河合祥一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ2008年野村萬斎氏演出リーディングのための翻訳だそうで 確かにリズム感あるセリフ
下に注釈があるタイプで 舞台の動きの説明もあったりして 舞台の様子が想像できる
マクダフ夫人の息子のセリフ
シェイクスピアの人生に何があった!?
「誓いをたてる人も嘘つきも馬鹿だね だって誓いをたてる人も嘘つきもたくさんいるから みんなで正直な人をやっつけて縛り首にすればいい」
そして相変わらずマルカムのセリフ 矛盾してないか!?「だが 僕の淫蕩ぶりは底なしだ…僕はまだ女をしらぬ」
マクベス夫人が夢遊病となっているシーンの「何というため息だ」とされる
「ああ ああ ああ」はどう演じられるのだろう?気になる
注釈に有名なトモロースピーチ とあって No.6に出るシーンはこれかな?と気付く
あさのあつこ氏が参照したのは誰の翻訳だったのだろう?
今は情報量や過去作も多いので 共通した概念や言い回しはあるけれど
当時は舞台のセリフの一つ一つが新鮮だったろうなぁ。。
「明日 また明日 そしてまた明日と
記録される人生最後の瞬間を目指して(←最後の審判の事)
時はとぼとぼと毎日歩みを刻んで行く
そして昨日という日々は 阿呆どもが死に至る塵の道を
照らし出したにすぎぬ 消えろ 消えろ 束の間の灯火!
人生は歩く影法師 哀れな役者だ
出番の間は大見得切って騒ぎ立てるが
その後は ぱったり沙汰止み 音もない
白痴の語る物語 何やら喚き立ててはいるが
何の意味もありはしない」 -
Posted by ブクログ
現代に響く「美」と「秘匿」の呪い
オスカー・ワイルドの『ドリアン・グレイの肖像』を読み終えた。まず心に残ったのは主人公ドリアンが世間の規範を脱ぎ捨て、自らの美学と快楽に忠実に生きる姿に見出した「清々しさ」だった。他者の視線や道徳に縛られず、己の欲求を最優先するその生き方はある種の解放感に満ちている。しかし、その清々しさの裏側には、ヘンリー卿という甘美な言葉を操る大人によってかけられた「若さと美への執着」という重い呪いが横たわっていた。
ドリアンが堕落の道を突き進めたのは自分の罪をすべて引き受けてくれる「肖像画」という身代わりがいたからに他ならない。もし肖像画がなければ彼はここまで大胆にはなれなかっただろう。しかし同時に、たとえ肖像画がなくても、老いや醜さを恐れる彼は今の社会でも見られるような「自暴自棄な生き方」を選んでいたかもしれないとも感じる。
現代を生きる私たちもまた、ドリアンと地続きの場所にいる。彼が恐れたのは「自己の劣化」そのものだったけれども現代社会においては「他者と比較だ。もしくは「他者から見て若いか、美しいか」という方向に呪いの形が変わっただけではないだろうか。
エイジズムやルッキズムという言葉で語られる今の社会の閉塞感は、ドリアンを狂わせた呪いと本質的な強さにおいて何ら変わりはないように思える。
また、ドリアンが肖像画を屋根裏に隠してまで必死に秘匿しようとしたその異様なまでの執着は、当時の同性愛者たちが置かれていた”クローゼット”として生きることの過酷さを物語っている。彼にとっての肖像画は社会から決して許されない「真の自己」の象徴でもある。自分の快楽を優先したいという個人的な欲望と、それが社会的に「罪」とされてしまう構造。その板挟みのなかで罪悪感に削られながら証拠(肖像画)を消し去ろうとした彼の最期は単なる自業自得ではなく、時代が生んだ悲劇としての側面も持っている。
ドリアンほどの度胸も肖像画という魔法の鏡も持たない私ではあるが、自分の中にある快楽への渇望や、老いへの微かな恐怖を突きつけられた気がする。この物語は19世紀末の退廃的な幻想譚でありながら、今なお「美」という呪いに揺さぶられる私たちへの鋭い鏡として存在し続けている。 -
Posted by ブクログ
鏡の国のアリス は、ハンプティダンプティが
おなじみなのかな??
