フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
繰り返し読む為に今の私に必要な言葉たちをここにメモしておこう!
断言すると賛同してくれる多くの人々を納得させたり、彼らになんらかの効果を及ぼしたいのなら、物事を断言すればいい。
自分の意見の正当性を、あれやこれや論じてもだめだ。そういうことをすると、かえって多くの人々は不を抱くようになるのだ!
実行しながら、計画を練り直していけばいいのだ。こうすれば、楽しみながら計画を実現していける。
何か創造的な事柄にあたるときにはもちろん、いつもの仕事をする場合でも、軽やかな心を持っているとうまくいく。
批判は、疑い深くて意地悪な意見ではない。批判は風だ。頬には冷たいが、乾燥させ、悪い菌の繁殖を防ぐ役割がある。
新しい出来事や相手が驚きそうな事柄を伝えるときは、いかにもそれが周知の少し古い事柄であるかのように話して伝えるのだ!
独創的な人間の特徴の一つは、すでにみんなの目の前にあるのにまだ気づかれておらず名前さえ持たないものを見る視力を持ち、さらにそれに名称を新しく与えることができる、ということだ!!
すでに古いとみなされたもの、誰でも知っているようなまったくありきたりのもの、多くの人が取るに足りないと思って安易に見過ごしてきたものを、まるでとても新しいものであるかのように見直す眼を持つ人が、独創的なのだ!
力を入れすぎない!自分の力の四分の三ほどの力で、作品なり仕事なりを完成させるくらいがちょうどいいものが出来上がる。
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Posted by ブクログ
ツァラトゥストラは保険が効く本だ。
「読んでもよくわからなかった」というのは、ある意味でこの本に対する褒め言葉ともなっている風潮があるのではないか。
そんな悪しき風潮のために、「読んでもよくわからないだろうな」を前提にして読む者もいる。そして読み終わった後、彼らは「よくわからなかった」とニヤケ笑うのだ!
ああ吐き気!
彼らは中途半端な教養主義という一つの意志を持って生きているのだ!
彼らは、この本によって彼らのような人間、自分自身が批判されていることにも気づけてはいないのだ!
彼らが真に欲していたのは、「ツァラトゥストラを読んだことがある」という経験だけだったのだ!
しかしそれに何の意味があるか?
これは単純に年をとることが決して人を大人にはしないことと同じである。
わるい空気だ!わるい空気だ!
エリート主義的思想に侵された大学生も、薄っぺらい教養主義に意志を見出す人間も、一掃されるべきだ!
この本は箴言という形をあえて取った。
しかしその小説風な物語のせいで、中途半端に日本語が頭に入って来てしまうのだ!
言語の内実を知らずとも、表面をなぞることは彼らにはできてしまったのだ!
このせいで彼らのほのかな矜持が保たれてしまったと言えるだろう!
そして「ツァラトゥストラ」を読んだことがない相手に、「ツァラトゥストラを読んだけど、マジでわからなかったわ」と汚い薄ら笑いを浮かべるのだ!
もう沢山だ!もう沢山だ! -
Posted by ブクログ
出逢があれば別れもある。
ってな事で、フリードリヒ・ニーチェ 白取春彦 編訳の『超訳 ニーチェの言葉』
別れの春、出逢の春と言いたいとこじゃけど今日は久々に雪、よーけ降ったけぇ、ぶち寒ぃ《(;´Д`)》ブルブル
そんな寒い日にはニーチェを読んで温まろう
まあ、これはその日の気分で、パッと開いた1ページを読むのがええね♪
人生の達人ニーチェ先生が産み落とした至極の哲学ってよりは人生の説明書って感じかな
己
喜
生
心
友
世
人
愛
知
美
について。
1日1ニーチェ読めば人生上手に楽しく生きれるはず
新入生、新社会人に読んでもらいたい本じゃね
お別れするあの子は読みたいかな?っと思って7年振り位に読み返したw
2021年12冊目 -
Posted by ブクログ
自ら善悪を判断(創造)し、苦しいことは幸福として受け取り、それを自ら超克せよ。→これが上巻を超要約した感じはこんなんかなーー。
・今我々が立っている大地に目を向けろ(「神は死んだ」)
・自分自身を喜ばせることをしろ、そうすれば人を悲しませたりすることはなくなる
・人間は平等でもなく、平等になるべきでもない→超人への愛があるから。最高の戦いをして、自己自信を超えて高みを目指さないといけない。意志がとても重要(真理への意志、力への意志)。
・善悪は自分自身で自分自身を繰り返し彫刻しなければならず、また善悪において創造者とならなければならない者は、まずは破壊者となってもろもろの価値を壊さなければならない。→最高の善意には、最高の悪意が必要になる。こうした最高の善意こそ創造的な善意 -
Posted by ブクログ
ニーチェの鋭さの中に少しの狂気も感じる。
人生生きることは、悩むことに過ぎないとある者は言うが、それなら人生をたんに悩むだけになるように用いたらどうだ!
死の説教者が、他人の人生をおのれの贈物の鎖でもってますます束縛するとは何事か!
