筒井淳也のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
おかげさまで結婚41年。娘二人孫一人、いろいろあったが何とか続いて、
今は妻と二人暮らし。
しかしその結婚、この新書を読むと、深い。
一番感心したのは男系社会と女系社会の家族の在り方の違い。
男系社会は別の集団から嫁を貰う。
女系社会は、通い夫でもとにかく子ができればそれでいい。
その理由、母子は間違いないが、父子はあやしいものだから。
生物的。
そう、結婚はもともとは生殖的なものだった。
そこに性愛が出、さらに神の祝福が出て、だんだんややこしくなる。
そして結婚に一番影響の大きいのは経済。
狩猟時代は男が経済の担い手。農業社会は男女一緒。
それが工業社会になってまた男中心になり、今の情報社会、IT社会ではまた男女一緒
時代とともに経済の担い手は変わるのだ。
なのに、、とっくに工業社会は陳腐化しているのに、日本の制度のベースは
いまだに工業社会。結婚などその最たるもの。家族一緒の戸籍制度、夫婦同姓。
共働きが当たり前の中、女性が結婚で姓を変えるデメリットは計り知れない。
姓によって家族一体、なんてただのノスタルジーだ。
姓が一緒なら離婚しないとでもいうのか。
その意味で「ばけばけ」でヘブン、トキ、寛太が戸籍にこだわるのは不思議。
武家だった松野家の血筋を大事にしたいほうはわかるが、まだできて間もない戸籍
なんてどうでもよかろう。
まあこれはNHKの選択的夫婦別姓に対する抵抗なのかと思ったりするが。
結婚、時代とともに変わる。
いろいろ考えさせられた。いい新書。
はじめに――議論の見通しをよくするために
1章 結婚のない社会?
結婚には歴史的にどういう意味があったのか
母子関係と父子関係
結婚制度は消滅するのか
父親のいる社会、いない社会
母系社会における結婚
結婚のない社会は設計可能か
2章 結婚はどう変わってきたのか
結婚の意味を探求してみよう
愛かお金か
生殖から性愛へ
家長の力が強かった時代
家族が会社組織のようだった時代
結婚は社会に埋め込まれていた
性別と性愛をめぐる言語表現
家族から「仕事成分」が抜け出した時代
結婚観の変化と同性婚
結婚を問い直す哲学的な考察
3章 「結婚の法」からみえる結婚の遷り変わり
自由婚はほんとうに自由か
国や支配者が結婚に介入する理由
現代の秩序維持と人口コントロール
法規制は何のためにあるのか
事実婚以上、法律婚未満
結婚の入口要件
婚姻期間中の要件(共同性)
結婚の出口要件(離婚)
有責離婚から無責離婚へ
「内部化」する現代の結婚
同性婚は結婚の法をどう変えたか
結婚と性愛関係の結びつきは強いのか
事実婚と法律婚
4章 同性婚、パートナーシップ、事実婚
結婚とシビルユニオン
分業する核家族
近代的な結婚の意義
保護対象とされた女性と子ども
選択肢としての結婚へ
結婚のベネフィットは何か
相続における法律婚と事実婚の差
政府の方針や民間企業の都合
なぜ性愛関係に基づいた結婚をするのか
シビルユニオンの登場
PACSと性愛関係
シビルユニオンの特徴
三つの共同性の違い
制度と実態のギャップ
5章 結婚と親子関係
結婚の争点は親子関係にもある
結婚と父子関係の確立
DNA鑑定はどのような影響を及ぼすか
生殖補助技術と親子関係の複雑化
親の複数性をもたらすパターン
代理懐胎をめぐる課題
養子縁組とブレンドファミリー
さまざまな「親子関係」の内実
「親性」を構成する要素とは
一律判断から個別配慮の時代へ
同性婚における親子関係
同性カップルが子を持つ事例
親子関係の制度がめざすところ
6章 乗りこえられるべき課題としての結婚
オプション化する結婚
共同性のコスト
自由という不自由
倫理的問題と行政・司法コスト
保守的な価値観
差別問題の難しさ
厄介な固定観念
選択肢が多いがゆえの悩み
リベラルと保守の対立を再考する
同じ方向を向いて議論をするために
7章 残された論点
前近代の結婚
前期近代の結婚
後期近代の結婚
非性愛的共同性はなぜ稀なのか
同類婚の謎
成人親子関係と結婚
