中原中也のレビュー一覧
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東京に、雪が降った。街に光に照らされて、雪が落ちて行く。
そんな時に、ふと思い出すのが、「今日も小雪の降りかかる 汚れちまった悲しみに」というフレーズだった。そして、本棚から、この詩集を取り出す。それで、読んでみる。その詩の最後のフレーズ「なすところもなく日は暮れる」という終わり方に、雪は心の中にも降りしきるようだ。
この詩集は、不思議なことに、買ったときからずっと持っている。50年以上前の詩集で、紙は日焼けしている。存在感がある。中原中也に憧れた時期がある。悲劇のような喜劇のような詩人である。
京都から恋人の年上の女優になりたい女と一緒に東京に行き、そして小林秀雄と仲良くなって、小林秀雄にその女を取られる。一緒に住んでいた荷物を、小林秀雄の家に持って行ってやるのだ。
寝取られた上に、優しさを発揮する。「汚れた悲しみ」に雪が降って、何事もなかったような白い世界となる。朝になると雪が溶けて、汚れてしまった悲しみがあらわになる。「私はかたくなで、子どの模様にわがままだった。私はおまへの優しさを思ひ、また毒づいた人を思ひ出す。今朝はもはや私がくだらない奴だと、みずからを信じる」と歌う。どこに怒りをぶつけたらいいのか。その自分の不甲斐なさ。酒屋で飲んだくれて、人に絡みついた。悲劇を喜劇のように演じて、詩人は、言葉を磨き続ける。敗者としてのとぎすまされた言葉を磨く。その恋人は、結果として小林秀雄さえも捨ててしまうのだが。
小学校からの友人が、中学生の頃に高村光太郎の「さびしき道」と中原中也の「月夜の浜辺」を教えてくれた。波打ち際のボタンが落ちていて、それを拾ったら、どうする?と言われた。
彼は、海に向かって思い切り遠くまで、投げてやると言った。彼は、野球選手だった。用のないボタンは、もういらないのだと。スッキリしているのだ。私は、やはりポケットの中に入れると思った。
彼はもう地球上にはいない。
30歳で人生を閉じた中原中也。昭和12年。戦争が本格的に始まる頃だ。ピカソがゲルニカを描いた頃。中原中也は、1冊の詩集しか出版していなかった。2冊目を作って、小林秀雄に託して死んだ。
サーカスのブランコは、「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」とゆれる。
そして、「私の上に降る雪は真綿のやうでありました。私の上に降る雪はいとしめやかになりました。私の上に降る雪に いとねんごろに感謝して、神様に 長生きしたいと祈りました」
夜の東京で、雪が降ると 雪を歌った詩人のことを思い出す。 -
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私が読んだものとは違うけれど一番内容が似ていたので登録させてもらった。やはり「サーカス」はいい。「ゆよーんゆやーんゆよゆやん」がとてもいい。空中ブランコの揺れている感じがとても良く伝わる。あと「臨終」の「この魂はいかにとなるか?うすらぎて空となるか?」を読んだときの感動がすごかった。そこまでこの詩は有名でない(あまり「サーカス」とかよりメジャーではない?)けれど、これを読んだとき泣きそうになった。頭の中に魂が煙草の煙の様に空に消えていく様子が浮かんできた。その他にも亡き子文也を歎く詩に感動した。たくさんあるけれどどれも子を亡くした親の気持ちがよく伝わってくると思う。「詩」というものは昔から意味がわからないから嫌いだった。でもこれらの詩を読んで、詩の素晴らしさに気づくことができた。私は、私なりに詩を解釈していける様にしたい。好きな作品「サーカス」「臨終」「骨」「汚れつちまつた悲しみに」
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購入済み
やっぱり
5月5日は中原中也の誕生日。だから読み返してみようと思いダウンロードしました。やっぱり中也の紡ぐ言葉の文章の端々に哀愁漂っていて、嬉しいことがあった時のうたにも、どこか儚げな奥深い中也らしい部分が見え隠れするのが私は好きです。
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ネタバレこの永遠の詩シリーズは8人の詩人が取り上げられていますが、最も早熟の天才は中原中也ではないでしょうか。
高橋順子さんの解説によると、幼いころは神童といわれ、17歳で女優と同棲、のちに失恋、愛児文也の死、そして自身の早すぎる死まで短くて波乱に満ちた生涯だったようです。
中也のファンとしても有名な川上未映子さんも巻末のエッセイ「悲しみとはいったい何か」で中也の背負っていた悲しみについて語られています。
その作品は、静かで明るいものから激しさを秘めたもの、七五調までと多岐にわたってその天才ぶりをうかがわせています。
「春と赤ン坊」
菜の花畑で眠っているのは…
菜の花畑で吹かれているのは…
赤ん坊ではないでしょうか?
いいえ、空で鳴るのは、電線です電線です
ひねもす、空で鳴るのは、あれは電線です
菜の花畑に眠っているのは、赤ン坊ですけど
走ってゆくのは、自転車自転車
向こうの道を、走ってゆくのは
薄桃色の、風を切って…
薄桃色の、風を切って…
走ってゆくのは菜の花畑や空の白雲
ー赤ン坊を畑に置いて
<解説より>
1934年(昭和9)10月、長男文也が生まれた。長男の誕生は中也の憂いをはらう出来事だった。
この詩はその翌年に発表された。赤ン坊の誕生を寿ぐもろもろのものたち…。
あまりに明るく透明なので、なにか怖いほど、第三連で自転車は向こうの道を走っているのだが、第四連では風景が走っている。詩人の心が走っているのだ。「妹よ」とともに諸井三郎により歌曲として発表された。
「帰郷」「盲目の秋」「生い立ちの歌」「頑是ない歌」「一つのメルヘン」「月夜の浜辺」もよかったです。
中原中也(なかはら・ちゅうや)
1907年(明治40)~1937(昭和12)
幼時より神童とうたわれ、中也節とよばれる独特のリズムが耳に残る詩を生み出した。
しかし、繊細すぎる心と体は徐々に変調を来たし、30歳の若さで病没。死後、その評価は高まり、いま、もっとも愛唱される詩人の一人である。 -
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初めて詩集というのを読みました。
この詩集は「生きる」「恋する」「悲しむ」がテーマのアンソロジーだそうです。
有名な「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」が子供の頃、何となく聞いて???な具合でしたが、一部始終を通して読むと、それが「空中ブランコ」と認識できる、イメージを集中すれば非常に理解はしやすいと感じました。
夕陽を「蜜柑」と例えるなど、現代人にはない想像力に触れて、次は全詩集を読みたくなりました。
中原中也という人物は、自然をとても愛した人なんだと感じました。
空や雪に憧れて、酒と煙草と立腹を愛し、可愛らしい色気が全体的に出ています。
フランス語のところは注訳が欲しかったかもしれません。