筒井淳也のレビュー一覧

  • 仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか

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    少子化や女性の労働問題などを扱っているひとたちには絶対読んでもらいたい本。

    少子化問題を論じる本で提案される対策はどれもピントがずれているというか、表面上の解決方法しか提示されないことが多いけれど、この本で主張されていることはとてもすんなり受け入れることができた。
    すなわち、少子化や女性の活躍を阻む根底にあるのは、日本特有の「長時間労働」や「無限定性」という主張である。
    これらを見直していかない限り、いくら育児休業制度や保育所の充実を図ったとしても、根本的な解決にはならないのではないかと思った。

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    2019年08月02日
  • 結婚と家族のこれから~共働き社会の限界~

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    リベラルな立場を自認しつつ、常に複数の見方を提示した上で様々な文献と突き合わせて比較検討し、その上で著者の意見を述べるやり方は、研究の態度として非常に尊敬できる。家族という概念の歴史から掘り起こし、現代の家族像を分析してゆく。

    個人的に学びになったのは家概念の成立であった。家概念の成立以前は、閉じた地域共同体の中で性的アイデンティティを重視しつつ比較的自由な人間関係があり、血統概念は弱かったのだそうだ。それが変わったのが武士の登場であり、共同体が食べていけるかどうかが戦の手柄に依存するようになったことが原因だそうだ。戦は男がやるものなので、男が共同体を養う、そして強い男の嫡子はまた強いだろうという想像に影響され、血統が重視されるようになったそうだ。

    個人の生き方が昔より自由になった一方で、私的領域の公正さが担保されていないという指摘は我が意を得たりである。本書で最も重要で、かつ今後の検討が必要なのは次の二箇所だ。

    「家族やその他の親密な仲にある人と関係を結ぶことを通じて得られる情緒的な満足は、必ずしも公正に分配されているわけではありません。何らかの理由で、特定の誰かからのケア、気にかけを十分に得られない人は出てきます。」p239
    「たしかに、政府が介入して福祉を充実させ、経済的な条件をそろえることで、親密性から得られる幸福をある程度平等化させることはできるでしょう。しかし、親密性の原理は政治の公平性原理や経済の効率性原理とはどこか相性が悪いため、幸せの公平性をとことん追求することはできません。自由な親密性の世界が行きつく先は、決して平等な世界ではないのです。」p247

    自由や平等、公正といった近代理念が大きくきしみ始めたのを感じる。水野和夫氏の「資本主義の終わり」論(悪目高いが)と、本質的に大きな関係がある気がする。

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    2018年11月19日
  • 仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか

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    p93 1990年代に25歳から34歳までの女性の就業率が増加したのは女性の「未婚化」によるものである。大学を卒業して就職し、結婚相手を探したところ満足のいくパートナーが見つからなかった。続く2000年代における女性の就業率の増加は、既婚カップルにおいて、女性が男性の所得低下を補うべく非正規雇用に就くようになったものである。女性の高学歴化や経済不況が女性の未婚化と就業を促したものであり、「両立しやすい環境が整った」わけではない。制度的要因というよりは、構造的な容易によるものである。
    P111 男女雇用機会均等法は基本的に「職種・勤務時間・勤務地について限定されない総合職正社員」の採用において女性を差別することを禁止している法律である。しかし、男性と女性がともに対等な立場で働くことができる環境の実現には、男女ともに日本のそうごうしょくてきな働き方を抑制する必要がある。
    p120 転勤のない「限定総合職」は、女性労働力の活性化という観点では望ましい方向であるが、「転勤がない」という1点のみで総合職と同じ職務内容をしていても、昇格や昇給が制限される可能性がある。共働き社会のじつげんのためには、男性的な働き方の典型である総合職が変わることが重要である。
    p171 家事負担の平等化はなぜ進まないのか。共働き家庭における男女格差は日本が突出している(週10時間以上)。
    p180 女性には、たとえ苦手でも家事を覚えるべきだという社会的圧力があるが、男性にはない。そのため、男女間でおおきなスキル格差がある。フルタイムの共働きだと、妻の側が相当無理をして家事を担当する子kとになり、夫が家事をすることができないとなると、妻は働く時間を増やす気を失う。

