フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
ネタバレ自分もどちらかというとショーペンハウアーと同じ思想を持っていた。いつか死ぬ恐怖に耐えながら生きることに苦痛を感じていたし、待たされている死刑囚でしかないことに疑問を抱く。どうして私は生まれてきてしまったのか。
でもツァラトゥストラを読んでみたら、ニーチェはそんなところにいなかった。
自分なんかより生について、死について、科学が進歩したことにより神から見放された人類について、より深く深く奥底まで考え抜いていた。そしてその上で、すべてを肯定していた。
永遠回帰をしても良いと思えるほどの人生の経験。私は今の時点で、永遠回帰しても良いと思えるほどの人生を送っているか?
恵まれたこと、恵まれなかったこと、自分に無くて人にはあるもの、人に無くて自分にあるもの、いろいろ生きていく中で感じる無情さや虚しさはあるけど、今の時点では永遠回帰しても良いと思える経験が確かに自分の中にあると思えた。
────────────────────
結局かれらがひたすら望んでいることは、一つである。誰からも苦痛を与えられないということだ。そこで先廻りして、だれにも親切をつくすというわけだ。
これは、臆病というものだ。たとえ「美徳」と呼ばれようと。
──なにが善であり、悪であるかは、まだだれも知らない。それを知るのは創造する者だけだ!
だが、よく食べ、よく飲むこと、おお、わが兄弟よ、それは決してつまらぬ修業ではない。打ち砕け、打ち砕け、浮かぬ顔をしたてあいの食卓を!
とくに不潔なのは、世界を背後のほうから見ないかぎり、気のおさまらない諸君──すなわち「世界の背後を説く者」たちである!
こうした諸君に、わたしは面とむかって、いささか尾籠だがこう言ってやる。世界にも背後があるという点は、人間と同じことだ、──そこまでは事実だ!
世界にはたくさんの汚物がある。そこまでは事実だ!しかし、だからといって、世界そのものが巨大な汚物にすぎぬとは言えない!
世界の多くのものが悪臭を放っているということのなかに、知恵がひそむ。
悪人がいくら害悪を及ぼすからといっても、善人の及ぼす害悪にまさる害悪はない。
かれらは創造する者をこそ、最も憎むのである。石の板をこわし、古い価値をこわす者、破壊する者を──かれらは犯罪者と呼ぶ。というのは、善人は創造できないからである。かれらはつねに「終わりのはじまり」である。──
このわたしに──いまでも目的があるだろうか?わたしの帆がめざして行く港があるだろうか?
良い風向きがあるだろうか?ああ、どこへ行くかを知っている者だけが、どれが良い風向きなのか、自分にとっての順風なのかを理解する。
孤独のなかでは、ひとがその孤独のなかに持ちこんだものも生長する。内なる獣も生長する。だから、多くの者には孤独の生活をすすめることができない。
そして、よしあなたがたが大きなことに失敗したとしても、だからといってあなたがた自身が──失敗だというわけだろうか?また、よしあなたがた自身がいわば失敗の作品だとしても、だからといって──人間そのものが失敗の作品なのだろうか?また、人間がもともと失敗の作品だとしても、──いや、それがなんだろう!
あなたがた、「ましな人間」たちよ、あなたがたはみな──失敗の作品ではなかろうか?
なにも元気をなくすには及ばない。それがなんだろう!まだまだ可能なことがたくさんある!あなたがた自身を当然のこととして嘲笑するように学んだらいい!
あなたがたが失敗の作品で、半ばできそこないであったにしても、何のいぶかることがあろう?あなたがた、こわれかかった人間たちよ!あなたがたの内部で、ひしめき、おしあっていはしないか、──人間の未来が?
