高橋和久のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
社会的に人間を管理するにはどのようにすればよいのかということがよくわかるし、その視点で見ると大変面白い(方法としては語彙を削り、思考能力を奪う。人間は言葉を使って考えるから言葉を禁止されると、ものごとを考えられなくなる)。
別の視点で見ると、新しい社会体制に適応できないおじさんの不満と、その不満を若い女で発散しているだけとも読み取れ、「気持ち悪いな。懐古厨やってないで、適応する努力をしろ」という感想も浮かぶ。
※真実とか言っても、どうせウィンストンにとっての都合のいい出来事・解釈が真実で、そうじゃないものは真実じゃないってことになりそう。そもそも文書改ざんを仕事にしてる人間を信用はできないな(あるいは、その罪悪感を党に対する敵対とか憎しみで浄化しようとしているのか。他責?)。文書改ざんが仕事で、勤務先の悪口を言い、若い女に入れ込んでる、健康管理できてない他責の懐古厨おじさん…やはりキモい、となってしまう。
管理社会としては完成形がオルダス・ハクスリー著『すばらしい新世界』で、これを読むと、「あれ?管理(監視)社会って実はとても良いものでは?」と思える人がいるはず
※この本の感想が
「全体主義怖い、監視社会怖い」
「自分の頭で考えることが大事、自由が大事」「今の社会はこれに近い。危ない」
ばっかりなのこそ、『1984年』ぽくて皮肉だな(スタンド・アローン・コンプレックス感もある)
『1984年』って、読者が自分の思想や知性、道徳・倫理感をアピールする材料として、きっと格好の本なんだと思う。
「自分はこういう危険性をわかっている(スマホによる監視とか)」
「自分はほかの頭空っぽなやつらと違い、政治や社会に関心がある」
「自分は社会のあり方とか自由意思とか難解なことを考えられる人間だ」
みたいな自己アピールがやたらと目につく。
そういう「自分は正しい側、頭の良い側、管理する側にいる」というアピールで溢れ返っていて、この本の感想欄、かなり気持ち悪い。このアプリイチ、キモい感想が並んでる感想欄だといっても過言ではないな。人間の醜い自意識の表出というか。
※追記:このアプリの作品紹介の内容が以下(20260730時点)
「今の世界や日本に不安なを感じている人へ。この本が現実になりそうです。「事実」が政府によって覆い隠されるイマの時代。国民がそれを黙認するとどうなってしまうのか。この本を読むとわかります。」
└全然現実になりそうじゃないから。むしろネット、SNSの登場で覆い隠せない方向に進んでるから
└覆い隠してるのを政府に限定する意図はなんなの?マスコミ、メディア(出版社含む)もめちゃ覆い隠してるでしょ(戦時中も今も。バレてきたけど)
└この紹介文からして、読解の方向性や今の社会ってどんなものかを勝手に固定して、読者を洗脳しようとしてるんじゃない?こっちのほうが恐怖
(誰が考えた紹介文なのかな。出版社?「不安なを」って誤字ってるから、AIじゃなくてわざわざ人間が考えた紹介文だと思うんだけど。この紹介文書いてる誰かを想像すると、めちゃ気持ち悪いな) -
Posted by ブクログ
思っていた話と違った。ディストピアものということで、ブレードランナーっぽい感じかと思っていたら、もっと陰気で、救いがなかった。というか、これが本当のディストピアというやつですかね。スカッとするところもないわけではないですが、ほぼ全編陰鬱な描写に心がやられそうです。
某国を思わせるような管理体制で、物語として読めなかったですね。ドキュメンタリー的な緊張感がありました。と、他人事みたいな感じですが、もう少し広く考えると、現在の日本にも当てはまるようなところがないわけではないようにも思えてきます。語彙力の低下や、言葉の意味が変わってきているみたいな話がありますが、これって実は恐ろしいことなのかもしれませんね。
スカッとしたものを読むつもりで手にしたのですが、まったく違う系統だったので、かなりダメージを食らいました。 -
Posted by ブクログ
アナキストを自称する主人公のヴァ―ロックは、しっかりシークレット・エージェントの職務を遂行していると自負していたが、新しい上司のヴラディミル参事官から叱責を受け、グリニッジ天文台のダイナマイト爆破事件を起こすよう命じられてしまう。爆弾を仲間から入手したヴァ―ロックだったが、予期せぬ出来事が起こってしまう。それはグリニッジ・パークで一人の男が爆死したことに関連することだった。
本書に登場するアナキストたちは声高に議論を重ねる口舌の徒であるし、法と秩序を守るべき警察官たちも必ずしも正義を体現する存在ではない。
ところで本書で最も面白く感じたのは、爆死した人間が誰なのかの真相を知った妻に対し、それを悟ったヴァ―ロックがほぼ一方的に話しかける言葉が見事なまでに妻の気持ちからズレていて、両者の感情の懸隔が精細に描かれている場面(第11章)で、その後恐ろしいことが起きてしまう。 -
Posted by ブクログ
読みにくじゅうはち
読みにくいのがコンラッドじゃハゲぇ!
