酒井隆史のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
原著2018年。ブルシット・ジョブ(クソどうでもいい仕事)という言葉が世の中に定着してだいぶ経つ筈だが、まとまった考察は初めて読んだ。
その通り!と溜飲が下がる話が半分、そんな筈ない、と反発を感じる話が半分、といった感じ。
99人が食糧生産に励んで残り1名の王を喰わせる体制から、1人の農家の働きで残り99人が喰える体制に変化すれば、その99人がやっている「仕事」は、「本来なくても良い仕事」のようでもあり、それこそが「人間らしい」仕事のようでもあり、ひとによって評価は様々だろう。
何をして喰っているのかよく分からない人だらけ、という状況は、何千年も前の「都市文明」から、たぶん変わってない筈だと思う。王侯貴族のための工芸品だって、手間暇が掛かっている=権勢を示すお手伝い、という側面ではブルシットだし、掛けた手間が美しく形として残る、という側面では、芸術でもあり、大概の人間の活動は、ブルシット的なものと非ブルシット的なものの混合系なのだろうと思う。
ブルシット・ジョブの実例として登場する話は、いずれも気が滅入るような話が多く、「そんな仕事は辞めてしまったら?」とも思うが、生活防衛のためとは言え、「続けてもいい」と思える程度なのであれば、しのごの言わずに、目の前の仕事に誠実に向き合えばいいのでは?と思ってしまう。
本作の著者は、アナーキストのようで、秩序を重んじる年齢になって読むには、少々極論が鼻についた。
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Posted by ブクログ
この社会にはブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事――が山のように存在しており、しかも増加しているようにも見える。ブルシット・ジョブとは「完璧に無意味で、不必要で、有害でもある」仕事のことで、携わる当人は「そうではないと取り繕わなければならない」と感じる。それ自体に社会的な価値があり、生産的な仕事であるリアルジョブと対比される概念だ。
本書は大きく二つの疑問に焦点を当てる。一つ目は、多数のブルシット・ジョブが存在し、多くの人がそうした仕事に就いているのはなぜか? 二つ目は、ブルシット・ジョブよりもリアルジョブの賃金が低いのはなぜか?
二番目の問いに対し、著者が答えとして挙げるのは、ブルシット・ジョブに就く人びとがリアルジョブに就く人びとに対して抱く反感や怒りである。自分の仕事にはない「意義」を持つ相手に対する嫉妬といってもよいだろう。また、「労働は苦痛を伴うべき」とする西洋の宗教・神話に根差した価値観も見過ごせない。ブルシット・ジョブはそれ自体が苦痛なのだが、社会的な価値を持つリアルジョブにはそうした苦痛がない。だから、そのかわりに金銭的な報酬を取り上げ、苦痛を与えるべきだ、というわけである。
一番目の問いに対し、著者は主に三つの答えを用意している。(1) FIRE(金融・保険・不動産)部門の拡大という産業構造の変化。(2)「雇用創出」を至上命題とする政治文化。(3)ケアリング労働の価値を数量化しようとした結果。ただし、二番目の問いと比べると、こちらの議論はさほど成功していないように見える。
FIRE部門の拡大を数値で示しただけで、それをブルシット・ジョブの増加の原因と断定はできないし、FIRE部門が引き起こした不始末が多くのブルシット・ジョブを生み出した事実も、ブルシット・ジョブの存在を部分的に説明できるだけだろう。(2)や(3)も同様だ。合わせ技としても、著者が提示する答えは不十分だと感じる。
最後に、本書はブルシット・ジョブを消し去る(減らす)ための解決策を提案している。労働時間の大幅な削減、普遍的ベーシックインカムがそれだ。だが、具体的な方策についての議論はない。ベーシックインカムの在り方を論じた文献は多いので、それらに当たればよいということかもしれない。
本書は、著者がウェブマガジンで公表した「ブルシット・ジョブ現象について」と題する論考が土台となっている。その論考は序章に引用されている。正直なところ、本書のエッセンスはその論考にまとまっており、分厚い書籍を一冊読む意味があるのかが疑問に思えるほどだ。ブルシット・ジョブとリアルジョブの賃金差の原因を西洋神話に求める議論などは、人類学者としての著者の面目躍如で、個人的には面白かった。だが、『銀河ヒッチハイクガイド』への言及など、本気とも冗談ともつかない議論を始め、あまり意味のないような挿入や議論の繰り返しも多い。