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    2018年06月25日
  • 結婚と家族のこれから~共働き社会の限界~

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    ネタバレ

    家族と結婚に関しても、20世紀の大いなる平等化時代が終わり、不平等時代が(また)はじまった、ということのようなのだけれど。これからの話になってないじゃん、というのは言わないほうがいいのかな。

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    2017年05月18日
  • 結婚と家族のこれから~共働き社会の限界~

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    保守的論陣の一部が安易に標榜しがちな「伝統的」な家族主義への回帰。著者はそこでいわれる「伝統」がいかに「モダン」なアノマリーであるかを社会学的な視点から指摘し、高度成長期には可能であった特殊な形態を最早とり難くなった現在の家族(夫婦)の将来についての考察を展開していく。
    ここで著者が「伝統的家族主義」に対置するのは、男女が政治的・経済的なインセンティブによらず、関係の在り方を自由に選択できるという「リベラル派の理想の親密性」だ。「伝統」とやらを志向する向きの中には、己が知ってか知らずか単に自分が個人的に最も心地良かった一時期を恣意的に「伝統」であるとして選び出しているケースが多いが、著者の「親密性」には、やや理想主義的なところはあっても未来を志向する前向きさが感じられる。それに、家族や結婚の軛によって自分の可能性が閉じられる社会は確かにアンフェアだ。
    ただしここで論じられる「親密性」はおそらくはかなり単純な、つまり一対一の男女を前提としたものだということには注意を要する。何時でも好きな時に結びついたり離れたりできるというのは、そこに守るべき何物かがない時にできることだろう。しかしここは本書で抜け落ちている視点だと思うが、例えば子供がいる夫婦はどうだろう。夫婦の離別が子供に与える影響は単に経済的な意味に止まるのだろうか。個人的な感覚からいえばおそらく違うだろう。子供の存在を前提とすれば、そのようなリベラルな社会の到来のためには、両親の離婚により子供が経済的にのみならず「情緒的に」も影響されないことが前提となる。そういう社会をデザインすることは果たして可能なのだろうかと思ったりした。
    しかし全般的には家族を巡る歴史やに日米欧の家族観・結婚観の比較など実証性あるデータを取り混ぜながらの解説はわかりやすく、改めて家族というものを考えなおす契機としては極めて有用だと思う。また、終章にて「近代民主主義における私的領域と公的領域の分断=公的領域での不公平の固定、私的領域での感情の不公正の容認」にまで論が繋がるところにも知的興奮を覚えた。

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    2016年08月14日
  • 仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか

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    <「結婚、共働き、子育て、家事分担、うまくいかないのはなぜ?」を各国比較の横糸と、歴史を辿る縦糸で編み描く>


    タイトルから「仕事と家庭の両立」といったテーマを想像したが、内容はもっと幅広い。
    その中でもメインの軸は、現在の日本社会において女性が置かれている労働参加の形に対する批判的な姿勢にある。

    なぜ日本の女性は働きにくく、結婚、育児がしにくいのか?
    これについて著者は、女性の労働参加を日本の男性的労働世界に引っ張り込むことによって成し遂げようとしているから、という指摘をしている。
    つまり、旧来の男性的な働き方のほうを見直すべきではないか、という主張である。

    著者は計量社会学を専門とする研究者だ。
    「計量」、つまりデータを分析することによって社会を読み解いた結果、著者がそのような結論に至った流れを、本書を読み進めながら追うことになる。

    データというと難しく感じるかもしれないが、数式は登場せず、グラフなどむしろ見やすく直感的に分かりやすい。

    データは、各国比較という横のデータと、各年代による縦のデータが用いられている。

    各国比較の面では日本・アメリカ・スウェーデンを軸に展開される。
    よくある「日本と欧米」という対立軸ではない。
    それは、女性の労働参加と出生力の維持を、アメリカとスウェーデンが全く異なる、もっというと逆の方法で成し遂げているからだ。

