押井守のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
映画は他者の疑似体験であって、映画から人生の教訓として学べることが多い。本書は9つの映画を元に、著者の考えをまとめた本であるという感じだろうか。巻末には、経営コンサルティング会社の代表との対談もある。
一応、「勝敗」にこだわり戦略にこだわりがあるようだが、内容は映画の脚本や訴えたいことを中心に、その展開の仕方や筋から読み取れることをまとめている感じだった。
知らない映画も多いが、硬く言えば人生訓みたいなものを映画からでもいろいろ学べるだろうし、映画監督ならではの自分だったらこう撮るだろう、このような脚本にするだろうという考えが新鮮だった。他の著者の本も読んでみたくなった。 -
Posted by ブクログ
「何かからの自由」が目的なのはダメ。自由というのは、「何かを成し遂げるための手段としての自由」でないと意味がない
テーマにすべきは、「勝負」。これだけが映画のテーマ足り得る。自由とか正義とか幸せとかというものがテーマ足り得ないことはもう半ば証明されているのに、その手のテーマの映画はいまだに横行している
会社は「自己実現できる」という気概を社風として持てるかどうか
"勝利"して獲得する"目標"は何か?
期待を維持する作業が企業でいうところのブランド戦略
映画は、「語る」ことによってしか上達しない。語ることによってのみ「見た」という事実を確定できるから -
Posted by ブクログ
今も戦い続ける手配師が戦いの中で得た知見をいくつかの映画を引用しながら語るという趣向である。また筆者の価値観があぶり出されており、読み応えがあった。社会を見る視座も面白い。個人的には分野は異なるがロールモデルとしてあこがれる。
押井守という人は、時代の風を読み、自分の信念を曲げずに、他人の金で映画を作るという、映画監督そのものであることが分かる。ステークホルダーの利害を調整しつつプロジェクトを完遂するというプロジェクト•マネージャーであり、根っから映画が好きな人なのだ。
巻末付近に対談があるが、スティーブ•ジョブズに触れており、リベラルアーツとテクノロジの両方を操れた人だとしている。もうひとつデザインも重要だがその審美眼とアイブというパートナの存在も大きいと思うが。
彼自身は人が機械に合わせるのが良いと考える派のようだ。攻殻機動隊は士郎正宗という漫画家が当たり前であるかのように描いた世界をより掘り下げられたのも、かれの社会を見る視座の面白さから出るのだろう。
後藤隊長を中間管理職として捉え、その問題点をうまくエンターテイメントにしてしまうということが、そんなにも大変な事だとは思ってなかった。改めて見直したい。 -
Posted by ブクログ
言語と思考、行動の密接なつながりを痛感させられる一冊。
個人的には押井守と言えばパトレイバーに始まり攻殻機動隊、スカイクロラという映像作品を連想するのだけど、今回は初めて著書、文章になっている押井守の作品を読んだことになるのかな。
読んでみて、まあ極端な意見をお持ちの方だなーって感じだけれども、現代の日本人が何がしかの「言葉を持っていない」と書いていたことには腹にすとんと落ちてくるものがあった。
私たちの思考が言葉で考える以上、使用している言葉との密接な関わりあいが、例えばその使用している言葉が曖昧であれば行動にも曖昧さが出てくるように、言葉が意思伝達で使われる記号以上の存在であることを気づかされた。
まあ、これは個人的に印象に残った箇所なので、全体的には映画を中心に色々な論点について書かれていますよ。
あー、にしてもこれ読むとスカイクロラまた観たくなってきたー! -
Posted by ブクログ
ネタバレツイッターとかコミュニケーションツールじゃねぇし!ツイッターなんかで会話すんなし!
たしかにツイッターはその名の通りつぶやきであって、その発言の責任は軽いよね。
ツイッターで発言するなら微小なりとも影響力があるわけだから、その責任は感じなくてはいけない。という考えを持っている人はいて、その考えは正しいとは思う。けど、やはり140字の主張をつなげても表面的な訴えにしかならないです。
受け手が問題を考えるための導入になるならいいけど、すっきり主張をまとめる技術だけ先行して向上しているから、受け手はツイートを見ただけで納得・理解したと思ってしまう。
人は低きに流れるものと言うけれど、情報もお手軽に分かりやすいものを要求する性質がある。
簡単に説明ができること=想定が浅いこと
という思考回路がないのは危ないよね。口車でだまされちゃうってことだし。
ところで、この間自民党の総裁選の時に、教え子は石破さんがイイと言っていた。理由は「言ってることが分かりやすいから」だそうな。
まだ公民も習っていないような中学生でもわかるような説明ってのは素晴しいんだろうけど、政治ってそんな簡単な物であったっけ?
