木村紅美のレビュー一覧
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トイレに放置され助かった命と海の底に葬られた命。ふたりの棄て子の生と死は隔絶したふたつの事実ではあるのだけれど、ある地点に於いてはどちらも生の可能性、あるいは死の可能性を帯びていた訳で、その決定的な分岐のことを思うととてもやるせない気持ちになる。直接は描かれていないものも含めて、この小説の中には幾つもの間違いを引き寄せた正しさと、正しさを引き寄せた間違いがあるように感じる。エンタメ化が進んで分かり易く面白い純文学が書かれる流れの中にあって、そのように不明瞭な部分を不明瞭なまま大きな問いの影として読み手に提示する覚悟のようなものが、漠然とした言い方にはなるけれど、本作を“良い小説”たらしめているのだと思う。女性三人が支え合って暮らすシェルターのような丘の上の家での生活や自然の描写も丁寧。時に微笑ましくもあるそれらの光景が全体を暗いだけにならないようそっと支えているのもとてもよかった。
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ネタバレ公務員の遊佐薫は、20年前に住んでいたアパートの大家さんが熱中症で孤独死したことを、出張先のホテルの朝刊で知る。
川島雪子(90)
眠るように死んで、まだきれいなままで下宿人に発見されたい、というのが彼女の夢だったが…
(たぶん、眠れる森の美女みたいな自分を妄想していたのだろう)
死後一週間は発見されなかったらしい。
下宿人ではなく、連絡がつかなくなったことを不審に思った親戚によって発見されたのだった。
薫は、自分がアパートを飛び出すきっかけになった、大家の過干渉に思いをはせる。
他人がプライベートに踏み込むことをどこまで許せるかによって、この本の感想…雪子さんや主人公の薫に対する印象も変わるのではないかと思う。
私にとっては、ホラー。牡丹灯篭レベルの。
(この本のジャンルはホラーではありません、念のため)
しかし、怪異に取り憑かれるのは、やはり隙があるからなのだ。
しおらしくされ、「断ったら可哀想だから」
利益になること、手っ取り早くならばお金を惜しげもなくくれることに「都合のいいところだけ利用すればいい」
そんな気持ちの裏側にするりと滑り込まれる。
毎日食事に誘われたり、美術館に行くと言ったら付いてきたり、足音で帰りの時間をチェックされたり、恋人はいるのかとしつこく詮索されたり。
留守の間に部屋が掃除され、ゴミ箱の中のものを保管される。
私だったらすぐに出る。
ごはんもお小遣いもいらない。
子供が引きこもりの暴力息子になってしまったのも、世話しすぎのせいだったんじゃないかと思ってしまう。
江戸時代の大家さんは、親代わりのように店子の面倒を見たというけれど、雪子さんの場合はそういうものではない。
恋愛の方は小野田さんを使って代用しているみたいだが、金持ちの老婆が若者に恋して、金をつぎ込むことで歓心を得ようとしているのと似ている。
雪子さんは全くそのつもりはないのだが、見ようによってはそう見えてしまう。
つまり、女二人がかりで取り憑かれていたようなもの。
小野田さんも非常に不気味だ。
しかし、食事の誘いも最初から断って、ドライな関係を維持している住人もいる。
雪子さんも薫も、お互いに距離の取り方に失敗したのだ。
20年たって振り返れば、色あせた写真の中のような思い出だ。
“今思い出してもぞっとする”という印象ではない、過去として薄れた感がちょうどいい。
しかし、近づいてくる女性をどこかで警戒してしまうようになったのは、月光荘であったことが薫に全く影を落としていないわけではない、ということだろう。
いまや40代で独身。
チラッと遠い未来の自分のことが頭をかすめたりもするのだ。
…やはり、そこはかとなく怖いのかな? -
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読んでいて戸惑った。タイトル、装丁からはとうてい想像できないストーリーだったのだ。
とある大家さんの訃報から話ははじまっている。それを耳にした主人公は中年の男性だが、かつてはその大家である雪子さんのアパート・月光荘に下宿していた大学生だった。
高円寺にあるそのアパートは今どうなっているのかと足を運びつつ過去を思い出していく、という回想部分がメインになっています。
踏み込みすぎた親切。お節介。過干渉。絶望的に雲行きがあやしくてゾッとさせられるのだが、罪悪感と申し訳なさもごっちゃになる。なぜって、雪子さんのそれはどこまでも純粋な善意だからだ。悪意は一切ない。多少の下心はあれど、でも善意なのだ。
見返りを求めない優しさは素晴らしいものであるはずなのに、人はどうしてかそれに怯えてしまう。得体の知れないものに対する恐怖だろうか?