    具体的な内容は本書を読んでいただきたいが、簡単にまとめると以下のようになる。

    アメリカは、市場原理主義であり、社会保障などの少ない「小さな政府」である。
    その中で、女性は男性と差別されることなく、実力に応じて民間企業で管理職などに登用される。
    そのような社会においては、男性も一定以上の範囲の労働は難しい。
    少なくとも日本的な「残業あり、転勤あり、配置転換あり(ただし雇用は一定保障されている)」という働き方では家庭は成立しないだろう。
    アメリカで女性が活躍できるのは、男性がジョブ型雇用であり、労働範囲はそのジョブに限定され、日本のように無制限な労働を強いられないという面が大きい。(その代わりに失業や格差といった問題を抱えているのは周知の通りである)

    一方、スウェーデンというと高福祉で男女平等といったイメージがあるが、単純にそうとも言えない。
    実はスウェーデンの女性の就労は特定分野に偏っている。
    それは公務員だ。
    スウェーデンは典型的な高税負担、高福祉の「大きな政府」であるが、それは政府が労働を生み出していることも意味する。
    本書に掲載されているデータによれば、スウェーデンにおける「女性の公的雇用」の比率はなんと50%を超える。
    逆に言えば、スウェーデンの女性は公的雇用以外の職業の選択肢が極めて少ないことになる。
    一方、アメリカの女性の公的雇用の比率は20%程度であるが、日本はというと10%にも満たない。

    実は男性でも、スウェーデンの公的雇用は30%、アメリカが20%程度なのに対し、日本は10%程度である。
    日本は世界でもとりわけ公務員が少ない国なのだ。
    市場主義で「小さな政府」の代表格ともいえるアメリカよりも少ないというのは驚きだ。
    これについては前田健太郎『市民を雇わない国家』(東京大学出版会)という本がサントリー学芸賞を受賞するなど注目されている。

    ちなみに以前、『世界の海賊大事典』の書評において北欧の平等主義について触れたが、本書のデータを踏まえれば、海賊に船長、航海士、船医、料理人などの役割があるように、北欧文化では男性には男性の、女性には女性の役割が充てられている、という見方のほうが正確かもしれない。

    また、女性の就労と出産の関係についてもデータが示されている。
    結論から言えば、各国比較において、女性の就労率が高いほど、出生率が高いという関係が明確に表れている。
    これは日本における一般的な直感とは異なるのではないだろうか。
    実際、日本、イタリア、ドイツといった国は女性の就労率は様々だが、出生率は一致して極めて低い。
    例えばドイツはアメリカやスウェーデンと同程度の女性就労率でありながら、出生率は低い。
    つまり女性の就労率が高くても、社会構造などなんらかの障害により出生率が上がらない場合があることを示唆している。
    これについて詳しくは本書をお読みいただければと思う。

    次に、縦のデータ、つまり時系列のデータについていくつか紹介すると、主にあらゆる先進国が経験した「工業化からサービス化への変化」に関連して述べられている。

    実は、アメリカやスウェーデンは工業化に伴い出生率が低下し、サービス化に伴い出生率が向上している。
    もっというと、工業化社会では女性の就労は出産にマイナスの影響を与えていたが、サービス化した社会ではプラスに働いていることがデータで示されている。
    ところがやはり日本、イタリア、ドイツといった国はサービス化した社会でも女性の就労が出生率にプラスの効果を見せていない。

    本書では、他にも正社員と非正規雇用、格差の再生産、同棲、移民政策、家事労働(各国の男女の分担状況)といった広い範囲に渡ってデータをもとに問題提起されている。

    著者は、女性の就労や出生率増加のためにアメリカ型が良いかスウェーデン型が良いか、という結論は出していない。
    というよりも、両国とも日本とは文化的価値観や社会構造が異なっているから、簡単にマネができるわけではない。

    安易に他国を真似るのではなく、日本の社会の特徴を把握した上で、日本ではどのような政策が有効かを丁寧に細かく見ていく、本書の表現を使えば「テクニカルな」対策の必要性を説いている。

