河合祥一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
★★★★ 何度も読みたい
イタリアで商人として大成していた主人公は、友人の恋に力を貸すため、ユダヤ人の高利貸しから、期日までに返金できなければ体のどこからでも1ポンド肉をとっていいという条件で借金をした。しかし彼の船は沈没し、返すあてがなくなってしまった。期日を迎え、裁判にかけられた結果は…?という話。裏表紙の悲喜劇というのがどんな内容を指すのか分からず、終盤までハラハラしながら読んでいたが、すっきりとした後味でよかった。
裁判での『博士』の答弁は圧巻だった。原告に歩み寄るようでありながら、その論理をもって論破するという美しいやり方だった。あのシーンだけでも人に勧める価値があると思う。一方で、そこが素晴らしかったからこそ、報酬の要求は試し行動のようで、キャラクターとして一貫していないような印象を受けた。
悪役はユダヤ人であり、時代背景として完全悪として扱うのかと思っていた。しかし完全に主人公側についている裁判官の公爵に対する反駁には、ユダヤ人だからといって血肉の通わない舞台装置ではなく、キリスト教徒の暴虐への反発も併せ持ったキャラクターとして描かれているのかと感心した。しかし、訳者あとがきを読む限り、原典には無かった要素らしい。
『マクベス』を読んでからこの訳者の訳でシェイクスピアがまた読みたいと思い、手に取ったが、今回も非常に楽しめた。『ヴェニスの商人』にはユダヤへの差別が含まれている。主人公を単に善とすべきか、かといって殺人に走ろうとした高利貸しを善としてよいのか、一読しただけではなかなか言語化が難しい、過剰に贔屓される主人公や過剰に痛めつけられる敵役へのもやもやが納得できる形で提示されている。あとがきや解説にはがっかりさせられることもあるが、本作はぜひ最後まで読んでほしい。 -
Posted by ブクログ
読書備忘録986号。
★★★★。
シェイクスピアに敬意を表して★4つ。
普通に町田そのこ作品と比べたら★2つかな。
マクベスです。
読みやすさで定評のある角川さんの新訳版を選びました。
正式な作品名は「確定のマクベス」です。未必ではなく確定です。
ウソです。ウソ。
2026年のベスト候補「未必のマクベス」の後学習として原典を読みました。
王の忠実で優秀なしもべであるマクベスが3人の魔女に唆され、夫人に煽られて道を踏み外し身を破滅していくという悲劇。
シェイクスピアの4大悲劇。このマクベスはマクベス本人の悲劇なんだろうか?
作中ダンカン王の息子マルカムと、王のしもべたる貴族、マクダフの会話。
「際限のない情欲は人間らしさを踏み躙る暴君」
「王が没落し王座がカラになった」
「そこに情欲が起きて争いが」
「一度権力を手に入れると周りが全て信じられなくなり悲劇が起きる」
その繰り返しだと。
そうすると、そもそも論の悲劇とは人間が情欲を持ったこと!という感じにも読める。
魔女が言う。「女から生まれた者にはマクベスは倒せぬ。」
マクベスを討ち取るマクダフは帝王切開だったようですが、女から生まれていますね。「未必のマクベス」ではより正確に、女の股から生まれた者には・・・、という表現にしていた。
魔女が言う。「マクベスは決して滅びぬ、広大なバーナムの森が、高いダンシネーンの丘に向かってくるまでは。」
マクベス討伐隊は、バーナムの森の木の枝を迷彩にして王宮に迫る。まるで森が動いているように。
ふむふむ。
読むことが目的であった読書なので150pくらいでホッとした。これが500pだったらやばかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ2008年野村萬斎氏演出リーディングのための翻訳だそうで 確かにリズム感あるセリフ
下に注釈があるタイプで 舞台の動きの説明もあったりして 舞台の様子が想像できる
マクダフ夫人の息子のセリフ
シェイクスピアの人生に何があった!?
「誓いをたてる人も嘘つきも馬鹿だね だって誓いをたてる人も嘘つきもたくさんいるから みんなで正直な人をやっつけて縛り首にすればいい」
そして相変わらずマルカムのセリフ 矛盾してないか!?「だが 僕の淫蕩ぶりは底なしだ…僕はまだ女をしらぬ」
マクベス夫人が夢遊病となっているシーンの「何というため息だ」とされる
「ああ ああ ああ」はどう演じられるのだろう?気になる
注釈に有名なトモロースピーチ とあって No.6に出るシーンはこれかな?と気付く
あさのあつこ氏が参照したのは誰の翻訳だったのだろう?
今は情報量や過去作も多いので 共通した概念や言い回しはあるけれど
当時は舞台のセリフの一つ一つが新鮮だったろうなぁ。。
「明日 また明日 そしてまた明日と
記録される人生最後の瞬間を目指して(←最後の審判の事)
時はとぼとぼと毎日歩みを刻んで行く
そして昨日という日々は 阿呆どもが死に至る塵の道を
照らし出したにすぎぬ 消えろ 消えろ 束の間の灯火!
