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半世紀にわたり、死刑囚と対話を重ね、死刑執行に立ち会い続けた教誨師・渡邉普相。「わしが死んでから世に出して下さいの」という約束のもと、初めて語られた死刑の現場とは? 死刑制度が持つ矛盾と苦しみを一身に背負って生きた僧侶の人生を通して、死刑の内実を描いた問題作! 第1回城山三郎賞受賞。
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Posted by ブクログ
とんでもない本に出会ってしまったと、自分の中で納得できない、でも読まずにはいられない一冊でした。 教誨師は、ざっくりいうと罪人を社会復帰させるための手伝いをする仕事となるのでしょうが、既に死刑を宣告されているいわゆる死刑囚に、死ぬ前の心構えや懺悔、そして死との向き合い方を説いています。 罪人たちから...続きを読むの言葉は少なめではありますが、彼らにも救いが必要だと真意に向き合う教誨師の姿勢に心打たれました。 死刑囚ということは、必ず被害者がいるということで、被害者家族は加害者に救いや悔い改める時間などいらないと思うかもしれないので、すごく複雑な気持ちになりながら読み終えました。
教誨師(きょうかいし)とは、刑務所や少年院などの矯正施設で、受刑者や少年たちの更生と心の安定を目的として、宗教的な教えを説いたり、相談に乗るなどして、犯罪者の人間性の回復を支援することで、罪と向き合う手助けをボランティアで、すなわち無報酬で行っている民間の宗教家(僧侶、牧師、神職など)をいうそうです...続きを読む。現在、全国の拘置所、刑務所、少年院には約1,800人の教誨師が活動しているそうです。 刑事被告人が裁判の判決が確定するまでの間、勾留されるのが拘置所という施設で、ほとんどの者は実刑判決確定後すぐに刑務所へと送られます。 しかし、死刑判決を受けた者だけは、死刑執行の日まで、そのまま拘置所に留め置かれ、面会や手紙など外部とのやりとりを厳しく制限されて、独房で独り過ごすことになるそうで、そんな死刑囚たちと唯一自由に面会することを許された民間人が、教誨師ということになります。 教誨師は、実務的な部分でいうと、死刑確定者と定期的に面接して悔悟(過去の過ちを悪かったと悟ること)を促すことが主な役割ですが、死刑の執行に立ち会うという非常に過酷な役割も担うそうです。 精神的な部分でいうと、「死」について考えることは、残された「生」を考えることであり、死刑囚の教誨師は、その点について死刑囚たちと向き合うことになります。 この作品は、半世紀にわたって、そのような教誨師として死刑囚と対話を重ねた僧侶(渡邉普相)の告白を綴った、ノンフィクション作品です。 この作品を読んでいる中で、ハッとさせられる部分がありましたので、紹介しておきたいと思います。 それは、人を殺めたり傷つけたりした加害者に対しては、裁判で罪を犯すに至った経緯を詳しく調べ、加害者の言い分も聞き、法律に基づいて判決を下し、刑に服させることになりますが、その一方で、軽率な言葉の刃物で相手の心を突き刺し、治らない傷を刻みつけ、その人生をも狂わせてしまう者を罰する法律は見当たらない、見えない傷は法律では裁けない、しかも、軽率な言葉を吐いた側の多くは、自分がそんな大変な事態を招いていることに気づいてもいない、という指摘でした。 この作品が発表された2018年当時と違って、最近でこそ、酷い誹謗・中傷の投稿は名誉毀損や侮辱罪で刑事事件として取り締まりの対象となっていますが、実際に刃物で生命や身体を傷つける場合と、言葉の刃物で心に深い傷を負わせ、悩み苦しんだ末の自殺という形で生命をも奪いかねない場合とで、同じようには扱えない法律の不十分さを考えさせられる指摘でした。 