    今の日本の労働と家族、出産や社会保障などの状況を広く概観し、他国と比較しながら、超少子高齢化を迎える日本がどのような社会をつくっていくかについて、みんなで知恵を絞り合意形成することを本書は提言している。

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    2015年12月18日
  • 仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか

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    高齢化社会、少子化、そして、労働人口の減少といった大きな課題を抱えている日本。 日本がこれからどのような「共働き社会」(など)といった労働環境を目指していくのかを考えさせられた。

    小さな政府の代表例のアメリカ。
    大きな政府の代表のスウェーデン。
    ともに、女性の労働人口が増えているが、おなじように出生率も増えている。

    つまり、単に、女性の社会進出が少子化を招いているということではないのがわかる。
    それぞれの国において、女性が出産し、働きやすい労働環境が整っているのだ。

    (日本とドイツは、女性の労働人口は増加すれども、少子化が進んでいる…)

    日本の労働のありかたに、「(男性社会の)労働のあり方、職務内容の無限定性、勤務地の無限定性、労働時間の無限定性にある」という指摘に納得。


    日本の労働環境を大胆に(同一労働堂賃金など)改革する必要があると思った。 筆者の説明がわかりやすく、今後の労働と家族のあり方を考えるためにも役に立つ良書だと思う。

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    2015年08月12日
  • 仕事と家族 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか

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    新しい見方ができるようなデータが豊富で理解し易い。より良い社会を作るためには、とにかく働く、ということが大切。だから、どんな仕事にも意義を見出せる。

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    2015年08月06日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    まず、平安時代妻問婚は、生まれた子供は基本的には妻の一族と扱われた。戦国時代一族と他の一族との同盟の印または、又は子を当主にする目的での家の乗っ取り、支配する目的での婚姻があった。江戸時代は、「御宿かわせみ」の神林東吾のように部屋住みであり、当主の兄には絶対服従である。実在した井伊直弼も14番目弟で、埋木舎(うもれぎのや、彦根市にある)に暮らしていた。他家に養子、婿入しか出口のない境遇である。農民はどうであろう、息子が二人いても耕作地が二倍になるわけもなく、やはり養子婿入しかない、女性は残ればずっと家の手伝い、やはり嫁に行った方が少しマシ(子供が生まれる可能性がある)である。武家には労働はないが、農民には労働ありである。両方ともに当主は一族全体の生産を受け持っていた。明治以降はサラリーマンが現れ次男三男でも運がいいと仕事があり。当主となれた。一夫一婦制となり、妻は家事を仕事として夫は外に働きに行った。家庭は生産の場ではくなった。残っているのは、商店のおかみさん、農家の嫁、旅館の女将、ぐらいである。
    現代、機会均等法ができ男女ともにサラリーマンつまり勤労者となった。近世で言えば当主となった。しかし失敗すると結婚後の財産の二分の一、結婚を維持するためのするための時間、労力、が失われることになる。筆者の50年後の予想は事実婚同性婚も含んだ意味で続くとしているが、あるいは、共同関係から撤退して独居ベースの社会がやってくるかも、知れないとした。   

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    2026年06月05日
  • 社会を知るためには

