンフィクションです。
当然野球に関することではあるのですが、どちらかというと「落合博満の葛藤」というのがテーマで書かれた書籍なんだろうなぁと読んでて思いました。
リーダーとは。
組織とは。
実は悩み、あがき、苦しんでいた。
孤高の存在としてチームを率いた8年間を描いたこの書籍は、読後に重厚なビジネスドラマを観たかのような感覚になります。 -
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一気に読み込んだ。 北海道日本ハムファイターズが、札幌ドームを離れ自前の野球場、エスコンフィールドを作るまでのドキュメンタリーである。
今やエスコンフィールドは、日本でも 一・二を争う人気の野球場となった 。しかしその実現には、関係者の目に見えない努力がある。それをフラットな目線で丹念に追いかけたドキュメンタリーだ。
関係者の生い立ち、日本ハムと置かれた状況、札幌ドームとの確執。それを踏まえて、ひとりの男が立ち上がる。一度は夢物語として却下されるものの、心の奥底に留めた思いが消えることはなかった。
一度は日ハムを離れた男だが、彼が日ハムに投げ掛けた思いは、人を動かす。そして会社を、自治体を動かし、ついに夢にまで見たアメリカのようなボールパークを北海道に現出させる。ブルドーザーのごとき働きで。
エスコンフィールド関連の話は、ややもすれば札幌市を悪代官のように見立て、北広島市がホワイトナイトとして立ち上がるような論調が目につく。しかし著者はどちらにも片寄らず、関係者の思い、苦悩、利害者の対立を深い取材のもとにえぐり出している。特に札幌市の懊悩は、この書籍がでなければ明らかにはならなかっただろう。
素晴らしい本だ。もいっかい読むか。
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就職活動の真っ只中で、私はこの本に出会いました。
北海道日本ハムファイターズは私の中で「野球の愉し さを初めて教えてくれた存在」です。小学生になり、初めて連れて行ってくれた札幌ドームの景色は未だ鮮明に覚えています。高い天井に青々したグラウンド、観客で埋め尽くされた観客席。どれもが初めて見る光景でした。そしてユニフォームを着た選手たちが一生懸命勝ちを取りに行く姿に圧巻され野球を始めました。
それから十数年が経ち、道内の大学に進学。ちょうど同じタイミングで新球場建設が始まりました。表から見ていた建設現場とは裏腹に、本書を読むと建設までの経緯が事細かく書かれており、北海道日本ハムファイターズの目指す姿や追い求める理想を深く理解することができました。
「ボールパークなんて夢物語だ。」
よく同級生や両親からそんな言葉が口にされていました。確かに当時は半信半疑でいちファンとしても不安がありました。札幌から離れることへの恐怖心、慣れ親しんだ札幌ドームから離れる悲壮感。いま思えば余計な心配だったのですが、本書を読み改めて深く納得することができました。
就職活動中、本書はとても強い味方になりました。ストーリーの中でキーマンとなる前沢賢氏の考え方、意思の貫き方、社会での生き方などありとあらゆる点で自分の励みとなりました。実在する人物が実在するスポーツチームでたくさんの方々と言葉を交わし、今もまさに夢を追いかけている。
「ドラマみたいな話だな」と思いながら読んでおりましたが現実なのです。リアルなのです。
本書は日ハムファンやプロ野球ファンだけでなく、野球に興味のない方にもぜひ読んでほしい一冊です。人の考え方や諦めない心の大切さ、人のつながりの大切さなど多くのことを学べる一冊だと思います。
何度も読み返したくなる一冊です。 -
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いいもの読んだ。面白かった。
プロとは、リーダーとは、組織とは、個人とは、そして落合博満とは、色々と考えさせられる一冊だった。
落合さんはいまだにドラゴンズ周辺では嫌われているのかな?本書の中でドラゴンズの象徴として描かれる立浪氏が監督を退任したが後任候補としてあれだけ勝てた落合氏の名前は聞かれなかった。
しかし、本書を読めば決して冷徹なだけの人物では無い事が分かる。野球に真摯であれば、プロ・契約に真摯であれば、自分自身に真摯であれば応えてくれる人なのだろう。
翻って落合氏自身はどうかというと自分の事は自分が一番わかっているし、他人がどう思おうと勝手にさせておけとばかりに、相手が応えなくても気にしない。自分が死んでからでも評価されればいい位に考えているようだ。
そして、そんな考えからマスコミへリップサービスしなかったから記者連中に嫌われて悪しざまに書かれてファンにも嫌われる様になってしまったのだろ
そんなリーダーの元で仕事をするのは怖いし痺れるけど、評価されると嬉しいんだろうな。
そんな落合が親会社の派閥争いの中でスポイルされてしまうとは、プロ野球球団とはいかに前時代的な集団であるか。今は変わってきていると信じたい。
