堀川惠子のレビュー一覧

  • 透析を止めた日

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    【2026年35冊目】
    腎不全で透析治療を行う夫と結婚した妻から見た、日本の透析を含む医療事情を書いたノンフィクション。第一部は壮絶な透析治療生活から最期の日までを、第二部で日本の透析治療の今を描いている。回復のための治療ではなく、死なないための治療である透析治療の闇に切り込み、光を照らし出した一作。

    ノンフィクションはほとんど読まないので(理解できないから)本作は知人に半ば押し付けられるように勧められて手に取りました。が、大変読みやすかったです、「透析治療って言葉だけは聞いたことある」みたいな知識レベルでも十分理解できる内容として書かれていました。

    生きるための透析治療の過酷さ。なんのためにこの治療をしているのか?緩和ケアを望もうとしても「ガン」にしか適用されないおかしな現実。医者との意思疎通の難しさ、最期まで悩み続けた看取りなど、第一部で鮮明な記録があるからこそ、第二部の日本の実情がすっと入ってきました。

    もう、本当絶望しかないのだろうかと思ってましたが、治療方法のバリエーションで、少し光明が差した気がしました。どれくらい生きたかではなく、どう生きたか。それも最期まで人生は続くので、どう最期を迎えられるのか、本人も周りにとっても、それがいかに大切なことか。

    本来医療は人間を死から遠ざけるものだと思っているのですが、点数(医療)稼ぎになっている面もあるという矛盾。そんな中でも志高く前に進もうとする医療関係者というか、人間がいることになんだかほっとしました。

    ただ医療関係者を批判するのではなく、なぜ望んだ終末医療がなされないのか、その体制の問題にも触れていたところも良かったと思います。

    勉強になりました。

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    2026年02月25日
  • 教誨師

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    大変読み応えがあった。読み終えるのが惜しくて、時間をかけて読んだ。
    私はこのように、罪深い人のために尽くせるだろうかとしんから考えさせられた。
    正直、死刑囚の方々とはあまり接したくない。
    忌まわしい印象がある。
    生きていればどんな喜びもあったかもしれない被害者の人生を断ち切るという点で、殺人はあってはならないと思うからというのもある。遺族感情を思うと、死刑制度を廃止とまでは思えない。

    しかし、この本に出てくる死刑囚たちは悪人ではあるが一人の人間であり、哀れな生い立ちさえなかったら真人間であったのではと何度も思わされた。
    また、教誨師渡邊の人生にも心を抉られるような痛みを感じた。原爆で偶然が重なった末に生き残り、火傷や原爆症を患いながらも命からがら生き延びたが、途中で助けを求める被爆者を何人も見捨ててしまった。だからこそ、今度こそ見捨てないという信念で死刑囚たちと向かい合う。

    しかし渡邊自身も、人間であった。何が原因かはわからないがアルコール依存症になり、入院までする。聖人のような人間の弱い一面。
    そしてこの弱さが、死刑囚との距離を縮める。
    私は、渡邊教誨師はつくづく素晴らしいと思う。
    自分の弱さを客観的に見つめ、それを死刑囚たちに晒すのだ。もちろん、筆者にも。
    私は、カッコ悪い自分は隠したい。ましてや、自分より道徳的に劣ると感じる死刑囚には出せやしない。
    そこが、渡邊の素晴らしさ、凄みだ。

    次のくだりも好きだ。
    自殺などを防ぐため、執行の朝死刑を告げられるのが決まりだが、前日に教えてくださいと渡邊を信じて頼み込む死刑囚がいた。彼は家族に遺書を残したかったのだ。渡邊も彼の気持ちを汲み、承諾していた。しかし執行を前日に知らされたが、どうしても死刑囚を信じられず、また保身も考えて彼に告げなかった。彼の絶望やいかに。しかしこのような、きれいごとではないエピソードを余すところなく筆者にさらけ出した渡邊の人間性に、私は頭が下がった。

    私は渡邊のようにはなれないが、それでも、罪を犯した人はもとより、自分の価値観で「下」と感じる人を、自分と同じ一人の人間として見直してみよう、と思わせてくれる一冊だった。


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    2026年01月18日
  • 戦禍に生きた演劇人たち 演出家・八田元夫と「桜隊」の悲劇