さて、話が脇道に逸れてしまいましたが、「教誨師」というタイトルにある通り、教誨師として面接した多くの死刑囚たちの実話が出てきます。そして、幾度かの面接により死刑囚との間で信頼関係が築かれたゆえの驚きの事実や、教誨師としての悩みや苦しみも描かれています。 例えば、連続殺人で死刑判決を受けた死刑囚の話。 彼は一審で死刑判決を受けると弁護士が勧めるのにも関わらず控訴取り下げます。新聞などマスコミは深く反省しているからなどと報道しましたが、控訴を取り下げた理由について、本人は教誨師にこう告白しています。 「私はもう二度と外に出てはいけない人間なんです。外に出たら、私は必ずまた殺ります。自分の中から衝き上げてくる衝動を抑えられないのです。だから、私のような人間は死刑になるより道は無いんです。」 この死刑囚は2人を殺害し3人目に重傷を負わせたところで逮捕されたのですが、実はもう2人殺害していたことを教誨師にだけ告白します。1件は酒に酔って入浴していた女性の頭を押さえつけて溺死させたものの、酒に酔って誤って溺れた「事故」として処理され、もう1件は5歳の女の子の首をハサミの先で刺殺したものの、無関係な小学生の男の子が加害者とされ、その男の子と被害者との偶然な衝突による「過失事故」として処理されたということです。 驚きの告白を受けた教誨師であるこの僧侶は、この2件が果たして真実なのか確信が持てなかったこと、また教誨師に守秘義務が課せられたていたことから、口外することはなかったそうです。 そしてもうひとつは、20代で殺人を犯し、無期懲役で服役して仮釈放された後に、再び別の殺人事件を起こし、死刑判決が下された死刑囚の話。 実はこの死刑囚は12歳から少年院生活が始まり、その後は、刑務所を出たり入ったりで、人生の半分以上を刑務所で過ごした人物でした。 人格形成の背景としては、幼い時に親を失い孤児として育ち、小さい時から人間らしく扱われた記憶がなく、あらゆる関係性に絶望し孤立して、人を信じることのない内側の世界に閉じこもっていたという過去を持つ人物でした。 しかし、死刑囚として何度かこの僧侶の教誨を受けるようになり、ようやく、おそらく人生で初めて正面から向き合って会話ができるようになり、教誨師であるこの僧侶のことを慕うようになっていたそうです。 死刑執行は裁判で死刑判決が下されただけでは執行されず、法務大臣が死刑執行命令書にサインして初めて死刑が執行されるのですが、この山浦が死刑判決を受けた当時の法務大臣は田中伊三次という人で、10月下旬から11月上旬にかけて、何と27枚もの死刑執行命令書に一気にサインをしたそうです。それまでは、年に5人程度で推移していたということなので、いかに異常な多さであったのかということがわかります。 そんな時の、この死刑囚と教誨師との面談で、死刑囚が「あの田中とかいう大臣はとんでもない男ですね。いくら死刑囚だって、虫けらを殺すんじゃあるまいし、次から次へといくら何でもやりすぎです。」と言ったそうです。 それに対して教誨師は軽い気持ちでこう返したそうです。「まあ法務大臣もそれが仕事だからな、職務熱心なんだろうよ。」 そう言った途端、一瞬の沈黙があって、死刑囚はしばらく無言のままでいたが、急に立ち上がって、あっという間に部屋から出ていったそうです。 この死刑囚はその後、2度と教誨師との面接に来ることはなく、死刑執行の時も一切の教誨師の立ち会いを拒否して、独りで逝ったそうです。 この死刑囚にしてみたら、教誨師のたったひと言に、「この人は、本当は自分のことを全く分かっていない。死刑なんて他人事だと思っている。」と絶望したのだろうと、後に教誨師は振り返り後悔します。 教誨師としては、これまで人を信じたことのない男がようやく信頼してくれたのに、自分の軽率な言動で、死刑囚をたった独りで逝かせてしまったことを深く後悔したということでした。 