蔵前仁一のレビュー一覧
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2014年のイラン。「旅で眠りたい」以来24年ぶりのイランは、当時よりずっと自由で、当時と同じように親切な人ばかりの国であった。「イランでは、ホスピタリティーのない街を探す方が大変なのだ」。街で、親切な人が次々と現れて、旅をサポートしてくれ。見返りを要求しない親切な人はどの国にもそれなりにいるけど、経験的に、東南アジアや南アジアではどちらかというと比較的少数派で、親切の後にお金を請求されるなんてことは結構あったりするけども、イランではそれがない。それは、例えば沢木耕太郎「深夜特急」でもそうである。
イランはペルシャ人だけの国ではなく、たくさんの民族がくらしている多民族国家。僕の知らないクル -
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蔵前仁一の自伝。
蔵前仁一は、バックパッカーであり、作家であり、また、「旅行人」という会社の代表。「旅行人」は、出版社で、かつて雑誌やガイドブックや旅行記などを発行していた会社。
以前、蔵前仁一の本を何冊か読んだことがあり、結構面白く読んだ記憶があったので、久しぶりに手にしてみた。
筆者の若い頃の旅は、いわゆるバックパッカーの旅。普通の旅と違う点が多いが、一番の違いは、旅にかける時間・期間だと思う。日本を出てから1年とか2年帰って来ないことが当たり前の旅だ。
私も旅好きだが、私の一番長い旅は、1ヶ月弱のヨーロッパを廻った旅。これだけの期間を旅行に割けるのは、ほとんど最初で最後だろうので、かな -
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蔵前仁一(1956年~)は、バッグパッカー向けの雑誌「旅行人」(1993~2011年、前身の「遊星通信」は1988年~)を主宰した、バッグパッカーの間では知らない人はいない、イラストレーター、旅行作家。
本書は、著者による、スロベニアを除く旧ユーゴスラビア6ヶ国とアルバニア(2013年)、ルーマニア(2009年)、及びコーカサス3国(2010年)の旅行記で、ルーマニアとコーカサスは雑誌「旅行人」に掲載されたものに加筆し、旧ユーゴとアルバニアは書下ろしである。
私は、本書の中にも出てくる(『あの日、僕は旅に出た』に更に詳しい)、著者の歩いた1987年の年初のアテネの街を、著者と同じようにバッグパ -
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蔵前仁一(1956年~)は、バッグパッカー向けの雑誌「旅行人」(1993~2011年、前身の「遊星通信」は1988年~)を主宰した、バッグパッカーの間では知らない人はいない、イラストレーター、旅行作家。
本書は、著者が1982年から1996年までにアジア、アフリカを旅したときの写真をもとに、この30~40年で世界(それらの地域)はどう変わったのか(或いは変わらなかったのか)を振り返ったもの。取り上げられた国・地域は、中国、クンジュラブ峠(カラコルム山脈を越える中国とパキスタンの国境の峠)、チベット、タイ、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、インド、パキスタン、ネパール、イラン、シリア、イエメン、 -
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蔵前仁一(1956年~)は、バッグパッカー向けの雑誌「旅行人」(1993~2011年、前身の「遊星通信」は1988年~)を主宰した、バッグパッカーの間では知らない人はいない、イラストレーター、旅行作家。
本書は、著者の旅に関わるエピソードなどをまとめて1996年に出版された『沈没日記』を改題し、2003年に文庫化されたもの。
私は、1987年の年初、著者がバンコクから飛んできて30年振りの大雪で震えていたアテネの街(このあたりのエピソードは、著者の『あの日、僕は旅に出た』に詳しい)を、同じようにバッグパックを背負って歩いていた、著者より少々年下の元バッグパッカーのひとりで、その後、何年も仕事で -
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僕が旅に出る理由はだいたい百個くらいあって
ひとつめはここじゃどうも息も詰まりそうになった
ふたつめは今宵の月が僕を誘っていること
みっつめは車の免許とってもいいかな
なんて思っていること
ーくるり「ハイウェイ」
大好きなくるりの曲がなぜだかふっと頭の中で流れはじめた。
旅に出る理由なんて、いくらでもあって、そのどれでもなかったりする。
蔵前さんもまたそうなのだ。
旅に出る。
人と出会う。
その半生はまるで点と点を結ぶように、偶然の積み重ねが必然かのように繋がっていく。
自分が面白そうだなと思ったことにただ一歩を踏み出す。うまくいくときもあればいかないときもある。それだけのことだ。
ー3 -
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バッグパッカーを対象とした雑誌『旅行人』(1993~2011年、前身の『遊星通信』は1988年~)を主宰した蔵前仁一(1956年~)の、所謂半生記である。
本書は、蔵前氏が大学を卒業し、東京でフリーのイラストレーターをやっていた1982年、26歳のときに(沢木耕太郎が『深夜特急』の旅に出たのも26歳!)、東京での生活と仕事に嫌気がさして、友人の「インドにでも行ってみたら?」という一言に乗り、インドへ2週間の旅をしたところから始まる。
前半では、その後『遊星通信』を発刊するまでの中国、東南アジア、南アジア、中東、アフリカ等への旅の様子が主に描かれるが、日本人の見ず知らずのオヤジに、仕事を辞めて長 -
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読書録「いつも旅のことばかり考えていた」4
著者 蔵前仁一
出版 幻冬舎
p64より引用
“そう、インドでは手近にいる従業員がとり
あえず掃除をしてなんとか処置する、などと
いった便宜的な方法はありえないのである。
カースト制度のせいで、掃除をする身分以外
の人間は掃除などは決してしない。”
目次から抜粋引用
“機内食の食器
ベトナム土産
牛と抱き合う
両替の話
バックパッカーとは何ぞや”
グラフィックデザイナーで旅人である著者
による、旅にまつわる出来事などを記した
エッセイ集。
1998年に刊行された「各駅停車で行こう」改
題・加筆文庫版。
インドの列車でのコーヒーにつ -
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読書録「スローな旅にしてくれ』4
著者 蔵前仁一
出版 幻冬舎文庫
p93より引用
“しかし、「放浪の旅人」を気取り、内実の
ないロマンチックな旅人のイメージのみを語
るのは、ほとんど人々の無知につけこんでい
るとしか言いようがない。”
目次から抜粋引用
“安宿で一安心
私は方向音痴である
がんばれ旅行者たち
旅をめぐって”
グラフィックデザイナーでイラストレー
ターで旅人な著者による、旅と旅についての
おもいを綴ったエッセイ集。
「沈没日記」改題加筆文庫版。
旅の思い出から旅先での人々についてまで、
自筆のイラストと共に描かれています。
上記の引用は、旅についての著者 -
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読書録「旅ときどき沈没」4
著者 蔵前仁一
出版 講談社
P187より引用
“居心地がよすぎて、なかなかそこを離れられず、旅行の大半を
そこで過ごす旅行者もいて、そういうのを旅行者用語で「沈没」
という。”
グラフィックデザイナーで旅行雑誌発行人である著者による、
旅先での人びととのやりとりを記した一冊。
旅でのお金の話からトラブルについてまで、自筆のイラストを
添えて書かれています。
上記の引用は、旅における沈没についての解説の一文。
毎日の仕事から解放されて、同じ楽しみを持った旅行者たちと過
ごせば、その場所から離れられなくなるのもわかる気がします。
一旦沈没してしまうと、自