鈴木涼美のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
相変わらずの鈴木涼美さんも36歳。独身のままアラフォーに片足を突っ込んだゆえか、これまでとは打って変わって自虐的なコメントも多くてなんだか驚き、新鮮だった。
まわりくどい翻訳小説のような言い回しが目立つが、それでも学歴経歴に裏打ちされた切れ味鋭い文章は読んでいてスカッとする。
まったく関係ないところに自撮りがわんさか載せられてるのもイタイの分かってやってるようで逆に清々しい。
私がそうして鈴木涼美さんに憧れてやまないのは、いくら老いを嘆いて自虐的なことを書いていようが、彼女はきっとこれっぽっちも悲観していないからだ。若さの恩恵も散々受けてきて、第一線を退いたオトナの余裕をびんびんに感じる。女友達と悪態をついている時間が楽しそう。いいな。
「群を抜いて売れているキャバクラ嬢にあるのは器量でも愛嬌でもなく、その尻込みのなさ、言わば圧倒的な罪悪感の欠如で、相手の都合を一切考えずに極限まで自分を惚れさせることはそれだけで飯が食えるほど高度な技術なのだ。」
「おしゃべりの話題の大体は男の話だし、仕事しようという原動力も大体は男なんだけど、男には特に感謝はしていないので、愛と憎しみを込めて、この本を捧げます。」
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Posted by ブクログ
気鋭の文筆家・鈴木涼美による「オンナの現代資本主義論」ということで。
エッセイではなく本当に社会学論文みたいな風情がありましたね。
女として生きているだけでそこに「お金」という価値が生まれてしまうのはたしかに得だが罪深い。
今時、キャバクラも風俗もなんてことのないお小遣い稼ぎ感覚ではじめてしまう女の子も実際多いと思うし。
深く納得させられたのはp203「高額な自尊心」。
謎な貨幣価値がまかり通るホストに毎日通う彼女たちは、支払っている代償に対してどれだけのものを得ているのか?
800万円のワインにはしかし800万円の価値があり、それを景気よく開けてするドヤ顔と言われるお礼は800万円のワインを開けたことのない人には経験し得ないものであって、やはり800万円使わなければ手に入らないものである。
ホストクラブに湯水のようにお金を注ぎ込んで買っているのは、自分自身の価値と居場所。
お金をどのように稼いでどのように使うか、単純なようでいて千差万別。
何にどれだけの価値があるのかは完全に人それぞれで、無駄遣いという言葉はたしかに安易に使える言葉ではない。
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Posted by ブクログ
鈴木涼美さんがこれまで出会ってきたおじさんたち。まさにおじさんメモリアルな一冊。
おじさんって本当滑稽でイタくておもろいなあなんて思っちゃいます。おじさん、っていう一種の生物だよね。
それにしてもこれだけたくさんのエピソードが書けるのすごい。
特にAV女子大生編が良かった。
人間というのはポイント制だっていう発想も好き。財力、美しさ、学力、性格、筋力、コミュ力、たしかにその総ポイント数がモテ度つながる。総ポイント数が高ければその内訳なんてどれだっていいじゃん?ってこった。
ああ、おじさんってみんなそれぞれ華々しい若かりし頃があったはずだろうにどうして等しくみんなおじさんになってしまうんだろうな。
私にはまだおじさんの良さは分からない。 -
Posted by ブクログ
母でもなく娘でもなく愛もなく子宮もない。そんな風に遠巻きして読むと…。
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念のため述べておくが、エロ本と間違えたのではなくて、献本を戴いたものだ。自分でお願いした献本だが、もちろんエロ本と間違えたのではない。
著者を語るときには元AV女優で元日経記者、東大大学院、ということに触れないと行けないのだろうか。ヒトを肩書で見るなよなーと思いながらも、そういう肩書がついていなければ気が付かれないこともあるかもしれないので(僕もそうだ)、それはよしとしましょう。
さて、本書は、「テロをやってもかばうけど、AVに出たから味方をしない」という母と本人の、愛憎いりまじったというか母娘論、とでもいえばいいのかもしれないが、なにか見たこともないような文体で、私ってこうなの〜みたいなことが書かれていて、通常は本という50メートルプールを一気に泳ぎ切る僕に、途中で足を着かせた。というかプールから上がってしまった。
知らんがな。
本は著者との無言の対話だ。この人と対話、無理かな…しかし、今まで見聞きしてきた著者の言動から、対話可能だと思っていたんだけど…。
というわけで、一旦プールからあがった僕は、本人のブログを見に行った。
そこには、
前作が夜のお姉さんの恋バナやら女の子同士の猥雑な感じを
女の子同士特有のひたすら脇道にそれてそれてまとまらない会話を模した文体で綴ったものだったのですが
本作は夜のお姉さんの親子関係を
母親と不貞腐れた子供のぼそぼそ煮え切らない会話を模した文体で綴りました。
そもそも
その人自身の話って
ただその人自身の話ってだけでは
面白くないじゃないですか。
私はこういう人です
と言われても
知らんがなと思います。
普遍性のない個人的な話をするべきか否かという迷いを抱えながら書くくらいならば
目の前の灰皿について延々と書いていた方が
結局は自分について分かることは多いような気もするのですが、
今回の本では自分の話をかなりの枚数さいて書きました。
だと。わかっていてやっていたのか!
さて、著者のブログというビート板を手に入れて、僕は改めてプールを泳ぎきったのでした。
きっとこういう話に共感し、救われる人がいるのだろう、ということには想像が至るようになった。母親にも娘にもなったことがないが、この関係というのは本当に不気味な関係だと思う。父と息子の仲悪さはわかりやすいが、母娘というのは、ほんとキモチワリイ。
そして、著者にはなんらかのなにか(ってなんだ)を感じて、そこからのなにかは読み取りたいと思って近づいていったが、他の取材対象(?)の母子には、まだまだお近づきに慣れそうもないのであった。
結局のところ、50メートルプールは泳ぎきったが、泳ぎ切るチカラを身につけられたわけではなくて、なんとか対岸にたどり着いただけ、のような気がする。わかったような気がする、のではなくて、身につけたい。そんな焦燥感にかられる。
書いてあることがよくわからない本、というのが、当然存在する。いわゆる難しい本、にそれが多いが、この本はそうなのか? あるいは、愛か子宮があったら、もうちょっとうまく読めたのかな…。