雪子さんに対するそんな恐怖と、行き場のない怒りや憤り、煩わしさや鬱陶しさを薫とまったくシームレスに私も感じていた。
小野田さんという女性住民の存在もまたこの不協和音をいっそう響かせている。
彼女らとどう付き合うべきだったんだろうか?正解はみつからず、やるせなさだけが残る。
ホラー小説と紙一重。
綿で首を絞められているような、どんどん空気が薄くなっていくような物語のはこびがとてもよかった。
8月の埃っぽい風。後味は悪い。が、あたたかみもあるのだ。なんともいえないこの感じ好きです。 -
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ネタバレ木村紅美さんの『雪子さんの足音』を読みました。
主人公「薫」はモラトリアムの時代を表現(文学)に逃げていますが、作品を書くことはできていません。彼は人の親切を無批判に受け入れ、時折、他人を傷つけます。彼は真面目ですが客観的にはダメな人間といえます。彼のパーソナリティについて、人として共感できる点は少ないですが、作品に欠かせない主人公としてとても面白く読みました。社会的にも学業にもひた向きではなく、他者との距離感も失敗した普通の学生が描かれています。これも得難い若さといえると思います。
> 東京に出張した薫は、新聞記事で、大学時代を過ごしたアパートの大家・雪子さんが、熱中症でひとり亡くなったことを知った。 20年ぶりにアパートに向かう道で、彼は、当時の日々を思い出していく。
主人公 薫 は大学時代に住んだ「月光莊」の大家さん雪子がなくなったことを新聞記事で知ります。この作品は彼の邂逅の物語です。
> こちらへ降りて詰め寄ってきた。つぼでも押すように手首に触れられ、背中を冷や汗が伝う。年寄りの大家を邪慳に振り払えるわけもない。 「うちですませるほうが栄養のバランスが取れるし、お代も浮くでしょうに。病気にならないか心配」 「病気? まさか」 「偏った食事は、将来、糖尿や何やを誘発しやすくなるのよ。もちろん、無理強いするつもりはありませんけど」 冷静に考えると、仕送りを節約できるのは魅力だった。向こうは若い人に接するのが生き甲斐と化していて、互いに純粋に得するだけだと言い聞かせた。 「じゃあ、お言葉に甘えて」
「大家さんの雪子さん」と同じく月光莊に住んでいる「小野田さん」は、何かと彼に世話を焼きます。薫はそのような始めのころは辟易しますが、食事代が浮くという打算的な理由でその申し出を拒むことはありませんでした。彼は悪い人間ではありませんが、このような好意を受け入れることに対して遠慮がありません。
若いころにはあまり他人への思慮や遠慮がないものですよね。彼のこのような態度は「小野田さん」の思慕を引き寄せます。彼女「小野田さん」も人との距離の取り方に難があるようで一方的に性的な関係を求めてきますが主人公はそれを断ります。結果として彼女の間には溝が生まれます。「小野田さん」が段階的に発展を図るかたちの愛情表現ができないことに哀しさを覚えます。彼女も苦しんでいると考えます。
> 「小野田さんが帰国次第、手紙のやりとりに戻す、と約束しましたよね? もう、つきあってられないです。頼んでもないのに洗濯機カバーを換えたり、掃除とか、今後は一切止めてください」 雪子さんは疲れのあらわなよどんだ眼を、てんで文句が通じていなさそうにしばたたかせた。演技に感じさせない。 「洗濯機……、掃除? なんのことなの」 「わかっているくせに」 口の端がほころび、いたずらっぽく微笑まれた。 「もし、知らないうちにお部屋が片づいていたのだとしたら、執筆を助けたい妖精のしわざではないかしら」 ふざけている。いよいよ、電車がホームへすべりこんだ。