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    ネタバレ

    社会学の位置付けを説明するにあたり、社会の緩さや意図せざる結果等をキーワードに議論が展開されている。社会では個々の構成要素が緩く繋がっており、故に多様な解釈を許容する、と説明されればその通りに感じるが、一方でこの緩さ故に社会学は厳しい目に晒されることも多いのだと邪推する。いわんや、社会学の知見を援用して経営の解明に尽力している経営学は尚のこと。
    ただ、著者の言うように、全てを意図に還元したからといって、現象のメカニズム解明に至れるかと言われると、確かにそこには大きなギャップを感じる。逆に、意図を了解しそれを記述することだけが研究者の仕事なのであれば、それは実務家にどのような示唆を与えることに繋がるのか、疑問ではある。つまり、意図せざる結果は何か、そしてそれが更にどのような構造を形づくり、人々の行為に影響を与えるのか、という過程を丹念に紐解くことによってこそ、定性研究者は実務家に貢献できるのではないか(暗に想定しているのは経営学)。
    本書の中では色々な例が取り上げられつつ、分かりやすい解説がなされているが、特に「フランス革命も歴史的には一度の出来事」という箇所は印象的であった。定性研究を希求していると、よく再現性(事象/手法の両方)を指摘されることがある。勿論、これに丁寧に対応していくことは重要だが、歴史的に一度しか起きていない、つまり今後全く同じものは二度と起こらない現象だからと言って、フランス革命のスタディは意味がないかと問われると、これは再現性を重視する実証主義の立場に立つ研究者からも否定の声が上がるだろう。それはこの現象が、人類にとって今後も重要な示唆をもたらすと期待されているためである。社会の緩さ故に、多様な解釈を(もちろん科学的に)拵えておき、その知見を活かす時期が来た際に差し出す準備をしておくことも、学問の1つの価値なのかもしれない。

    以下、特に印象に残った箇所を引用
    ・ギデンズの社会理論である構造化理論も、その土台には存在論哲学があります。特にギデンズは、存在論を代表する哲学者であるマルティン・ハイデガーの研究をよく参照しています。ごくごくかいつまんでいうと、ハイデガーの存在論は、私たちが世界に「投げ込まれている」ことを強調します。これを「被投性」とか、「世界内存在」といいます。ここからギデンズは、私たちは生まれ育つ中で、自分の周囲の環境を自分で一から作るのではなく、すでに構築された社会環境に投げ込まれている、という見方を引き出します(p.69)
    ・構造化理論では、構造は行為の「意図せざる結果」として再生産される、と考えます(p.84)
    ・社会学では社会変動の説明を行う際に、意図に還元することにこだわらないからです(p.91)
    ・適切に社会を記述するためには、「意図(目的)と結果」という枠組みから自由に社会を記述することが重要です。社会記述というのは、ともすればすぐに「意図」に引き寄せられやすいものです。しかし意図に引きつけられた記述は、社会の厚みや広がりを考慮しない分、きわめて視野の狭いものになります(p.146)
    ・私たちが認識している社会は、実際の複雑でわかりにくい絡み合いの中のほんの一部です。いままで光が当てられなかった部分に光を当てる作業、つまり意識されない結びつきを明示する(記述する)という作業を行うことで、社会の理解は格段に進みます。社会の説明は、記述と密接に関連しています(p.167)
    ・偶然の要素の絡み合いに光を当てて解きほぐす(=説明する)ことが目的であるなら、その理論が説明する対象が歴史的に一回きりのものであっても説明は十分成立するからです(中略)たとえば「フランス革命」は、歴史的に一回の出来事でした(p.181〜182)

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    2026年04月29日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    歴史的に結婚とはそもそもなんだったのか、という話から始まる。それは父子関係の推定・確定だったという。最近の感覚だとピンとこないが、要は子どもに庇護者を割り当てる機能である。
    「シングルマザーとして育てている女性もいるのでは?」と考えるかもしれないが、女性ひとりで充分に子どもを育てることが可能な社会となったのは最近の話だ。

    本書では同性婚の話も紙幅を割いて書かれている。同性婚の議論で抜けやすい点として、上記の親子関係の機能があるという。同性婚で子を持つ場合、異性婚のパターンより限りなく複雑さが増すからだ。本書でも触れられているが、単純に親の数が増えるし、社会的な偏見も根強い。複雑さが増すということは、それへの対応も単純にはいかないということだ。

    ところで、筆者はそういうつもりで書いてはいないだろうが、意外とロマンチックに思える部分もある。
    歴史的な結婚制度がそうであったからだろうが、子どもの目線で結婚制度を捉えている箇所も多いし、現代の結婚ということでいえば共同性が大切ということくらいしか条件として残っておらず(いついかなるときも助け合い…というやつ)、これはこれで感動的でもある。(なお、本書内ではこのあたりの問題点にも触れられている)

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    2026年03月03日
  • 社会を知るためには