本書に収録された生の声、ブルシット・ジョブの「証言」には興味深いものも含まれている。だが、これも「そういう仕事もあるのね」と感じさせる以上のものではない。
テーマは十分に興味深いので、論点を整理したコンパクトな書籍としてまとめられていればよかったと思う。 -
Posted by ブクログ
5章を読んで、あ、これレントシーキングの話だ、と理解できるかどうかが分かれ目だと思う。
4章までは労働疎外論の変奏で、ここまではよくある話題。
本書の中で、最も重要でかついちばん面白いのは、その後の5章にある。
ここで、ブルシットジョブが生まれるのはレントシーキングによることが明らかにされ、議論の眺望が一気に開ける。
論理展開が非常に回りくどくて明確な言及もないため、レントシーキングだと分かりにくい面はある。
とはいえ、ところどころ「レント」の語は用いられていて、きちんと読んでさえいればわかることではある。
しかし、書評の多くでは4章までしか言及されていないし、5章に言及したとしても軽く触れている程度。
帯に寄せられている推薦文も同様で、おそらくほとんどの評者は5章以降を読めていない。
とはいえ、そこを理解しないことには本書の意義は半減以下だと思うし、それならあの長い本をわざわざ読む必要もないんじゃないかと思う。 -
Posted by ブクログ
人類学者デヴィッドクレーバーが書いた「ブルシットジョブ」という本を翻訳した訳者の一人が書いた本。原著をより分かりやすくしたとのことだけれど、それでも正直難しかった。
19世紀ごろ、未来は4時間労働かつ週4勤務になると描かれていたのに、そうなっていないし、むしろ人々は働きすぎて押しつぶされている。それは、「不要な仕事」があるからでは?という問題意識から考え始めた本。
ブルシットジョブの分類や変遷、ではどうすれば?みたいなことが書かれていた。
でも結局は「働く」って何だろうみたいなところに戻ってくるような気がした。仕事が社会的に価値を持っている、人間は何か仕事を与えられないとどんどん怠ける生き物、この前提を見直すことも必要なのかな、と思ったり。
以下メモ
ブルシットジョブ:被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど完璧に無意味で不必要で有害である雇用の形態。とはいえ、その雇用条件の一環として、被雇用者はそうでないととりつくろわなければならないと感じている。(働いているフリをしないといけない)
分類:
①取り巻き(腰巾着的な)
②脅し屋(その仕事が脅迫的な要素を持っている 例:企業弁護士、広報専門家)
③尻ぬぐい(組織の中に欠陥 例:無能な上司 があるためその仕事が存在する)
④書類穴埋め人(例:ケアホームの職員が利用者と面談し、利用者の意向調査票を作成する。が、その書類は保存されるだけで使われることはない)
⑤タスクマスター(不要な上司、不要な仕事を作り出す上司)
前提として、仕事は何かの役に立つ、社会的価値があるという価値観があり、ブルシットジョブをしている人は、その無目的な仕事、仕事をしているフリをしなければならない無意味さに苦しさを感じる。
ただ、それは他人からはぜいたくな悩みに思われる。
(いい給料をもらっているんだから、それくらい我慢しなよ、的な)
なぜ、雇用側はブルシットジョブをやらせようとするのか
資本家は労働者を自由にさせない、管理したい賃金労働制。(お前の時間はオレのもの)例えすることがなくても、働いていないといけない。そのための、仕事のための仕事。
ネオリベラリズム(新自由主義:国ではなく民間の市場原理に任せる)は会計文化、格付け文化でブルシットジョブを増やしている。
必要な労働とは⇒エッセンシャルワーカー
だけどエッセンシャルワーカーは割に合わない仕事。社会的価値と市場価値が乖離している。有用な仕事をしている人への反感。(やりがいがあるんだから給料くらい我慢しろよ、的な)
どうすればブルシットジョブから脱出できるか
⇒普遍的ベーシックインカム:所得の高低にかかわらず、無条件に所得保障を行う。
十分に生活可能なだけの所得保障が与えられるなら、BSJは誰もやりたがらず賃金率が上がる。すると経営者はそこに人をあてがうのではなく、自動化を目指す。