そうした連中は、人生からの脱出を説教するとともに、自らも立ち去ってくれることを私は望む!と。
女は謎、だが謎を解く鍵は一つ、それは妊娠。
女にとって男は一つの手段である。目的は常に子供。「わたしは超人を生みたい」ということでありなさい!と。
男性は危険と遊戯を求める。だから、女性をもっとも危険な玩具として求める。
男性は戦いのために教育され、女性は戦士である男性の休養のために教育されなければならない。それ以外一切は、愚劣。
男性の幸福は「われは欲する」
女性の幸福は「かれが欲する」
女性は服従することによって、みずからの表面に対する深みを見出さなければならない。
と。
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Posted by ブクログ
ネタバレ主に「超人」について語られた上巻から一変して、下巻のメインテーマは有名な「永劫回帰」へと転換する。
この世の一切は永遠に、何度も何度も繰り返す。繰り返すからといって、少しずつよくなったり、悪くなったりするわけではない。一切は全く同じように繰り返す。
もし自分の人生が終わった瞬間に、また初めから同じことを繰り返せ、しかも永遠に何度も、と言われたら?普通の人は発狂してしまうだろう。
が、ツァラトゥストラは、永遠に繰り返す世界に絶望するのではなく、生を愛し、永劫回帰を受け入れ、何度でも生きてみせる強靭な精神をもつことを要求する。
ツァラトゥストラ自身も初めは「ああした人間が永遠にくりかえしやってくる!あの小さな人間が永遠にくりかえしやってくる!(中略)ああ、嘔吐!嘔吐!嘔吐!」と嫌悪感を隠さない。
が、鷲や蛇といった動物たちに励まされつつ自分を奮い立たせ、やがては「永遠よ、わたしはあなたを愛する」と歌うに至る。
最終章となる第4部では、さまざまな人物(俗世を嫌悪する「ましな人間」たち)が登場し、ツァラトゥストラと問答を繰り広げる。
「ましな人間」たちとの対話を通じ、ツァラトゥストラは、「同情」こそ忌避すべき「最後の罪」だと悟る。
他者に対する同情を罪悪とみなし、「外界などはない」(p132)と嘯く。しかも自身を慕い、追随する者たちを繰り返し拒絶する。
ニーチェの思想は、もとより他者との関係性を考慮しない(ばかりか、積極的に無意味化する)ものであることが明示された形だ。
あくまでニーチェが主眼においているのは、自己を超克するということと、これに加えて、いかなるものをも絶対化せず自問し続け、世界のあらゆるものに自ら意味を与えていくということという、至極エゴイスティックな思想だ。
と、「今の俺」は解釈した。
『ツァラトゥストラ』は通り一遍の読み方を許容しない。必死にテキストを追って解釈しようとするよりも、むしろツァラトゥストラと同じ高みに到達し、対等な相手と議論を交わすかのごとき読書態度を求められているような、そんな気がする。そのためには、思索的な鍛錬と、さらなる読書が俺には必要。 -
Posted by ブクログ
以前、『道徳の系譜』やらニーチェ解説本やらを読んでいたときは、個人的に「魂の救済」をテーマに読書をしていたので、やたらキリスト教を否定するニーチェの良さがよくわかっていなかった。ニーチェの思想で弱者を救えるかよ、と。
本書を読んでわかったことは、ニーチェの思想は決して「強者の論理」というわけではない、ということ。
むしろニーチェは弱い人間が強くなるための思考法を提示しているのであって、「超人」思想を説く主人公のツァラトゥストラでさえ、理想的な強い人間(=超人)には完全にはなりきれていないと思わせる箇所があった。
「俺のように強い人間になれ」というよりも「俺と一緒に強い人間になろう」と言われているような気がした。
ニーチェの超人思想を社会論的に発展させたのがオルテガの大衆批判だと思っている。
ニーチェの超人思想には「他者とのかかわり」という視点が無視ないし軽視されている点がいかにも玉に瑕という観もなくはない。
が、やはり「超人になろうとする意志」は個人の心の中に留めておくのが無難な気がする。
「私はいまや超人であるぞ」と認定できるのは自分自身のほかにない。
加えて、大衆批判は「自己言及のパラドクス」の危険を常に孕んでいる。
「そしてわたし自身も仮想してあなたがたのなかに坐っていよう。――そしておたがいに姿を見せないでおこう。これがすなわち、わたしの最期の処世の術である」(p252)
冒頭に「だれにも読めるが、だれにも読めない書物」とあるとおり、文章自体は平易だが書かれている内容は難解極まりない。
半分も理解できたかわからないが、読むたびに違った発見がありそうな気がする。
時間をおいて再読するのが楽しみな本、ということで!
下巻に続く -
Posted by ブクログ
1作目からステップアップしたようなアドバイスが沢山詰まっていました。
現段階で共感・納得・言葉の真意の理解が出来る部分もあれば
まだ詩的で説明のない短い言葉の真意が分からない部分もあります。
けれど、これもまだまだ自分が未熟だから理解に及ばないのでしょう。
これから先、何かの折に何度も読み返してみたいと思います。
次読むときまでに理解できるものが増えているといいなっ^^
最後の「悩みの小箱から脱出せよ」は、この1冊のまとめにふさわしく、
またがニーチェ自身が「本を書くことで読者に伝えたいこと」にも通ずる
素敵な言葉でした。
ついつい忘れかけてしまう心構えを改めて正してもらえた1冊です。