姓の問題(選択的夫婦別姓)
複婚の可能性
共同性を広く持てる社会とは -
Posted by ブクログ
・私たちが暮らしいる「社会」は、人間が意図したように動かない「近代社会の本質」が解きほぐす良書です。裏帯コメント通り「社会の教科書」です。
・社会は特定のレンズ(専門知)だけでは説明出来ないほど複雑化している。自分の考えを絶対視している時ほど、社会からしっぺ返しを喰らった経験が多々あるので、本書の説明は腑に落ちました。一方で、社会を完全なカタチで理解して動かすことは出来ないけれど、社会が持つ「緩さ」故に、社会は多様な可能性を含んでいて、動かす余地がある。変化が激しい時代に、ポジティブに社会と向き合う為に、自分たちが暮らす「社会の不可解さ」を知ることは重要と感じました。 -
Posted by ブクログ
少子化が叫ばれて久しい。
どうやら1991年海部内閣のときから危機感を抱き、少子化対策を行ってきているようだ。
菅内閣では「こども家庭庁」が設立され、現在の岸田内閣では「異次元の少子化対策」と称して躍起になっている。
しかしその実は、子どもを持つ家庭にお金を配るということ、そして議論の中心は財源の話。
本当に、お金を渡すだけで少子化が改善されるものなのか?問題は、その前の未婚・晩婚にあるのではないか?と、かねがね思っていたところで、手に取った本書だが、共感するところが多かった。
諸外国や国内の出生率などのデータを載せた上での要因解析と提案。
やはり学者たるはこうでないと、と感じたところだが、同じ提案をしても出される政府からの案は、相変わらず的を射ていないようだ。
著者がいみじくも言われている、財源を確保して支出を伴う政策を実現することは、政治家にとってはそれ自体が「実績」になる。それが出生率に影響するかどうかはさておき、「児童手当を拡充した」という事実が残るからである、と言うのは、残念ながら腑におちる。
要点
・出生数の低下の趨勢は変えられないため、それを前提に社会の設計を考える必要がある。
・少子化で何が問題なのか、クリアすべき課題(すなわち目的)を整理すること。
・労働力不足が問題であれば、不足しがちなケア労働、農業、建設業などにおいて、効率化や外国人労働力の活用を含めた対策を急ぐ必要がある。
・出生率に関しては、ここ数年は有配偶出生率の低下の影響が出てきたが、全体的には晩婚化・未婚化の影響が大きい。安定した雇用・賃金や住居など、若い人向けの生活保障に向けた対策が必要になる。
・一部の市町村で、出生率が上昇した事例はあるが、若い夫婦を引き寄せるだけであるなら、日本全体での改善には結びつかない。
・時間外労働と転勤は、世界的に見れば珍しい。これらも結婚を妨げる要因になるだろう。拡充すべきは、安定した雇用と賃金のもとで、時間外労働と地理的移動の可能性が少ないような働き方で、若い人が10年後、20年後の自分の姿を想像できるような働き方を広げることである。
少子化対策は、一朝一夕では改善が見えるほどにはならない。
お金を配ると言う短絡的な対策ではなく、社会・経済など含めた、全体の中で改善するしかないだろうし、それが出来るのは政治家のはずだ。
(残念ながら期待は持てないが) -
Posted by ブクログ
■地域の人口は政府の方針や産業構造に左右される。
地方で人口が減る大きな地域における雇用の少なさである。
非都市部地域でも工業地帯などで雇用があれば人口は維持できることが多い。しかし、国全体でサービス産業化が進む中、若い女性が都市部に移住する動きを止められていないのが現状。
過疎化が進むと行政サービスの低下や商業施設の減少も進む。住宅価格や生活費は安価であろうが都市的なライフスタイルを望む若い人を引き止めるよい材料が減っていしまう。
■1970年代からの出生率低下の大きな部分は、結婚している人が子供を持たなくなったことではなく、晩婚化・未婚化によってもたらされてきたということ。