一方で、エッセンシャルワークの賃金はゼロまで低下する。ベーシックインカムが基本的ニーズを供給しているなら人は無償でもそれを行う。市場化されていた多くの生産やサービスは人々が自由な時間で行う活動で行われる。
最後のベーシックインカムの話は、ちょっとイメージ難しい世界観だった。そんなにうまくいくのかな?と思ったり。 -
Posted by ブクログ
分野、業種、業界、風土、風俗、全ての組織には、本著が述べている「無意味な仕事(ブルシット・ジョブ)」は昔から存在している。資本主義の考えが入り、近代的で誰もが生産性を追求するように時代が動き、より顕となった。未来においても存在しているだろう。
こうして、私たちは現代文明という資本主義の恩恵を意識せずとも受けている。そうした競争社会では様々な職種や働き方が増えている。今までもこれからも未来でも数年後先に新しい仕事が存在して、今までの仕事は消えていくのが繰り返されていくのだろう。
私たちは、文明に生物として追いついていない。
無駄な仕事は確かに存在し、組織の癌となり、組織から会社、国、世界に至るまで冒されていく。私たちは「なぜその無駄な仕事」を組織(全ての)は放置しているのか、なぜ改善しないのか、疑問を持ち、働きかける必要があるだろう。
個人で会社や国や社会全体をいっぺんに全てを変えることは不可能だ。だが、時代の全体を見ながら少しづつ改善して前に進むことは個人でも可能だ。
意識が変われば行動が変わるのだ。 -
Posted by ブクログ
オーディブルで聴いた。
世の中の何の役に立ってもいない無意味な仕事=ブルシットジョブについて扱った本。
題材は面白いけど、長いし話がよく脱線したりするから聞き逃してもそのまま聴き続けた。
うちの上司は典型的なタスクマスター、無意味な仕事をいちいち振ってくるブルシットジョブ生成機。そして自分もそんな無意味な仕事をこなすブルシットジョブ。
自分に振られた仕事がいかに無意味であるかを上司に理解させるより、仕事を終わらせる方が早いから無意味な仕事が生成され続ける悪循環。上司を説得できるとも思えないし、説得できなかった時のリスクもある。
「自分の仕事が無意味であると思いながら仕事をすることは、ちゃんとした給料を貰っても辛いもの」ってのはまさにその通り。 -
Posted by ブクログ
グレーバーの著書を説明したものなので、筆者の解釈込みで読んでいる制約があることを意識して読んだ。
ケアを含むエッセンシャルワークの価値を、愛や心情に結びつけて価格化しづらい社会環境について、また、いかに管理が管理を呼び、本当はなくても良い仕事を生み出しているのか、改めて感じた。
津野さんのパワハラ上司を科学すると併せて、管理職以上の人は一度読むと良いと思う。多くの若手がどうでもいい書類に追われて疲れてしまっていることにも目を向けられるのでは。
一つ一つの文章に疑問を挟もうとするのではなく、俯瞰して読むと良い本。まぁどんな本でもそうかもしれないけど。 -
Posted by ブクログ
ブルシット・ジョブ=クソどうでもよい仕事が増えている。交通違反を待ち構える警官、スキャンダルを大問題として長々と扱うマスコミ、申込書に押されたハンコが本人のものか印鑑証明書で確認する銀行、、ちょっと見渡しただけで失くなっても何の影響もない、むしろ有害にすらなっている仕事が溢れている。
問題なのは、エッセンシャルワークと呼ばれる現場に近いブルーカラーの仕事(=シット・ジョブ)の給与水準が低く、長々と結論の出ない会議や書類を作成する作業に時間を費やすホワイトカラーの方が経済的に恵まれていることだ。当然、現場の方がやりがいを感じられる一方で搾取のような構造が常態化している異常な社会なのだ。
個人的にも、大学で働いた時にブルシット・ジョブの多さに辟易とした。本来的な価値創造である教育や研究に割く時間は半分以下であり、参加するだけの仏像になる会議、現場をまったく分かっていない上層部に説明するための資料作成、文科省のご機嫌を伺いながら都合よく解釈する目標設定、、最後の方はブチ切れ気味でこれらのクソ仕事を放棄した。
刑務所においてもっとも過酷な刑罰とは、何のためにやっているのか分からない作業である。穴を掘ってまた埋める、右から左に移したらまた左から右に移すといった、成果のない仕事をさせることで人間の精神は病んでいくことは実証されている。給与は高いけど社会の役に立っているのか分からない仕事は、まさにそんな状況なのだろう。そんな社会を何と呼ぶのか、"地獄"だ。