堀井憲一郎のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
2000年以降の00年代から現在までの日本の社会について。
ネットにスマホに、気づいたらすごく便利になってて、便利になっただけじゃなくて、社会のシステム自体がガラッと変わってしまった。
と漠然と思ってたんですが、その辺のことが上手くまとめてありました。
いろいろ便利になって、いろんなものを捨ててしまってから、著者が立ち止まって拾ったのは
「迷惑くらいかけてもいいじゃん」ってことだそうです。
他者と共生しながら人間らしく生きるには、
自分が誰かに迷惑をかけた分は、また別の誰かの役に立てばいいじゃん
的な話は、レヴィ=ストロースが「反対給付」の話で言ってたようなことなのかなーと考えたり。 -
Posted by ブクログ
社会の中に「若者」の居場所が無かった時代。
ボクの世代はベビーブーマー世代とベビーブーマーJR.世代の合間の世代。
物心つき始めた頃は、すでに社会はおもしろおかしい楽しげなモノ、はやく東京に行かねばっ!とまだハァ〜ハァ〜していた世代である。
本書を読んで、それがスーツを着た大人たちが社会の中に「若者」を取り込んでいった時代をまんま生かされていた感じた。
「おとなが若者のつもりのまま年をとっていき、その下の若者の居場所がないのだ。 となると若者は、自分の内側の世界を大事に生きるしかない。内側を生きる人たちは、世界に薄い膜をかけて見る。リアルに直視しても、何も幸せになれないからだ。その世界に生きてはいるが、世界の成り立ちとは関係してないと考える。 若者のせいではない。僕たちが選んだ社会の気分とシステムのせいである。」
まんま言われるがままに大人が若者のつもりのまま年を取っている自分がいる。
ボクが生きてきた時代とはこういう時代だったのか。
1983年 恋愛のクリスマスが始まる
1987年 男子が恋愛のクリスマスに追いつく
1987年 TDLが聖地化しはじめる
1989年 貧乏を完全に捨てた
1989年 カルチャーとしてのマンガを捨てた
1990年 文章は機械で書くものになる
1991年 ラブストーリーを見て女子が勝手に恋愛レートを上げた
1991年 そのぶん男子のためにヘアヌードが安くなった
1993年 女子高生の性商品化が始まる
1997年 携帯電話で社会が覆われる
1997年 大学の「単位」が「来る」ものになり世界はバーチャルになる -
Posted by ブクログ
00年代をサブカル的視点でどんな時代だったかを考察した本。
堀井さん、ファンなのですが。
なんだか今回はためいきが重たかった。独創的な視点と文章のキレも心なしか鈍い。なぜこんなに憂いているのか。結局2013年版にアップグレードした「昔はよかった。大事なものが失われた。今の若者はかわいそう」っていうことを言ってるだけの気もする。もちろん言ってる本人は本気なのだけどね。面白いな、とハッとさせられる部分もある反面、居酒屋でオッサンの愚痴をきいている気怠さ。
思慮深く頭のよい中年男性は皆、リリー・フランキーが提唱した通り「中年鬱」になって、村上龍のようにどんどん顔が険しくなっていく運命(と書いてさだめ)しか待っていないのだろうか。村上龍の最新刊の顔写真の険しさ、尋常じゃないことになっていた…。
ただ、結論の「人に迷惑をかけて生きよう」は同意。大げさな例えだけど、自分の葬式でみんなが「いい人だった」と泣いているよりは「あいつのせいでほんとに人生めちゃくちゃになった。死んでほっとした」と言われてるほうが、いい人生なんだろうな。(いや、あくまでも大げさな例えね。) -
Posted by ブクログ
ネタバレ若者は、「若者」というくくりをつけられた上で、ある一定の方向性に誘導させられ、搾取させられてきた。例えば、「クリスマスは彼女とリッチに過ごす(1983)」だったり、「バレンタインにチョコレートをあげる(1977)」などである。
これらは、1980年代に女性主導で起こった。ディズニーランドも1987年あたりで聖地化した。これらは、女性主導で行われた。ラブホテルから回転ベッドなどの面妖さが抜け、女性好みのシンプルさになっていったのも、その一環だと思われる。女性の要求は、洗練され細分化された形で事前に用意された。
1980年代後半にはコンビニが普及し、人々が「無駄な消費」を覚えた。水や茶の販売も始まった(それまでは自販機でもジュースしか売っていなかった)。
1959年には漫画の認知度は低く、始めてサンデーとマガジンが連載開始した。1960年代から徐々に人口に膾炙し始め、サブカルチャーの普及とともに1970年代には大学生でも一般化した(ただ、1960年末は学生運動が本格化していたため、それどころではなかった。)。80年代には「ネクラ」と「ネアカ」の二分化が始まり、漫画執筆はネクラにカテゴライズされた。ここまではカルチャーとしての漫画だったが、想像上の擬似世界としての漫画を消費する傾向が高まり、それが「おたく」だった。ネアカになりきれない連中が、おたくとして存在した。そして、89年の宮崎勤事件(おたくが性犯罪者と結び付けられた事件)を機に、おたくは忌避すべき存在となった。
1990年以前はホームドラマが中心だったが、それ以降はトレンディドラマ(トレンドを中心にした恋愛)が中心になった。91年の「東京ラブストーリー」が契機になり、月9が形成された。女性は「折れない」生き方が理想になった。女性は処女性を捨て、91年からはきれいな女性がアダルトビデオに出演するようになった。一瞬ポケベルの時代があったが、97年からは携帯が安価になり、普及し始めた。その結果、常にあらゆるところとつながることになった。
何にせよ、あらゆるものが商品化され、金に買えられていった。