アリスは実在の人物なのは皆さんご存知と
思うのですが、アリスの豊かな感性に
ルイス・キャロルの言葉遊びなどが織り込まれて
いるので、本当なら原文で読んだ方がアリスの
世界観がつたわるのだけれども、河合さんの
翻訳は、日本語訳でも言葉遊びの面白さを
伝えているので、大人が読んでじゅうぶん楽しめる
作品になってますよ♪
鏡の国のアリスは、ルイス・キャロルがアリスの
母親から、『アリスには会わないで』 と言われ、
会えなくなった寂しさからの思いも伝わって
くるので、そうしたルイス・キャロルの
心情の変化も楽しめる♪
いつどんな時に読んでも、新しいアリスの
世界観が広がって、楽しめます♪ -
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アリスの世界に迷い込んできました♪
アリス
『台所にはコショウなんて絶対置かないことにするわ。
スープはコショウがらなくたってじゅうぶんおいしいし―たぶん、人がぴりぴりしてしまうのは、いつだってコショウのせいよ。』
ワタシ
『そうね!!
日本人は、ワサビを食べるからツンツンしやすいのかしら??(人見知りさんが多いのかしら??)
きっとそうよね。
ワサビをたべるとツーーーーーンとするものね!!』
さあ!! アリスはどう返してくれるかな??
なぁんて、想像(妄想)しながら読んでいくのが大好きな『不思議の国のアリス』
もぉ、何十回読んだかな??
毎回不思議な発見があって楽しい♪
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ポーの傑作選は岩波少年文庫から出ているものを読んだことがありますが、某有名カードゲームの元ネタである『早すぎた埋葬』が読みたくて購入。
既読の作品も多かったので、訳の違いも楽しみながら読み進めました。
うーん、やっぱり『赤き死の仮面』と『アッシャー家の崩壊』が大好きなんですよね〜。このゴリゴリのゴシック調の雰囲気、たまりません。
楽しみにしていた『早すぎた埋葬』はというと、本書の中で唯一(?)笑ってしまう話で、なんだか意外でした。いや本人は真剣だから笑っては悪いのですが……。
でも、当時普通にあった”早すぎた埋葬”を防ぐための「安全棺」や「生き埋め防止協会」が出てくると、どうしても、ね( ˊᵕˋ ;)
しかし、なすすべもなく生き埋めにされてしまうことの絶望感、恐怖、無力感への衝撃がそれだけ大きかったということですよね。たしか『ボーン・コレクター』でも埋められそうになってたなぁ……。
本書にはポーの詩人としての一面も堪能できる作品もいくつか収められています。
もちろん原語は英語なのですが、訳者である河合祥一郎氏の並々ならぬ努力とこだわりを感じることができました。
ポーを一躍時の人とした『大鴉』なんて、実際は英語で発音するからこそ凄さがわかるだろうに、日本語でもそれを追体験できるのだからすごい。さらに、巻末の解説ではオススメの音源まで紹介してくださっています。
そう、本書の特徴は河合氏による80ページに及ぶ”ポー解説”といっても過言ではないと思います。
ポーが何にインスピレーションを受けてそれぞれの作品を生み出したのか、そして彼自身の数奇としか呼べない人生……。実に読み応えがありました。
角川からは「怪奇ミステリー編」と題した続刊も出版されていますので、これも機会を捉えて読んでみたいなと思います。
怖い話は苦手だけど、ゴシックホラーにはなぜか惹かれるんですよね、ふしぎ。 -
Posted by ブクログ
ビアズリー展のミュージアムショップで購入し、展覧会の余韻に浸りながら帰りの新幹線で読破。
そう、今こそその口にキスをするわ、ヨカナーン。
……ああ!ヨカナーン、ヨカナーン、おまえだけなのよ、私が愛したのは。
同じ言葉の繰り返しが多用されていてサロメの激情がひしひしと伝わってくる。きっと劇で見ると迫力がもっとあるんだろうな。
オスカー・ワイルド本人はビアズリーの挿絵を「日本的だ」と嫌っていたみたいだが、サロメの退廃的で耽美的な世界観にはビアズリーの美しく繊細ながらも不気味な絵柄が合うな…と思ってしまう。
訳者あとがきも面白かった。フランス語の二人称の使い分けと心理的距離の変化が連動してるなんて。いつか原語でもチャレンジしてみたい。