人生は歩く影法師 哀れな役者だ
出番の間は大見得切って騒ぎ立てるが
その後は ぱったり沙汰止み 音もない
白痴の語る物語 何やら喚き立ててはいるが
何の意味もありはしない」 -
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現代に響く「美」と「秘匿」の呪い
オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を読み終えた。まず心に残ったのは主人公ドリアンが世間の規範を脱ぎ捨て、自らの美学と快楽に忠実に生きる姿に見出した「清々しさ」だった。他者の視線や道徳に縛られず、己の欲求を最優先するその生き方はある種の解放感に満ちている。しかし、その清々しさの裏側には、ヘンリー卿という甘美な言葉を操る大人によってかけられた「若さと美への執着」という重い呪いが横たわっていた。
ドリアンが堕落の道を突き進めたのは自分の罪をすべて引き受けてくれる「肖像画」という身代わりがいたからに他ならない。もし肖像画がなければ彼はここまで大胆にはなれなかっただろう。しかし同時に、たとえ肖像画がなくても、老いや醜さを恐れる彼は今の社会でも見られるような「自暴自棄な生き方」を選んでいたかもしれないとも感じる。
現代を生きる私たちもまた、ドリアンと地続きの場所にいる。彼が恐れたのは「自己の劣化」そのものだったけれども現代社会においては「他者と比較だ。もしくは「他者から見て若いか、美しいか」という方向に呪いの形が変わっただけではないだろうか。
エイジズムやルッキズムという言葉で語られる今の社会の閉塞感は、ドリアンを狂わせた呪いと本質的な強さにおいて何ら変わりはないように思える。
また、ドリアンが肖像画を屋根裏に隠してまで必死に秘匿しようとしたその異様なまでの執着は、当時の同性愛者たちが置かれていた”クローゼット”として生きることの過酷さを物語っている。彼にとっての肖像画は社会から決して許されない「真の自己」の象徴でもある。自分の快楽を優先したいという個人的な欲望と、それが社会的に「罪」とされてしまう構造。その板挟みのなかで罪悪感に削られながら証拠(肖像画)を消し去ろうとした彼の最期は単なる自業自得ではなく、時代が生んだ悲劇としての側面も持っている。
ドリアンほどの度胸も肖像画という魔法の鏡も持たない私ではあるが、自分の中にある快楽への渇望や、老いへの微かな恐怖を突きつけられた気がする。この物語は19世紀末の退廃的な幻想譚でありながら、今なお「美」という呪いに揺さぶられる私たちへの鋭い鏡として存在し続けている。 -
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鏡の国のアリス は、ハンプティダンプティが
おなじみなのかな??
アリスは実在の人物なのは皆さんご存知と
思うのですが、アリスの豊かな感性に
ルイス・キャロルの言葉遊びなどが織り込まれて
いるので、本当なら原文で読んだ方がアリスの
世界観がつたわるのだけれども、河合さんの
翻訳は、日本語訳でも言葉遊びの面白さを
伝えているので、大人が読んでじゅうぶん楽しめる
作品になってますよ♪
鏡の国のアリスは、ルイス・キャロルがアリスの
母親から、『アリスには会わないで』 と言われ、
会えなくなった寂しさからの思いも伝わって
くるので、そうしたルイス・キャロルの
心情の変化も楽しめる♪
いつどんな時に読んでも、新しいアリスの
世界観が広がって、楽しめます♪ -
Posted by ブクログ
アリスの世界に迷い込んできました♪
アリス
『台所にはコショウなんて絶対置かないことにするわ。
スープはコショウがらなくたってじゅうぶんおいしいし―たぶん、人がぴりぴりしてしまうのは、いつだってコショウのせいよ。』
ワタシ
『そうね!!
日本人は、ワサビを食べるからツンツンしやすいのかしら??(人見知りさんが多いのかしら??)
きっとそうよね。
ワサビをたべるとツーーーーーンとするものね!!』
さあ!! アリスはどう返してくれるかな??
なぁんて、想像(妄想)しながら読んでいくのが大好きな『不思議の国のアリス』
もぉ、何十回読んだかな??
毎回不思議な発見があって楽しい♪
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ポーの傑作選は岩波少年文庫から出ているものを読んだことがありますが、某有名カードゲームの元ネタである『早すぎた埋葬』が読みたくて購入。
既読の作品も多かったので、訳の違いも楽しみながら読み進めました。
うーん、やっぱり『赤き死の仮面』と『アッシャー家の崩壊』が大好きなんですよね〜。このゴリゴリのゴシック調の雰囲気、たまりません。
楽しみにしていた『早すぎた埋葬』はというと、本書の中で唯一(?)笑ってしまう話で、なんだか意外でした。いや本人は真剣だから笑っては悪いのですが……。
でも、当時普通にあった”早すぎた埋葬”を防ぐための「安全棺」や「生き埋め防止協会」が出てくると、どうしても、ね( ˊᵕˋ ;)
しかし、なすすべもなく生き埋めにされてしまうことの絶望感、恐怖、無力感への衝撃がそれだけ大きかったということですよね。たしか『ボーン・コレクター』でも埋められそうになってたなぁ……。
本書にはポーの詩人としての一面も堪能できる作品もいくつか収められています。
もちろん原語は英語なのですが、訳者である河合祥一郎氏の並々ならぬ努力とこだわりを感じることができました。
ポーを一躍時の人とした『大鴉』なんて、実際は英語で発音するからこそ凄さがわかるだろうに、日本語でもそれを追体験できるのだからすごい。さらに、巻末の解説ではオススメの音源まで紹介してくださっています。
そう、本書の特徴は河合氏による80ページに及ぶ”ポー解説”といっても過言ではないと思います。
ポーが何にインスピレーションを受けてそれぞれの作品を生み出したのか、そして彼自身の数奇としか呼べない人生……。実に読み応えがありました。
角川からは「怪奇ミステリー編」と題した続刊も出版されていますので、これも機会を捉えて読んでみたいなと思います。
怖い話は苦手だけど、ゴシックホラーにはなぜか惹かれるんですよね、ふしぎ。