高橋和久のレビュー一覧
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ビッグ・ブラザーという独裁者が管理する世界で、2+2=5と洗脳される大衆と、それに違和感を持つ主人公。
国民の思考力を奪うため最低限に単純化されたニュースピークを使用させたり、偽りの戦争を続けることで国民を搾取する最もらしい口実をつくったり、性交渉を禁じ子に親を監視するよう教育することで男女や家族の関係性を希薄なものにしたりと、恐ろしい世界が描かれている。
大衆には酒や宝くじといった知識の伴わない娯楽を提供し続けることで、党への反撃を実行するどころか考えつきすらしない愚民へと育て上げる。一方ある程度の思考力や知識を持った者はテレスクリーンと呼ばれる実質的監視カメラで管理する(敵は近くに置け方 -
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途中で放置した期間があったので、ちょいちょい忘れてしまったところがあり、難しい話をあんまり理解できずに読み終わってしまった。いつか再読したい…
最後のシーンが印象的だった。ウィンストンが変わってしまった(生まれ変わった?とも言うかも)ことがその世界にとって、彼にとって良いことだったのかは分からない。思考の内容がビッグ・ブラザーと同じだったことで自分が“ビッグ・ブラザー”の一員になってしまった、と言うことなんだろうか。
ん〜よく分からないけど、結局ウィンストンはビッグ・ブラザーに飲み込まれてしまったのだろうね。
附録にある『ニュースピークの諸原理』を読んだとき、ニュースピークが実際にあったも -
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伝説的ディストピア小説。『素晴らしい新世界』を読んだ時は、「こんな世界でも、悪くないかも」と思ったが、今作に描かれていたのは明確に嫌な世界だった。同時に、そんな世界に対して、自分がきちんと論理立ててNOを突きつけられるかと言われれば、そうではない。
オブライエン対ウィンストンの3部が圧巻なのは、そのためである。日本という比較的平和な民主主義社会に生きる自分にとって、オブライエンの唱える社会、それはすなわち、イングソックの諸原理に基づき、ビッグ・ブラザーを皆が崇拝する社会は、まさに悪夢そのもの。しかし、彼の狂気的な雄弁に対し、読者の自分は始終押し除けられていた。なぜか。それはウィンストンも言 -
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観てから読みました。
映画は原作に忠実ではないけど、原作の風味を全く損なっておらず!それも驚きでした。
最終的な「真相」としては、マッキャンドルスの記録派です。
マッキャンドルスも、ベラも、信用できない語り手、だとしても、ラストの一文で、マッキャンドルス派…。
村田沙耶香さんの「信仰」を読んだ時と同じ感覚に。小説なんだから作り物前提なのに、事実としてあったかも、と思わせられる感じ。
頭が良くても、貧乏だと外見に出てしまい、やはり弾かれてしまうことの辛さも描かれていました。
マッキャンドルスの身の上話もそうだし、ベラの(実の)おとうさんが、成金後にベラに与えた教育内容もそう…出自、育ち、辛い -
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映画を公開日に見て、非常に面白いと感じたので、原作を手に取ってみました。
映画でも扱われたシーンは頭の中で想像しやすくより楽しく読めました。
ヴィクトリアの手紙によって、映画で扱われた大部分を否定しているためどっちが真実なのかは分かりませんが、それもまた物語の深みも増して良いと思いました。
個人的には映画よりも、原作の方が哀れなるものたちというタイトルがとてもしっくり来ました。
訳者さんが、哀れなという訳を多様して下さっているので、心に引っかかる部分は多いと思います。
ぜひ、映画と原作合わせて見てほしいです。多くの時間、この作品に触れられて幸せです。 -
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映画が衝撃的な面白さだったから原作を読んでみた。
ストーリーは概ね映画と変わりないけれど、"実在の人物が昔自費出版した本とその妻のメモを作者がまとめた"という体裁を取っているのが独特。映画には無かった最後の仕掛けによって、原作でも脳がクラクラする経験ができる。
序文や注釈によってフィクションをあたかも実際に起きた事のように思わせる作りなのに、最後にそれがひっくり返される。今までの作者の努力とは真逆の仕掛けのように思えるのだけど、「どっちが真実?」と混乱しているうちに、「どちらかが真実のはず」という思考になっていて、まんまと作者の術中にハマっていることに気付く。
ただ、 -
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ネタバレ奇書だ…!というのが第一印象。
実際の手紙のヴィクトリアが夫をバカ呼ばわりしていたり「こんな物書く時間があれば社会貢献のために働けよ」的なこと言ってたのが残念な気持ちになった。資本主義や家父長制の倫理と似たような考え方に陥ってしまうのが。
事実と違うのに自分がフランケンシュタインの怪物にされてたら腹立つのも分からんではないが。
ヴィクトリアは(1914年には)アーチボルドの回顧録の内容を嘘だとして拒絶したが、1920年の「愛の経済」(の序文と書評)を読むとヴィクトリアが(アーチボルドの書いた)ベラと同一化していったようにも感じる。これの本文も読みたかった。 -
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著者、アラスター・グレイが偶然手に入れた医学博士、ヴィクトリア・マッキャンドルスによる一連の書類をグレイが編集し直したもの、という体で綴られるメタフィクション。
ヴィクトリアの夫、アーチボールド・マッキャンドルスが発行した書籍がベースになっている。
この書籍は完全にアーチボールドの視点で描かれており、件のヴィクトリアは、自殺したうら若き美しい女性ブレシントン夫人の肉体に、彼女が身ごもっていた胎児の脳を移植したいわゆるフランケンシュタイン的に生み出された女性であり、いかにアーチボールドが彼女に惹かれそして人生を共にしたかについて綴られている。
内容は胎児の脳を移植されたヴィクトリアが逃げ出して世 -
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Posted by ブクログ
社会的に人間を管理するにはどのようにすればよいのかということがよくわかるし、その視点で見ると大変面白い(方法としては語彙を削り、思考能力を奪う。人間は言葉を使って考えるから言葉を禁止されると、ものごとを考えられなくなる)。
別の視点で見ると、新しい社会体制に適応できないおじさんの不満と、その不満を若い女で発散しているだけとも読み取れ、「気持ち悪いな。懐古厨やってないで、適応する努力をしろ」という感想も浮かぶ。
※真実とか言っても、どうせウィンストンにとっての都合のいい出来事・解釈が真実で、そうじゃないものは真実じゃないってことになりそう。そもそも文書改ざんを仕事にしてる人間を信用はできないな -
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