プロがプロと名乗るのであれば当時の落合中日の評価がされるべきではないかなと思う。
当時は新聞(スポーツ新聞)を信じ、それで考えを左右される層が大多数であったが、当時と比べて今はファンも変わってきたと思いたい。ファンの側はそれくらいの成長はしている感じはする。
落合の監督としての手腕は今の中日ドラゴンズに必要ではないのだろうか。
リーダー論、組織論としても読んでおいていい一冊だと思った。
個人に求められるものは何か。
そして組織は個人に何を求めるべきか。
落合は当時からしっかりと考えていたんだな。 -
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羽生善治さんを追ったノンフィクション『いまだ成らず』がかなりオモロくて、これは格闘技界で言う増田俊也さん再来、、!と注目してたライターの鈴木忠平さん。2021年に出た、中日の監督時代の落合博満を追った本書も大満足のノンフィクションでした。
野球のヤの字も知らん俺でも名前は知ってる落合博満が、中日の監督時代に遂行した、徹底的に勝ちにこだわる姿をライターの著者が描いたノンフィクション。『いまだ成らず』の構成同様、ご本人自体の密着ではなく、プレイヤーや助監督、通訳やスカウトマンなど落合の周囲の人物に密着することで、本丸である落合の輪郭を形取っていくというスタイル。
落合を描く上で、このスタイルが正に理想系やとまず思った。というのも落合が他者から見て「何を考えてるのか分からない」人間であり、故に神格化もしやすく、ボリュームある本書を読み切った今も尚「何を考えてるのか分からない」という印象が全く変わらないという作りになってる笑。もしご本人に徹底的に密着してたら、もしかすると実は蓋を開けてみたら全く中身のない人間だったという可能性もゼロじゃない(いや、ゼロか笑)が、輪郭をなぞることで神格化されたまま、落合博満が残した言葉を読み手がどう受け取るかという問いが残されてる。それがすごくいいなと思った。
ということで個人的にハイライトした落合名言集を残しておきます。こういった言葉をビジネスシーンで引用して部下に語り出す管理職にだけはなりたくないとは思ってますが、引用する気持ちも分かるくらいには威力の強い名言の数々でした笑。
別に嫌われたっていいさ。俺のことを何か言う奴がいたとしても、俺はそいつのことを知らないんだ
相手はお前を嫌がっているのに、自分で自分を苦しめることはないんじゃないか
「心は技術で補える。心が弱いのは、技術が足りないからだ。」
落合が求めたのは日によって浮き沈みする感情的なプレーではなく、闘志や気迫という曖昧なものでもなく、いつどんな状況でも揺るがない技術だった。心を理由に、その追求から逃げることを許さなかった。 -
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プロ野球のクライマックスシーリズが開催されている中
この本に巡り会えたことがありがたい。
日ハムがなぜ札幌ドームじゃなくて新球場を作ることを望んだのか?
その理由と北広島に決まったまでのストーリーがノンフィクションとして語られています。
ないものを想像することがいかに難しいか。
それはある意味未来に対する不安からだと思うんです。
アンビシャスとは「意欲的な」という意味。
「大志を抱け」とも言いますね。
リスクを恐れず、周りから批判などを受けながらも冒険していく男たち物語を読みますますエスコンフィールド、Fビレッジが好きになりました。
あの空間の見る目が変わる一冊です! -
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会社経営においても「社長は孤独」とよく言われるが、スポーツチームの監督も同じようなものだ。というかどのような肩書き、役職、役割、立場であっても人それぞれ価値観も考え方も異なる中で、少なからず「他人に理解されない」というような孤独感は多少なりとも抱えているのではないかと思っている。
情報社会の中でもとりわけSNSの発達により、個々人の価値観や考え、行動に対する批評(もはや批評ではなく単なる誹謗中傷的な反応)が可視化されつつある昨今において、どれだけ自らの信念を貫けるか、その他のことに(ノイズとは言わないまでも)気を取られずに突き進めるかどうかは、本書のような野球というスポーツにしろ、日々の仕事やプライベートにしろ、現代において特に大切なことなのかもしれない。 -
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落合博満さんについて書かれた本。
落合さんについてではあるけれども落合が主人公ではなくて著者も含めたまわりの人から落合さんを書くというような形式。
ちょうどその頃はダルビッシュや田中将大なんかが甲子園に出ていて、自分が愛知県や名古屋に住んでいたころだったからか懐かしく感じた。
