今野真二のレビュー一覧
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漢字しかなかった時代の『万葉集』から
中国語との接触と漢字の受け入れられ方、
平安時代の漢和辞書『和名類聚抄』、
さらに後の『類聚名義抄』などの漢字辞書をくわしくみることで、
日本語が中国語をどのように漢語としてとりいれたか、
そしてそれ以降、漢字かな混じりの文体が
どのように多様化してきたかが述べられ、
最後の「現代」の部分の問題提起
(常用漢字表、名付けや地名についてなど)につなげられている。
言語によって世界の切りとり方が違うことと翻訳可能性について、
また、言葉の流入は文化の流入の問題でもあること、など、
日本語だけでなく ひろく言語について考えるうえで
大切なことがらに少しず -
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明治時代の日本語はどのようなものだったのか。現代の日本語との差異を明らかにし、当時の日本語に対する感覚を明らかにする一冊。
江戸以前の近世に叙述・印刷された日本語は現代に生きる私達にとってとかく読みにくい代物である。行書や草書といった慣れ親しみのない書体や変体仮名といった現在は消滅してしまった仮名。さらに語彙も現代とは大きく異なる。なぜこのような日本語の断絶が起こってしまったのか。近世から近代に移行するに従って文字や言語を取り巻く環境に大きな変化があったことを、著者は明治時代に出版された印刷物や手書きの草稿などを元に明らかにする。
本書では日本語の変化の原因としてまず「不特定多数の人間が読む -
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・今野真二「百年前の日本語-書きことばが 揺れた時代」(岩波新書)の「あとがき」に、「過去の日本語と現代の日本語が異なるということの指摘だけでは、歴史を語ったことにはならないのであり、その『違い』を『日本語の歴史』の中 で、どのように評価し、位置づけるか、ということが重要になる。」(193頁)とある。補足すれば、これは例へばかういふことである。漱石や鷗外の新字新かなに直してない、つまり漱石や鷗外の表記をきちんと反映したテキストを読めばすぐに分かることだが、仮名遣ひと字体以外にもかなりの違ひがあり、しかもその違ひは同じ語であつても必ずしも一通りだけではない。これは読んでいけばすぐに気づく。私もも
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最初は「そんな細かく指摘しなくてもなんとなくわかるでしょ」と思いつつ読んでいたのが、ページを進めるにつれて、「基礎的な言葉遣いをちゃんとしていないと、意思が伝わらなくなっちゃうかもしれないんだ」と危機感に変わる。新聞の見出しに、書く側の感情が表れているというのが面白かった。
第3章「コピーの文体」という項で引用されていた「これが今のわれわれの言語生活である。ある程度の嘘を含み、大袈裟で、見た目には派手で魅力的だけれど、しかし信用のならない言葉。」という文が印象に残った。SNSが生活に浸透している今、コピーの文体はあまりにも覚えがありすぎる。 -
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明治が日本語表記の「揺れ」の時代だったのではなく、それまでずっと揺れていた表記が明治以降に収束の方向に向かった。明治期までの日本語と現代の日本語で、表記の幅以外に本質的に異なるのは、漢語と和語の区別が曖昧になってきたこと。漢語が外来語として意識されなくなってきて和語の中に溶け込んでしまった。
教育の標準化による常用漢字表などの制定、新聞などの出版物によって不特定多数が読む文章が、表記法が統一されていく背景にあった。
古くは「手で書くように印刷する」もので、崩し字や続け字の活字まであった。それがいつしか「印刷するように手で書く」方向へ変わっていった。
振り仮名でもって和語、外来語に漢字を当