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    ネタバレ

    メモ
    社会をわかりにくくしている要因

    ・専門知、専門システムに取り囲まれている
    ・分業の拡大で他分野で起きたことを理解できない
    ・意図せざる結果を引き起こす
    ・再帰性

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    2026年02月28日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    「なぜ結婚するのか?」というメンヘラのような問いに対して時代とともに移り変わる役割や機能をかなり真面目に考察した学術的な本。
    著者は結婚の機能と変化を「共同性」と「内部化」という言葉を使って説明している。当初、結婚は父子関係の割当にあった点を踏まえ、そこから結婚の成分が「仕事」「生殖」「性愛」と変化していき、それらの意味合いが薄まってきた現代において結婚の意味を個々人の「内部化」に要因を置いている。
    かつては法律婚は親子関係、特に父子関係における遺伝的不確定要素を補うものとして存在したが、現在(特に欧米諸国で)は事実婚や代理出産、同性愛、養子縁組といった多様な親子関係やパートナー関係が生じている。それに対して法制度的な側面はカバーし切れておらず(かつカバーする必要性があるのか、という問題もはらむ)、例えば婚姻に対する出口要件となる離婚要件とのあいだに矛盾が生じている。
    本書を読んでハッとさせられていたのはある意味差別の原因となるステレオタイプなものの見方は共通理解という点においてはコミュニケーションを円滑化する役目があり、「結婚」というイメージもそうした意味合いが含まれているということ。そしてそのイメージや役割は既に変化しており、再度立ち返って考える必要があることを考えさせられる。自分のなかで固定観念化している常識をほんのり覆してくれるなかなか面白い本であった。

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    2025年11月28日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    「結婚」に関する現行の法制度や、その意味の社会的変遷、そこから生まれた新しい価値観を概観する一冊。

    同性婚や夫婦別姓など、近年政治的キーワードして挙げられるようになってきた事柄にも触れている。ただ、ここではその周縁の制度や問題点を抽出し眺めるに留まっているため、特に夫婦別姓については日本の戸籍制度についても理解した上で議論する必要があるかと。

    なぜ国が結婚という制度の利用者を支援するのか、なぜ日本で同性婚が認められづらいか等々、結婚にまつわるあれこれを知る機会となり得た一冊だったので、法律知識に乏しい自分にとっては興味深い内容であった。

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    2025年11月28日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    常識だと思われていることが時代と社会の変化によって、変化してきて、これからも変化していくものだと認識できるのは、痛快だ。
    父系社会に於て、父親に子供を割り当てる意味が大きかった結婚は、前近代では家の経営や生産のためになされるもので、性愛は内部に含まれていなかった。それが近代に入り、資本主義的な生産体制が普及し、家から仕事が抜け出たことで、結婚からも仕事が抜け出た。その代わりに、これまで結婚の外にあった性愛が結婚の中に入ってきた。さらには性愛も緩み始め、共同生活・ケアという概念が入り始めた。それに伴い、制度としての結婚と事実婚の差異が少なくなっていき、(法律上の)結婚は選択肢の一つとなった。
    誰が指揮をしているわけでもないのに、ある意味を持った制度が自然発生的に作られ、それが時代や社会に合わせて変化していく様は、大河の流れを見ているようで面白い。それをまた人間が自分で分析しているのも面白い。
    結婚の内部化という文脈で、自由がもたらすコスト、負担の増加に言及している点が特に印象に残った。結婚に限らず、様々なことを自分で決めなくてはならない時代になってきた。自分が何者であるかを自分で決めていく社会は一見自由で素晴らしいものであるように思えるが、一方で、選択する負担(選択肢をつくる負担)も増えていく。人生の中で大きな選択をするときに、もういいから誰か決めてくれやしないかと思うことが時々ある。科学が出てくる以前は、神が多分にその役目を負ってくれていたのだろう。人間は自分の神にはなり切れない。