読み終えて思ったことは、死刑執行は法で認められているとはいえ。明らかに「人殺し」であり、決して国民のためになること、あるいは国家のためになることとして、積極的に肯定されるべきことではないと思います。 従って死刑執行に立ち会う人たちは、誰も喜んでそれに携わっているわけではなく、死刑執行の生々しい場面も出て来ますが、殺す側も心に葛藤を抱きながら、みんな仕方なしにやっていることがわかります。それは、死刑というものがある限り、誰かがやらないといけないからです。 私自身、死刑の存在を否定あるいは反対するつもりはありませんし、被害者遺族の感情を思うと、命をもって罪を償うということは、ある意味でやむを得ないことかと思います。但し、死刑判決を下すには当然ながら極めて慎重であるべきと思います。 この作品に書かれた教誨師の告白を読むと、死刑囚と何度も繰り返し面談する中で、判決文には表れていない、犯行に至った背景や死刑囚の人柄が見えて来て、それが教誨師を苦しめることの多いことが分かりました。 現在の日本の制度では、立法府が作った法律に基づき、司法が死刑判決を下し、行政府(法務大臣)が死刑執行を決定する、ということになっていますが、死刑判決は人の命を奪う行為であること、ということを、考え方の中心に据えて慎重に運用して欲しいと切に思います。
本書を読み、死刑制度を、被害者、被告、教誨師、執行者と様々な角度から考えさせられる内容だった。 特に教誨師の苦悩は、これまで想像にも及ばないような内容で、改めて宗教の重みを感じた。また、死刑制度に関する歴史、日本の立場などを含め俯瞰して考える機会にもなった。死刑制度について是か否かは、わからないけれ...続きを読むど、まずは知ることが重要であることを認識した。
約50年、 死刑囚と対話を重ねて、 死刑執行にも立ち会い続けた教誨師の渡邉普相。 「わしが死んでから世に出してくださいの」 と言う約束のもと、 初めて語られた死刑の現場とは。 ずっと取材を拒み続けていた渡邉さんが、 著者にだけ話し、託したこと。 教誨師ってキリスト教のイメージがありましたが、 ...続きを読む様々な宗教家が担っていらっしゃるんですね。 渡邉さんの生い立ちや教誨師になるまでも描かれ、 死刑囚たちと対話を繰り返す日々が描かれています。 また、その死刑囚たちの執行にも立ち会う。 人が死ぬ瞬間に立ち会うことは、 とても生々しくて、重くて、圧倒されました。 だけど、それを人に語ったり吐露することは許されない。 自業自得もあるかもしれないけれど、 たくさんの「たられば」に、 ひとつも出会えなかったと言うか、 私が日常で見過ごしていたことは、 とても恵まれている、 運が良かったのかもしれないと思わされました。 私自身は仕事が忙しくて、過緊張が続いていて、 物語の世界に入りきれないけど、 本を読まないとストレスになるという状態で。笑 ガザの本を読んでから、 ノンフィクション読みたいな〜、 でも合うかわからないからなあ…、 それなら中古で安く買えないかな。 とネットで探してたんですが、 ノンフィクションて意外に送料入れると 新品と変わらない値段が多くて。 本書はそのなかでも手に取りやすい値段でしたが、 新品で買ってもよかったと思うぐらいの内容でした。
大変読み応えがあった。読み終えるのが惜しくて、時間をかけて読んだ。 私はこのように、罪深い人のために尽くせるだろうかとしんから考えさせられた。 正直、死刑囚の方々とはあまり接したくない。 忌まわしい印象がある。 生きていればどんな喜びもあったかもしれない被害者の人生を断ち切るという点で、殺人はあって...続きを読むはならないと思うからというのもある。遺族感情を思うと、死刑制度を廃止とまでは思えない。 しかし、この本に出てくる死刑囚たちは悪人ではあるが一人の人間であり、哀れな生い立ちさえなかったら真人間であったのではと何度も思わされた。 