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    偶然にも今年、東京・目黒の五百羅漢寺に行った。
    慰霊碑は目にしたが、不覚にもその時はこのことについて知らなかった。
    1945年8月6日、アメリカが広島に投下した原子爆弾で全滅した悲劇の移動劇団「桜隊」。被爆した場所こそ広島だが、その直前まで東京を拠点にしていた劇団だったため、東京に慰霊碑があるのだそう。
    その桜隊の演出家でありながら、運命のちょっとしたいたずらで原爆の惨禍を免れた(直後入市被爆してしまうが)演出家・八田元夫氏の視点から、戦時中演劇界を襲った検閲、投獄、拷問。そして原爆投下による広島の悲劇を描いたノンフィクション。

    すっかりファンになった、ノンフィクション作家・堀川惠子さんの圧倒的な筆致。13年もの歳月をかけて書かれたという本作。
    まるで実際そこに居合わせて見ていたかのような文章。相当な文献を読み、あらゆる場所に取材に赴いた、確かな裏付け。
    時折垣間見える堀川さん御自身の熱い思いがエッセンスとなっていて、夢中で読み進めたくなる。
    その情熱、執念のおかげで、今私は知らなかった事実に出会い、改めてこの悲劇を繰り返してはならないという思いに至る。

    「とにかく傍観者にならないことが自分たちに課せられた義務なのだ」

    晩年の八田元夫氏が若い俳優たちに繰り返した言葉。
    しっかり胸に刻もう。

    #読書
    #読書時間
    #戦禍に生きた演劇人たち
    #堀川惠子
    #桜隊
    #八田元夫

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    2025年12月16日
  • 教誨師

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    ネタバレ

    読み終わってからも、どう感想を書けばいいのか整理がつかずな内容だった。
    被害者遺族の感情に立つと、死刑囚のことはどうしたって許せない。
    けれど、人は、人との出会いで変わっていくもの。
    それをどう受け入れればいいのかわからなくなってしまった。

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    2025年12月13日
  • 教誨師

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    すごい話だった…。“死刑”が法の上で許容されているこの日本は、いわば“殺人”を合法的に犯すことを黙認しているんだと気付かされた。自分から遠い話だった死刑制度の実態が、とても近くに感じた。今まで、重罪を犯した犯罪者が極刑に処されることに対して何も疑問を持たず、その執行が多くの人の苦しみの上に成り立っているなんて知らなかった。
    なんて制度だろう。誰も幸せになれない。
    どうしたらいいのか、今を生きている、無自覚にもこの制度の上で生きている私たちが考え続けないといけないんだと思った。

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    2025年11月08日
  • 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年

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    いつもながら堀川さんの著作は読みごたえがある。これまで読んだ裁判とか死刑囚がテーマではなく、この本は広島の原爆がテーマだけどもともと堀川さんは広島出身だそうでそれだけに真摯に取材を重ねた感がある。
    原爆投下そしてその後をたどるなかにさまざまな不条理が、やるせない思いにさせるものが描かれる。原爆を機に身内ですら疎遠になったり不仲になったり、原爆で亡くなった人の算定の覚束なさとか、供養塔に納められている人の情報が実は不確かだったりとか、本で深く触れられている佐伯敏子さんや著者が受けた行政の対応とか。平和を軸に誠実に公明正大に対応している気がしていた行政の被爆者対応、縁故者対応だって平和のイメージを隠れみののようにしてずいぶん不誠実な扱いをしてもいたのだなと感じた。
    一方で、原爆に遭った人や何かしらの縁がある人、また、広島の人々がひそやかに亡くなった人を悼み平和を願っていることも伝わってくる。さらに堀内さんが書いているように、それがゆらぎかねない時代になりかけている危惧を自分も感じる。あれだけの惨禍も歳月の流れとともに時代に都合よく変化してしまうという不条理。あらがわねばいけない不条理。

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    2025年09月15日
  • 教誨師

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    50年にわたって死刑囚と対話を重ねて刑の執行に立会いつづけた教誨師の僧侶の語りに基づくノンフィクション。興味本位で読み始めたが、死刑という刑事罰のあり方について考えさせられた。贖罪とは、犯罪者の人権とは、執行を決める人と立ち会う人の心のありようとは。執行の現場における生々しい描写も多く、「よってたかって人殺しをする」シーンをイメージすると読み進めるのも苦しかった。語り手や死刑囚、死刑執行に携わるすべての人に敬意や配慮が感じられて、取材が丁寧で信頼できると感じた。

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    2025年09月08日
  • 透析を止めた日

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    読んでる時に、その本にとらわれて、頭から離れないことがある。
    そんな本だった。