論理的に正しいことを行うと感情的な空気感を重視する人とは対立するってことなのか。
落合はなんのために自分は雇われているか、それを頭の中に明確に持っていた。それはチームを勝たすこと。
野球界以外でも社会全体で判断基準が好き嫌いになっていることが多い。数字という基準があればいいが、明確に判断基準がないように思う。そこで基準になるのが好き嫌いや空気を乱していないか。
感情が判断基準になっている世界では自分を殺し、他者に迎合して生きていくしかないのか。
そうせざるをえないことがあるが、自分は個を持っていきたいと思った。
契約内容にファンサービスをしろと書かれていたらやったのかな、それなら監督の話を断っていただろうけど。 -
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200万人都市の札幌に対し、対立候補の北広島市の人口はわずか5万人。ファイターズ職員としてプロジェクトを推進した前澤氏と三谷氏は言うに及ばず、人口5万人の小規模自治体にプロ野球を誘致するなどという常人には想像すら難しい離れ技をやってのけた北広島市職員の熱意に心を動かされる。北広島市側の担当者である川村氏がかつて白球を追いかけていた甲子園球児だったというのも何の因縁かと思った。
2010年に前澤氏と三谷氏の間でボールパークの構想自体はあったがその当時の球団幹部へのプレゼンはYESもNOもなくあっさりスルーされた、というのは現実味があって世の中のサラリーマンが共感できるポイントになっていると思う。そのときはダメでも、後々に環境や人など前提条件が変わることで急転直下物事が前に進んでいくこともあり、後から振り返れば総スカンを喰らった当時のプレゼンも無意味ではなかった、というのはある種の希望になり得る。そこから学べる教訓は、実現できるかどうかよりもまずは変化への意思表示をすることが大切で、すぐに思い通りに事が運ばなくても、何かしら行動を起こす事で誰かの目に止まったり、共感してくれる仲間ができたりするのだということだ。
今回のプロジェクトが実現したのは運が良かったというよりも運を引き寄せた結果なんだと感じた。 -
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本年もよろしくお願いします。
さて今年の一冊目は「清原和博を巡る旅」と副題
にも謳われた「虚空の人」です。
「嫌われた監督」で注目を浴びたノンフィクショ
ン作家、鈴木忠平氏の最新作です。
少なくともプロ野球選手としては成功した清原和
博氏についてはではなく、薬物使用で逮捕された
「その後」を追っています。
そして「その後」にこそ、清原和博という一人の
人間の姿を私たちは知ることになります。
「ああ、キヨハラってこういう人だったのか」と
妙に納得してしまいます。
何も知らない人は彼を「汚れた英雄」「堕ちた英
雄」と言います。
しかしこの本からは清原という人物は、たとえ甲
子園で13本のホームランを打っていなくても、た
とえドラフトで西武でなくそのまま巨人に入って
いたとしても、たとえ薬物に身をやつさなくても
「こういう人だったのだな」と納得し、親近感を
抱かずにはいられない一冊です。 -
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清原氏は三歳ほど年上の方。
スポーツはおろか、健康にも、恵まれたとはいえない自分の青年期に、あまりの格差に、羨ましいとも感じず、ただニュースで名前を見るだけの人だった。
中年になり、とんねるずの番組で、どう見ても堅気ではない様子で活躍しているのも見かけた。
その後、クスリで話題に。
同じ時代を生きてきた、あまりに違う誰かが、どんなふうに過ごしたか、興味はあった。
読んでみて印象的だったのは、むしろ筆者の息遣い。
以下抜粋箇所は、中でも気になったところ。
「スポーツライターという肩書をぶら下げて、勝者となった誰かが手にしたもの、敗者となった誰かに残されたもの、極端な光と闇の間にあることを書けばよかった。フックが付いた針が心に引っ掛かることはなく、憂鬱に堕ちることもなかった。何より、ことあるごとに自分自身の腹の奥底を覗かなくてよかった。」(p207)
「もし、清原の人生があの甲子園の決勝戦だけであったなら、ホームランの一瞬だけであったなら。私はそう考えたりもした。だが、祭りが終わったあとも人生は続いていく。だんじりが通り過ぎたあと、ホームランの歓声が消えたあとには平坦な道が残されるだけだ。人はその日常をもがきながら生きていくしかない。それは清原だけでなく私や他の人間にとっても同じことだった。
誰かの人生を一つの物語に綴じることなどできない。私にできるのは眼前にあるつぎはぎだらけの矛盾を書くことだけだった。私はようやくそのことに気づいた。
そう考えると不思議と焦燥は消えた。物語を探す必要もなかった。」(p292)