また、教誨師渡邊の人生にも心を抉られるような痛みを感じた。原爆で偶然が重なった末に生き残り、火傷や原爆症を患いながらも命からがら生き延びたが、途中で助けを求める被爆者を何人も見捨ててしまった。だからこそ、今度こそ見捨てないという信念で死刑囚たちと向かい合う。 しかし渡邊自身も、人間であった。何が原因かはわからないがアルコール依存症になり、入院までする。聖人のような人間の弱い一面。 そしてこの弱さが、死刑囚との距離を縮める。 私は、渡邊教誨師はつくづく素晴らしいと思う。 自分の弱さを客観的に見つめ、それを死刑囚たちに晒すのだ。もちろん、筆者にも。 私は、カッコ悪い自分は隠したい。ましてや、自分より道徳的に劣ると感じる死刑囚には出せやしない。 そこが、渡邊の素晴らしさ、凄みだ。 次のくだりも好きだ。 自殺などを防ぐため、執行の朝死刑を告げられるのが決まりだが、前日に教えてくださいと渡邊を信じて頼み込む死刑囚がいた。彼は家族に遺書を残したかったのだ。渡邊も彼の気持ちを汲み、承諾していた。しかし執行を前日に知らされたが、どうしても死刑囚を信じられず、また保身も考えて彼に告げなかった。彼の絶望やいかに。しかしこのような、きれいごとではないエピソードを余すところなく筆者にさらけ出した渡邊の人間性に、私は頭が下がった。 私は渡邊のようにはなれないが、それでも、罪を犯した人はもとより、自分の価値観で「下」と感じる人を、自分と同じ一人の人間として見直してみよう、と思わせてくれる一冊だった。
すごい話だった…。“死刑”が法の上で許容されているこの日本は、いわば“殺人”を合法的に犯すことを黙認しているんだと気付かされた。自分から遠い話だった死刑制度の実態が、とても近くに感じた。今まで、重罪を犯した犯罪者が極刑に処されることに対して何も疑問を持たず、その執行が多くの人の苦しみの上に成り立って...続きを読むいるなんて知らなかった。 なんて制度だろう。誰も幸せになれない。 どうしたらいいのか、今を生きている、無自覚にもこの制度の上で生きている私たちが考え続けないといけないんだと思った。
50年にわたって死刑囚と対話を重ねて刑の執行に立会いつづけた教誨師の僧侶の語りに基づくノンフィクション。興味本位で読み始めたが、死刑という刑事罰のあり方について考えさせられた。贖罪とは、犯罪者の人権とは、執行を決める人と立ち会う人の心のありようとは。執行の現場における生々しい描写も多く、「よってたか...続きを読むって人殺しをする」シーンをイメージすると読み進めるのも苦しかった。語り手や死刑囚、死刑執行に携わるすべての人に敬意や配慮が感じられて、取材が丁寧で信頼できると感じた。
すごかった。 軽率にに死刑制度は賛成か、反対か、なんて答えられない。浄土真宗の悪人正機説、「善人が救われるのであるから、悪人であればなおさらだ」というフレーズが初めはよく分からなかったが、全部読み終わった後なんとなく理解した。 遺族はもちろん、加害者も執行側も教誨師も、一人一人が重いものを背負ってい...続きを読むる感じがやりきれなかった。
柚月裕子さんの「教誨」という作品の参考文献として挙がっていた本のひとつ。作者のあとがき、法科大学院の先生の解説までとても読み応えがある。 印象に残ったフレーズが12もあって、文字起こしするのも一苦労。教養本として間違いなく読んでよかったと思えた作品でした。