    人工透析には血液透析と腹膜透析があることを知りながらも、多くの患者はその違いを十分に説明されず、選択肢を持てないまま苦しみの中で亡くなっていく。
    その現実を突きつけられたとき、私は「知らされないこと」そのものが人を追い詰め、尊厳を奪うのだと痛感した。
    著者の夫もまた透析の果てにとても辛い最期を迎え、その体験が記者としての冷静な視点と重なり、文章に圧倒的な力を与えている。


    堀川さんの聡明で澄んだ言葉は、重く難しいテーマを驚くほどわかりやすく伝え、心に真っ直ぐ刺さってきた。

    読み進めることは辛くもあったが、その辛さの中で「生きることと死ぬことは切り離せない一続きのものであり、どう受け入れるかが人間に問われている」という真理に触れたように思う。

    私は日本の医療を世界最先端だと信じていた。
    しかし、この本を通して、それが必ずしも患者の幸せや尊厳に結びつかない現実を知った。

    医師の多忙、制度の隙間、そして十分な説明がなされない医療現場――そのどれもが患者の人生を左右している。

    この本はまさに、日本医療の根幹を問う作品である。
    久しぶりに頭を殴られたような衝撃を受け、深い感銘を覚えた。読み終えた今、ただ重さに沈むのではなく、命のあり方を真剣に考える時間を与えられたことに、心から「この本を読んで良かった」と思っている。


    「喪失の悲しみが懐かしさに変わるのには時間が必要だ。
    悲しみが癒えることと記憶が薄れていくとは、違う気がする。」

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    2026年04月08日
  • 狼の義 新 犬養木堂伝

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    「狼の義 新犬養木堂伝」林新/堀川惠子

    犬養毅とその側近であった古島一雄、この二人の物語を読み終え、深い感慨に耽っている。今の程度の低すぎる候補者やすでに議員になっている人に是非読んでもらいたい本である。私欲を排し、国家の行末を真剣に考え、命を削る覚悟で政界を生きた犬養毅。壮絶な一生に学ぶべきものがあると思う。

    ・犬養毅が心から尊敬したのは福沢諭吉だけだった。

    ・犬養毅はいつも貧乏だった。年がら年中高利貸しに追いかけられていたが、それでも支援を求めてくる人には気前よくなんでも与えていた。

    ・犬養毅は護憲派の政党をひとつにまとめ、全員が胸に白バラをさして議会に入場して、藩閥政治の桂園時代を終わらせた。

    ・犬養毅は亡命者をよく匿って面倒をみていた。武器が欲しいと言われれば、調達もした。その長たるのが孫文だ。中国はその恩を忘れず、彼が亡くなった時は国賓としてその葬儀に招かれた。霊廟に入れたのは蒋介石とイタリア公使と犬養だけだった。

    ・犬養毅は明治憲法下で立憲政治の実現そして政党政治の確立を目指し、普通選挙の実現をおこなった。

    ・犬養毅は普通選挙が実現した時に引退を宣言したが、地元岡山の支援者たちが納得せず、支援者たちが勝手に立候補の手続きをとり当選してしまった。

    ・犬養毅は軍部に抵抗、反対した。満州はとるなと言った。なので、満州事件解決のために策を練り上げ、ある人物を蒋介石に送ったが、軍部にみつかってしまい頓挫した。

    ・犬養毅は軍部に抵抗したために、海軍若手将校たちに公邸で射殺される。将校たちが乗り込んできた時も泰然としていた。「話せばわかる」とはその時の言葉でたった一言ではない。「まあ、待て。君らはなぜ、このようなことをする。まず理由を聞いた上で、撃たなくてはならないことがあるならば、その時に撃たれようじゃないか」「総理は張作霖から賄賂を……」「ああ、そのことか。それならば話せば分かる。撃つのはいつでも撃てる。あちらへ行って話そうじゃないか。(応接間へ)(煙草をとりだしながら)君らもどうだ。おい、靴ぐらい脱いだらどうじゃ」「何か言い残すことがあれば早く言え。問答いらぬ、撃て」 と、かなりの至近距離から撃たれてしまう。しかし即死ではなく17時半頃に撃たれてから23時25分に息を引き取った。最期の言葉は「テル、もう帰ろうや」。テルとはお手伝いさんの名前で帰る場所は長野県富士見にある別荘。