少子化に絡んでメディアの取材を受けたり行政関係者と話をしたりしているときに感じるのが、出生率や出生数について考えるとき、どうも「結婚している夫婦」が出発点として想定されてしまっているのではないか、ということ。だからこそ、少子化の課題と言えばすぐに子育て支援の話になるし、政府の少子化対策に付いてメディアが報道する場合も、ほとんどは子育て中の夫婦の意見を集めようとする。少子化対策の文脈であるのなら、まだ子供を持っていない独身の人の話を聞くべきだという発想にはなかなか至らないように思う。
■50年に及ぶ出生率低下の大きな部分が晩婚化・未婚化によるものいうことは間違いない。少なくとも2015年までは、年齢別の有配偶出生率は大きな低下を見せていないどころか、年齢によっては上昇してきたのだった。更に強調しておくべきことは、、この晩婚化・未婚化の水準は出生率の低下が始まる前、1970年代の水準とはかけ離れたままだということ。未婚率は徐々に上げ止まりつつあるが、持続的に下がっていく局面には入っていない。つまり、直近でも晩婚化・未婚化は少子化の大きな影響力であり続けている。
■政府の少子化対策の軸は、有配偶出生率が下がっていなかった段階でも、不思議なことにずっと「子育て支援」であった。しかし、日本人は結婚すればそれなりに子供を持ち続けてきた。ここに「ちぐはぐさ」があることに誰もが気づくはず。
■生まれ育った場所には、親や知り合いも多く、近隣ネットワークもそれなりに充実していることが多いだろう。そこをあえて離れるのには、しがらみを脱したい、都会的な生活をしたいなどの理由もあるだろうが、第一にはやはり働き口がないからだ。 -
Posted by ブクログ
少子化対策と子育て支援の混同は、限られた財政資源の無駄遣いになるだけではなく、未婚化という主たる原因を見て見ぬ振りをしてしまうことで、対策を遅らせる=少子化を進行させることになる。
本書では若干歯切れが悪いが、未婚化の主因は「若者の不安定雇用」ではなく、「若い女性から見て満足できる経済力がある男性がいないこと」なのは各種データから明らかなのだから、議論の精度をそこまで上げていく必要がある。今後はそのような議論をせざるを得なくなってくるだろう。
上記の主因は、若い女性の学歴や就業先の向上の結果であるものの、それがリベラル面で喜ばしいとされるのは、あくまで資本主義(というより賃金労働至上主義)や能力主義(というより受験・就活至上主義)の局面においてのみであり、持続的な社会という公共的な局面では、まさに合成の失敗だった。どちらがいいという話ではない。全てが良い結果になるという都合がいい話はないのである。
このまま「誰もが自由に選択できて、可能性が開かれた(ように見える)先進国」が衰退し、「受け継がれてきた社会規範を変えられない後進国」が残る、そんな皮肉な世界になるのか、それとも上記のジレンマを止揚するような知恵や価値転換(キャリアなんてくだらない、貧しくても家族が一番、子供は公立高校までで十分など)が徐々に浸透していくか。
話は飛んだものの、少子化の議論において、今もっとも誠実な(つまりバランスが良く、時流におもねらない)研究者が、子育て支援金という壮大な失政がなされるタイミングで上梓した意味は大きい。 -
Posted by ブクログ
筒井先生がいかに「社会」と向き合い続けてきたかがわかる内容。ちくまプリマー新書は,ヤングアダルト(おとなとこどもの間)を対象とした新書(wikipedia)らしいですが,その層だけでなく,ややアダルト(30代前半頃)にも響く。
社会がいかにわからないか,そしてなぜわかりにくくなっているか,その中でどのように私たちは生きていけばいいか,「社会」に向き合い続けて考えてきた筒井先生だからこそのお話がたくさんあります。
社会学入門の入門書としても良い一冊ですし,社会心理学入門の入門書としても読んでほしい一冊です。社会心理学は社会学と心理学を包摂するような,あるいは,間を循環するような学問である必要があると個人的には思っていますが,心理学に染まっている「社会」心理学にとってはぜひとも必要な視点であると思います。
社会と向き合う心理学者にとっても,平易でありながら,学問のあり方について再考を迫るような一冊ではないかと思います。