──────────────────── -
Posted by ブクログ
特に印象に残ったのが、「どんな人にも一芸がある。その一芸は、その人だけのものだ」という考え方。
最近、自分の才能や強みについて考えることが増えている。人と比べて何でもできるようになることより、自分が自然と夢中になれることや、これまで積み重ねてきたものを大切にして、自分なりの「一芸」をさらに磨いていきたいと思った。
また、高みに向かって努力することは無駄ではなく、才能や技量だけでなく、時間による成熟を信じて歩き続けることが大切だという言葉も心に残った。
すぐに結果が出ないと焦ることもあるが、目に見える成果だけで成長を判断するのではなく、今日できることを積み重ねていきたい。
そして、
「今この人生を、もう一度そっくりそのままくり返してもかまわないという生き方をしてみよ」
という言葉も印象的だった。
人生には限りがある。だからこそ、将来のためだけに今を我慢するのではなく、挑戦したいことに挑戦し、大切な人との時間や好きなことを楽しみながら、「この人生でよかった」と思える時間を増やしていきたい。
人間関係についても考えさせられた。信頼は言葉で自分をよく見せることで得るものではなく、日々の行動によって築いていくもの。そして良い人間関係には、相手を尊重することや友情を育てる力も必要なのだと思った。
最後に心に残ったのが、「読む前と読んだあとでは世界がまったくちがって見えるような本を読むべき」という考え。
読書は知識を増やすだけではなく、それまでとは違った視点で自分や人生を見るためのものなのかもしれない。
これからも本を読みながら自分自身を知り、自分の一芸を磨き、人とのつながりを大切にしながら、一日一日を自分なりに充実させていきたいと思えた一冊だった。 -
Posted by ブクログ
ニーチェという名前だけを知っていて、何をしたの?どんな人?っていうか誰?状態で、古本屋さんでなんとなーく手に取り購入しました。本当になんとなーく。
購入して家までの帰り道、行きは軽かった鞄が帰り道にはずっしり重くなって、そんな事は無いのに肩の重みに比例して、もう知識を手に入れた!みたいな気持ちでワクワクした。
家に帰ったらすぐに読み始める。
大きいし重い本なのに、中身は読みやすい!
ニーチェの言葉は、人生の答えを教えてくれるのではなく、行き道、手立て、思考、を教えてくれる感じ。
で、、、すっっっっっごい好き!
そこで、自分が哲学が好きなことに気づいた、気づかせてくれた1冊。
切なさと前向きさが同時に灯るみたいな、読んでて心がほっこりする感じ。
私が哲学を学ぼう!と思えた最初の1歩を踏み出させてくれたニーチェに感謝。 -
Posted by ブクログ
ニーチェ 「 ツァラトゥストラ はこう言った 」上巻は キリスト教世界の価値観を批判し、超人という新しい価値観を創造。
時間概念も少し入ってきて永遠回帰につながる感じ。面白い。岩波文庫なのに 注釈が なくても読める。比喩の意味に迷う時もあるが、何となく 意味は理解できる
女性や戦争については 現代感覚とズレはある
蛇=永遠回帰の知恵の象徴
鷲=知恵を身につけた超人の象徴
太陽=超人〜人間は他人の幸福を妬むが 太陽は妬みを克服
「人間は克服されなければならない或物である」
ツァラトゥストラ「人間は 動物から超人へ わたる一本の網」
*この網は 超人へいたる希望の橋
*そこそこの幸福、理性、道徳に自分を軽蔑すること
*末人=軽蔑すべき おしまいの人間〜教養に満足している人間
*ツァラトゥストラ=永遠回帰を教える人
人間の精神の変化〜駱駝→獅子→幼な子
*駱駝=高みを目指す修行者〜駱駝は楽→駱駝は自己を無にして他者の命令に従う
*獅子=他人に従う自分を嫌がり、命令する竜(キリスト教の神)に飛びかかる→獅子の否定力は 自由を切り拓く
*幼な子=創造には 幼な子のような 無垢の肯定力が必要→獅子が幼な子に変身して初めて 人は自分の意志を意志する
人は戦いの備えがあって初めて 平和が可能になる
永遠回帰=運命を味方にする
*人間を過去の復讐心から解放するため
*自分の不幸を他人のせいにしないため
*いつか誰かが救ってくれる他人任せにならないため
永遠回帰のステップ
1.私はこれまでの人生を何度も繰り返し生きる(永遠回帰)と考える→この現実からの逃げ道は どこにもないことになる
2.永遠回帰を 喜んで欲する→永遠回帰を消化し 超人になる
永遠回帰=無神論的宗教
*世界は同一の状態を永遠に反復している
*世界は始まりも終わりもなく、目的も意味もない。ただ存在しているだけ