    ・犬養毅が亡くなった後は政党内閣は息の根を止められてしまい、軍人が君臨する「挙国一致内閣」といった恐怖政治が始まる。

    ・古島一雄いわく、「金の問題を起こす政治家は、着服した金で自分の手下をこしらえようというんだ。そうなると、政党というものは『政党』ではなく『徒党』になっちまう。闘争本位で利権ばかり漁っていると、政党自ら傷ついて信用を失う。そこを慎むのが政党の党首の仕事だよ」

    犬養毅のファンになってしまった。もっと彼のことを知りたいと思う。この本を書かれたのは、林新さんだが半分ほど執筆された時に亡くなってしまい、妻の堀川惠子さんが、その意思を継いで完成させたとあとがきに書かれていた。

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    2025年07月16日
  • 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年

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    毎朝の通勤電車の中で、ときおり涙ぐみながら読んだ。私たちが穏やかで変わり映えのしない日常を送るこの地の下には、たくさんの死が埋まっている。どうしてそれを忘れていられよう。

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    2025年06月19日
  • 透析を止めた日

    購入済み

    身につまされる

    身内を同じく見送ったものとして考えさせられた作品。 自分がこの病について不勉強でけして穏やかに看取れたとは言えず当時は分からなかったことが堀川さんによって解明された気がする。

    #共感する #深い

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    2025年06月11日
  • 暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

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    歴史物は昔から好きで、明治から昭和にかけての本も読んできたが、敗戦の要因が今までとは違う角度から明解に書かれており、腹落ちできた。海軍物の小説は多く、陸軍はインパールなど印象が悪かったが、一部には有能なメンバーがいたことを知れたのはよかった。

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    2025年04月29日
  • 狼の義 新 犬養木堂伝

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    書評:命を懸けて、言葉を信じ抜いた人間の肖像
    ――『狼の義 新 犬養木堂伝』(角川ソフィア文庫)

    「話せばわかる」——その言葉の裏には、犬養毅という一人の政治家が、言論による政治、政党による民主主義を誰よりも強く望んでいた事実がある。本書『狼の義』は、五・一五事件で暗殺された総理大臣の伝記という枠を超え、「国家とは何か」「人は何のために生きるのか」を静かに、そして力強く問いかける。

    犬養毅は、藩閥による専制の時代にあって、国家と政府を明確に区別し、政府が国家に反すると判断すれば倒閣も辞さない。その一貫した信念は、時に政局において不可解にも映るが、彼の中では明確な論理が通っていた。国家の未来のためには、現政権とて容赦しないという、「筋」を通す覚悟である。

    彼の言葉は印象的だ。「悟りとは、平気で死ぬことではなく、平気で生きることだ」「覚悟は人を寡黙にする」――この静かな言葉の数々は、自己を律し、己の役割を果たし切るという厳しさに満ちている。命を懸けてまで守ろうとしたのは、言論の自由と、民衆の力への信頼だった。

    民衆の力を「恐ろしい」とも「頼もしい」とも語りながら、彼は普通選挙こそ国家の成熟には不可欠と考えた。「民衆を直に政治に参加させ、結果に責任を持たせる」ことが、本当の国家運営であると。これは、民主主義に対する深い信頼と同時に、危うさへの冷静な理解でもあった。

    総理官邸で凶弾に倒れてなお、犬養の背に逃げた傷はない。軍人さえ奪えなかったもの——それは、自分の時間とやり方を誰にも譲らず、生をやり切る気高さだった。その姿に、著者は西郷隆盛の死と重ね合わせ、政治家としての「生き様」の問いを立てる。

    本書はまた、犬養と盟友・古島一雄との関係を通して、「本当の保守とは何か」「真のリベラルとは何か」を問い直す旅でもある。派閥や人気取りに流されないその姿勢は、混迷を極める現代政治においても、光を放つ。

    「蓋棺事定」——人の真価は死してなお問われる。だとすれば、犬養毅という人間の評価は、時代を超えてなお、今の私たちに何かを響かせるはずだ。叩けば響く、釣り鐘のような政治家。その重みある響きを、私たちはどう受け止めるのか。本書はその問いを、私たちに静かに投げかけている。

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    2025年04月17日
  • 教誨師

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    すごかった。
    軽率にに死刑制度は賛成か、反対か、なんて答えられない。浄土真宗の悪人正機説、「善人が救われるのであるから、悪人であればなおさらだ」というフレーズが初めはよく分からなかったが、全部読み終わった後なんとなく理解した。
    遺族はもちろん、加害者も執行側も教誨師も、一人一人が重いものを背負っている感じがやりきれなかった。