テレビくらいでしか情報を集めていない庶民が政治に影響を与えてるってスゴイ怖いんですけど。
簡潔な論理で理解しやすい=信用できる。という安易なつなげ方はしてほしくないなぁ。もっと広い視野で判断・配慮ができる人が活躍してほしいよね。
こういう状況って、日本人がコミュニケーション能力低いってことを露呈しているんだろうなって思う。人の話の聞き方が稚拙だ。
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コミュニケーション能力を「話す力」と日本人は理解している節があると思うんだけど、私は「聞く力」の方に重点があると思う。(理解力でもいい。)
コミュニケーションとは言語活動を通して相互理解を図ることですよね。自分の主張を相手に認めてもらいたいんですよ。
そのために必要なのは、相手の気持ちを理解した自己主張だと思うんですよ。相手の思いに沿って、自分の論理を展開して行く。相手も納得する形で最終的に話を終わらせるのがよいコミュニケーションのはずだから、相手の考えをよりよく理解する力って何より大事だと思う。
「自分の主張をはっきりすることが大事」ってイメージがあるけど、それって意見衝突を助長しているだけじゃないかな。
意見衝突しても負けない頑固さを身につけるのがコミュニケーション能力向上ではないでしょう。
もし相手と意見を違えたなら、相手の意見をよりよく理解して、その論理的矛盾点を指摘して、自分の主張の正当性を示す。それが高いコミュニケーション能力じゃないかな。
もし自分の論理に非があったなら、素直に訂正して、よりよいものを作ることに専心する。
こういった高い受容の力こそ、コミュニケーションには必要なんだと思う。
今の原発論争にしても、自己主張強い人多いけど、受容力が高い人が目立たないよね。たぶん前者のせいで後者が埋もれてしまって見えるからなんだろうけど。
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コミュニケーションは聞く力(理解力)が大事と書いたけど、相手と共感できることが大事ということを言いたいのではない。
コミュニケーション能力は初対面の人に、いかにバリアフリーで話を盛り上げられるかという合コンの能力ではない。(でもそれはそれでスゴイ大事だと日々感じてはいる)
別に相手に共感しなくてもいい。ただ、相手の話を冷静に聞いて、客観的に判断できるようになるべきだということ。
だから、聞く態度の根底にあるのは共感ではなくむしろ、疑念。この人の言い分は正しいのかシビアに評価しながら聞くべきなのだ。
だから押井さんは信じないことが大事だと言ったのだろう。 -
Posted by ブクログ
何気なく見つけて買った本。
著者の作品は実は1つ(スカイ・クロラ)しか観てない。
けど、これを読んでいて、押井さんの作品を観たくなった。
この本のタイトルはちょっと置いておいて(確かに、そのタイトル通りの話も展開されているのだけど)、各章で言及されていることや考え方は刺激的だった。わかりやすくストレートに表現してもらえるのは壮快。
個人的には、最後のあたりが特に好き。
最後の最後には、映画に込めている思いが語られる。
確かに、スカイ・クロラを観たときに、なんとも言えない感覚をずっしり持つことになり、その感覚がなんなのか探し求めるかのように、原作を読んだり(しかも既に5回も・・・)、DVDで再び見たり、他の本でリンクするような内容にぴくんと反応して考えを巡らせたりしていた。
それが、押井さんの、仕事を通して語りかけようとしていた結果だったのだなぁと思った。(ああもうやっとわかったよー)
けど残念ながら、そのことについて、私はまだしっくりくる言葉で表現できない。
「大人になる」と「子供」、「生」と「死」、「負う」と「身軽」、「自由」?、「本音」と「建前」
こんなキーワードがずーっと頭の中を巡っている。もうここ2、3年。きっかけは押井さんの映画なんだよーぅ。
しばらく経ってから、もう一度読みたい本。