言われたらさいですかとしか言いようがないんだがね
コンラッドはポーランド出身で英語は船員時代に習ったので読みにくかったらしいのだが、そんなところを忠実に訳さなくても…っていうね
そしてもうね
登場人物ひとりひとりを掘り下げ過ぎっす
いやもう掘るわ掘るわ
二言くらいしか喋らんやつとかもめっちゃ掘るからぜんぜん進まん
結局誰が主人公やねん!っていうね
しっかーし!なんか凄いの読んだって気にはなった
あとこの作品はテロ小説の先駆けみたいな評価で近年見直されてるみたいなんだが
うーん、なんかそれは違うでしょって思いました
どう考えても主題そこじゃないもの
じゃあどこかって聞かれてもめんどくさいから特に言及しないけど
なんかあれじゃね主観て怖いわー的な
あとハゲてへんわ!(# ゚Д゚) -
Posted by ブクログ
監督:ヨルゴス・ランティモス、主演:エマ・ストーンで映画化され、日本劇場公開が迫った話題作(2024.1.21現在)。映画は、発表されてから注目していたが、原作があることは最近になって知り、せっかくなので先に原作にあたってみることに。
19世紀末、スコットランドのグラスゴー。医師/科学者であるゴドウィン・バクスターは、溺死した妊婦の胎児の脳をその妊婦本人に移植して蘇らせることに成功、ベラと名付けて養育した。大人の身体に無垢な精神を宿したベラは、その不思議な魅力で出会った男性たちを虜にしていき、彼女自身、様々な知識や経験を取り込み成長していく―――。
・・・といった内容が記載された一冊の書物(=『スコットランドの一公衆衛生官の若き日を彩るいくつかの挿話』)を手に入れたアラスター・グレイ(著者)が、本編に、その書かれた内容が真実の話なのかの歴史的考察と、本編に対するヴィクトリア・マッキャンドルス(=ベラ)の書簡を添えて編集して、一つの作品に仕上げたという体のメタフィクション。(ややこしい!)
メインとなるのはやはり「ベラの奇妙な冒険」なのだが、作品をとおしてみるとその物語自体が主という感じではなく、男性/女性としての本能や価値観に囚われ、羨望・嫉妬・憤怒・絶望に見舞われ苦しむ、全ての"哀れなるものたち"のための話なのだと感じられた。
先に書いたような特殊な作品構成には目を見張るものがあるが、作品としての面白さは、(決して面白くなかった訳では無いのだが、)ちょっと期待し過ぎていたかもしれない。どのように映画化されたのか、非常に気になる。 -
Posted by ブクログ
ロンドンのブレット・ストリートで雑貨商を営み、
若い妻ウィニーを娶り、彼女の母と弟を同居させ、
穏やかに暮らすアドルフ・ヴァーロックの正体は
某国のスパイ、コードネームΔ(デルタ)だった。
雇用主から
長い間まともに本来の仕事に精を出していないと
叱責された彼は、新たな任務を負ったが……。
19世紀のアナーキー・イン・ザ・UK
……と言いたいところだったけれども(苦笑)。
序盤はヴァーロックの日常と、
そこから著しくかけ離れて見える本業との対比や、
上司との皮肉の応酬が黒い笑いを誘い、
アイロニーとブラックユーモアで
ストーリーを引っ張っていくのかと思ったが――
実は、背景となる当時の
霧と煙に覆われたロンドンの雰囲気そのままに
重苦しい物語だった。
タイトルのagentは通常「代理人」「仲介者」「スパイ」
などを表す語なので、
そのままヴァーロックの活動を指していると思って
読み進めたのだが、
後半でギョッとする展開に(ネタバレ厳禁!!)。
そこで少し検索したところ、
他にも「行為者」「反応などを起こす力」
といった意味があるとわかって、なるほどと頷いた。
これは、人間は表に出す面と
他者の目に触れさせない部分の両方を持っているという話。
表面の利害によって寄り添ったり離れたりするが、
内心がその動きに合致しているとは限らない、と。
例えば、軽度の知的障碍があると思われる
スティーヴィー(ヴァーロックの妻の弟)も、
素直でおとなしく、一見、周囲の目に無垢な少年と映るが、
暇なときは紙片に謎の図形を執拗に描き続けるなど、
余人に計り知れない熱情を持て余しているかのようでもある
……といった具合に。
おしどり夫婦と思われたヴァーロックと妻ウィニーが
共に仮面をかなぐり捨て、
本当は世間に対する体裁のため、
あるいは安定した生活を手に入れて肉親を安心させるために
結びついただけだったことが露呈するシーンは圧巻。
惜しむらくは、その後、
ウィニーが試行錯誤を経て幸福を掴む展開にならなかったこと。
そうなっていれば、一種のフェミニズム小説と
受け取るのも可能だったかもしれない……。
しかし、人は対峙する相手によって表情を変化させる
――つまり、上述した人物たちのあり様の方が普通で、
一貫して何ものをも恐れず、金品に執着せず、
媚を売らず、
ただただ素晴らしい爆弾を作るスペシャリストとして
生きていくだけという職人、
通称《プロフェッサー》の揺らぎのなさこそが
異様であり、ブレない狂気を感じさせるなぁ……
という読後感と共に本を閉じた。
ところで、『オルメイヤーの阿房宮』も、
この光文社古典新訳文庫から出ませんかねぇ
(と、言うだけ言ってみる)。