死刑囚と対話を重ね、その最期にも立ち会う、「教誨師」という存在。本書は筆者が一人の教誨師の人生を辿ることによって「死刑とは何か」「人を裁くとは何か」についてという根源的な問いを突きつけてくるものです。 僕が本書を読むきっかけとなったのは『AERA』の2014年3月10日号にて、僕が敬愛する作...続きを読む家の佐藤優氏が取り上げていたからでありました。 28歳から死刑囚と対話し、寄り添い、その外語にも立ち会う「教誨師」(きょうかいし)という仕事を戦後半世紀にわたって続け、いまだ日本の中に厳然として存在する「死刑制度」というものが持つ矛盾を一身に背負いながらその生涯を貫いた僧侶、渡邉普相師(1931~2012年)より、筆者の堀川恵子氏が、聞き取ったものをまとめたのが本書であります。 出版するに当たり、堀川氏は渡邉師とひとつの「約束」を交わしており、それは 「この話は、わしが死んでから世に出してくださいの」 ということで、その約束が交わされたのは2010年のことだそうです。 2012年に渡邉師が他界し、本書は発刊されることになって、僕もこうして手にとって読み、感想をこうしてしたためているわけですが、いやはや…。ここに書かれてあるのは一人の宗教者が背負った『死刑制度』という重い「闇」の部分であり、それは渡邉師のみならず、刑務官を始めとする死刑執行に携わる人間たちにもまた、心の中に深い傷を抱え、懊悩しているのだ、ということでありました。 広島県の代々続く寺で生まれ育った渡邉師は8月6日の原爆投下の際に九死に一生を得て、龍谷大学に進学します。そこで渡邉師は花街で春を鬻ぐ女性達と出会い、そのうちの一人に心を寄せるわけでありますが、それがきっかけで彼女達を何とか救おうとするも結局かなわず、ほろ苦い思い出を抱えたまま教員生活を経て26歳のときに「婿入り」という形で東京の寺の女性と結婚し、上京を果たすのです。 そこで出会ったのが、後に渡邉師を教誨師への道へと誘う篠田龍雄(りゅうゆう)師であり、渡邉師は篠田師に手を引かれる形で教誨師としての歩みを進めていくのでした。 それは壮絶の一言であり、数多くの死刑囚と対話を重ね、時には茶を飲んでは雑談ばかりして帰る死刑囚に苛立ったり、生まれてから収監されるまで字の読み書きが全く出来ない死刑囚には字を教えるなどして、彼らと対話を重ねていくわけですが、やがて、彼らとの「別れ」。即ち死刑の執行に立ち会う場面は、本当に強烈な印象を残すものでした。 ここで少し話はずれますが、僕は幼少時、在りし日の祖父と共に観た映画のひとつに『東京裁判』というドキュメンタリー映画があり、その中では絞首刑となった「戦犯」たちの処刑の様子が映し出されており、ガターーーン!!という音と共に上から吊り下げられ、その後には2度、3度とブラーン、ブラーンとゆれる様子は、この文章を書いている現在でもありありと脳裏に思い浮かべることが出来、本書を読んでいると死刑囚の最期にはこのときの映像が思い出されるのでした。 先述した死刑執行の際の精神的なダメージは、死刑を執行する刑務官たちの心の中にも蓄積され、あくまでも「仕事」として機械的に死刑を執り行わなければならない側の人間と、 「一瞬でも長く生きたい」 と願う人間としての本能をさまざまな形で発露する死刑囚たちとの思いが交錯する瞬間を、本書では淡々と、感情を交えずに描いており、それが逆に重いものを僕の胸に投げつけるのでした。 渡邉師もまた、心の負荷に耐え切れなくなり、晩年は重度のアルコール依存症に苦しむことになるのですが、渡邉師はそれを入院治療などによって克服する様子は、「澱」のようなものが長い年月をかけて渡邉師の心の中に溜まっていったのかを偲ばせるものでした。 かなり重い内容ではございますが、 「Memento mori. Memento vitae. (死を忘るな。生を想え)」 というこの言葉をこれほど深く感じさせるものも他になく、「死刑制度」というものが持つ「矛盾」を我々の前に突きつけてくる一冊です。 ※追記 本書は2018年4月13日、講談社より『教誨師 (講談社文庫 ほ 41-5)』として文庫化されました。
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