山口路子のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
・探すのではない。発見するのだ。
・何か言いたいことがあったら、いつでもこう言うべきだと感じた通りに言ってきた。
モチーフが異なれば、いつだって違う表現法が要求されるのは当然のことだ。
・自分のファンになったら終わりだ。いつまでも、何かを成し続けてゆきたいと思うなら、自分自身をも否定しなければならない。
・誰かを選ぶということは、ある意味、ほかの誰かを殺すことだ。
だから、誰かをえらぶときには、外科医の、殺人者の勇気を持たなければならない。
そして同時に、罪悪感をも引き受けなければならない。
・二人の間の出来事は、ただ二人がそれを望むから起こる。
そうあるべきだ。
・問題はその人間が -
Posted by ブクログ
・印象的だった言葉、「はじめに」のココ・シャネルの人生
36ページ:欠点は魅力のひとつになるのに、みんな隠すことばかり考える。欠点をうまく使いこなせばいい。これさえ上手く行けばなんだって可能になる。
・選んだ理由
まず、欠点を個性と捉え、魅力に変えるというシャネルの心意気に心打たれました。私自身、欠点は隠すものという固定概念があり、真逆の考えだったので印象的な言葉でした。
・本書や読書会を通じてどんな自分になりたいと思ったか
本書にあるように、かけがえのない人間になりたいと思いました。その為には、自分をしっかり持ち、それが周りと違っていることだったとしても、軸をぶらさないで生きていきたいと -
Posted by ブクログ
2024/02/03 読破
一言:「愛情」と「家庭」を重んじたオードリー・ヘップバーンの人となりを感じることができる
感想
ローマの休日を見てファンになりました。そんな方がどのような考えを持って生きていたか興味深く読み始めて、「愛情」に飢えた1人の女性であることを学びました。言葉や信念には「愛情」が読み取れました。考え方はミニマリズムでもありますね。
下記は印象に残った点です。
p88
「与えられたことができるようなふり」を
一度もしたことはありません
→等身大の自分でいるというスタイルを貫いた
p149⭐︎
「大きくなったとき、きっと、自分にも二つの手があることを発見するだろう。ひ -
Posted by ブクログ
言葉シリーズで一番気に入った一冊。
男勝りな部分が多い私と対極に立つであろうマリリンの考えや人生観に触れられた。
女性らしい女性には同性からの嫉妬が付き物。
それは彼女(マリリンだけではない女らしい女姓)たちにどこか羨ましさを感じているからだと思う。
隣の芝生は青い。隣の花は赤い。
このようなことわざからも人は他人を羨ましがるのが常。そのような中で、理解まではできなくとも知るということがまず大切なのではないかと思った。
世紀のセックスシンボル、マリリンでも自分に自信があるわけじゃなかったんだ。とハッとさせられた。
また、その自信のなさまでもが男たちを魅了してやまなかったという皮肉... -
Posted by ブクログ
どこまでいっても強い女性は最高に素敵。
男女問わず、その在り方に魅了されること間違いない。
厳選したはずが、ドッグイヤーは11個になってしまった。
【語録集】
⚫︎醜さは許せるけど、だらしなさは絶対許せない。
自らの影響範囲への「緊張感ゼロ」に対しては強く軽蔑されていた。
⚫︎メイクは、ほかの人のためにするのではなく、自分のため。
誰よりも自分のため、自分の気持ちを高めるために。
⚫︎シンプルで、着心地がよく、無駄がない。
シャネルスタイルの基本中の基本。
シャネルの服の素晴らしさはフィッティングにあり。服の着心地がよければよいほど、それを着る女性がエレガントに見えるという信念から。
-
Posted by ブクログ
638
山口路子
1966年5月2日生まれ。作家。2015年より新たなライフワークとして、朗読と音楽のコラボレーション『語りと歌のコンサート』と、会話によって人生に潤いを与える『山口路子のミューズサロン』
オードリーの両親は離婚していて、彼女自身、その不幸を存分に味わっていたので、自分自身の結婚には慎重だったのです。 婚約解消は、オードリーの人生を激変させることになる『ローマの休日』公開直前の出来事。 穏やかな別れで、ふたりの間には友情が残りました。
オードリーが特に気に入った庭のひとつは日本、京都の西芳寺(苔寺)。西芳寺の撮影でオードリーは私的な想いを 綴りました。 「この庭 -
Posted by ブクログ
子供のころ、スクリーンや、ロードショーといった映画雑誌を飾った大女優、オードリー・ヘップバーン 映画の記事で、どんな人なんだろうとおもった記憶があります。
ドイツ占領下のオランダでのレジスタンス、そして、二度の結婚と、離婚、1つ1つの映画に全力を尽くすこと、細部に細心の注意を払うこと、彼女のエピソードは、あまりにも、痛く、そして切ないものでした。
途中、アンネフランクの話がでてきます。同い年で、しかも、同じオランダ。アンネは亡くなり、オードリーは生きのびた。
アンネの日記の映画化の話があったそうですが、彼女はどうしても引き受けることができなかったとあります。
ナチスに共鳴して母と彼女を捨