彼は彼女たちの行為を一方的なかたちで打ち切ります。「雪子さん」のおせっかいは純粋に彼を思ってのことだったのですが彼を追い詰めることになります。
いい加減、重箱の底まで行き当たるころだろうと期待し箸のさきで探ると、そこにはまだ焦げ目のついた脂の固まってきた鰻が埋もれ、その下には、たれの染みたごはん粒が敷き詰められている。勿体なくて投げ出すわけにはいかない。 「わたしがあなたと同じ齢のころは、東京はなにも食べるものがなくなって飢えた経験があるから。つい、あなたにも小野田さんにも、栄養失調だった自分や、ほんとに不憫なことに飢えて亡くなった同世代の人たちの代わりとして、たらふく食べてもらいたくなるの。……飢え、というのは、それはそれはつらいから」
人は若かりし頃、未熟で人との距離感に悩み、間接的に人を傷つけてしまうという当たり前の人物が描かれています。おそらくは大正生まれの親切な雪子さんと平成の若者(薫・小野田さん)の断絶や距離感、雪子さんが感じたであろう時代(哀しさ)がよく表現されていると思います。とても面白い作品でした。 -
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木村さんの作品は二作目。
前回読んだ「夜の隅のアトリエ」が重苦しい雰囲気を持っている読む人を選びそうな作品だっただけに、軽く衝撃。
ずいぶんとライトタッチ。
だってタイトルが「春待ち海岸カルナヴァル」だもの。
カルナヴァルはカーニバルの事。いかにも楽しそうじゃないか。
おそらく南伊豆辺りを舞台にしたカルナヴァルという名のホテルが舞台。
サンドイッチや瓶入りオレンジジュースをバスケットに入れて提供される朝食が美味しそうで。
このバスケットを海岸まで持って行ってカモメに盗まれそうになりながら食べるなんて、なんて素敵。
姪っ子が妖精を信じて毎晩牛乳をそっと軒下に忍ばせる下りや、幻のジャズトランペッターの話、夫との思い出とともにホテルを訪れる夫人の話。
出てくるエピソードがどれもほんわかしていて癒される。
ホテルを営む姉妹のやりとりに、女同士ってこうだよね~と共感したり。
もちろん本筋の主人公の心の葛藤もリアルだし、淡い恋の行方も気になった。
実際にあったら泊まりに行きたいと思わせるホテルと、魅力的な人々。
海に向かう電車の中で読みたい本です。 -
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ネタバレ39歳、いつの間にか妻や母となることが自分とはまったく関係のない世界のことになってしまった女性がまじめに生きながら、不器用に片思いするお話。
両親と共に海辺のホテルを営む主人公。
父が急死し母も療養生活となり、東京から娘を連れて戻ってきたバツ2の妹とふたりでホテルを切り盛りすることに。
友人の結婚式で出会った設計士に片思いをするが、彼は自分にさほど好意はない様子。
過去空回りした経験から恋に臆病にな主人公は、彼の言動に勝手に傷つくことをやめられない。
恋愛小説に分類されるだろうけれど、ホテルに集う客や友人達の描き方はとても豊かで、泊まってみたいなと思う。
主人公の姪のメイちゃん(だじゃれみたい)はこの世には妖精がいると思っていて、毎晩妖精のためにミルクを窓の外に準備する。
メイちゃんの想像を壊さないようにそのミルクを、割と自分本位であるメイの母が飲んであげる描写が印象的だった。
正直主人公が恋する茅野さんの魅力がかけらも分からず、しかも終盤彼はおかしな方向へ行くしで、恋愛小説としてはイマイチ消化不良な感じだった。
恋が動き出す前までのホテルでの風景がよかったと思う。
穂村弘の帯がよかった。