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    2025年02月15日
  • 裁かれた命 死刑囚から届いた手紙

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    裁判によって「裁かれるのは誰か」。裁く人も裁かれる人も人生の重荷を背負っている。被告人のみならず、裁判に携わる関係者、そしてその仕組みのもとで暮らしている国民である自分も無関係ではない、と気づかされる。
    人生の明暗を分けるその境界線は非常に脆い、という言葉は、だからこそ常に相手の思いを聴く、相手の思いに馳せることが大事、ということにつながるのだと思った。

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    2025年01月19日
  • 裁かれた命 死刑囚から届いた手紙

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    1966年強盗殺人の容疑で逮捕された二二歳の長谷川武は、さしたる弁明もせず、半年後に死刑判決を受けた。
    長谷川は「自分が奪った他人の命は、たとえ自分の死をもってしても償い切れるものではない」と死刑を待つ間に気づいて手紙に書いていて、私はそのことに初めて気づいた。
    命は一つしかないからたとえ犯人が死刑によって自分の命を使っても、それは償いにならない。となると、死刑は必要なのか?という気持ちになる。
    遺族のために国家が犯人の命を奪うのも、本当に正しいのか?しかも、裁判員として自分が死刑に関わることがあるかも、ということがかなり怖くなった。

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    2024年12月24日
  • 教誨師

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    柚月裕子さんの「教誨」という作品の参考文献として挙がっていた本のひとつ。作者のあとがき、法科大学院の先生の解説までとても読み応えがある。
    印象に残ったフレーズが12もあって、文字起こしするのも一苦労。教養本として間違いなく読んでよかったと思えた作品でした。

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    2024年12月15日
  • 教誨師

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    死刑囚と対話を重ね、その最期にも立ち会う、「教誨師」という存在。本書は筆者が一人の教誨師の人生を辿ることによって「死刑とは何か」「人を裁くとは何か」についてという根源的な問いを突きつけてくるものです。




    僕が本書を読むきっかけとなったのは『AERA』の2014年3月10日号にて、僕が敬愛する作家の佐藤優氏が取り上げていたからでありました。

    28歳から死刑囚と対話し、寄り添い、その外語にも立ち会う「教誨師」(きょうかいし)という仕事を戦後半世紀にわたって続け、いまだ日本の中に厳然として存在する「死刑制度」というものが持つ矛盾を一身に背負いながらその生涯を貫いた僧侶、渡邉普相師(1931~2012年)より、筆者の堀川恵子氏が、聞き取ったものをまとめたのが本書であります。

    出版するに当たり、堀川氏は渡邉師とひとつの「約束」を交わしており、それは
    「この話は、わしが死んでから世に出してくださいの」
    ということで、その約束が交わされたのは2010年のことだそうです。


    2012年に渡邉師が他界し、本書は発刊されることになって、僕もこうして手にとって読み、感想をこうしてしたためているわけですが、いやはや…。ここに書かれてあるのは一人の宗教者が背負った『死刑制度』という重い「闇」の部分であり、それは渡邉師のみならず、刑務官を始めとする死刑執行に携わる人間たちにもまた、心の中に深い傷を抱え、懊悩しているのだ、ということでありました。

    広島県の代々続く寺で生まれ育った渡邉師は8月6日の原爆投下の際に九死に一生を得て、龍谷大学に進学します。そこで渡邉師は花街で春を鬻ぐ女性達と出会い、そのうちの一人に心を寄せるわけでありますが、それがきっかけで彼女達を何とか救おうとするも結局かなわず、ほろ苦い思い出を抱えたまま教員生活を経て26歳のときに「婿入り」という形で東京の寺の女性と結婚し、上京を果たすのです。

    そこで出会ったのが、後に渡邉師を教誨師への道へと誘う篠田龍雄(りゅうゆう)師であり、渡邉師は篠田師に手を引かれる形で教誨師としての歩みを進めていくのでした。

    それは壮絶の一言であり、数多くの死刑囚と対話を重ね、時には茶を飲んでは雑談ばかりして帰る死刑囚に苛立ったり、生まれてから収監されるまで字の読み書きが全く出来ない死刑囚には字を教えるなどして、彼らと対話を重ねていくわけですが、やがて、彼らとの「別れ」。即ち死刑の執行に立ち会う場面は、本当に強烈な印象を残すものでした。