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    2025年09月21日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    近代以降の「結婚」の変遷を辿ることを通じて、現代における結婚の意味の再検討と今後の展開を展望する。著者によれば、近代では当事者が帰属する社会の集団活動の維持のために結婚が利用されていたが、現代ではそのような外的・合目的な理由づけは希薄となり、結婚は当事者間の内的な動機のみに基づいて選択されるようになってきている。社会学者ギデンズの主張をベースにしたこの見地から、現代の「結婚」を定義する本質的概念とは何かを探ってゆく。
     
     著者の考察によれば、現代の法制度において結婚を規定しているのは「ポジティブな共同性」、すなわち婚姻関係にある者同士が相互に扶け合いながら共同生活を送ることにある。つまり、現代の結婚をめぐる法制度は必ずしも性愛関係を想定したものにはなっておらず、だからこそ我々は結婚を法などの外部に強制される形ではなく自ら選び取る、つまり結婚の「内部化」を行っていると言える。では現代の結婚が著者の呼ぶところの「ロマンティック・ラブ」、すなわち性愛関係に基づいたものとなっているのはそもそもなぜなのだろうか。そして、そのような内部化を行っているにもかかわらず、法的な「結婚」という登録制度を利用する人が多いのはなぜなのか。

     それは一つには共同生活の持つ経済的効率性、つまり生物的な生殖と経済的な生産の分離を志向する資本主義の効率主義であり、もう一つには父親との関係性を結婚という制度で固定化し伝統的に弱かった女性や子供の権利の保護の必要性であった。そしてこれらは同時に政府が婚姻関係にある者を制度面で優遇する理由にもなっている。前述の「ポジティブな共同性」が婚姻関係内にあれば、政府はそれだけ直接支援、つまり子育てや介護などに要する支出が減るからだ。

     しかし、そのように結婚制度の意義を父子関係の推定に求めるとすると、同性愛者が結婚制度を利用する根拠が不明瞭となるし、そもそもDNA鑑定が普及した昨今ではすでに嫡出推定の意義も希薄になっている。すると両性が結婚を利用する理由が内部化されてきたのと同様、親子関係も「共同性」、つまり個別の親子の相互行為が豊かか否か、に照らして当事者が選んだり選ばなかったりされることになるのではないか、と著者はいう。確かにこの「共同性」、特に「子の福祉に資するか否か」という基準は、生殖補助技術や同性婚による親子関係の複雑化とも親和性が高いようだ。

     しかし著者も指摘するように、結婚や親子関係を「内部化」するということは、それらの関係性を積極的に評価した上でそれを自らの責任で引き受けるということであり、諸関係者に重い「自己責任」の覚悟を要請されることになる。前近代のように結婚制度が「枠」として機能し受動的にそこに身を任せればよい、というわけにはいかないのだ。しかも、その関係性で構築される価値はまさに経済学でいう「関係特殊な財」であり、それを規定する関係性が壊れるとその価値も同時に霧散してしまう心許ないものでしかない(結婚式などのしばしば大仰なセレモニーはそれを押し留める「歯止め」というわけだ)。

     そうすると勢い、結婚の決断は非常に困難なものとなろう。さらに性的分業や安定した男性雇用などの前近代的結婚を支えてきた枠組が消失した以上、結婚の理由は「一緒にいて楽しい」などの情緒的な要素に求められることになる。著者はこれが日本の非婚化の一因なのであり、このような不確実性の高い長期的コミットメントに(いわば見切り発車的に)飛び込めるための契機が「性愛関係」なのではないか、と喝破する。身も蓋もないようではあるが、真実の一面を突いているのではないかと思う。

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    2025年08月31日
  • 人はなぜ結婚するのか 性愛・親子の変遷からパートナーシップまで

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    ネタバレ

    独身未婚中年男性の自分が読んでみました。

    結婚を難しく考えるとこうなるんだな、と思いました。これは悪い意味ではなく、分析がすごく的確であると感じ、なおかつ、あらゆることが高度に複雑化した現代社会において、結婚もまたそうであるのだなと思いました。

    それもあって、本文を読んでいるときは星3つかなと思っていたのですが、まとめの部分が自分の中では意外でした。筒井先生は量的調査を専門とされており、自分は量的調査は基本的に数字なので、数字が苦手な自分としては、個人の生き方が見えてこないという意味であまり好きになれない部分がありました。
    が、筒井先生のこれまでの著作とはちょっと毛色が違うというか、まとめではそういう部分にも気配りがされているように感じられたのです。

    自分自身は、究極的に現代の結婚は強烈な性愛を持って、ある意味「この人とだったら不幸になってもいい」と思えた人がするという、超絶コミュ力オバケ同士でないと成立しない、超高度なコミュニケーションを実現させた証になるものだと思っていて、もともとそういう結婚をしたいというのを内面化していた自分ができなかったことにより、みじめさを感じるという絶望が自分の生きる世界だと感じる最近なのですが、わりとそういったことが書かれている気がしました(p.209)。
    特に、おそらく先生の結論である部分(p.224)は自分も激しく同意し、なおかつ自分はそれを引き受ける覚悟を持てなかった、弱い男だということを死ぬまで背負っていくのかもしれないなと思いました。

    来世は妻子を持って養える人生に生まれたいと思いながら、家族でない人に博愛を掛けながら人生を全うしたいと思いました。

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    2025年08月13日
  • 未婚と少子化 この国で子どもを産みにくい理由

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    「少子化対策とは子育て支援のことだ」、「欧米のように婚外子を増やすことが少子化対策になるはずだ」など、少子化問題やその対策については誤解やミスリーディングな認識が多いと指摘し、少子化は複雑で複合的な問題であり即効薬となる対策はないという認識の下、様々なデータや実情を総合的に見た上で、バランスの取れた少子化対策の方向性を展望。
    個人的には、新たな知見となるような話はそれほどなかったが、誤解され、単純化されがちな少子化問題とその対策について、データ・統計等から導出される知見を丁寧に整理し、議論するための土台を提供してくれる内容であり、少子化対策を考えていく上で有益な書籍だと感じた。
    出生数の低下の趨勢は当面変わらないため、目先の出生率を上げることより、出生数の低下を前提としても機能する社会をいかに構築するかが重要との指摘は本当にそとおりだと思う。また、出生率向上のためには、子育て支援策の充実より(、すぐに効果を出すことは難しいかもしれないが)、安定した雇用など、若者向けの生活保障に向けた対策が必要という指摘や、自治体ごとに見た場合、働き口があること、住居コストが高くないことが出生率や人口規模の維持において重要との指摘なども、的を射ていると感じた。

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    2024年07月05日
  • 未婚と少子化 この国で子どもを産みにくい理由

    Posted by ブクログ

    日本における少子化原因の重くを占めるのは「未婚化」であるが、「子育て支援」政策の分かりやすさ故にそちらに引き寄せられてしまい、結果とチグハグな少子化対策がなされているという話。働き方改革や転勤等の商習慣にも触れていて、「少子化」という課題が数多くの要因が絡み合った結果だということを再認識できてよかった。
    あとは製造業しか勝たん(が、実態として製造業割合を増やすのは難しい)という話も面白かった。

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    2024年05月28日
  • 未婚と少子化 この国で子どもを産みにくい理由

    Posted by ブクログ

    少子化対策と子育て支援を別物として考えることを論じている。「子育て支援は単なるばら撒き政策」とか、「さらなる出生率の低下」など、メディアの論調に振り回されてモヤモヤしていたのだが、読んだ後は、その靄が晴れた感じがする。
    なぜ少子化が問題なのかについても、他の国の状況を挙げて説明。少子化対策成功例のフランスやイスラエルの状況を挙げて、日本との違いも説明されている。
    とにかく、少子化対策は一筋縄ではいかないといくことを再認識した。現状(20代から30代の我が子を見てても)結婚すること自体のハードルが高いと思う。いろんな要因で、、、経済的なもの、意識的なもの。
    最低でも10年くらいの長丁場で政策を考えてほしいなぁ。
    それと、少子化対策と子育て支援を一緒に考えると、将来、少子化が緩和され対策が必要なくなった時、子育て支援も同様に縮小される可能性があると、著者が述べている。目から鱗、だった。

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    2024年02月23日