    ここで少し話はずれますが、僕は幼少時、在りし日の祖父と共に観た映画のひとつに『東京裁判』というドキュメンタリー映画があり、その中では絞首刑となった「戦犯」たちの処刑の様子が映し出されており、ガターーーン!!という音と共に上から吊り下げられ、その後には2度、3度とブラーン、ブラーンとゆれる様子は、この文章を書いている現在でもありありと脳裏に思い浮かべることが出来、本書を読んでいると死刑囚の最期にはこのときの映像が思い出されるのでした。

    先述した死刑執行の際の精神的なダメージは、死刑を執行する刑務官たちの心の中にも蓄積され、あくまでも「仕事」として機械的に死刑を執り行わなければならない側の人間と、
    「一瞬でも長く生きたい」
    と願う人間としての本能をさまざまな形で発露する死刑囚たちとの思いが交錯する瞬間を、本書では淡々と、感情を交えずに描いており、それが逆に重いものを僕の胸に投げつけるのでした。

    渡邉師もまた、心の負荷に耐え切れなくなり、晩年は重度のアルコール依存症に苦しむことになるのですが、渡邉師はそれを入院治療などによって克服する様子は、「澱」のようなものが長い年月をかけて渡邉師の心の中に溜まっていったのかを偲ばせるものでした。

    かなり重い内容ではございますが、
    「Memento mori. Memento vitae. (死を忘るな。生を想え)」
    というこの言葉をこれほど深く感じさせるものも他になく、「死刑制度」というものが持つ「矛盾」を我々の前に突きつけてくる一冊です。

    ※追記
    本書は2018年4月13日、講談社より『教誨師 (講談社文庫 ほ 41-5)』として文庫化されました。

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    2024年11月22日
  • 原爆供養塔 忘れられた遺骨の70年

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    「じゃからこの年になってもね、自分との戦いなんよ。強くならんといけないね、強ければ相手に優しくできるでしょ。ひとりひとりの心が強くなれば、戦争だって起きんのよ。」佐伯敏子さんのこの遺言は世界中のすべての人々に共有されなければならない。

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    2024年10月25日
  • 暁の宇品 陸軍船舶司令官たちのヒロシマ

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    ネタバレ

    本屋で見かけて気になったので。
    原爆の話と想定して購入したし、実際原爆について勿論触れているのだが、大半は「海上輸送」の話だった。
    これがまた自分が想定していた以上に興味深い内容で、なかなか分厚い本ながら最後まで楽しく(と書くと不謹慎かもしれないが)読むことができた。

    輸送、特に兵器や兵糧など兵士以外の運搬について戦争の話をする際に意識することがあるだろうか。
    つい兵士たちのエピソードに目が行きがちで、運搬のことまでは注目しないのではないだろうか。
    それが戦中の、当時の人たちですら、運搬に関わる人以外は注視していなかったのだから、無理もあるまい。
    島国の日本は輸送をどうしても船に頼らざるを得ないのに、その船が当初から手薄だったという。
    よくその中、太平洋戦争を続けられたなとしみじみ思う。
    アメリカがそんな日本の海上輸送をことごとく潰しにかかっていたのだから、日本人よりよほど日本のことを理解していたように思えてくる。
    いや、日本にも勿論理解していた人はいたのだ。
    その声をちゃんと聞いてくれるお偉方がいなかった。
    お偉方が、正確には戦争を続けたい何者かが(もしくは「雰囲気」が)海上輸送を軽視していたばかりに、傷口は広がったのだ。

    海上輸送、そしてその海上輸送の前線基地だった宇品港に特化した一冊であり、軽視されがちの輸送に注目しているだけでも価値ある一冊。
    読めて本当によかった。

    驚いたのは、原爆が落とされた後の災害復旧の手際のよさ。
    その手際のよさは、関東大震災での経験を活かしたからだという話。
    関東大震災と太平洋戦争がそこまで離れていなかったことに、関東大震災の復旧に関わった軍人さんが、原爆からの復旧に大いに貢献していたという事実に驚かされた。
    歴史は繋がっているのだ。

    あと帯にあった「なぜヒロシマに原爆が投下されなくてはならなかったか」この一冊を読み終えたあとに出てくるその答えの無情さにも驚いた。
    気になる方は是非最後まで読んで、その衝撃を受け止めて欲しいと思う。
    まさかの、答えだったので。

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    2024年09月22日